軍事予算拡大の一方で民政関連はバッサリ切り捨て!
患者負担増と医療切り捨ての健保改悪法案を廃案に!
2002年7月14日
阪南中央病院医療問題研究会
7月末の延長国会会期を目前に控え、有事関連法案と並ぶ今国会最大の対決法案=健保改悪法案をめぐる状況が緊迫の度を増しています。
政府与党は、7月25日厚生労働委員会採決、26日の本会議での成立を狙い、その線で動き始めているかに見えました。しかしここに来て宮路厚生副大臣の帝京大入試口利き事件が発覚、政府与党の法案成立のシナリオが崩れ始めました。小泉首相は、宮路副大臣を事実上更迭し、何が何でも健保改悪法案を成立させようと躍起になっています。野党は結束して副大臣の参考人招致を要求、それが認められない場合は審議拒否で廃案へと追い込む方針を確認しました。国会の状況如何では、健保改悪法案を葬り去る数少ないチャンスが生まれる可能性が出てきていますが、これを現実のものとできるかは反対運動の最後の一踏ん張りにかかっています。今こそ、健保改悪法案廃案、患者負担増反対の声を国会に集中しよう。
健保改悪法案は、自己負担3割化と保険料アップを柱に、患者と勤労者にかつてない過酷な負担を強いる徹底した負担増法案です。この法案をめぐっては当初から、負担増の実施時期や「医療制度改革」をめぐり、与野党のみならず、与党内部、小泉政権内部の矛盾と対立の集中点となってきました。小泉首相と官邸サイドは、強固に反対する日本医師会や自民、公明に根強くあった反対論をむりやり抑え込み、高齢者医療制度創設や診療報酬体系見直しを1年以内に策定することを附則に盛り込むことを交換条件に、官邸の思惑通り2003年4月実施を法案に明記して提出してきた経緯があります。
他方でこの健保改悪法案は、軍事費増額と有事法制で戦争国家体制づくりを推し進め、社会保障費など民政関連を大幅に抑制し切り捨てようとする「小泉改革」の最大の柱、目玉の一つとなっています。
2002年度予算では、軍事関連予算は前年度比7億円増の4兆9560億円と過去最高となりました。その一方で社会保障関連費は、高齢者増大などに伴う自然増分を3000億円削減。その大部分が医療費削減であり、医療費国庫負担は2800億円削減されました。その実現のための法案が健保改悪法案なのです。さらに財務省は、2003年度予算の社会保障関連予算についても、9千億円とされる自然増を2〜3千億円圧縮し19兆円以下にする(2002年度予算は18兆3千億円)方針を打ち出しました。政府は、医療費負担増に加えて、年金保険料引き上げ、介護保険料の引き上げ、雇用保険料のアップ、児童扶養手当、失業給付の引き下げ等々社会保障関連の負担増を次々と狙っています。
この論評では、民政関連切り捨ての最大の柱である医療における負担増に焦点を当て、直接的な負担増にとどまらない医療改悪の危険性について述べ、健保改悪法案の廃案を訴えたいと思います。
徹底した負担増法案
−−健保本人2割から3割へ、保険料も引き上げ
健保改悪法案は、徹底した患者負担増と保険料引き上げから成り立っていて、患者と勤労者にかつてない医療費負担を強いる内容になっています。厚生労働省による少な目の数字でも、年間の負担増は1兆5千億円にも達します。
具体的にはまず第一に、「本人」の自己負担が、入院外来とも2割から3割に、「家族」の入院負担が2割から3割に引き上げられます。また退職者医療保険(70歳未満の退職者で年金生活者)に入っている本人とその家族も、すべて3割に引き上げられます。さらに、労働者が退職したとき、医療費負担が軽減される「継続療養給付制度」が廃止され、同様の制度である「任意継続」についても3割負担に統一されます。健保本人の自己負担は、1997年に1割から2割へと倍増しており、今回の改悪案はこの5年間で実に3倍にしようというものです。(3割負担化で年間4000億円の負担増)
第二は、70歳以上の高齢者の1割負担への統一です。診療所は現在、1回850円の定額制(月4回まで)も選択可能となっていますが、それが廃止されます。さらに、単独世帯で年収380万円以上、夫婦二人で630万円以上は「高所得者」とされ、2割負担を強いられます(高齢者全体の1割を占めます)。
第三に、医療費負担の上限額が、高齢者も若い世代も大幅に引き上げられます。高齢者の場合、現行では外来負担の月額上限が3200円(200床以上の大病院は5300円)、入院は37200円ですが、それぞれ12000円、40200円(一般の場合)へと引き上げられます。外来窓口負担は一挙に4倍もの引き上げです。また70歳未満についても、外来入院とも月額上限の基準額63600円(高所得者と低所得者を除く一般の場合)が、72300円へと引き上げられます。
しかもこの月額上限額については、それを超える医療費は立て替え払い(償還制度)なので、窓口でいったん全額を支払い、あとで市役所に出向くなどして、償還の手続きをしなければなりません(償還は2〜3ヶ月後)。とくに高齢者にとって恐ろしく手続きが面倒で、申告漏れが多発することは目に見えています。これはまさに老人に対する国家的な詐欺としか言いようがありません。
