今井さん、郡山さんの記者会見を受けて――
メディアが扇動した、解放邦人に対する「自己責任論」を改めて批判する
○人質バッシング、「自己責任論」の先頭に立ったメディアの責任は重大。
○政府の広報と化したメディア。イラク戦争報道をねじ曲げ、真実を伝えぬことで世論を誤った方向へ誘導。


[1]急速に後退し始めた「自己責任論」、「非国民」論。−−これからが私たち反戦運動の出番。イラク占領体制の危機の下でイラク反戦の正義・正論が一歩前へ。

(1) 今日5月12日の昼、テレビ朝日系の「スクランブル」という番組に出た今井紀明さんは、本当に元気な姿を見せ、とても18歳とは思えないしっかりした口調で、「自己責任論」についてインタビューされて、こう答えました。

 「メディアがそれを言うということは矛盾したことだと思うんですよね。フリージャーナリストやNGOの現地の報告がなければ戦争報道の中では、何も彼らは出来ないと思う。もしそれを僕らに言うなら、彼らも自らを問わねばならないと思うんですよね。」

 まさに同感です。イラク戦争ほど“ジャーナリズムの死”“メディアの死”を暴き出したものはありません。人質問題、そして「自己責任論」の中で明るみに出てきたのは、権力と一体化したメディアの危険な姿なのです。NHKや企業メディアがイラク戦争の真実をほとんど何も報道していないという事実、圧倒的軍事力で攻める米英軍側からだけ、まるでゲーム感覚でしか戦争というものを伝えないおよそジャーナリズムの原点からかけ離れた姿勢、攻められるイラク民衆の悲惨で目を覆う残酷な戦争の真の姿を伝えないデタラメな姿勢、1年前米英のメディアがあれだけ世界中から非難を浴びた「エンベッド取材」、つまり軍に守られ軍の検閲情報しか報道しない「従軍報道」の過ちを、自衛隊派兵でもう一度繰り返している日本のメディアの腐敗と堕落、権力へのすり寄りと迎合。
 私たちは、今回の「自己責任論」批判を、メディア批判として論じたいと思います。なぜなら、「自己責任論」を異常なまで扇動した決定的推進力こそがメディアだからです。

(2) 4月30日、イラクで「人質」となった今井さん、郡山さんが記者会見を開き、拘束時の様子を語り、自分たちの活動に対する「自己責任論」への反撃を開始しました。彼らの救出運動、自衛隊派兵反対運動を進めてきた反戦平和運動も、「自己責任論」を批判するキャンペーンを継続しています。日本政府・与党が主導し、翼賛化したメディアが噴出させた「自己責任論」は、人質と人質家族にも沈黙を強いたことによって一時的に勝利したかのように見えましたが、今や急速にトーンダウンしつつあります。
 これからが私たち反戦運動の出番です。イラク戦争の真実を地道に訴えて行くこと、大手メディアが伝えない、隠したがる事実を暴いていくことで、「自己責任論」が作った風潮を切り崩して行かねばなりません。
※この反撃の一環として私たちは緊急講演会を開催します。「フリージャーナリスト安田純平氏が語る−−拘束体験を通してみたイラク戦争・占領−−ファルージャの状況を中心に−−」です。

(3) 彼らが人質になった直後から「自己責任論」を言い立ててきた政府・与党幹部はもはやほとんど語らなくなりました。今回の事件について政府の総括は一体どうなったのでしょうか。全く聞こえてきません。国民の命と安全を保障し保護する義務がある政府が、その責任を果たさないどころか、逆に開き直って、拘束された人質とその家族を攻撃したのです。謝罪し自己批判すべきは政府与党の方でしょう。少なくとも国民の半数は派兵反対なのです。憲法順守、派兵反対を言う「反政府分子」「反日分子」は、保護の対象としないということなのでしょうか。もしそうなら、内閣として、総理大臣としてはっきりとそう主張すべきです。

