「北朝鮮工作員江の島上陸」デマ事件から透けて見えるもの
何としてでも「有事」を作りたい小泉政権
一歩間違えば第二の武力行使に。異常な政府・マスコミの対応。



(1)通報者個人の問題に解消させてはならない今回のデマ事件。

 「江の島上陸 潜水艇?から5、6人 ウエットスーツ姿」「北朝鮮船を検査へ」−−これは1月7日、夕刊紙面に踊った大見出しです。
 6日午後9時過ぎ、神奈川県の江の島で、「筒状のようなものが近づき上部のふたが開いて簡易潜水具を付けた五、六人が降り立ち、上陸後着換えてその場を去った」との目撃情報が海上保安庁横浜海上保安部に入ったというのが事の発端です。保安部はただちに付近の海域を調査、7日午前、城ケ島沖に緊急入域している朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の国旗を掲げた貨物船を発見し、不審情報との関連などを調べようとしましたが、同船は立ち入りを拒否し航行を続けました。
 一方連絡を受けた藤沢署は7日朝から捜索を開始。署員50名が付近を捜しましたが、不審人物や遺留品などは見つからず、引き続き付近の聞き込みを続行。
 警察庁は貨物船の入港目的などの情報収集に乗り出すとともに、千葉県警に対し、船橋港周辺で必要な警備体制を取るよう指示。また海保の立ち入り検査を巡って「トラブル」が起きた場合には、周辺に待機させている数十人の機動隊を支援のため出動させる方針を取っていました。こうした中、海保は立ち入り検査を強行したのです。
 ところが、北朝鮮貨物船に対し海保・警察が大動員をかけ、かつマスコミが火を注いだこの事件の、そもそもの発端の目撃情報が、目撃者とされる男性のまったくのデマである事がほどなく判明しました。「夫婦げんか」による腹いせが原因であったとか。これを受けた政府は扇国土交通相に「怒り」の記者会見を開かせ、男性に損害賠償を求めるという態度に出ました。マスコミ報道はデマとわかったあたりから、うってかわって急速なトーン・ダウン。扇大臣の記者会見も損害賠償を求めた記事も小さなものであり、かわって「中国人」による密輸麻薬は「北朝鮮」の船から受け取ったもの、との大キャンペーンにシフトしていったのです。
 しかし事件の責任をデマ通報者個人に押しつけ、政府・マスコミが個人の責任問題に転嫁するなどもってのほかであり、私たちは到底許すことができません。


(2)「第二の武力行使も辞さず」で動いていた政府・海保・自衛隊

 政府はもちろん、新聞やTVなどのマスコミも、きちんと説明していませんが、最大の問題は、政府が海上保安庁だけではなく海上自衛隊も総動員し大々的な攻撃態勢を整え立ち入り検査を強行したことです。おそらく「今度こそは逃がさない」と“臨戦態勢”で臨んだことは想像に難くありません。一歩間違えば、東シナ海の事件に続く武力行使をしていたかも知れないのです。東シナ海の不審船事件が意図的に作られた「事件」であることについては、すでに私たちは詳しく論評しました。
 ちょっとしたいたずらで武力行使寸前までという危険な事態に至っていたのです。異常なのはそのデマ情報を流した軍事マニアではなく、いたずら通報程度で調子に乗って軍隊まで動かした小泉政権の方です。こんなことが可能なら、公安や自衛隊や政府機関の誰かが、わざとデマ情報を流して軍隊を動かすことだってできることになります。時代が時代なら謀略事件ものです。
 政府は、自分勝手に興奮して北朝鮮敵視政策を煽り、自らを奮い立たせて何としてでも「有事」を作りたがっているとしか思えないのです。「だけど、海保もこんなに大騒ぎするとは予想していませんでした」(週刊朝日1/25号)というデマ通報者の言葉が皮肉にも真実を言い当てているのではないでしょうか。


(3)「北朝鮮船籍の船は全て武装工作船」と決めてかかる政府・マスコミ。

 政府・マスコミは、最初の目撃情報の信憑性を何ら疑おうともせず、はなから北朝鮮貨物船が怪しいと決めてかかって行動し立ち入り検査を行ないました。
 私たちが最も危険だと考えるのは、政府そしてすべてのマスコミが、論調の強弱はあれ、さまざまな事態・事件をすべて北朝鮮に結びつけ、北朝鮮=「悪」の図式を作りあげていることです。「不審船」撃沈事件しかり、「朝銀事件」しかり、麻薬密輸事件しかり、そして今回の「上陸事件」しかり。日本国民に対し、北朝鮮に対する敵意、その国家と人民に対する差別意識、民族排外主義を煽りたてていることを、私たちは絶対許すことができません。


(4)何の法的根拠もない航行中の貨物船の停止要求、立ち入り検査要求−−東シナ海不審船事件に続き、再び不法行為をした日本政府

 東シナ海不審船事件に続いて政府はまたもや不法行為を行いました。@航行中の北朝鮮船籍の貨物船に何の法的根拠もなく停船を命じたこと。A何の根拠もなく立ち入り検査を要求したこと、です。北朝鮮船籍の船なら、法律も何もなしに、何をやっても許されるという言語道断の風潮が作られつつあるのです。

