<イラク戦争と「民営軍事請負会社」(上)ヒートでの日本人“傭兵”拘束事件と「戦争の外注化」>
イラクに群がる“新しい死の商人”=「民営軍事請負会社」(PMF)
◎イラク戦争を食い物にし、一挙に“戦争市場”を拡大
◎殺戮と破壊をビジネスと金儲けの手段にする資本主義・帝国主義の腐敗と野蛮と闇の極致



[1]ヒートでの日本人“傭兵”拘束事件と民営軍事請負会社(PMF:Private Military Firms)

(1) バグダッドの西方150キロにあるヒートで、現地時間5月8日夕、米軍の業務委託を受けていた英国の警備会社ハート・セキュリティー社の車列が襲撃されて十数人が殺され重傷の日本人一人が拘束されたというニュースが、10日いっせいに報じられた。今回の事件は、イラクで活動する「民営軍事請負会社(PMF:Private Military Firms)」の存在とその大きさを浮き彫りにしている。

 この事件で問題となっているハート・セキュリティー社は、99年7月設立のキプロスに本拠をおく民間警備会社とされるが、英国軍の特殊部隊SASの元将校らが設立した民営軍事請負会社である。イラクでは、開戦当初から活動し、さまざまな施設の警備や人員の警護だけでなく、イラク治安部隊の訓練も行っている。
 今回の「邦人拘束事件」は、昨年たびかさなって起こった邦人拘束・殺害事件(4月の日本人ボランティアやジャーナリストが拘束された事件、5月の2人の日本人ジャーナリストが殺害された事件、10月の民間人が殺害された事件)とは本質的に異なる。昨年のいくつもの事件は、米軍による国際法を蹂躙したイラク侵略と不当な占領支配に反対または批判的な立場の人々、あるいはジャーナリストが、侵略と占領への日本政府と自衛隊の加担の故に、現地の人々に拘束または殺害された事件であった。
 しかし、今回の事件は、米軍の侵略と占領にカネで雇われて協力・加担する傭兵である。“米軍の犬”であり、戦争を食い物にする民営軍事請負会社の従業員である。米の侵略・占領を支える立場からか、小泉や政府与党からは、打って変わって「自己責任」の声は全く出ない。それこそ「自己責任」ではないのか。

 現に、今回拘束された人物は、米軍がイラク西部のシリア国境付近のカイムなどで展開していた大規模な掃討作戦「マタドール」作戦に従軍していた。カイムでは昨年のファルージャ攻撃と同様、病院が襲撃され多数の医療関係者や患者が虐殺され、空爆と掃討作戦で大勢の罪もない市民が殺戮された。“第二のファルージャ”と言われる。そのような極悪非道の虐殺作戦の片棒を担いでいたのである。
※「最新の掃討作戦「マタドール作戦」が示すもの−−米軍の異常な残虐さと軍事占領の限界・破綻」(署名事務局)

 イラク現地の人々にとっては、彼のような“戦争の犬”こそが、米軍と同等の敵、場合によっては米軍以上の憎悪の対象である。なぜなら、民営軍事請負会社は、米軍が行うのに躊躇するような残虐行為、闇の無法行為まで進んで請け負って遂行する部隊であり、国際法の規制をも逃れて、やりたい放題の悪行三昧を行なっている場合があるからである。
 現地の人々の憎しみの深さは、昨年3月31日にファルージャで起こった事件、4人の米国人が殺害され黒こげになった死体が引きずり回された末に橋に吊された事件に、垣間見ることができる。当時のメディア報道では単に「民間人」としか報道されないことが多かったが、まさに米軍以上に現地の人々の憎悪の対象となった民営軍事請負会社の従業員だったのである。この軍事請負会社は、自前の武装ヘリコプターまで所有し、連合軍暫定政府のポール・ブレマーを護衛していたことで知られるブラック・ウォーター社であった。また、あの悪名をはせたアブグレイブ刑務所での拷問・虐待に関わった者の約半数は、タイタン社とCACI社という軍事請負会社の従業員であった。

