これは大量殺りくだ! 米軍が占領に抵抗するイラク民衆100人以上を無差別に殺害!
○米軍は今すぐ住民虐殺ををやめよ! 抗議の声を挙げよう!
○「イラク新法」廃案。イラク民衆の抵抗を圧殺するための「自衛隊」=日本軍出兵反対!
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(1)米軍が占領に抵抗する民衆への“血の弾圧”を開始。今すぐ抗議の声を!
REUTERS/Jamal Saidi . Common
Dreams News
Center より |
私たちが最も恐れていた事態が起こっている。イラク民衆の抵抗に手を焼いていた米軍が無差別殺りくを始めたのだ。「スンニ・トライアングル」というスンニ派、バース党支持者が集中しているイラク中央部、バグダッド北部・北西部に、4000人もの兵力を投入し、大規模な軍事作戦を強行したのである。「半島打撃作戦
Peninsula Strike 」と名づけられたこの作戦を開始したのは、6月9日である。6月11日の時点でこの作戦を察知した米の各メディアが一斉に報道した。2日も経過していた。この様子については、インターナショナル・ヘラルド・トリビューンの翻訳資料を最後に付けたので参照して欲しい。
※「U.S. forces move against Iraqi
resistance」インターナショナル・ヘラルド・トリビューン 2003年6月12日
by ディヴィッド・ロード、マイケル・ゴードン
http://www.iht.com/cgi-bin/generic.cgi?template=articleprint.tmplh&ArticleId=99305
少し大きく取り上げられたのは12日未明の作戦であった。米軍はバグダッド北90`にあるバラドで27人、バグダッド北西150`にある地域で70人を殺害した。米軍発表によれば、前者は待ち伏せ攻撃への応戦、後者は「テロリスト・キャンプ」への米軍の反撃だとのこと。無法に侵略してきた米軍、しかも住民に銃で威嚇し銃殺を繰り返す野蛮で傲慢で卑劣な米軍に対して比較にならないほど劣勢な小火器で抵抗することは当然のこと、正当なことである。
※「襲撃グループ27人を殺害 米軍がイラクで掃討作戦」(共同通信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030613-00000207-kyodo-int
6/16 バグダッドから70Kmの Khaldiyahで。
(AP Photo/Saurabh Das) |
特に後者の場合は、民家を一軒一軒ドアをぶち破って進入し、一方的に「テロリスト」と決め付けた住民、抗議した住民を無差別に殺しまくった。間違いなくこれは無差別大量殺りくである。後で紹介する翻訳資料には、わずかながら乱暴で暴力的な家宅捜索をする米軍の横暴の証言が載せられている。
合計少なくとも100人以上。これだけのイラク住民を同時的に一挙に殺害した虐殺事件は、バグダッドが陥落して以降初めてのことだ。米はついに侵略軍=占領軍の本性をむき出しにし始めたと言っていいだろう。どこが「イラクの解放」、どこが「イラクの人々の自由」なのか。英BBC放送は、100名の殺害を6月13日付で報道した。(この報道については、近いうちに翻訳し紹介する予定)
※「US hunts down 'Saddam loyalists'−−American
soldiers have been involved in heavy
fighting
against Saddam Hussein loyalists killing
up to 100 Iraqis, according to US military
officials. 」13 June, 2003
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/2986810.stm
※「US troops kill 97 Iraqis in new
attacks
−−Saddam loyalists posing problems
two
months after Bush declared major combat
operations
at an end」Rory McCarthy in Baghdad June
14, 2003
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,977329,00.html
私たちは怒りで打ち震えている。虐殺は今も継続されている。こんな暴虐を断じて許してはならない。血の弾圧に乗り出したブッシュ政権、在日米大使館などにFAX、電話、メールなどで今すぐ抗議の声を挙げよう!
(2)米軍による大量殺りくの事実を一人でも多くの人々に知らせよう!
