生命権は人間の尊厳に根ざしている

欧州評議会司法人権セミナー報告

死刑廃止への流動化が始まった

 八月一一日(日)NHK総合テレビお昼のニュース(全国)において、「死刑制度 の廃止を求めている超党派の議員連盟は、将来の死刑制度の廃止へ向けた経過措置と して、仮出獄を認めない終身刑を新たに設ける法案について検討を進めることになり ました。来年の通常国会への法案提出を目指します」、と報道されました。この報道 自体に大きな間違いはないのですが、この議員連盟の方針は去る五月二八日・二九日 の両日、参議院議員会館で開催された、欧州評議会(CU)と日本の「死刑廃止を推 進する議員連盟」主催する、司法人権セミナー「欧州評議会オブザーバー国における 司法と人権」において「骨子」が発表されたものです(使われた映像は、昨年の執行 に関して亀井会長など議連の法務大臣への抗議の様子と、司法人権セミナーの様子)。
 どうしてこの時期にと、いぶかる仲間も多かったようです。

欧州評議会日本訪問

 司法人権セミナーの様子を簡単に報告します。詳細(発言全文)は九月上旬に、発 行する予定です。
 欧州評議会は一九九四年、評議会の加盟国に対し即時死刑執行にモラトリアム(死刑執行停止)を設定し、以降、事実上の死刑なき地域を形成している、と司法人権セミナー冒頭挨拶で、レナーテ・ウールベント(欧州評議会議員会議副議長・今時日本訪問代表団団長)さんは語りました。そして「欧州と日本は多くの共通点を持ってる。双方の社会は共通の価値を有している、その価値は一九四九年欧州評議会が設立されたとき基本となった価値であり、日本国憲法に記されている価値である。民主主義・人権・法の支配である」と。
 昨年六月二六日、欧州評議会議員会議は死刑執行を続けている二つのオブザーバー 国(アメリカ・日本)に対して決議を採択しました。二〇〇三年一月までに死刑廃止 について何らかの進展がみられない場合はオブザーバー資格について再検討するとい う内容です。この決議に至る過程で、昨年二月、グンナール・ヤンスン欧州評議会司 法人権委員会前委員長が来日し、調査をしました。このときの調査報告と先の決議を 背景とし、今回の評議会代表団の来日となりセミナーの開催となりました。  セミナーの目的は欧州側から言えば「日本の議員に働きかけて(世論をリードしてもらい)死刑執行のモラトリアム状態を作り出すこと」。共催した死刑廃止議連では「死刑廃止へ至る筋道を先進地であるヨーロッパに学ぶ」というところことで一致し、開催されたわけです。

問題となった森山法相の挨拶

 森山法相は、死刑支持の世論が高いのは「日本には死んでお詫びをする」という慣 用句に表される、我が国独特の罪悪に対する感覚があると、死刑についての文化的立 場から正当性を主張しました。この発言は二日間のセミナーの間中、ことあるごとに 参加者から批判を受けました。アムネスティ・インターナショナル日本、理事長の和 田光弘氏は、山本周五郎の「人殺し」という作品を例に取り、理由もなく人を殺した 武芸の達人に対して、仇討ちで追いかけた武芸に秀でない武士に人殺し・人殺しと叫 ばさせることにより「まいった」と言わしめ、腹を切らせる(命でお詫びする)ので はなく武士の象徴である髪の毛の元をとらせて小説を閉じていること、また保坂展人 議員は、日本において過去に一番重い刑として「島流し=命を奪わない刑」が三〇〇 年以上続いていた時代もあったこと、オリビエ・デュプリエ(イタリア)氏は文化遺 産・文化の継承は解釈的に読み込んでいくことが可能、基本的な人権に関し文化的な 相対性というものはない、文化の継承と基本的な人権の保障を同時に実現していくべ きと、語りました。