 今回の事件では、昨春の邦人拘束事件のときに武装勢力との仲介の労をとったイスラム聖職者協会のクバイシ師も、「占領に協力する者の解放には協力しない」と述べ、仮に日本政府から解放に向けた仲介要請があっても拒否する考えを示した。当然のことである。


(2) 「民営軍事請負会社」(PMF:Praivate Military Firms)の研究者である米国ブルッキングス研究所のピーター・W・シンガー氏は、現在イラクで60以上のPMFが活動し、その従業員は2万人以上にのぼることを明らかにしている。PMFは、軍隊に衣食住を提供したり、兵站、情報、保安点検業務を提供したりするだけのものではない。元軍人を大量に雇って、実際の戦闘の業務まで行い、戦略・戦術のアドバイスや軍事教練まで提供している。戦争そのものがビジネスであり、利潤の源泉であり、まさに戦争を食いものにする企業である。

 シンガー氏は、昨年末に邦訳発刊された『戦争請負会社』(NHK出版2004.12.25)の著者であるが、この原著はイラク戦争前に発刊されており、イラク戦争に関する詳細は扱われていなかった。氏は、イラク戦争・占領における実態を含めて、「フォーリン・アフェアーズ」2005年3月1日号に「戦争の外注化」というレポートを書かれた。このレポートはイラク戦争で更にPMFが巨大化し決定的役割を占めるに至っている、その現状をまとめた彼の最新の報告書である。以下、彼の最新の調査・研究を踏まえながら、現在わかっている範囲で、できるだけ全面的に民営軍事請負会社(PMF)の実態に迫っていきたい。
※「民営軍事請負会社」については、ようやく論じ始められたところであるので、表記がまだ定まっていない。Private Military Company の略と思われる「PMC」という表記も散見されるが、本稿では、この領域の研究の第一人者であるシンガー氏の用語であるPMF(Private Military Firms)・PMI(Private Military Industry)を使うことにする。
※「戦争の外注化」(Outsourcing War)「フォーリン・アフェアーズ」2005年3/4月号
ブルッキングズ研究所 ピーター・W・シンガー
:対イスラム世界米国政策研究計画、中東政策サバン・センターの先任者および指導官
http://www.brookings.edu/views/articles/fellows/singer20050301.htm



[2]“戦争の拡大”が“市場の拡大”。従来の軍需産業・軍産複合体の枠を大きく越える新たな産業=民営軍事請負産業の危険

■その業務は戦争そのもの−−従来型の軍需産業以上に実際の戦争を欲する恐ろしさ
 PMF(民営軍事請負会社)は、1990年代の初めに現れ、90年代を通じて急速な発展をとげて、今や新興“産業”(the Private Military Industry 民営軍事請負産業)として隆盛をきわめている。それは軍事のさまざまな領域を請け負うのであるが、シンガー氏は、この軍事請負産業を3つのセクターに分けている。

1)軍事プロバイダー会社 : 実際の戦闘まで含む戦術的軍事支援を提供する。
2)軍事コンサルティング会社 : 戦略的アドバイスと軍事教練を提供する。
3)軍事サポート会社 : 兵站、情報、保守点検業務を提供する。

 これでわかるとおり、この新興産業は、従来からある軍需産業=武器製造や後方活動を行う企業とは区別されるものである(もっとも一部はダブっているのであるが)。その業務は、戦闘行為まで含む戦争そのものであり、それが利潤の源泉となっているのである。従来からある軍需産業・軍産複合体も、戦争を食いものにするもの、「死の商人」などと呼ばれてきたが、このPMF・PMI(民営軍事請負会社・産業)は、それ以上に直截的に戦争を欲するもの、新たな戦争・紛争を渇望するものと言うことができる。なぜなら、旧い型の軍需産業・軍産複合体は、極論すれば軍拡と兵器生産だけでもその市場と利潤を拡大できたが、このPMF・PMIは、まさに実際の殺戮と破壊、実際の戦争が勃発しなければビジネスにならず、市場も利潤も拡大し得ないからである。現にこれまで、新たな戦争・紛争が起こるたびごとに、民衆の死と大量破壊を「糧」として吸血鬼のように肥大化してきたのである。そして極めつけは今回のイラク戦争である。彼らは今回のイラクで笑いが止まらないほどの巨大な市場と莫大な利潤を獲得した。