 何と言っても、「自己責任」攻撃の急先鋒だった福田前官房長官が、年金未納問題で大恥をかき辞任したことが大きいでしょう。他人に対しては「自己責任」を追及しながら自分は最後まで「プライバシーだから答える必要がない」と突っぱねた張本人が、説明責任も年金に対する「自己責任」も果たさず、突然雲隠れしたのです。「自己責任」を言い立てた他の閣僚も同罪です。

 政府の広報と化したマスコミはどうでしょうか。読売新聞に代表されるように「『自己責任論』は悪者か」といったイタチの最後っ屁にも似た記事を載せて勢いはなくなっています。ニューヨーク・タイムズやル・モンドなど海外の有力紙や政治家から相次いで、日本の「元人質攻撃」の理不尽さ、不当さ、異常さを批判され、何も言うことができなくなったのでしょうか。産経、文芸春秋など右翼系・保守系の新聞や雑誌、系列のテレビはどうでしょう。似たり寄ったりの毎日や朝日はどうでしょう。−−今回の人質バッシング、「自己責任論」は、発信元は政府与党ですが、それを増殖させ拡大させたのはNHKや大手マス・メディアです。彼らは一体どんな総括をしたのか。これも聞こえてきません。全く無責任です。

(4) 何より強いのは、正義・正論が、人質になった3人や拘束された2人の側、彼らを支える反派兵運動、反戦平和運動の側にあることです。イラク情勢がますます泥沼化し、3人そして2人のやってきたこと、彼らを支援する反戦運動の側が正しいことが、日々明らかになっていることです。
 今イラク情勢はブッシュ政権がコントロールできない状況に陥っています。人質事件が起こったのも、裏を返せば、米占領体制が崩壊の危機に立っていることの反映なのです。人質事件の解決直後に発覚したアブグレイブ監獄での米軍による虐待・拷問・殺害事件は、改めてイラク戦争・占領が国際法に違反する、大義なき侵略戦争であることを暴露しています。「イラク解放」とは笑わせます。今回の事件は米のイラク政策に致命的打撃を与えるでしょう。そうなれば、ブッシュに異常なほど追随してきた小泉政権にとっての痛打にもなるでしょう。「自己責任論」で調子に乗ってイラク戦争への加担を正当化できるような局面ではなくなってきているのです。

 政府首脳が調子に乗ってつい口走ったのでしょうが、費用30億円云々の問題も、厳密な会計精査をすればウソ・デタラメがすぐにばれるはずです。もちろん日本政府が人質救出のために一体何をしたのか、救出どころか人質を窮地に陥れる行動ばかり取っていたことがばれてしまいます。さらには解放後、事情聴取を口実に、被害者を「加害者」「犯人」扱いしたことまで明らかになってしまいます。

(5) とはいえ人質の一人であった高遠さんは会見場に姿を現しませんでした。彼女は帰国して事件への意見、報道に触れ「自分がイラクでやってきたことすべてが否定されたと感じて自信を喪失している状態」(朝日新聞)だと伝えられています。特に、警察による不当な事情聴取が「人質になったとき以上の打撃になった」とも言われています。もしそうならば大問題です。政府・与党幹部とマスコミのバッシングが、事柄に真剣に取り組んできたNGO活動の一人の女性を総掛かりで追い込んだ、まさに犯罪的行為です。先に紹介した「スクランブル」に出演した今井さんも、「イラクも地獄だったけど、日本も地獄だった」と言います。
※ドイツ公共テレビが今井さんのニュースを放映しました。「日本:元イラク人質に思いやり無し」と題された番組には、日本全国から送られた「不幸の手紙」や罵詈雑言の数々が紹介されています。何と言っても現状を鋭く言い表しているのは「私は自分の国で囚人のように感じています」という今井さんの言葉だろう。それにしてもこうした放送がなぜ日本のマスコミでなくドイツのテレビでしか流されないのか。日本の腐敗し堕落しきったメディアの状況に恐ろしさを感じます。ここで紹介したテレビ朝日系の「スクランブル」はまだまだ例外です。
http://www.tagesschau.de/aktuell/meldungen/0,1185,OID3254572,00.html

