=書評=
『使ったら危険
「つくる会」歴史・公民教科書
子どもを戦争にみちびく教科書はいらない!』 |
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著:上杉 聰、大森明子、高嶋伸欣、西野瑠美子
発行:明石書店 |
『つくる会』歴史・公民教科書の採択を許すな!
−−政府・自民党ぐるみの組織的な採択強行に抗議する−−
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「今年の教科書検定・採択における『つくる会』への批判活動は、必然的に文科省と外務省、そして自民党そのものと対抗せざるを得ない構造をもっている」・・・・・これこそが今年の教科書問題の本質を言い表している。
栃木県大田原市教育委員会は7月13日、歴史と公民について、「新しい歴史教科書をつくる会」が執筆した扶桑社発行の教科書を全会一致で採択した。「つくる会」教科書採択を巡る闘いはいよいよ本番に入ってきた。
「つくる会」教科書採択阻止の闘いは、単に教科書と教育をめぐる問題だけに留まらない。また「つくる会」と日本の右翼論壇への批判だけにも留まらない。この闘いは、今日の政府・文科省、自民党と新旧保守反動層の推し進める軍国主義化、憲法改悪・教育基本法改悪など政治反動強化とこれらに反対する勢力との間の対決の“最前線”に浮上している。
更には国内政治の重要問題に留まらず、対中国・対韓国、対北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)など、小泉の軍事外交政策を巡るアジア外交の“最前線”に躍り出ている。
小泉の靖国参拝とともに、「つくる会」教科書採択は、内政と外交の最重要問題になっているのである。この構造を明瞭に解き明かすとともに闘いの思想的武器となる入門書が出版された。今や「つくる会」との闘いの最前線に立つ上杉聡、高島伸欣両氏らの手になる本書である。
採択のためなら違法・脱法行為をものともせぬ「つくる会」。その背後にあるのは文科省・外務省・自民党の「結託」
上杉氏は「つくる会」歴史教科書の内容批判に入る前に、「つくる会」側がいかに違法・脱法行為を繰り返しながら検定合格から採択をごり押ししようとしているかを暴露する。さらに「つくる会」側が「白昼公然と」このような行為を繰り返すことができるのは、政府・自民党の黙認いや強い支持、いやそれどころか政府の側が主導権を握って採択に持ち込ませるといって過言でない策動があるからだ、ということをあわせて暴露する。
周知のように「つくる会」はまず、検定合格する以前から、白表紙本を大量に各地の教育委員会へ配布した。配布の主体が扶桑社自身であること、文科省の指導にもかかわらず、同社が配布を続けてきたことが国会質問の中で明らかになった(確認できただけで70冊)。そもそも白表紙本を厳密に部外秘とするような措置がとられてきたのは、むしろそれを不利と考える「つくる会」が各方面に圧力をかけた結果のことであり、文科省の「申請図書管理」告示(2002,10)もそうした脈絡にある。
しかし、上杉、高島両氏の「実態解明」の申し入れに対し文科省は、白表紙本漏出を「違法な状態」と認め厳正な処置を約束したものの実質的には何も行わず、それどころか検定に合格まで与えたのである。
文部科学大臣や政務官からの「つくる会」寄りの発言も枚挙にいとまがない。昨年11月の中山文相の「従軍慰安婦とか強制連行とかいった言葉」が減って良かった発言。今年3月、下村文部科学政務官の、近隣諸国条項によって「自虐史観」教育が行われている発言。両者とも「つくる会」と深い関係がある。その結果、文科省による特定教科書への「支援体制」が作られている。
その裏付けとして、文科省の教科書採択にかかわる担当課長が、大臣・政務官も関係する「議員の会」の会合に出席し、「つくる会」教科書採択を有利にする制度改革を表明した(2005,3,2)。教育委員会の教科書採択権限の強化、教員など現場の影響力の排除、採択の基準を「愛国心」や「神話」など学習指導要領に準拠することが可能となる初等中等教育局長通知を出すというものである。これらはかねて「つくる会」が追求してきたことと合致する方向である。実際この通知は発令された(2005,4,12)。
それのみでない。教科書検定と採択に関し、韓国・中国から当然起こるであろう抗議に対応する外務大臣が、あろうことか町村信孝である。町村こそ4年前の第1回「つくる会」教科書を検定合格させた当の文部科学大臣であり、採択制度改悪を推進した張本人である。まさに「今回、『外圧』は彼がブロックする体制ができあがっているのである」。
そして最も重要なことは、今回、自民党が組織的に「つくる会」教科書の採択運動を進めるようになったことだ。その中心は安倍晋三幹事長代理。安倍自らが「歴史教育」を「重大な国家的課題」として「国、地方が一体的に取り組むことが必要」と都道府県連へ通達を出し(2004,6)、これを受けた国会議員、都道府県議員らは決起集会も開いている(6,14)。
こうして、今年の教科書問題の最大の特徴である「つくる会」と文部科学省・外務省・自民党の結託を確認できる。闘いの重要性は深まるばかりである。
「『皇国史観』教科書としての性格を強化」した「つくる会」歴史教科書
上杉氏は、今回の歴史教科書改訂版と4年前のそれとして比較した上で、肝心のところで多数残された問題記述、また改悪したり新たに追加された問題箇所の内容を「皇国史観」の概念で括っている。「皇国史観教科書としての性格をより鮮明にしたことが特徴である」としている。
氏のいう「皇国史観」とは以下のような特徴を持つものである。
「一 科学性を無視した強い主観性と排他性を持つ宗教的歴史観
二 天皇を中心とした家族的国家観を日本歴史の根幹ととらえる