■大手数十社を中心にグローバル展開−−米英がますますPMFに依存
 では、PMFは全世界でどれくらいあるのか、正確なところはまったく不明である。その理由は、PMFについての調査研究がまだほとんどなく、したがって信頼できる統計もないこと、この業界は特に秘密の部分が多いこと、急速な発展の途上にあって非常に流動的であることなどである。別の言い方をすれば、使う側にとっては、むしろこの闇の存在であること自体が、利用するのに都合が良いということなのである。
 だが、限られた資料から推定すれば、現在大手数十社を中心に数百から数千のPMFが活動し、少なくともその市場規模は年間1,000〜2,000億ドルぐらいと考えられる。日本円にして何と10〜20兆円という巨大市場に膨れ上がっているのである。
※シンガー氏は、イラク戦争開戦の約5ヶ月前にPMF・PMIについてのある程度まで包括的な研究を発表した。『CORPORATE WARRIORS――The Rise of the Privatized Military Industry――』(2002年秋)、邦訳『戦争請負会社』(NHK出版2004.12.25)である。これは、この領域についての初めてのまとまった労作である。そこで彼はこう述べている。
「不幸なことに、業界が完全な透明性を欠くため、正確なデータが集められない。最も適切と思われる推定では、年間の市場収入は一千億ドルの圏内にあり、この産業の元気さと力を示唆している。2010年までに、少なくともこの二倍に達すると期待されている。」「この業界はいかなる公式基準によっても分類されないままであるから、市場に参入しているPMFの正確な数を確定することはむずかしいし、はっきりしているのは流動的ということである。ロンドンだけで、少なくとも十社が本拠を置いている。この十社だけで一億ポンド(一億六千万ドル)以上の海外契約を持つものと考えられている。これらの企業は従業員として帳簿に八千人を超える元英国兵士を雇っている。同様に、少なくとも数十社が米国を本拠地に、戦術的なものと助言的な軍事業務を提供することを専門としている。さらに六十社が地雷除去という小分野で活動している。もしも後方支援企業や、多角化した企業なども含めると、その数は何倍にもなってしまう。」「主として海外で活動するもっと小さな組織となると、さらに数が増えると思われるが、追跡はいっそう困難になる。」「この産業はまだ若いため、新会社の参入にはかなりの余地が残されている。たとえば、米国の軍事訓練市場には二百五十社ほどが活動している。だが収入で測るとき、大企業が優位を占めている。ロッキード・マーチン社が十八パーセントという最大の市場占有率を有している。L-3社とMPRI社とで一〇パーセント、CAEエレクトロニクス社が八パーセントである。しかし、各社ともに1997年から2000年の間に成長したものの、業界大手三社はその占有率全体の八パーセントを失っている。このことは、この世界での競争が激しくなっていることを示すものである。」(p.163-166)


 シンガー氏がこの新興産業についての本を発表して約5ヵ月後にイラク戦争が開始され、PMFはまさに大量の「糧」を得ていっそう急速な発展を遂げている。彼は、邦訳の「日本語版刊行によせて」の中でイラク戦争後の状況について触れ、「しかし、企業の役割がさらに拡大することになるのは、引き続いた占領期においてだった。」と述べている。戦争時よりも占領時の方が儲かっている!! したがって現状は彼がこの著書で見積もったレベルを数倍するものに膨れあがっているかもしれないのである。
 米国国防総省はこの10年の間に、PMFとの契約を3,000以上も結んでいるという。米軍だけでなく、英国軍をはじめとして欧州の軍隊もPMFに大きく依存するようになった。PMFの顧客は先進諸国や大国だけではない。小国のいわゆる独裁政府や反政府軍、麻薬カルテルなどに雇われる場合もある。そして、PMFは南極大陸以外のあらゆる大陸で文字通りグローバルに営業しているのである。