6/14 バグダッド近郊の al-Khazraj 村で。
(AP Photo/Saurabh Das) |
現地では米軍の報道管制が敷かれている。すでに述べたようにこの虐殺事件を引き起こした大規模軍事作戦は6月9日に始まったのだが、世界に報道されたのはイラク人100名を殺した13日以降、いずれもイラク駐留の米軍スポークスマンの発表であった。逆に言えば米軍が報道しなければ分からなかったのである。実はここに恐ろしさが出ている。イラク現地で米軍がいつ、何をやったのか、見えにくくなっているのだ。下に翻訳したインターナショナル・ヘラルド・トリビューンの記事によれば、最初「米軍への攻撃の激しさを正確に判断することは、ずっと困難だった。米軍当局者によれば、イラクにおける米兵の死は公表するが、報道機関からの具体的な要望を受けたときに攻撃があったことを公に確認するだけである。」という態度を取っているからである。米英の報道機関が米英の占領を批判する態度から必死に取材しないと分からない状況になっているのだ。
国際世論の監視がおろそかになれば大変なことになる。日本ではほとんど取り上げられず、取り上げられても取り扱いが非常に小さい。しかしこの種の報道に目を見開いて注目して欲しい。非力だが私たちもできるだけ翻訳して皆さんに紹介し、米軍が開始した“血の弾圧”に人々の注意を喚起し続けたい。
(3)イラク民衆の抵抗は「テロ」ではない。反米・反帝の民族解放闘争であり正義のゲリラ戦争である。−−真実をねじ曲げるマス・メディアに抗議する!
米軍は今回の住民虐殺を正当化するために、米軍への「テロ」への反撃だと主張している。しかしこんなバカなことはない。無法にイラクに侵略しておいて反撃を受けたら「テロ」とわめく。まるでやくざ、盗人猛々しいとはこういうことを言うのだ。バース党支持者、フセイン支持者、民兵残党がどうだというのか。無法な侵略で軍事的に壊滅させられた旧政権の支持者であろうが軍人であろうが、もちろん民衆であろうが、米軍の占領に抵抗することは無条件に正しいことである。私たちは、イラク民衆の米占領軍に抵抗する闘いを、反米・反帝、反植民地主義の民族解放闘争として、「正義の戦争」として断固支持する。
6/16 Khaldiya (Chris Helgren/Reuters
Common
Dreams News Center より) |
問題は日本のメディアが、この米軍の「大本営発表」を垂れ流しにしていることである。毎日新聞は6月14日付で「米軍100人殺害 テロリスト掃討 待ち伏せに応戦」と報道した。まるで米軍に抵抗することが「テロ」であるかのようにねじ曲げている。はっきりと編集上の価値判断がここに出ている。読売新聞13日付の「残党民兵摘発で米軍が400人逮捕」も同じだ。日本のメディアは、国際法や国連憲章はもうどうでもいいと言うのであろうか。
しかしどちらが侵略者でどちらが自衛権の行使なのか。どちらが不正義でどちらが正義なのか。どちらが無法でどちらが合法なのか。少し考えれば分かることである。国連憲章・国際法を破り一方的に侵略してきたのは米英の側ではないのか。軍事占領は侵略戦争の継続である。そんな無法な占領に抵抗すること、ゲリラ戦で戦うことがなぜ「テロ」なのか。全く転倒している。
イラク民衆の抵抗は、石油パイプライン爆破の形でも始まった。イラク北部の油田地帯バイジにあるトルコ向け石油パイプラインが炎上した。後に米軍はこれは事故だと発表したが、アラブ系のTVやAFP通信などは破壊活動によるものだと報じている。
もしこれが事実なら、これもイラク民衆が自国の石油資源を守るための正当な闘いである。なぜなら米のイラク侵略の最大の狙い目は石油略奪だからである。米は石油輸出再開を急ぎ、その儲けを軍事占領費用に投入したり、自国の土建業者や復興ビジネスにつぎ込もうとしているからだ。またイラク石油を牛耳ることでOPECを揺さぶり米英に有利な石油価格決定権を握ろうとしている。
※「Sabotage Hits Iraq Pipeline as
US Prepares
to Resume Exports−−"It's to
stop the
Americans taking the oil out to Turkey"」June
13, 2003 by AFP
http://www.commondreams.org/headlines03/0613-02.htm
しかも米英が唯一の根拠にした「大量破壊兵器」がないことがはっきりしてきた。ますますその無法性、違法性は明らかだ。早い話がイラク戦争はブッシュ政権とブレア政権の共同謀議、情報操作・世論操作ででっち上げられたのだ。もはや明々白々、アメリカこそが国家テロリズムなのだ。メディアも、米英の情報操作に尻尾を振ったり無批判に迎合するのではなく、報道の原点である真実の報道に立ち返るべきである。
(4)「イラク特措法」を廃案に!イラク民衆の抵抗を弾圧するための自衛隊=日本軍の派兵を阻止しよう!