 実際小泉政権とそれに追随するマスコミは、人質家族が「自衛隊撤退」を口にした途端、一般に自衛隊派遣反対の意見にまで「人質家族と一緒になって騒いでいる」と言うような構図を作り上げ、「自作自演」説をでっち上げ、逆風を吹かせました。産経や読売や日経など好戦的な新聞・TVは言うまでもなく、朝日や毎日までがこぞって、「テロリストの要求には屈するな」「屈服する形で今自衛隊撤退を主張すべきではない」「人質と自衛隊派兵は別」の大合唱を行ったのです。

 ここで「自己責任論」は、自衛隊派兵反対論への攻撃と一体化しました。「危険地帯に入った無謀な人たち」を政府あげて救出する「迷惑」を言い立て、政府・与党幹部、御用マスコミ、右翼勢力は一緒になって「非国民」「村八分」の集団ヒステリーを組織することに成功したのです。本来なら自衛隊派兵とイラクでの邦人拘束に対する「責任論」が噴出しかねない小泉政権を、踊らされた世論が逆に後押ししたのです。4月16、17日に共同通信が行った世論調査では、人質事件についての政府の対応を「評価する」が68.4%に上り、自衛隊のイラク派兵を「評価する」人が53,2%と、陸自派遣始まって以来の調査で初めて半数を超えたのです。
※しかし、こうしたマスコミの調査はいかに作為的なものであるかの一端が暴露されています。それはテレビ朝日の「朝まで生テレビ!」のインターネットアンケートで、人質・家族へのバッシングについての設問が無回答でも「非難されて当然」と答えたものとして集計される状態になっていたというものです。これに類する例に事欠かないのかもしれません。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040508-00001065-mai-soci

 集団ヒステリーを組織した政府・御用マスコミがトーンダウンし、むしろ人質になっていた人々が真実を語りだした今こそ、再び「自己責任論」、それに基づく人質・家族へのバッシングとは一体何であったのかを冷静に振り返ることが必要になっているのではないのでしょうか。そしてこの「自己責任論」を徹底的に批判することによって、一時は多くの国民を支配したいわば思想上、精神上、イデオロギー上の「ファシズム化」とも言うべき事態に少しでも歯止めをかけねばならない、私たちはそう考えます。それが日本を米国に追随するグローバルな侵略国家、帝国主義的軍国主義国家へ転落させないための一歩になるのではないでしょうか。



[2]2人の記者会見から明らかになったこと:イラク戦争とファルージャの真実。「自己責任論」の発信源を示唆する「取り調べた警察が『自作自演』を誘導、その情報を流した」事実等々。

(1) 今井さん、郡山さんの会見は実に多くのものを私たちに語っています。それは、拘束事件の真相は、政府・御用マスコミが「自己責任論」「自業自得」で塗り固め、自分たちの責任を回避するために作り上げた事件の姿とは異なるものであることを端的に示しています。しかも、冒頭に上げた今井さんの意見のように、彼らがまさに人質になって初めて分かってきたファルージャの真実があるのです。その中から注目すべき問題点を拾い上げてみます。
※なお、会見の資料としては朝日など新聞各紙、「週刊現代」など週刊誌を用いています。引用箇所は一々指摘していません。

●「日本人はよくない」
 これは3人が犯人グループに拘束された際、それを取り巻く民衆が叫んでいた言葉とされています。ささいなエピソードに思われるかもしれませんが、重要な問題をはらんでいます。これまでアラブ社会と日本はむしろきわめて友好的な関係を結んできたと言われています。広島、長崎の原爆投下をはじめアメリカに大変な打撃を受けながらその勤勉さで社会を復興させた日本人に、イラクの民衆も尊敬の念さえ持っていたとも言われています。
ところが、米のイラク戦争に世界でも最も早く支持の声をあげ、自衛隊を派遣してその忠誠ぶりを示した小泉政権は日本人・日本社会のアラブでの評価をすっかり落としてしまったということをこのエピソードは示しています。