 今回の事件で拘束された人物が勤務していたというハート・セキュリティー社のHPをのぞいて見ると、そのグローバルな活動ぶりは一目瞭然である。
※ハート・セキュリティー社HP http://www.hartsecurity.com/aboutus.asp

 その事務所は、ロンドン、キプロス、モスクワ、ニューヨーク、バグダッド、クウェート、メキシコ、シンガポールにある。キプロスが本拠地と言われるが、事務所の筆頭にロンドンを挙げている点、この会社の真の本拠地を端的に示している。また、中東に2ヶ所も事務所がある点も、この会社の性格を特徴付けている。さらに、この会社の活動領域は中東だけでなく、全世界に及んでいることがわかる。米国、ラテンアメリカ、アフリカ、欧州、ロシア、中国、インド、東南アジア、さらに日本でも活動しているのである。9.11事件とイラク戦争がこの会社の存在意義を高めたことは、会社自らがHP上でそれをうたい文句にしている通りである。
「9.11に引き続き、ハート社はテロの脅威に対応するためのリスク・アセスメントとトレーニング・サービスの主導的な供給者となりました。イラクでの戦争と引き続く治安状況は、また別な注目すべき挑戦課題をハート社に提供しました。――そして、セキュリティ・アセスメント、およびトレーニングと実行への高度に知的なアプローチの利点、また地元住民とのコミュニケーションの価値の利点を示しました。」と。
※ハート・セキュリティー社HPより。http://www.hartsecurity.com/aboutus_whoweare.asp



[3]不法行為と闇の活動−−国際法で規制されず、正規軍が躊躇する領域を請け負う

■「企業秘密」の名の下に法の支配をかいくぐる
 PMFはいわば諸政府・軍が雇った現代の傭兵である。もっと正確に言えば諸政府・軍がPMFに業務委託し、一定の業務を請け負ったPMFが元軍人などを傭兵(法的形式は法人企業の従業員)として雇うのである。かつての傭兵は普通、純然たる個人であった。しかし現代の傭兵は法人組織の従業員である。そこには共通した側面と本質的に異なる側面がある。

 共通しているのは、カネで雇われ、契約にのみ縛られるのであって、何らかの大義のため戦うのでもなければ、国のため、家族や家のために戦うのでもない。彼らは戦争に対する倫理観や道徳観などかなぐり捨てて戦争そのものに献身するのである。もしあるとすれば、その「倫理観」「道徳観」は、薄汚い虐殺行為、破壊行為への憧憬である。
 では、PMFと傭兵とはどう違うのか。最大の違いは、傭兵が個人であるのに対して、PMFは、法人企業であることである。これによって、PMFは、傭兵にはない組織性、合法性、多様性を獲得した。傭兵が国際法上禁止されているのとは対照的に、PMFは正式に登記された事業として、インターネット上でその存在を広く公開していることも多い。だが、そういう「公開性」とは裏腹に、秘密の部分もきわめて多い。そして特に重要なことは、規制する法が整備されていないことによって、PMFの活動の多くは「企業秘密」の名の下に隠されるということである。
 実際、イラクで2万人以上が2年以上にわたって活動しているにもかかわらず、1人のPMF従業員もイラクでの犯罪で起訴され処罰されたことはない。例のアブグレイブ刑務所の事件でも拷問・虐殺に関わった半数はPMF従業員だが、米軍兵士とは対照的に、誰一人裁かれていないのである。