先週末どさくさ紛れに閣議決定され国会に上程された「イラク復興特別支援法」、いわゆるイラク特措法は、「復興支援」とは名ばかり。法案には自衛隊を派兵すること、米軍の軍事作戦の一翼を担うことしか書いていない。
一昨年の「テロ特措法」の自衛隊派遣はインド洋への海上自衛隊艦船の派遣であり、主な任務はアフガニスタンに侵略する米などの艦船への給油であった。侵略相手は名実ともに海軍力を持たない。だから海上が主戦場にはならないことがはっきりしていた。ところが今回は全く違う。米軍による軍事弾圧強化とイラク民衆の武装抵抗闘争がぶつかり合うイラク本土へ、1千名に及ぶ陸上自衛隊の部隊を重火器を装備し、しかも戦闘・戦死を覚悟して派兵するというのである。
(AFP/Sabah Arar) |
しかも上述したように、米軍はイラク民衆のゲリラ戦に手を焼き、ついに大規模な殺りく作戦を展開し始めたところなのである。軍事占領の最も抑圧的な血なまぐさい本質が前面に出る局面で派兵することになる。従って自衛隊、否日本軍の役割は一足飛びに軍隊の最も残虐な本質をむき出しにするよう迫られる。
第一に、イラク民衆の民族解放闘争、国際法上全く正当な自衛権行使のゲリラ戦争を米軍が大量虐殺で弾圧する作戦を支援することになる。民衆虐殺の支援である。
第二に、単に米英を支援するだけではない。自らも虐殺に加わることになる。武器使用基準は大幅に緩和されようとしている。官房長官は「命をかけよ」と自衛隊員に戦死を強要した。今のイラクには「前方」も「後方」もない。イラク全土が「戦闘地域」である。重火器で装備し銃撃戦、砲撃戦も辞さないとの構えで派兵することで、イラクで実際に民衆虐殺を実体験させ、正真正銘の侵略軍に変貌させようと言うのである。
タガが外れたとしか言いようがない。どさくさ紛れに憲法論議など素通り。幾重にも及ぶ違憲行為が、一気に突破されようとしているのである。もはや“専守防衛”の「自衛隊」ではない。正真正銘の軍隊、侵略軍である。「交戦権の否定」や「個別自衛権」、更には「集団自衛権行使」など「自衛権」論議もすっ飛んで、いきなり侵略軍を送り込み、民衆弾圧・民衆殺戮をやろうというのである。
民衆弾圧・民衆殺りくのための地上部隊の派兵−−日本の軍国主義は、自衛隊を全く新しい危険な段階にエスカレートさせられようとしている。この一線を絶対越えさせてはならない。私たちは今こそ、抵抗に立ち上がったイラク民衆と連帯しなければならない。その連帯の最大の証こそが自衛隊派兵阻止なのである。私たちは、「イラク特措法」の廃案を要求する。
2003年6月16日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局
米政府に抗議を集中しよう!