そして今回の改悪案のもう一つの柱が保険料引き上げです。政府管掌健康保険(政管健保)の保険料は現在、月額給与の8.5%(労働者負担は4.25%)、ボーナスの1%(同0.3%)ですが、改悪案では「総報酬制」を導入し、ボーナスからも毎月の保険料と同率(8.2%)を差し引くとなっていて、年間を通せば勤労者にとって大幅な保険料アップとなります(一人あたり年間平均で3万円の引き上げ[労使折半]となります)。しかも坂口厚生労働大臣は、健保は赤字だから今後は負担率が10%までは上がり続けるだろうと、さらなる引き上げに言及しています。
「7割給付」の意味−−将来のさらなる負担増への布石
しかし今回の改悪案は、直接的な負担増の大きさもさることながら、将来のさらなる負担増への布石、テコとして決定的に重要な意味を持っていることを強調しておきたいと思います。今回の改悪案で政府、厚労省は将来の医療保険を3割負担つまり「7割給付」で統一する、という方向性を明確に示しました。
坂口厚生労働大臣は、国会答弁の中で、高齢者の1割負担化について将来のさらなる引き上げを否定せず、「負担能力ある者の応分の負担」との考え方を示しました。これは、高齢者についても(改悪案では1割負担)、高所得高齢者についても(同2割負担)、3歳未満の子どもについても(同2割負担)、将来的には条件さえ整えば3割負担にするという考えに他なりません。
将来への布石という点では、「老人医療」の対象年齢を現在の70歳から、段階的に75歳へと引き上げていくことが盛り込まれたことが重要です【注】。改悪案では、70〜74歳については3割でなく1割負担ということになっていますが、当初案では「3割」となっていたこともあり、将来3割へと引き上げられる可能性がきわめて高いと言わざるを得ません。しかも、この「3割」維持が附則に明記されているにも拘わらず、国会審議の中で坂口厚生労働相は「現内閣の決意」とトーンダウンし、将来の引き上げの可能性に言及しました。
【注】年金支給開始年齢は、60歳から65歳へと引き上げられているが、これも将来的には「老人医療」が適用される75歳に引き上げられる可能性も指摘されている。75歳までは働けということなのだろうか。実はこう考えざるを得ない理由がある。あまり問題にされていないが、今国会には健保改悪法案と並んで「健康増進法案」が提出されている。この法案の目的は、「健康寿命の延長」である。「健康寿命の延長」(平均寿命ではなく!)は、政府・厚生労働省の政策方針で、厚労省の医療制度改革の基本方針である「医療制度改革の課題と視点」(2001.3)の中で、医療制度改革の基本方向の一つとして掲げられている。「健康寿命」とは最近厚生労働省がしきりに強調している概念で、一般的には痴呆や寝たきりでなく、健康で元気に明るく生活できる期間のこととされる。しかし「健康寿命の延長」が、医療費削減と高齢者の医療からの切り捨て政策とセットで出されていることにその本質が現れている。すなわち、健康に働ける間は働いて、健康でなくなったら医療から切り捨てられる対象となり、「健康寿命」が尽きたということになるのである。現に、「健康寿命」の対極として「終末期」の概念の拡大解釈も検討され始めている。人間の一生は、「非高齢者→自立した高齢者→健康寿命の尽きた高齢者→終末期にある高齢者」という各段階をたどって死に至る、そして健康寿命の尽きて以降の「弱い高齢者」は切り捨てられるのである。
なお、「健康寿命」という考え方の危険性と批判については、医療切り捨て政策に精力的に反対を訴えている医療福祉施設経営者の対談が参考になる。
http://www.sekishinkai.or.jp/ishii/3mantalk_01.html
厚労省の狙いは受診抑制と医療保険切り縮め
さらにこの「7割給付」への統一が持つ、もう一つ決定的に重要な意味について指摘しないわけにはいきません。それは、受診抑制と給付内容の切り縮め、すなわち患者そのものの医療からの切り捨てを加速化させることは確実だということです。
今回の3割負担について小泉首相は、「国民健康保険(国保)と同じ負担率」と強弁し居直っていますが、多くの国保加入者が高い医療費自己負担と保険料に苦しんでいる現実を全く無視しています【注】。3割負担の医療費が払えないため受診を控え、病気が悪化してからやっと受診したときには手遅れといった悲惨な例が後を立たないと言います。国保と同じ3割負担ということになれば、受診を控える、病気になってもできるだけ医療機関に行かない、ガマンする、という形で全体として受診抑制が進むことは明らかです。とくに今日のように、リストラと不況で賃金抑制が進んでいる状況で、受診抑制の傾向はますます加速されることになります。
実際、1997年の2割負担化によって、勤労世代の患者数(35歳〜65歳)は282万人(1996年)から247万人(1999年)へと1割以上も激減しています(厚生省『患者調査』)。いや、むしろ厚生労働省自身がこのことをよく知っていて、受診抑制による医療費削減を狙っているのです。今回の改悪による受診抑制で、何と4300億円もの医療費が削減される(給付削減)と試算しています。3割負担による負担増は約4000億円と試算しており、それを上回る受診抑制「効果」を見込んでいるのです。医療を受けないことを前提にした負担増とは一体何を意味するのでしょう。それはとりもなおさず医療保険そのものの切り縮めという以外にありません。今回の健保改悪の最大の狙いは、患者負担増をテコにした患者の医療からの排除であり、医療保険制度そのものの切り捨てにあるといっても過言ではありません。
