■星川淳の「屋久島インナーネット・ワーク」 ■ ──自然界と人間界を横断するコミュニケーション
第13回 「アメリカ・プロブレム」の傾向と対策 |
米英軍のアフガン空爆がはじまり、21世紀人類社会のインナーネットスケープに走った亀裂は軋みをたてて広がりつつある。
前回、この事件はパクス・アメリカーナ(アメリカ支配の世界秩序)の“終わりのはじまり”になりそうだと書いたが、とりあえずそれはここ10〜20年、長ければ半世紀〜百年以上にわたり、ジャパン・プロブレムならぬ「アメリカ・プロブレム」(アメリカという問題)の形をとるだろう。つまり、イスラム圏を含む地球社会が今後、アメリカという巨大な甘ったれをどう扱うか、とりわけ緩慢な凋落の翳に怯え、身勝手にあがくスーパーパワーをいかに治(おさ)め、宥(なだ)め、諌(いさ)めるかという課題だ。
世界貿易センターと国防総省を破壊した9月11日のテロ(以下、911)以来、ブッシュ大統領の言動はほとんどヒットラーを彷彿させるプロパガンダに傾斜している。グローバリズム原理主義の教祖といったところか。世界のどこで、だれが(とくに有色人種と物言わぬ自然界)、どれだけ苦しもうと、マクドナルドのハンバーガーを食べて、ガソリンがぶ飲みの大型SUV(レジャーバン)を乗り回すアメリカン・ウェイ・オブ・ライフは守り抜くという決意。911以前の歴史とアメリカの責任はかき消えたかのごとき単純な善悪二元論。そして、全世界が諸(もろ)手を上げてそれを支持すべきであり、支持しない者は敵だという途方もない奢り――。
アルジャジーラTVの画面で伏目がちに語る“容疑者”ビンラディンの言葉のほうが、はるかに明晰で説得力があると感じるのは私だけだろうか。911のテロ行為は悲劇的で許し難いものだが、ブッシュと彼のタカ派内閣による対応は、イスラム諸国以外にもアメリカへの敵意と軽蔑の種を撒き散らしている。この種が今後、アメリカ・プロブレムをいっそうもつれたものにするにちがいない。
英語のリーズナブルは、合理・理性・理由のリーズンから、「筋が通っている」「納得がいく」「うなずける」(原義は「道理によって説得されうる」)というような意味をもつ。この件に関してブッシュ大統領や小泉首相は全然リーズナブルでないのに対し、ビンラディンはそれなりにリーズナブルなのである。Why?
まずブッシュ。ビンラディンの首に生死を問わず賞金をかけると保安官気取りの啖呵を切ったが、同盟各国に示す約束の有罪証拠はじつに頼りない。日本政府にも示されたはずなのに、公表もなく後述の参戦法案審議が進んでいくので、唯一概要を発表したイギリス政府のサイトから仲間たちと緊急訳出し、なんとか衆院特別委員会通過の日に間に合わせた。
→http://www.ne.jp/asahi/home/enviro/news/peace/usama-J
一読すればわかるとおり、案の定すべて状況証拠ばかり。ガーディアン紙の論評によれば、イギリス諜報筋さえ「911より98年の東アフリカ米大使館爆破事件との関連が強い」と手厳しい。怪しいと主張したいのはわかるが、こんな希薄な根拠でアフガニスタンに武力攻撃をしかけることは、常識的にも国際法上も無理がある。無理、すなわちアンリーズナブルであるからして、それより先はなにもかも筋が通らない。
話のついでに、この件ではイギリスのブレア首相がやけにはりきって、英諜報筋がイギリスは危なくないから関与は控えめにしておけというのも聞かず、まっさきに武力報復に同調したうえ関係各国の根回しに飛び歩いたのは、別な目算があるからだと思われる。旧宗主国の強みを生かしてイギリスの存在感を示し、タリバン後の中東外交に影響力を確保しつつ、石油・天然ガス利権に絡もうというところか。EU内部でドイツやフランスを牽制する狙いもありそうだ。良し悪しはともかく、それなりにリーズナブルな言動といえる。
さて、わがコイズミくんだが、こちらはヒステリックさとアンリーズナブルさでブッシュといい勝負。アーミテージ国務副長官の“Show the flag”という要請を聞いて、「ウォーッ!」と立ち上がったそうだから何をかいわんや。とにかく日の丸を揚げた自衛隊を戦場に出せるぞ、と舞い上がってしまったわけだ。悲願だったんだよね、きみたちの。
結論が先にあるからして、国会審議も記者会見もリーズン(道理)の出番はない。靖国参拝同様、基本的には「やるといったらやる、何がおかしいか?」の一点張りで、しまいには「(憲法との矛盾を突かれれば)答えに窮しちゃう」ときた。戦争をやらない、軍隊をもたないという憲法のもとで、無理に無理を重ねてきた戦後政治が、ついに無理に開き直った決定的瞬間である。こっちもたまりかねて、浅学を省みず「STOP! 憲法放棄」と題した檄文を発信しちゃったさ。
→http://www5b.biglobe.ne.jp/~onbuzpa/→ 「コメンタリー」