● アメリカ大使館
〒107-8420 東京都港区赤坂1丁目10-5 アメリカ大使館
駐日米国大使 ハワード・H・ベーカー駐日大使 様
E-mail mail-jpn@pd.state.gov
Tel:03-3224-5000 Fax:03-3505-1862
● ホワイトハウス
E-mail president@whitehouse.gov
President George W. Bush
The White House
1600 Pennsylvania Avenue NW
Washington, DC 20500, USA
イラク、THULUIYA発、6月11日 −−
米軍は、イラクでバグダッド陥落以来最大の戦闘作戦行動を行い、今日完了した。ジェット戦闘機や装甲車輛やパトロール船が、米兵を攻撃する無法者の隠れ場になっていると言われているバグダッド北方の30平方マイルの半島を取り囲み、それにバックアップされて
3,000人以上の兵士によって行われた。
月曜(6/9)の朝早く米軍がこの農業の町に入ったとき2つの短い銃撃戦が起こった、と米軍司令官は述べた。4人のイラク人が死に、4人のアメリカ人が負傷し、375人のイラク人男性が拘束された。イラク人市民たちによれば、アメリカ人兵士が女性や子どもに手錠をかけ、一人の男性を殴り殺し、もう一人が心臓発作で死ぬのを放置したというが、米軍当局者はその非難を「全くの偽り」だとした。
この作戦の範囲と規模は、−−数千人がこの地域を急襲したとき、無線操縦無人機、F-15戦闘機、AC-130武装ヘリコプターが上空を旋回していたのだが、−−重大な大規模作戦であることを示している。それは、バグダッドの北部と西部のスンニ派イスラム教徒支配地域での抵抗運動を、初期の段階で鎮圧しようとするアメリカの新たな大規模作戦である。この地域は、「スンニ・トライアングル」として知られており、サダム・フセイン−−彼自身がスンニ派イスラム教徒だった−−の支持基盤であった。
軍高官によれば、「半島打撃作戦 Peninsula
Strike 」と名づけられたこの作戦は、旅団規模の機動部隊によって遂行されている。
4,000人かそれ以上と見積もられる軍部隊が、直接または間接的にかかわっている。(同じぐらいの数の軍部隊がファルージャに配置されてきた。しかし、それは一回の作戦行動ではなく、数か月にわたって展開する配置にかかわることである。)
この作戦の目的は、サダム・フセインに忠誠を誓う者や、前情報局職員、前バース党員、その他バラッドの東の半島に聖域をもつグループなどを拘束することである。
米軍はまた、カネの隠し場所も捜している。米軍は、カネがこの地域に隠されていて、イラクでの反米行動の資金に使われていると考えている。この資金源を見つけ出し捕捉することが重要な目的である。そしてあわせて武器も捜索している。
「我々はこの場所を捜索しつくす予定だ。」と一人の米軍高官が述べた。
無法者たちは、この地域で米軍の護送隊を攻撃するのに、戸外の照明や家の灯りを利用したり、攻撃のタイミングを見計らうための見張りを置いたりして、ますます高度なテクニックを使うようになってきている、と米軍士官は述べた。低い死傷者率の数週間の後、
ここ15日で10人の米軍兵士が殺され、数十人が負傷した。
この作戦の指揮者であるフレデリック・ルーデシャイム大佐は、次のように述べた。バグダッド北部の数十平方マイルの領域で待ち伏せの奇襲攻撃を計画して遂行した30人から50人の中核グループは、捕捉されたと確信している、と。初期の取り調べと他の証拠から、そのグループには、前イラク情報局職員とサダム親衛隊フェダイーンのメンバーが含まれていることが示されている。
大佐は、第4歩兵師団第3旅団を指揮しているのだが、次のことはまだはっきりしていないと述べた。ここのグループが、この2週間に4人のアメリカ人を殺した攻撃現場であるファルージャとティクリートという不穏な都市の、他のサダム忠誠者といっしょに活動していたかどうかということである。「我々は関連はつかんだ。」と、彼は、捕捉した者たちとバグダッドの北部の攻撃との結びつきに触れながら述べた。「しかし、それが別々のものか広範なものかを今言うことはできない。」