【注】保険料を払うことができない国保世帯は、実に390万世帯(2001年)、2割近くにも達している。しかも2001年10月から介護保険料が上乗せされ、保険料を払えない世帯は急増している。さらに1997年の改悪でペナルティー(制裁措置)が強化され、保険料滞納者は保険証を取り上げられ、かわりに「資格証明書」(=保険料を支払っていないことの証明書!?)を持たされ、窓口では医療費全額10割負担を強いられる。もちろん、支払うことができない患者は、受診そのものをあきらめる以外に選択肢がない。介護保険料についても1年以上の滞納で給付制限が行われることとなり、国民皆保険制度は根底から掘り崩されようとしている。
保険外負担も大幅増大−−負担増オンパレード
さらに今回の改悪案では、従来からの自己負担の引き上げとは異なる、保険外負担の拡大という新たな負担増の方策を広げていく方向性を打ち出しました。
法案では「保険給付の内容及び範囲の在り方」について早急に検討し実施することが明記されました(附則第2条)。これは保険給付の範囲について見直していく、つまり保険外負担もしくは自己負担部分を拡大していく方針を示したものに他なりません。
すでにこの保険外負担の拡大については、この4月における診療報酬改定で先行してなし崩し的に打ち出されています。たとえば、入院が180日を超えると、入院基本料が15%カットされる(保険からは85%から給付されないが15%は患者自己負担としてもよい)ことになりました。1ヶ月およそ4〜5万円程度の負担増となります。患者からすれば15%分を自己負担するか、退院するかの選択を強いられることになるのです。また、200床以上の大病院では、再診の際の再診料(外来診療料)を、月2回目以降は50%カットされ、のこりの50%は患者負担としてもよいと言うことになりました。
このような保険外負担の拡大は、すなわち保険給付範囲の縮小であり、患者負担増に他なりません。まさに従来の健康保険制度そのものを根底から掘り崩していくものです。保険料を引き上げながら、保険給付を縮小し自己負担を際限なく拡大するなど、たまったものではありません。
医療の質は後回しでとにかくカネ、カネ、カネ
−−医療政策の財政至上主義への大転換
今回の健保改悪と診療報酬引き下げなど一連の医療改悪を通じて、ここ数年来なし崩し的に進められてきた医療福祉政策における財政至上主義、財政主導政策への転換が、従来とは明確に一段階を画すものとして急速に進み始めています。
坂口厚生労働相は今国会の答弁で、医療制度改革をどうするかは「まず財政論から」「財源をどうするかを決めてから」内容を検討すべきだと幾度となく強調しました。医療の在り方や医療の質は後回し、財政に従属させて考えるという姿勢への転換が端的に現れています。高齢者医療制度改革などの「抜本改革」についても、結局は医療費削減のための諸方策にすぎません。
小泉首相の「基本方針」(経済財政諮問会議/2001年6月)の中で、社会保障については「自助と自律を基本」という方向性が示されました。従来の「社会保障は自助、共助、公助の組み合わせ」から「公助」すなわち公的責任が完全に消し去られました。しかも「自律」(「自立」ではない!)がことさら強調され、自らを律すること、つまり痛みにも堪え忍ぶ精神が大切だというのです。これは、社会保障について「公的責任で生活を支える給付を行うもの」として、国の社会保障的義務を定めた憲法25条を「法的基礎」としてきた旧厚生省とは根本的に異なります。
政府・厚労省が医療福祉における公的責任を明確にし、財政主導政策を転換し、医療福祉予算、社会保障関連予算を抜本的に拡大することなしに、本当の意味で患者と国民の立場に立った医療改革などあり得ません。
有事法制化反対の闘いと結合して健保改悪法案を廃案に
先進諸国の中で、一人一人の医療費自己負担の高さと、国全体の医療費総額の低さで、日本は際だっています。自己負担については、各国の負担割合が軒並み1割以下であるのに対して、日本の負担割合は15%を超えています。またGDPに占める医療費支出は7.6%(98年)と先進諸国の中では最低です。日本と並んで最近まで医療費抑制を徹底してきた英国では、抑制しすぎてまともに医療を受けられないことが社会的大問題となり、ブレア政権は2000年に医療保険予算を増額する政策的大転換を行いました。
これ以上の医療費抑制は、患者負担増と国民とくに高齢者の医療からの排除をエスカレートさせる以外の何ものでもありません。これ以上国民に犠牲を強い、医療を破壊することは許されません。
有事法制化阻止、軍事費増額反対の要求と結合し、医療費負担増反対、医療切り捨て反対の声を強めていこう。健保改悪法案を廃案に追い込もう。