(アメリカの)スパイ呼ばわりまでされた3人は、ことに高遠さんは英語で彼女らの活動、ボランティア活動をしていることを必死に訴えたとされています。そのことで「あなたたちの命は保証する」とグループのリーダーに言わしめているのです。このエピソードは彼らの命を救ったのが日本政府でないことを端的に示しています。人質解放の決定打は、彼ら自身がイラクの敵ではなかったからであり、「(イラクと)日本の歴史に救われた」(解放されたフリージャーナリスト安田純平氏)からであり、さらに言えば「解放されたのは人質になった人たちが、占領や自衛隊派遣に反対だったというのが第一の理由」(軍事評論家藤井治夫氏)だったからです。そして彼らの友人である多くの日本の反戦・非戦の市民運動が即座に救出運動を立ち上げて政府に、人質救出と自衛隊撤兵を要求したからです。

●「大皿で料理が運ばれ、民兵たちと食事しました」「(犯人グループは)農民たちで、僕たちは彼らの家々を転々とさせられたのだと思う」「犯行グループは、米軍に対する反発を背景に、住民の間に広いネットワークを持っていると感じた」「(3人は兵士たちと身ぶり手ぶりで話をした。)ファルージャの被害状況を、毎日聞かされた」「(メンバーの一人が)『私たちも迷いながら戦っている』と話した」
 これらの証言は、小泉政権や御用マスコミが「犯行グループ」「犯人グループ」と称される人々を「テロリスト」呼ばわりすることが如何にデタラメで理不尽かを示しています。彼らは米軍の暴虐・蛮行に怒りの声をあげ、やむを得ず抵抗闘争を始めた一般のイラク民衆、一般の農民なのです。
 時間的にも場所的にも、今回の人質事件は、4月初めに起こったファルージャの大虐殺と密接不可分なのです。米軍が何の罪もない老人、子ども、女性など700人、800人を虐殺した大事件です。戦車や攻撃機など米軍と対峙する近代兵器を持たない反米武装レジスタンス勢力が、襲いかかってくる米軍に対抗するため、窮余の策として「人質戦術」を取ったのです。そう考えれば、どう見ても正規の軍隊とは思えないバラバラな対応、色々な文書、人質への扱いの強弱等々も理解できるのです。

 今井さんも、郡山さんもそれを察知して、「犯行グループ」は、「米軍の攻撃で多くの死者が出ているファルージャの『レジスタンス』」と分析しています。さらに踏み込んで郡山さんは「米軍のファルージャ攻撃で家族を殺されたと話していた人もいた。外国人を拘束することでしかメッセージを送れない人たちだ」と述べ、今井さんは「すごく不器用な方法だが、僕もイラクに生まれていたら同じようにしたかもしれない」とまで述べています。今井さんはバクダッドで日本の警察から事情聴取を受け、拘束した犯人をどう思うかと聞かれた際「できれば彼らを捕まえてほしくないです」と答えています。もっとも、侵略者の側に立ち、イラク人の抵抗闘争を理解するはずもない日本の警察はこの答を「ストックホルム症候群じゃないか」と冷笑したそうです。