第4歩兵師団は、ティクリートからキルクークまで、またイラン国境までの広大な地域をかかえている。米軍の評価では、ティクリート、キルクーク、バイジはこの地域の中にあるが、相対的に安全である。しかし、米軍司令部は、バラッド、タジ、バクバーでの抵抗に懸念を抱いてきた。
抵抗の多くは、バラッドの近くのこの半島に隠れている反米分子が支持し、資金提供し、協力している、と軍は考えた。そこで、この半島地域の作戦行動を行なったのである。
「チグリス川に沿って上流の方に、おびただしい数の前政権忠誠者、バース党員、フェダイーン、イラク情報局職員などがずっと潜んでいて、米国人を攻撃するために人を手配し続けている。」と、イラクの米軍を監督している第5軍参謀長で旅団将軍のダニエル・ハーンは述べた。「だから我々は、情報収集してこの半島を見つけ出したのだ。」と。
米軍への攻撃の激しさを正確に判断することは、ずっと困難だった。米軍当局者によれば、イラクにおける米兵の死は公表するが、報道機関からの具体的な要望を受けたときに攻撃があったことを公に確認するだけである。
チグリス川の湾曲が小さな自然の半島をつくっているこの孤立した地域での兵士たちとの会話から、米軍への攻撃のレベルが激しかったことがわかる。兵士たちは次のように述べた。夜の護送隊は、決まってこの地域で攻撃され、車輛を攻撃する弾丸やロケット・ランチャーが砲手の頭をかすめジープの間を飛びかった。「我々は、それらの攻撃の精度が悪くてまさに幸運だった。」と、護送隊が炎上した兵士の一人が言った。この最新の作戦行動までは、数百人の米軍兵士がこの地域をパトロールしていただけだった。そして、攻撃に対する軽武装の護送隊の一般的な対応は、攻撃されたときには逃げることだった。兵士たちは、今では攻撃には応戦していると言う。そしてルーデシャイム大佐は、この作戦行動が発動されてからは攻撃がないと言う。
イラク人は多くが、この作戦行動をノルマンディー侵攻よりも大きなものだと断言して、度を越したものだと激しく不満を述べた。兵士たちは、米軍兵士が捜索に窓を壊し家々を占拠し拘束者に乱暴を行なったと不満を述べた。
米軍当局者は、この非難を否定した。
批判は、明らかに心臓発作で死んだ50代の2人の男性の死に集中した。一つの家族は、米軍兵士がヤセム・ルムヤードに薬を与えるのを妨げたと、激しく不満を述べた。彼は52歳で、襲撃の中で明らかな心臓発作で死んだ。
ルムヤード氏の80歳の母親ヘラ・カリーフは、次のように述べた。女と子どもは襲撃のあいだ手錠をかけられた、そして米軍兵士は、彼女とルムヤードの妻と娘が彼に薬を与えねばならないと要求したとき、彼女らにさるぐつわをかませた、と。「彼らは私の口にテープをはったんです。」と彼女は述べた。
米軍当局者によれば、女性たちの説明は偽りで、ルムヤード氏は薬を与えられたという。しかし、これにかかわったある米軍士官は、ある場所では女性と子どもが米軍兵士に手錠をかけられていたと述べた。その士官によれば、手錠をはずすよう命令をしたという。イラク人によれば、この掃討作戦の規模と攻撃性は現地の住民全体を遠ざけるほどのものであった。ルーデシャイム大佐は、この襲撃は米軍を攻撃する小グループをターゲットにしたものであると述べた。この2日間は待ち伏せ攻撃がないということは意を強くするものだが、この作戦が増大する攻撃を抑制するかどうかを言うのは早過ぎる、と彼は言う。
「それは長引きそうな問題だ。」と彼は言った。「攻撃は下火になったままでいるかどうか?」