 ここからもうひとつ重要な点が浮上する。それは、政府と軍が直接手を下すことがためらわれるようなことをPMFに委託することによって、政府・軍は政治的責任を逃れてやりたい放題のことをする傾向が強まるという点である。シンガー氏はこう指摘している。「PMFは、立法的または公的な承認を獲得しそうにないこと、PMFを使わなければ不可能であるような行動を政府が実行するのを可能にするのである。」と(「戦争の外注化」より)。
※『戦争請負会社』では、こう述べている。「政府が直接PMFを雇うときでさえ、企業が普通の政府機構の外にあるため適切な監視がむずかしい。国防総省には、米軍が海外に展開される場合、法によって議会や新聞の質問に答える義務があるが、民間企業には答える義務がない。要するに、民間の請負業者という秘密で責任のない新たな実行部門層を加えることは、政府に秘かな対外施策を実施する大きな機会さえ与えるのだ。」(『戦争請負会社』p.418より)


■民間人の無差別殺戮とPMF
 イラクにおけるとてつもない無差別殺戮、武装している者であろうと丸腰のものであろうと区別せず、さらには白旗を掲げたものでさえ撃ち殺すという、およそ戦争における最低限度の倫理すら無視する行為は、PMFの隆盛によって軍人と民間人との区別がますます曖昧になっていることと大いに関係がある。
 PMFはこの曖昧さを最大限利用している。正規軍を指導できるほどのキャリアを持った退役軍人や、現役の軍から引き抜かれた者たちで構成され、正規軍と変わらぬ武装をし、しかも軍人が服すべき軍法や国内・国際法に服すことなく、まさにやりたい放題の残虐行為を働いても処罰されることがないのである。
 その一方で、相手側に殺されるや、「民間人」が殺害されたというキャンペーンが張られるのである。昨年のファルージャでブラックウオーター社の4人の従業員が民衆に殺害され、引き回された事件で生じたことは、まさにそれであった。


■問題は法体系の整備ではない
 『戦争請負会社』の著者シンガー氏は、国連や米国防総省で働き、民主党系のシンクタンク、ブルッキングズ研究所で活躍している研究者である。具体的事実に即した詳細な研究は他に類をみないすぐれたものではあるが、基本的観点は諸政府と国際社会がPMFを統制しつつ利用すべきであるというものである。「戦争の外注化」では次のように述べられている。
「この新興産業のより良い理解を育みさえすれば、政府は外交政策において、この新たに強力な勢力を適切に保持することを期待できる。もし失敗すれば、政策と民主主義にとっての結果は深刻に破壊的であるかもしれない。」と。
 戦争そのものが営業であり利潤の源泉であるという会社、したがって死活的な利害として戦争を欲する会社を肯定し、それを有効利用するための政策・方針と法整備を提唱しているのである! だが、そういうことが問題なのだろうか。否、こういう会社の存在を赦さない社会にすることが問題なのである。そのためにどうしなければならないかが問題なのである。しかし、彼は本気で有効利用のための方策をさぐろうとしているので、非常によく現実・実態を調査研究している。その限りで彼の研究は私たちにも大いに役立つのである。その際、私たちは、彼の観点をそのまま採用するわけにはいかない。現実をリアルにとらえている側面を、彼の観点から切り離して首尾よく取りだすことができなければならない。

 たとえば、シンガー氏はPMFの問題点を「戦争の外注化」で5つにまとめている。
1)利潤動機と公益との矛盾。暴利をむさぼるという問題点。それををいかににチェックするか。
2)グローバル展開していることによって統制する機構がないという問題点。それと関連するモラルの欠如。
3)私的な手段で公的な目的を達成するというPMFの特徴からくる矛盾。諸政府が、公的な承認を得られそうにない事柄をPMFを使って行おうとする衝動をもつこと。
4)PMFとその従業員が法的規制から逃れて活動するという点。
5)軍と職業軍人のアイデンティティを掘り崩すという側面。退役軍人だけでなく、現役の軍人をも高給でひきつけ、軍を高い質で維持することが困難になるという問題点。