●「日本では『自作自演説』みたいなものが流れているんですよ」「(ビデオは)あれは演技じゃなかったのか?」「犯人グループから声明文が出されたんだけど、持ってないの」(以上、警察庁外事課職員(?))「(警察は)予め決まった筋書きで僕たちに質問して、その筋書きをマスコミに漏らして書かせたんでしょう」
 3人は解放後バクダッドの日本大使館に出向き、いったん休息をとるように言われた後、警察の事情聴取があるからと再び大使館に呼び出されています。事情聴取を行った人物は警察庁外事課の職員だと名乗ったそうですが、結局何者であるのかわからなかったそうです。これとドバイで計2回、警察庁、警視庁、高遠さんは北海道警の人物に聴取を受けたそうですが、これらが相当酷いものだったようです。郡山さんはドバイで受けた警視庁の事情聴取について「被害者か加害者かわからなかった」と批判し、「高遠さんが立ち直れない理由の一つにそれがある」とまで述べています。
 バクダッドで聞かれたことは、拘束された時の状況等々だったそうですが、今井さんは「いま思うと、この人は僕から『自作自演』を裏付ける証言を誘導しようとしていたのかもしれません」と振り返っています。冒頭の発言はすべてその時の警察庁外事課の職員と称した人物の発言だそうです。
 ドバイでは警察関係者は「秘密は守る」と前置きして、事情聴取したそうです。それなのに日本に帰ると大手の新聞には「警察庁によると」というクレジットで、「自作自演」とか「演技」とか書かれていたのです。今井さんは警察関係者は「予め決まった筋書きで僕たちに質問して、その筋書きをマスコミに漏らして書かせたんでしょう」と評価しています。だから帰国後の記者会見でビデオを撮られた経緯を説明したのに、翌日に「ビデオ演出認める」と一面に書かれたと暴露しています。

 このような警察関係者の対応(取りも直さず日本政府の対応)、御用マスコミとそれらの連携プレーは、事件発生直後、拘束期間中、解放後のすべての期間を通じて十分予測されるものでした。5月1日付け「週刊現代」の記事「解放された人質家族への誹謗中傷」などによれば、政府・与党、御用マスコミの内部では謀略・陰謀にも近い極めて酷い事態が進行していたことが見てとれます。
 政府は「人質」救出の策を講じる前に、米国からの依頼を受けて、警察や公安調査庁、内閣情報調査室を使って拘束された人々の思想・信条までチェック。マスコミは政府・官邸の意向を受け、事件そのものが「自作自演」ではないかとも読める報道を展開。政府・与党幹部は初期の段階から人質の命など考えない言動をオフレコの場で繰り返す。「人質」とその家族に対する敵対的姿勢は、被害者家族が自衛隊撤退を政府に要求するや頂点に達します。政府はマスコミを総動員し、世論を集団ヒステリーに誘導します。曰く「どうせ共産党でしょ」「解決したら家族のことを徹底的に暴いてやる」「自作自演だろ」「自業自得」「自己責任」「税金の無駄遣い」「殺されても仕方ない」「何様のつもり」云々かんぬん。

(2) もういいでしょう。拘束中からの政府・与党幹部、マスコミ等の対応を一瞥するだけで、いわゆる「自己責任論」等による攻撃の本質は自衛隊撤退論を封じ込めること、小泉政権による自衛隊派兵の政治責任、日本人の人質事件発生責任から国民の目を逸らせることにあったのであり、そのための方便以外の何ものでもなかったことが明らかです。

 しかしそれと同時に私たちは、「人質拘束」といった「危機的事態」の中で、日本政府の中に、またこうした政府に迎合する翼賛化したメディアの中に、そしてまたそうした政府=メディアに振り回される一般国民の中に、より危険なイデオロギーが潜んでおり、それが表に現れたことを忘れることは出来ません。それは「個人や家族は国家に逆らってはならない」とか、「非常時に国家に異を唱えるとは何事か」とか、国策に異を唱える者は「悪人」「非国民」であり、彼らに対するバッシングは当然という態度であり、国家に逆らう者、「反日分子」への懲罰を求めるといった、一種の「全体主義」とも「ファシズム」とも呼べる異常な軍国主義的イデオロギーが蔓延したことです。危険という他ありません。

 戦後社会の中で、幾度かこうしたイデオロギーが噴出したことがありました。ついこの前も拉致問題をきっかけに手が着けられないほどヒステリックな北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)バッシング、北朝鮮敵視キャンペーンが爆発し、今も継続しています。更に今回の人質バッシング、「自己責任論」です。一つ一つに反撃し一つ一つ潰して行かねばなりません。放置すればいずれ大変なことになるでしょう。現実の政治日程に上げられようとしている改憲や今国会でさらに付け加わろうとしている「国民保護法制」など有事関連法の動向を考えるならば、軍国主義イデオロギーとの闘いは決定的に重要になっています。