※この記事は最初に「米軍が大規模一斉検挙、400人のイラク人を拘束」という見出しで「ニューヨーク・タイムズ」2003.6.11に掲載されたものである。翌日12日に、インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙に転載された。その時の見出しが標記の見出し。内容がストレートに出ているので、後者の記事を翻訳した。
米軍当局者によれば、米軍兵士はサダム・フセイン忠誠者との激しい戦闘に携わり、100人ものイラク人を殺した。
バグダッドの北方およそ60キロメートル(35マイル)のバラッドで、米軍戦車がロケット・ランチャーを発射した後に、27人のイラク人が殺されたという。
そして、首都の北西150キロメートル(90マイル)の、米軍が「テロリスト」訓練キャンプと呼ぶ場所での長引いた激しい攻撃−−木曜日に始まった−−のあいだ中に、少なくとも70人のイラク人が殺された。
米軍によれば、この作戦行動でこれまでに70以上の対空ミサイルと、ほぼ同数の対戦車手榴弾を捕獲したという。
コードネーム「ペニンスラ・ストライク(半島打撃作戦)」は、チグリス川に沿った地域一帯での引き続くイラク人のレジスタンスの鎮圧を目的とした米軍の作戦行動だが、5月初め以降で最大のものである。
BBCのジム・ムーアは、バグダッドから次のように報告している。敵意の復活は2つの要因の組合せに起因していると思われる。その要因とは:
・連合軍は初期の侵攻で、広大な地域を避けて通ったという事実。その地域が今、敵対的な要素で満ちていることが明らかになっている。
・倒された旧体制に忠誠を誓う戦闘員、または連合軍に敵対的な戦闘員は、再結集する時を得て、反撃に転じている。
米軍の指揮官たちによれば、彼らは、現地に根ざして組織されている小グループからの抵抗に直面しているという。組織された全国的運動ではないという。
作戦行動が加速したとき、ロンドンに本拠を置く「クッズ・プレス」の現地支局は、前イラク指導者からの手書きのメッセージだというものを掲載した。
そのメッセージは、−−サダムの「自筆サイン」も掲載されて−−連合軍がイラクから放逐されるまで「情け容赦のない戦争」を続けることを誓っていた。
より頑強なレジスタンス
ジョージ・W・ブッシュ大統領がイラクにおける戦争は事実上終了したと宣言した5月1日以降、40人以上の米兵が殺された。
イラクを運営している米高官ポール・ブレマーは、バース党忠誠者の組織された抵抗による米軍兵士に対する引き続く攻撃を非難した。
米軍の方は、次のように述べた。今週の作戦行動は、「バース党の忠誠者や、準軍事的グループ、その他破壊活動をする諸要素を根絶するための、引き続く努力」の一部である、と。
米軍当局者によれば、この作戦行動は、タリバンとアルカイダの残存者を根絶するためにアフガニスタンで行なわれたものと同様のものであり、このような作戦行動がもっと行われることになるだろうという。
しかし、米軍当局者はここ2〜3日の作戦行動を成功と見ているが、同時にまた、ペンタゴンの多くの者が予想していた以上に抵抗のレベルが大きいということを、まさに意識させるものでもある、とBBCのニック・チャイルズは述べている。
米軍当局者によれば、モスルの北方の町でまた戦闘があり、一人の米軍兵士が重傷を負ったと報告された。
そしてキルクーク北方の町の近くでは、「アルカイダのシンパサイザー」と疑われる74人が逮捕された。
木曜(6/12)には、米軍機2機がイラクで墜落した。
パイプラインの火災
イラク北部の油田地帯からトルコへのびる主要なパイプラインが、この間に炎上した。バグダッドの北方225キロ(140マイル)のバイジの近くである。しかし原因ははっきりしていない。
現地情報では、火災はパイプラインに設置された爆弾によって引き起こされたという。場所はサダム・フセインの故郷で権力基盤だったチクリートの近辺である。
トルコの外相アブドゥラ・グルも、パイプラインはトルコの地中海の港セイヤンへ引かれているが、この火災は故意の破壊によるものだと述べた。
しかし米軍情報では、火災はガス漏れの結果だという。
現在、米軍とイラクの技術者が重要な連結部を修理している。