 ここにも彼の「有効利用」の方策を探るという観点が如実にあらわれている。彼にとっては、私的な利潤動機と公益とをどう折り合いをつけるか、そのためのチェック機能をどう作り上げるかが最大の関心事である。だから、それが第一番目にくる。PMFにとっては戦争と世界の不安定化がその存在と繁栄の前提条件であり、死活的な利害であるという点は、問題にされていない。私たちにとっては、この点が根本的なところである。また、3)、4)の点は、私たちにとっては特に重要な点であり、暴露の重点とならねばならないが、シンガー氏にとっては優先順位は低い。等々。


[4]PMFが発展した諸条件:冷戦の終結と世界各地での紛争の激化および民営化・外注化の波

 PMFは、1990年代の初めに現れ、90年代を通じて新興産業として急速に発展した。シンガー氏は、3つの力学がそれを推進したと分析している。
1)冷戦の終結。
2)グローバルな不安定性の増大、世界各地での紛争の激化。
3)全世界的な民営化と外注化の波。
 この中で決定的なのは、冷戦の終結である。冷戦の終結にともなって、一方では、退役軍人を中心とする全世界的な「軍人失業者群」が広範に存在するようになった。これは旧ソ連東欧諸国で最も顕著であったが、西側諸国、第三世界諸国でも多かれ少なかれ生じた。冷戦の終結は、他方では、世界各地での不安定性の増大と紛争の激化をもたらし、軍事力に対する大きな需要を生み出した。そしてまた、冷戦の終結は、経済におけるグローバリゼーションの進展と新自由主義の謳歌、そして全世界的な民営化と外注化の波をもたらした。PMFは、それが軍事の領域にまで浸透したものと言うことができる。


■PMFと軍産複合体、政府、金融資本との結びつき
 冷戦の終結は、軍産複合体に対しては一時的に厳しい状況をもたらした。しかし、未曾有の大再編によって復活再生をとげた軍産複合体は、急速に発展しつつあるPMFにも手を出すことで一時的な苦境を乗り越える手段としても活用し、その後もこの部門を拡大しつつあるようである。シンガー氏は次のように指摘している。
「冷戦の終了で製造面での軍産複合体の大部分は規模縮小と合併を被ったが、軍事業務請負業は花盛りだった。事実、この業界はTRW社とかノースロップ・グラマン社というような軍事志向の大会社に、公的契約が縮小する時期に利益を維持する手段を提示した。」(『戦争請負会社』p.164)と。
 また、多くのPMFは、政府と緊密な関係を維持している。政府のために隠密作戦の仕事をしたと噂されている会社も多い。
 さらに「多くの企業はより大きな金融持ち株会社や巨大複合企業と緊密に結びついている。」たとえば、最も早くから活動を開始し、この業界ではいわば老舗とされるヴィネル社は、当初は建設会社であったが、今ではほとんど完全にPMFとなっている。そしてこのヴィネル社は、元米国国務長官ジェームズ・ベーカーや元国防長官フランク・カールッチらが名を連ねる投資会社カーライル・グループをオーナー会社とするBMD社の一部門にすぎないのである(『戦争請負会社』p.107)。


[5]現代帝国主義戦争の様相を変える−−イラク戦争でPMFが驚くべき進化を遂げる。計画・準備段階から、戦争段階を経て、現在の占領段階に至るまで、一貫して、かつ全面的に戦争遂行機能の一部を担うまでに。

(1) PMFは、イラク戦争で大きくその姿を変え、現代の帝国主義戦争の形態と様相を変えつつある。そこまで現代の戦争に不可欠の決定的役割を果たし始めている。これまでのような部分的で一時的な役回り、便利屋的な役割ではなく、戦争の計画・準備段階から、実際の戦争遂行段階を経て、占領段階に至るまで、全段階に一貫して従事し、前方展開から後方支援までの全面的な機能の一部を代行するまでになっている。
 ここまで戦争遂行機能を代行するとなると、今度はPMFそのものが戦争の新たな衝動力になることは不可避である。新たな戦争を要求し、戦争の更なる拡大を要求することは不可避である。戦争が拡大すればするほど市場が拡大し利潤が転がり込んでくるからである。現にここまで深刻化した米軍によるイラク統治の泥沼化が、予想外のPMFの隆盛をもたらしている。このようなことが許されて良いわけがない。