三 国家体制(国体)を壊す恐れのある国内の民衆・女性・部落などを無視、軽視する
四 対外的には優越感と自国中心主義をもち、他民族支配を肯定する」
最後に次のような言葉で締めくくられる。「『つくる会』教科書を読むとき、『戦争できる』子どもたちを作るため、彼らがいかに教育の面で周到な準備をしているかよくわかる。以上述べてきたように傲慢で自己中心的、あるいは攻撃的な教科書に子どもたちが慣れ親しむとき、その心が確実に変えられていくことが恐ろしい。
『戦争する』国家への道とは、ハードとソフトの両面から社会を変えていくことであろう。ハード面とは憲法の改悪であり、また軍備の強化である。ソフト面とは、教育の改造のことである。具体的には教育基本法の改悪や教科書の改悪である。」
「洗脳とルール無視で貫かれた『新訂公民』教科書」――「改憲」と軍事力・軍国主義強化のプロパガンダが教室で
高島氏は、第一に、「竹島記述改変」の問題を切り口としてその編纂方針の危険性を暴き出す。いわゆる「拉致事件」に対する突出した扱いにおいて、「前例がない五カ所の重複記述」、「一面的な拉致事件の取り扱い」、「人道主義に反する主張」、「誤りが明白なオールオアナッシングの論理」、「禍根を残す個人名強調記述」といった多くの問題点をあげ、これらの目指す方向性が「特定の国家像実現を目指す“保守革命”」であることを見事に描き出す。
この編纂方針は、拉致事件「家族会」強行派の背後にいる「救う会」幹部や安倍晋三たちがめざす政治目標、「つまり改憲と核武装に向けた世論形成に、教育を利用しようとしている思惑と一致している。この点にこそ本書の危険性がある」と警鐘を鳴らす。
第二に、「最大特色」であり「最重要の問題点」である「改憲を当然とする」世論形成のための記述と検定を通過して存在していること自体が、検定の諸規定に違反していることを暴露する。同書を支援する「政官民」「三位一体」となった文科省の検定審議官と検定官たちは、検定違反の記述の多数をそのままとして検定合格とさせたのである。その記述とは「明治憲法賛美と改憲論強調」「沖縄切り捨て」「日米安保体制の一面的評価記述」「国防の義務」等である。
第三に、最近の「改憲」をめぐる議論の中で注目されてきたものとして「憲法二四条」の骨抜きの問題、さらに「偏見を助長する家庭像記述」を問題とする。いずれも「男らしさ」「女らしさ」を強調し、性による役割分化を固定し、それどころか古い家父長制的家支配(取りも直さず天皇制に行き着く)に郷愁を抱く保守反動的思想の発露を弾劾する。
「つくる会」教科書が忌避し、嫌悪し、絶対記述せぬものとしての「加害の記憶」、女性、沖縄からの視点
以上二つの論文に加えて本書では、「つくる会」教科書執筆者が絶対に忌避し、嫌悪するものとしての「加害の記憶」と、ことにいわゆる「従軍慰安婦」記述の問題についてVAWW-NETジャパン共同代表の西野瑠美子氏が、そして「無視される沖縄の女性」を沖縄在住のフリーライター、大森明子氏が執筆している。
以上の問題指摘は、単に「つくる会」教科書にないだけではなく、私たち自身が絶えずこの視点を持っているかと自己点検する重要な論である。また「慰安婦」記述が全教科書で大幅に減ったことは、「つくる会」のもう一つの狙い、加害の隠蔽・正当化の深刻な現われとして確認しておかなければならなし、沖縄が明治政府に武力併合されて以降、実に長い間かけてヤマトから「犠牲の精神と忠誠」を叩き込まれ、その結果が悲惨極まる沖縄戦であったことは、今後の「つくる会」教科書による子どもたちの「洗脳」の行方をも思わせて忘れてはならないものである。
まとめで高島氏は、現在の教科書が「覚え込ませから思考力育成への大転換」を迎えている中で、「つくる会」教科書が、特定の政治的意図を生徒に注入する相変わらずの「説教型」の教科書であることをもって「時代遅れ」と規定する。
しかし、ここに「つくる会」歴史・公民教科書が「時代遅れ」ではなく、政府・支配層にとっては「最新」の本音・政策を見ることができるのである。人権の確立と平和の実現を多面的に生徒たちに考えさせる教科書でなく、自国の民衆にはその極めて偏った見方で充分というわけだ。その政策が結局は、世界の人々、ことにアジアの人々を敵に回し、米の先制攻撃に追随する好戦的で侵略的なもの、徹頭徹尾人民には不幸をもたらすものでしかないことを暴露する必要があるだろう。
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本書を読めば、「つくる会」側は4年前のような民間右翼の運動としてではなく、政府・文科省・外務省、自民党を巻き込みながら、いや政府・自民党が主導権を取って、いわば強制的に各地で採択を強行している全く新しい状況が浮かび上がってくるだろう。
我々は、単に「つくる会」教科書の具体的内容を批判するに留まってはならない。今やその描く本質は「つくる会」だけのものではなく、政府・支配層の憲法改悪や教育基本法改悪、自衛隊のイラク派兵や「国際貢献」の名の下における海外派兵、日米同盟最優先のグローバルな軍事介入、ことに米軍の軍事力を背景にしたアジアに対する傲慢で居丈高な態度と一体のもの、小泉の軍事外交政策と一体のものとして把握しなければならない。
この教科書が採択されるならば、日本の子どもたちが「戦争する人格」へ作り替えられる道筋が開かれるということである。政府支配層の政治的思惑や企業利益のためなら軍事力の威嚇や行使は当然であり、自ら戦場に出ることを厭わない好戦的で侵略的な子どもたちを作るということ、更には戦争へと向かう心理を日本人民の中に作り出すということである。こうした事態を絶対に阻止しなければならない。この書はその闘いの入門書として最適のものである。
2005年7月15日 教員K
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