[3]政治権力=メディアが一体となった危険な世論誘導、危険な社会的心理操作が噴出しやすい状況に。

(1) 権力によるメディアを通じた世論誘導、世論操作の危険が、今日ほど差し迫っているときはありません。誰もが首をかしげる小泉首相の「人気」、戦後初の戦場への軍隊の派兵についても派兵前にあれだけ反対していながら今や賛成が上回るという世論の「怪」、国民に刷り込まれ続ける「自衛隊復興人道支援」の虚構、法治国家とは言えないほどデタラメな憲法無視、ここまでリストラが進み若者に働く場を保証せず苦しい生活を強いながら未だに5割の支持率という奇怪、「自民党をぶっ潰す」「抵抗勢力と闘う」「感動した」という実態なき“言葉”を信じる心理状況、「強者」「世論に迎合しない」「節を曲げない」等々、事態が戦争へ向かって進もうと政策がどんなに間違っていようと突っ張り続けることを是認する傾向、全てが小泉首相と政府の責任にされない不思議、等々。誰もが説明できない状況が、現に私たちの前にあります。

 しかしこの奇々怪々な現象を形成する最も決定的な原因の一つが、テレビ・新聞など、NHKや企業メディアにあることは明らかです。小泉政権は「テレビが作った権力」と言われるほどです。ごく少数の日本版“巨大メディア帝国”が小泉首相を支えているのです。メディアは、これまでも「第4の権力」と言われてきました。しかし小泉政権になってからその権力の大きさ、異常さも、政治権力とメディアとの癒着・融合も、突出したものになったのではないでしょうか。

 4月8日、今回の事件が起こった当夜、小泉首相が大手新聞社の幹部と懇談していたことはあまり知られていません。毎日新聞特別顧問の岩見隆夫氏、朝日新聞の早野透氏、読売新聞の橋本五郎氏などで、安倍幹事長も同席していました。フランス料理を食べ、ワインで酔っぱらっていたというのはこのことだったのです。さぞかし懇談したメディア・トップは跋が悪かったでしょう。メディア規制法を通じて、一層権力にすり寄る傾向が強まったとも言われています。NHKのキャスターで元NHK放送総局特別主幹の高島肇久氏が、外務省外務報道官として、最近よくテレビに出ているのも目立ちます。

 巨大派閥を持たない森派の力と影響力を最大限増幅する手段としてのメディア、実績もなしにパフォーマンスだけで権力を維持するためのポピュリスト的手法としてのメディア利用、長期不況の下で先が見えない「閉塞状況」、労働苦・生活苦にあえぐ民衆の鬱屈した精神状況、意識状況へのメディアの強力な作用、被差別者、社会的弱者や異質な者への攻撃が広がりやすい心理状況等々。一歩間違えば、部分的とはいえ今回見られたような「非国民」「村八分」を求める誤った「世論」、人為的に作られた「世論」が噴出しやすい状況が生まれています。一言で言えば、メディアの影響力が異常に強まっているのです。

(2) しかし、こうしていくらメディアを牛耳ってウソ・デタラメを垂れ流しても、情勢がシビアになればなるほど現実は現れずにはおきません。
 現在のイラク情勢の急変、占領体制の危機は、「自己責任」攻撃や自衛隊駐留論を根底から突き崩すほどのものになりつつあります。昨日11日には遂にサマワのオランダ軍兵士が手投げ弾で襲われ1人が死亡しました。現在米英占領軍は、反米姿勢を強めるシーア派のサドル師の肖像画を持っているというだけで、イラク市民を逮捕・拘禁し、それこそ虐待・拷問するまでエスカレートしています。オランダ軍急襲もサドル派弾圧への報復という見方があるほどです。その前にはバスラでもサドル派民兵と英軍が激しく衝突しました。もし米軍が聖地ナジャフのモスクへ突入すれば、イラク全土、特に南部一帯が騒然とした状況になるでしょう。サマワの情勢も一気に緊迫するはずです。いずれにしても日本政府・自衛隊への攻撃や大規模な抗議デモは時間の問題なのです。