前回〈前/超の虚偽〉で示唆したように、近代という理詰めの世界の向こうには理を超えた成長を望みたいのであって、理の通らない無理・無法の世界に逆もどりでは困るのだ(ここでいう超越は、理を捨てるのではなく習熟してその先に出ること、言い換えればおそらく理性・感性・悟性の統合/融合に近いので、誤解なきよう)。テロと報復の連鎖が明らかに退行なのはいうまでもないが、むしろテロ容疑者側のほうがリーズナブルだとしたら、すでに報復側の負けである。ここにもパクス・アメリカーナの翳りが見える。
このひと月あまり、事態の展開を見守りながら、毎日膨大な量で行き交う情報と、玉石混交のさまざまな論考に触れてきた。トップや政府レベルの対応はともかく、英語圏でも熟慮と抑制の利いたテキストが数多く流れている。世界と精神の危機に際して、インナーネットからあらゆるものが噴出してくるかのようだ。おもしろいことに、大手メディアが国家と資本の意向に絡め取られてブッシュ&コイズミ的なるものを反映しがちなのに対し、インターネット上の交信は21世紀のリーズンを切り拓こうとしている。
と同時に、あまりにアンリーズナブルな事態や決定を前にすると、こちらもつい高飛車なリーズンで身構え、リーズナブルな結論をもっているかのごとく錯覚しそうになるのが怖い。こんなときインナーネット・ワーカーの先達、故ポーラ・アンダーウッド(連載#5)ならきっとこう問いかけた。「さて、私たちはここから何を学べるでしょう?」
私があらためて学んだのは、人の死や苦しみが不等価であること。もちろん、ブッシュがあからさまに匂わせるように、アメリカ人の生命や安全は、アフガンの子どもたちより何倍、何十倍、いや何百倍も価値があるなどと言いたいのではない(ひょっとすると、本能的に一人あたりGDPかエネルギー消費量で換算しているのか)。違う。逆に、逃れられない窮地に置かれ、苦しみのどん底にある人びとの死や悲しみこそ、(相対的に)平和と安楽の中で暮らすわれわれよりはるかに重い。だから、その嘆きや悲しみが沈殿し凝縮したとき、19=6000という答えが出てくる。ブッシュJrやコイズミくんがどんなに認めたくなくて
も、インナーネットの数学ではそれが正解なのだ、たぶん……
もう一つあらためて学んだのは、やったことは返ってくるという因果応報の冷徹さ。CIAがソビエトを牽制するためにビンラディンたちイスラム義勇兵を育てたというようなディテールだけではない。アフガン侵攻のつまづきがソ連邦崩壊への連鎖を引き起こし、アメリカは予想以上の大成功に酔い痴れて、究極の一極支配を手に入れたはずだった。ところがいま、勝利の密使が裏口から恐怖と破壊をもたらす。
そして炭疽菌の次に米国社会を脅かす天然痘は、白人たちが18〜19世紀を通じてインディアンを凄惨な死と衰退に追いやった伝染病ではないか。ときには毛布に染み込ませた恐怖の贈り物によって――。テロル(terror)とは文字どおり「恐怖」。与えたものは返ってきて不思議はない。
三つめの学びは、責任もまた不等価であること。知人を含めて少なからぬアメリカの良識派が、「武力報復には反対だが、それを口にできる雰囲気ではない」と洩らす。しかしそれでは、かつて天皇教軍国主義下にあった日本人も、タリバン支配下のアフガニスタン人も責められまい。社会全体が圧倒的に一方へなびくとき、為政者たちの方針に非を唱えることは難しい。だからといって、誤った決定に忍従せざるをえない民衆の上に、原爆やクラスター爆弾を炸裂させることは許されるべきではない。もし許されると主張するのなら、911の被害者はアメリカ政府の過去・現在・未来にわたる誤った決定への報復を受けたといってもいい。報復者が国家ではなく、姿を明らかにしないだけで、おあいこである。
が、じつはタリバン支配下のアフガン人と、ブッシュJr政権下のアメリカ人はおあいこではない。選挙や議会などの民主制度があり、動かせる資金と人的・物的資源が多いほど、社会の決定に対する構成員(有権者)の責任は大きいのだ。この点、制度はあっても使いこなせていない民主主義と、いまなお世界第二の経済力をもつ日本人も、これから行なうことに大きな責任を問われる。
アフガン難民への民間支援と、攻撃中止を求めるアメリカ製品ボイコット――日本国憲法の精神に則った実効性ある行動は、このあたりに絞られてくるかもしれない。
とりあえず、今月のマイヒーロー、バーバラ・リーと辻元清美と中村哲医師に拍手!
● ペシャワール会「アフガン いのちの基金」
カブール周辺で飢餓線上にある10万人を越冬させる緊急食糧配布プロジェクト
http://www1m.mesh.ne.jp/~peshawar/inochi.html
●「アメリカ人よ、いまこそ勇気を!――日本の友より」
星川によるアメリカ非戦派激励アピール(和英両文)
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Asagao/7440/kang-10.html
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