戦火の下にある米国人
6月10日 : バグダッドで、ロケット・ランチャーによる攻撃で1人死亡。
6月8日 : アルカイムで、1人が銃撃され死亡。
6月7日 : チクリート近くの攻撃で、1人死亡、4人負傷。
5月27日 : ファルージャで、2人死亡、9人負傷。
イラク・ラワ市,6月14日(イスラム・オンライン・ネット)
6月13日、金曜日の早朝、米軍部隊が100人以上のイラク市民を「大虐殺」した。その多くは就寝中に殺害された。こう目撃者はイスラム・オンライン・ネットに語った。
バグダットの北西400kmに位置するラワ市のイラク民間人の家々に対して米軍は、戦車と武装ヘリコプターから狙いを定めて発砲した。そして数十人が殺害された。彼らはこのように非難した。
この町の住人たちは、米軍の激しい砲撃を浴びた家から逃げ出した。
彼らの中の数人は軽火器を取って立ち上がり、占領軍と戦った。不特定多数の米軍部隊を殺害、負傷させたと、目撃者はIOL通信員に語った。
「12人の仲間の死体がロープに縛られて見つかった。皆、頭に弾丸を受けていた。アメリカ人は彼らを拘留し、このような残酷なやり方で即座に処刑した」と、町の部族リーダーの一人であるアブ・サードゥン氏は非難した。
「今や、我が国の占領に対してだけでなく、わが息子たちの虐殺に対して復讐しなければならない。我々は、アメリカ人の頭上に地獄の扉を開いてやる」と、彼はIOLとの単独会見において誓った。
疲れ果てへとへとになった様子のアブ・カレド氏は、アメリカ人の手による大虐殺の犠牲者を葬るための大量の墓を掘って、ラワ郊外の荒地で3時間も費やしたと、IOLに語った。
「私たちは、80人以上の息子たちを埋葬した。しかし、何をしてアメリカ人を我が民の殺害へと押しやったのか、困惑している。私たちはバグダットからも遠く離れているし、ここではいかなる戦闘も報告されていない。」
「ここには、占領軍が主張するようなトレーニング・キャンプなるものは存在しない。バース党員もいない。何もないのだ。ラワ市の民衆は、すべておとなしいスンニ派信徒だ」とアブ・カレド氏は悲嘆にくれた。
「ラワ市には、多くの博士号と大学修了証書の保持者がいる」と彼は断じた。
彼はIOLに対して次のようにうち明けた。アングロ・アメリカ人による占領に先立つ数日間にイラクに集まってきた多くのアラブ戦士は、アラブ諸国を防衛する軍隊への参加を目的に時折町にやって来たし、また多くのイラク軍将校の近辺に住んでいた、と。
「しかし、彼らはバース党員の将校ではない。彼らはサダム政権に反対したが、祖国のアメリカ人による占領については、さらに強く反対している」と、イラク軍の将校についてアブ・カレド氏は語った。
アメリカの占領に対するレジスタンスは現段階では最高潮には至っておらず、まだ初期の段階にあると彼は断言した。
アメリカ軍の装甲車と戦車は、バグダット−ラワ間のハイウェイに沿って重点的に配置されている。しかしアメリカ軍の誰もIOLのチームに対して、フセインとバース党に忠誠を誓う者たちを掃討している、ということ以外の言質を与えなかった。
スンニ派が多数を占めるイラクの北部と北西をなぜターゲットにしたのかを尋ねてみると、名前を述べるのを断ったあるアメリカ人少佐は、「テロリスト」活動家がそこにいたこと主張しつつも、その地域がスンニ派に属するのか、それ以外に属するのか、彼らは気にもかけていないと語った。
バース党支持者ではなくイスラム教徒である
ラワ病院の医師であるマジード・アル・ラウィ氏は、バース党員とフェダーイン・サダムは戦争の間闘わず、アメリカ人のためにイラクを去ったと主張する、アメリカ人の「迷信」のまやかしを暴露した。「それではなぜ今になって彼らは、抵抗にこのような熱心さを発揮するのか?」
「治療した大部分の少年たちを、私は個人的にたいへんよく知っている。彼らはおとなしいイスラム教徒であり、バース党員ではない」と、彼はIOL特派員に語った。