 それだけではありません。イラク人への虐待・拷問・殺害事件の発覚で、ブッシュ政権は最大の危機に陥っています。イラク国内、中東の民衆からはもちろん、世界中から非難の嵐が押し寄せているのです。ブッシュのイラク政策への支持も、大統領支持率も最低になりました。今や米英と「有志連合」各国でイラク占領・駐留が世論の支持を失う局面に入ったのです。

 ところが、です。こんな中で一人日本の世論だけが、自衛隊イラク駐留を支持し、政権の支持率が5割を超えているという異常な状況です。泥沼化するイラク情勢、失速するブッシュの戦争政策、相次ぐ駐留軍の撤退ドミノ等々、まるでこのような緊迫するイラク情勢、世界情勢から切り離されたかのようなピンぼけの状況に国民が置かれているのです。
 もちろん国民自体にも問題があります。しかし最大の問題はやはりメディアです。NHKや大手メディアが、イラク戦争の実態も、自衛隊派兵の真の狙いも伝えないからです。「挙国一致」「翼賛体制」で垂れ流し続けるメディアの責任なのです。伝えられなければ、国民は知る由もありません。

−−今米で噴出するイラク人への虐待・拷問問題についても、米軍の組織的犯罪への切り込みがなく、米の新聞やTV報道を思い切り薄めただけ、何の手厳しい批判もありません。これで占領中止、撤退を要求するメディアはほとんど皆無です。
−−“ファルージャの大虐殺”をそれとしてストレートに告発した大手メディアもほとんど皆無です。メディアは「どこそこで戦闘があり何人が死傷した」と無味乾燥な報道をするだけで、ファルージャやナジャフやバグダッドでの米軍の蛮行を糾弾する報道はしないのです。
−−「6月の主権委譲」は今や常識のように書き立てられていますが、ウソです。「主権委譲はない」というのが今や常識なのです。これでは、今なぜイラク民衆が怒りを爆発させているのか分かるわけがありません。
−−反米反占領の民族解放運動を、「テロリスト」呼ばわりするウソ・デタラメも入るでしょう。
−−更に自衛隊派兵はどうでしょうか。これこそ「人道復興支援」の“言葉”のオンパレードです。日の丸バッジを配ることのどこが人道支援なのか。給水活動は元々能力なし。給水については、イラク住民の堪忍袋の緒が切れるのを恐れて今やフランスのNGOへの援助でごまかそうとしています。医療支援が聞いて呆れます。一緒にディスカッションするだけなのです。大手メディアは、本来の人道復興支援は軍隊でやってはならないこと、今の自衛隊の「人道復興」は隠れ蓑であり対米占領支援の軍隊を送ることが真の狙いであったこと、「人道復興支援」の虚構は早晩崩れてしまうこと、等々を正面切って報道しないのです。

 要するに、イラク戦争・占領の真実、実態をこれまで報道してこなかったことが、世界から“孤立”したかのような異常な国内世論を生み出したのです。しかも、こうして一層イラクへの関心をなくし、物事の善悪のまともな判断力・批判力をなくしている国民に、だめ押しのように今回の「人質事件」を利用した「自己責任論」、さらに「テロに屈するな」のメディアによる大合唱を送り届けたのですから、世論操作された国民の反応はいわば当然のことだったのかもしれません。しかしイラク情勢は、近い将来、必ずやイラク民衆の反米・反占領の闘いの爆発、従ってそれに加担する日本と自衛隊への一撃となって現れ、腐敗しきったメディアや眠り込んだ国民に衝撃を与えるでしょう。