 シンガー氏は、現在イラクでは60以上のPMFが2万人以上の従業員を雇用して配置していると見積もっているが、これは、非軍事的な復興事業や石油関連事業などでの数千人、数万人を含まない、純然たる軍事要員である。この規模は、現在イラクに駐留する米軍145,000人の約14%、場合によっては20%にものぼり、この軍事要員であるPMFだけでブッシュの「有志連合」軍の中の、米軍以外の諸国の軍勢全体に匹敵する。つまり、イラクにおいては米国国防総省が外注化している軍事業務を担うPMFの軍勢が、米軍に次ぐ第二の軍勢なのである。イラク戦争の泥沼化とグローバル軍事介入、米軍の伸び切った過剰展開のもと米軍の要員不足が深刻化する中では、米軍にとってこれらの軍事請負会社は、なくてはならない、それなしにはイラク占領体制そのものを維持できない不可欠の存在となっているのである。PMFは、いわば米軍の危機の端的な現れである。
 

(2) だが、人数以上に重要なのが、PMFの担っている業務の中身である。シンガー氏は驚くべき実態を明らかにしている。
「なまの数値データより重要なことは、請負契約者が現在実行している重大な仕事が広い範囲にわたっていることだ。それはイラクにおいて過去の戦争よりはるかに大規模に行われている。民間軍事請負会社職員は、イラクへの侵入に先だって戦争の計画を練り、米軍を訓練することに加えて、戦争が展開していく間、兵站と後方支援を扱った。侵攻のための出撃拠点として機能したクウェートのキャンプ・ドーハの大規模な米国の複合施設は、PMFによって建てられただけではなく、PMFによって運営され、PMFによって護衛されていた。侵攻の間、請負契約者は、B-2ステルス爆撃機やアパッチヘリコプターのような最も精巧な米国武器体系の多くのメンテナンスを担当し、輸送した。彼らは、陸軍のパトリオットミサイル発射台や海軍のイージス艦ミサイル防衛システムなどの戦闘システムを操作するのを助けることまでした。」(「戦争の外注化」より)

 さらに占領期に入ってPMFの活動は下火になるどころか、ますます増大しているのである。9.11以降、米国は財政赤字を急拡大させながら軍事費を膨張させ続けているが、それにたくさんのPMFが群がり、イラク人民の血を吸い国土を荒廃させ石油を略奪しながら肥え太っているのである。現在のイラクで最大のPMFは、副大統領チェイニーが前CEOであったハリバートンの子会社ケロッグ・ブラウン&ルート社である。その請負契約額はなんと130億ドルといわれている。

 だが、PMFの隆盛は、単に財政の乱脈と腐敗という面だけで捉えてはならない。PMFが担っている内容から言えば、2つの点が特に重要である。ひとつは、すでに述べたように、米軍の過剰展開(オーバーストレッチ)を補う役割を果たしているという点である。米軍は今や、PMFなしにはもたないところまできているのである。もうひとつは、国内世論と国際世論から大きな非難を浴びそうな領域をPMFに担わせることによって、政治的窮地に陥るリスクを軽減しているという点である。
 PMFは、生き延びていくために好戦的な米国政府と不安定な世界を必要とし、米国政府と米軍は、帝国主義的戦争政策を維持・継続するためにPMFを必要不可欠なものとしている。このふたつは骨がらみで結びつき、そのグロテスクな姿を白日の下に晒しはじめている。PMFの実態についてもっと詳しく研究し、暴露していかなければならない。

2005年5月16日
(2005年6月10日 翻訳削除並びに本文加筆訂正)
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局