 
(5)「冤罪事件」に何の謝罪も反省もしない日本政府・マスコミ。

 しかも、目撃が嘘であったことが判明して以降も、日本政府は北朝鮮に疑惑を向けたこと、その国の貨物船に立ち入り検査したことに対し、何らの反省も謝罪も行なっていません。こんな事が許されるのでしょうか。いわば「免罪事件」なのに、誠意ある対応を何もしていないのです。道義的責任を巡って国際問題に発展しても、政府は何ら弁解できない立場にあるはずです。
 19日、北朝鮮が今回の問題について、「我が国の自主権に対する重大な侵害」「無分別な挑発行為」と非難したのもいわば当然であり、「日本当局は謝罪するどころか北朝鮮脅威説を執拗に流して、海上自衛隊の武力増強に拍車を加えている」という批判も図星です。


(6)今回のデマ通報者を格段に上回るデマ垂れ流しの張本人は政府・マスコミの側−−居直りと北朝鮮脅威キャンペーンを一段とエスカレートさせる。

 さらに注意しておくべきは、事件後の新聞・雑誌など各種論調が、「今回は狂言でよかったが、もしこれが本当なら大変な事態だ」、「自衛隊と治安当局はそれに備えた体制づくりに努めよ」といった北朝鮮脅威キャンペーンを一段とエスカレートさせていることです。
 例えば「総力取材 金正日の“報復” 首都圏を震撼させた“工作員上陸”の全深層」という『週間文春』1/17号の記事。「昨年の不審船発見との関連」「小型潜水艦テロ工作の可能性」と異様な見出しが並んでいます。あれっ、この見出しはデマが判明する前に書いた記事なのかと錯覚するほどです。しかしそうではありません。デマがまるでデマではなかったように、どんどん挑発的な言葉で書き立てているのです。「横須賀近くに朝鮮人民軍の特殊部隊が上陸することは、日米軍事当局が何度も行っている・・・」「幸い、今回の目撃証言は虚偽であったが、小説『空想』より、現実は遙かに深刻であるような気がしてならない」と。
 更に「金正日が誕生日直前に核保有宣言する!」「W杯を黙って見過ごすわけがない」「北朝鮮の標的はもはや日本だけ」(週間文春1/24号)。「金正日の報復 沈没船最後の交信記録キャッチした」(週間文春1/17号)、「中国の“圧力”で引き揚げ中止“不審船”始末の不穏」(週間新潮1/17号)「テポドン?“金正日の報復”を警戒せよ」(週刊ポスト1/11・18号)等々、−−デマの程度と影響力については今回の軍事マニアより、マスコミの方が格段にえげつなく悪質なのです。


(7)政府による日本の参戦と有事法制整備のかけ声の中で起こった今回の事件。

 私たちは、このようなデマを平気で垂れ流す個人がどうした風潮の中で生み出されたのか、真剣に考えねばなりません。彼は、日本政府が「対テロ支援」を名目にブッシュ政権に加担して自衛隊を派遣・参戦した時期に、アメリカと一体となって北朝鮮に対する強硬政策と好戦的雰囲気を煽る中で必然的に生み出されてきたのです。
 さらにこうした個人が出てきたのを利用して、海保・警察は北朝鮮に対する敵視行動を現に取りました。今後同じような事態が起こった時、それを利用してさらに行動をエスカレートさせるであろうことは容易に予測できます。
 今回の事態はまったく異常という他ありません。政府・マスコミは対北朝鮮で国民に好戦的気分、好戦的姿勢を意図的に煽っているのです。北朝鮮の人々を蔑視すること、およそ他民族に対する蔑視が、国が戦争しやすい体制づくりの一歩であることを、日本の過去の歴史から私たちは改めて想い起こさねばなりません。


(8)再び悲劇的な事態を繰り返す前に。その芽を摘み取らねばならない。

 しかし何と言っても一番危険なのは、ささいな嘘・デマで大衆が煽動され、軍事力と警察力が総動員する体制が作られつつあることではないでしょうか。
 嘘・デマが大変な事態をもたらしたこと−−私たちは関東大震災の際の朝鮮人虐殺を想起せずにはおれません。震災後のドサクサの中で罪なき多数の朝鮮人が虐殺されたのも、デマが発端でした。曰く、「朝鮮人が暴動を起こそうとしている」「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」。こうしたデマを、警察の側が意図的に流したという説さえあります。確かに今回の事件は、武力行使をする事態にまでは発展はしませんでした。しかし、すでに述べたように、武力行使に向けて急速に動き出していたことは間違いないのです。北朝鮮蔑視・排外主義的体制がさらに強化されるならばそうした事態がもっと頻繁に起こるのではないでしょうか。
 最悪の事態をもたらすことは、それが芽のうちに摘み取らねばなりません。日本国憲法をないがしろにし、反動的・軍国主義的雰囲気を作りだし、日本の参戦を継続する小泉政権の姿勢そのものが、北朝鮮に対するデマをまきちらしても平気な個人を生み出すのです。またそれを政府や警察・海上保安庁・自衛隊などが利用しようとするのです。


2002年1月20日
アメリカの「報復戦争」と日本の参戦に反対する署名運動事務局




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