[4]メディアのウソ・デタラメを見抜く力を!「自己責任論」攻撃をはねかえし、改めて自衛隊の撤退を要求しよう。

(1) 私たちは、3人あるいは2人が解放された後も続いた「自己責任論」攻撃を、人質やその家族たちだけに向けられた攻撃と捉えることはできません。それは、何よりもイラクで地道に活動を続けてきたボランティア、民間NGO、そしてジャーナリストに対する攻撃でした。さらにイラク戦争・占領、自衛隊派兵に反対し、人質解放のために全力を尽くした反戦運動、市民運動、NGO活動全体に対する攻撃だったのです。だからこそ私たちはこの無責任で、敵意むきだしの「自己責任論」によるバッシング・キャンペーンと最後まで闘わねばならならないのです。

 「30億円の救出費用を負担せよ」だの「税金泥棒」だのといった議論がありました。今井さんら3名は帰りの航空券を持っていたに関わらず、それも使用させず、警察の事情聴取のためわざわざ呼び出されたドバイからの航空運賃等を払わされるといった、とんでもない費用請求問題もあります。−−もし政府与党が本気で請求するというなら、1円単位まで領収書を含めて30億円の明細書を国民の前に明らかにすべきです。1枚1枚の領収書を精査・吟味しようではありませんか。そんなことをすれば、誰が救出を妨害したのか、否どのように人質を危険に陥れたのか、あるいは誰が時間を無為に過ごしそれに膨大な税金を浪費したのかがばれてしまうでしょう。この話はいつの間にかどこかへ飛んでいってしまいました。

(2) 今もって悪質なのはメディアです。先に紹介した読売新聞の「『自己責任論』は悪者か」といった論は、こう言います。「今回の問題でなぜ自己責任論が出てきたか、思い出してみたい。発生直後、主にその家族と周辺では、政府批判や自衛隊の撤退を求める声が相次ぎ、実に手際のよいデモや署名集めも行われた。一方で、自らの責任についての言及はほとんどなかった」と「自作自演説」を相も変わらず匂わせ、人質・家族に責任を転嫁させた上で、「他に責任を転嫁する前に、自らの責任を明らかにするべきではないのか。つまり責任転嫁との対比で厳しく問われたのが自己責任だった」と、未だにウソを繰り返しているのです。そこまで言うなら、ぐちゃぐちゃ言い訳をするのではなく、正式に調査報道を行い、「自作自演」説の証拠を、新聞紙上で出典を含めて明らかにすべきでしょう。それが新聞とメディアの責任というものではないでしょうか。いつまでウソ・デタラメを流せば気が済むのか。証拠を示せないなら、国民に対して誤った報道をして人心を惑わした「扇動責任」を含めて謝罪すべきです。それは、「犯人の犯行声明は日本の過激派と言い回しと同じだ」と、「自作自演」説の変形である「過激派」関与説を垂れ流した産経新聞も同じです。

(3) しかし問題は、こんな低次元の右翼系メディアのでっち上げに乗ってしまう国民の側にあるのかも知れません。今やまともな戦争報道をしなくなったNHKや企業メディアのねじ曲げられた報道のウソ・デタラメを、市民一人一人が見抜く力を付けることが大切なのです。ここに反戦運動の新たな役割があります。

 なぜ日本人が狙われたのか、なぜ人質になったのか、もう一度よく考えてみるべきです。言うまでもなく日本政府がイラク戦争を支持し、世界中の国のどこよりも忠実に米英占領軍に参加し、加担を続けているからです。この日本政府の姿勢は、先述したように、日本人を友人と感じ好意をもっていたイラクと中東の民衆の親日感情を一変させ、日本に対する不信と敵意を抱かせるようになっています。イラク民衆は米軍の不当な占領と暴虐・虐待にいつまでも我慢しているわけではありません。そしてそれに加担して自衛隊を派兵し続ける日本政府に我慢がならないのです。その怒りが当の自衛隊と日本政府に今後も向かないという保証はどこにもありません。

2004年5月12日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局





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