「サダム・ロイヤリストとバース党員を掃討するといった優美な物語は、説明もないままに、すべての人権を侵害し、民衆を拘束、殺害するために、またメディアによって明らかにされることを避けるために、占領軍によって用いられている口実である」と医師は断言した。
「仮にアメリカ人が正しいとしても、このような恐るべきやり方で民衆を直ちに処刑する権利が与えられているのか。イラクの民衆に与えるためにやって来たと主張していた民主主義と自由は、いったいどこに行ったのだ?」
アル・ラウィ医師は、多くのイラクの若者たちが侵略する部隊と闘うことを望み、「彼らたち(米軍)自らが、私たちの下へやって来た」と叫んでいるのを思い出した。
名乗ることを拒否した地方のリーダーの一人はIOLの特派員に対して、「全能のアラーに誓う。ここにはトレーニングキャンプなど無いことを。私たちはそれを必要としていない。イラクの子供なら誰でも、武器をどのように扱うのかを知っている」と語った。
「義務であった軍隊への協力と、イラクが過去20年間も戦ってきた長期間継続した戦争は、多くのイラクの男たちに軍事作戦と重火器の使用に関する技術を教えた。」
アラブ国家の守護者として偽って演出するために、サダムによって創設された民衆の軍隊(Popular
Army)とアル・クッヅ軍(Al-Quds Army)は、アメリカ人が我が国土を侵略するのを防ぎはしなかったが、男性、年寄り、女性、子供にあらゆるタイプの武器の使用を訓練した、と彼は語った。
「我々が占領軍を町の外へ追い出すための真のレジスタンスを始めた時、これは大いに助けになる」と名前を伏せた地方のリーダーはIOLに語った。
彼は怒りながら言った。アメリカ人は我々の伝統を少しも尊重せずに、暴力と野蛮をもって我が家に侵入したのだと。
「彼ら(米軍)は主張している。バース党員を掃討していると。しかしながら事実は、彼らは我々が占領に抵抗しないように、脅迫しようとしているに過ぎない」と彼は結論を下した。
米軍の犠牲者
米占領軍は、イラク北部のすべてのスンニ派の地域において、日々死傷者と損害を出し続けている。
ファルージャでは反占領レジスタンスは拡大しており、そこに配置されたアメリカ軍は、日没になると自らの駐屯地を離れるのを怖れ、動くものすべてにむやみに発砲するほどになっている。
首都バグダットの西部に位置しているアブ・ギャレブ、エル・ラマディ、ヒートの町もまた、組織的なレジスタンス作戦の場となっており、死亡者を出し、米軍兵士と兵器装備に損害を負わせている。
この3日間についてIOL特派員が確認したところ、米軍は7人の兵士を失った。3機のアパッチ武装ヘリがロシア製のステラミサイルにより撃墜され、RBJによって2台の戦車が破壊された。
レジスタンスによる攻撃と犠牲者に激怒して、米軍はメディアに対して敵対的な態度を強め、またファルージャの全住民から電気を奪い去った。
つねに米軍は、どんな攻撃地点をも直ちに立ち退かせることに熱を上げている。たとえそれが、より多くの人命を失わせても。
一人の米軍士官がIOL特派員に語った。メディアがどんな米軍犠牲者の報道を行うことも許してはならないとの厳命が下されていると。
米軍が攻撃地点を変えたとしても、戦闘がそこで荒れ狂っていることに誰も気が付きはしないであろう。
トルコに向けた石油輸出の妨害を狙った二度にわたる爆弾攻撃の後、イラク北部の油田地帯の主要なパイプラインは火を噴いた。
バグダットのイラク中央政府の許可もなく石油を輸出し、イラク人の石油の富を強奪するアメリカ人を、彼らは非難している。
米占領軍は、金曜日にバグダットの北東で31人のイラク人を殺害し、その翌日の別の大規模な攻撃によって70人を殺害した。死者合計は101人にも達した。
6月9日月曜日、米陸軍は、米占領軍に対する直近のレジスタンスの攻撃に参加した容疑のイラク人約400人を拘束した。
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