死刑廃止への筋道と復活阻止

 ウクライナ・イギリス・エストニア・ロシア・ベルギー(モラトリアム六〇年経過 後の廃止)などの例が、またアメリカ(シスター・プレジャンさん)・韓国(チョン デチョルさん)の現状がそれぞれ報告されました。
 ウクライナは九一年八月共産主義政権崩壊・独立宣言、一二月国民投票・独立。民 族の独立は自動的に市民の自由を保障するものではなかった。独立を達成する混乱の 中、死刑判決を受け一度恩赦が認められた冤罪の青年が、まだ政治的に力を持ってい た実力者により取り消され、数日後に処刑された。九五年九月欧州評議会加盟につき 国際的な義務が生じた。しかし検事総長はウクライナは死刑を廃止できない、欧州評 議会にそのようなことを言われる筋合はないという。当時の世論も八〇%が死刑支持 であった。九七年春にジャーナリスト向けのセミナーを開催し、ジャーナリストが国 民の意識を促す努力を始めた。死刑は帝政ロシアに組み込まれる一六世紀に導入され たもの。死刑が表出してきたのは政治的な軋轢や対立が社会の中に生まれたとき。犯 罪との闘いや対策が弱く効果を出せずにいるとき弱みを補うために死刑を市民に適用 した、犯罪は社会の病気の症状、処罰は社会の動機的発展段階を示す。それが低いと ころでは残虐な処罰をする。国内政策・対外政策の中で(残虐な)死刑を維持するこ とはこれから(ウクライナ)のビジョンに矛盾するものである。国際社会における威 信を失墜させるものである。という意見が政府内部でも承認され、九九年一二月二九 日、憲法裁判所での議決を経て、死刑廃止が実現した。死刑を規定した刑法も翌年四 月に改正、死刑確定囚に遡及して適用され四二四人の命を返した。
イギリスは一九六五年死刑を廃止した。いくつかの冤罪事件が明らかになる中で党 議拘束を外して議会で決められた。廃止の直後から拷問殺人・連続殺人などの度に死 刑復活議論がなされた。が、犯罪を抑制するという視点ではなく(応報的に)当然罰 するべきだとの視点からだった。難しかったのは政治犯(テロリスト)について。政 府は厳しい反テロリストの法案を提出することにより、死刑が復活することはなかっ た。死刑を再導入しない理由は、犯罪抑止効果がないこと。犯罪が増えているが、そ れは人権がない(剥奪されている)ということに原因があると議会は考えている。政 治的(テロなど)な場合、国家が罰則を強化すれば、抑制の逆に働き、犯罪を奨励す ることになってしまう。テロの事件で明らかになっことだが、自白は警察の拷問の結 果であり、証拠も警察がプラントしていた。世論の興奮が証拠の捏造につながること がわかった。九八年、殺人だけでなく「国家反逆罪」も死刑に処することができない となった。ヨーロッパ人権宣言・議定書六は九八年にイギリス法制度に組み込まれた が、その時政府は「一つの議会(ヨーロッパ評議会議員会議)が他の議会(イギリス 国会)を縛るべきではない」と主張、議定書六を導入する必要はないといった。しか し党議拘束を外したことにより、議定書六は法に組み込まれた。議員は良心の問題に 関しては政府でさえも矯正できる、自由な投票を行うことができる。これで死刑を再 復活することは不可能となった。

質疑・討論から

 欧州からの参加者は日本の死刑制度・監獄の実体について実によく勉強していて、その上に立って発言されている。日本の報告者・討論参加者は日本の実体を告発する、それに政府を代表して参加していた法務副大臣が答弁するといった展開が討論の特徴と感じました。
 一日目の討論はマンツェラ(イギリス)さんが口火を切りました。「生命権は人間 の尊厳に根ざしている。人間の尊厳の防衛は個人の領域にとどまらず普遍的な意味を 持っている。そしてそれは死刑囚の生命権だけを守ろうとしているのではない、個人 の尊厳だけを主張しているのではない、公権力の尊厳をも守ろうとしているのだ。人 間の尊厳に関しては、日本の世論も文化的・伝統的に意識が高い。信念を持ってもう 一歩(死刑廃止に)踏み出した頂きたい」。
 日本政府の立場は森山法相の別掲の発言に表されている、国民世論と凶悪犯罪が後 をたたないことを存置の大きな理由とし、極めて慎重な運用がなされていると説明し ます。
 イエージ・ヤスケルニア(ポーランド)さんが問いかけました。「欧州評議会のオ ブザーバー国になるにはいくつかの義務がある。法務大臣の発言は日本の主権の問題 であって議論の余地はないというように理解した。日本政府・国会はたとえオブザー バーの位置にしても義務が生じるということをどのように認識していたのか?」。
 一日目、この問いかけには政府は答えません。代わって亀井会長が「欧州評議会の 政策と我が国の政策とが同一歩調がとれていくことが一番望ましいが、我が国独自の 判断で違うことを決めていくこともある。それに対して欧州評議会がどういう判断 (オブザーバー資格)をするかということとは違う問題である」。一般論で返してし まいました。
 二日目、最後のセッションで、イエージさんが再度同じ趣旨の質問をしました。 「欧州評議会は人権に関する価値観の問題を扱ってる。価値観を共有するということ だ。欧州評議会議員会議・法務人権委員会でオブザーバーの地位に何らかの検討がな される。これに関して日本の政府・議会はどう考えているのか」。この質問について 一晩かけて検討したのか法務副大臣(法務官僚)は、問題をすり替える答弁をしまし た。「各国の場合も死刑廃止は政府というより国会議員が指導して実現してきた。国 民の価値観に関わる重要な問題なので政府というより国会において国会議員が充分に 議論して、方向を決めていくべきだと政府は考えている。現在時点では死刑制度があ る以上適切に執行していくというのが政府の立場です」。
 欧州の提案は、国会議員は世論をリードしていくべきだと言っているのです。死刑 の問題は一国の問題ではなく、今や国際的な課題になっていることの証左でもありま す。外交の責任は政府が負わなくてはならない事柄です。欧州各国で死刑廃止(含モ ラトリアム)を実現したのは、政府と議会が同じ歩調をとった成果です。政府が普遍 の価値を実現するのに共同して責任を負っていくのが議会・議員だと考えるのですが。

世論をリードしていくべき議員

 欧州からの要望は大きく分ければ二点です。一つは、議会・議員は死刑存置の世論 が多数であっても、世論を死刑廃止にリードしていくべきだ。もう一点はモラトリア ムの実現です。この二つが繰り返し語られました。
 世論について、オリヴィ・デュピイさんの発言「議員が死刑制度廃止に持つ役割は、議員の権利であるばかりでなく義務でもある。世論がまだ整っていないことを理由に死刑廃止の法律を立法できない・承認できないという論拠は成り立たない。議員は前線にたって道を示すべきである。税金の問題と同じように、意思決定は議員にゆだねられる。国民のイニシアチブは基本的な権利・自由が市民に享受されていなければ成り立たない。財政的状況も整っていなければ成立しない。有権者は基本的権利と自由は(財政基盤に裏付けられることと)合致するということを理解し、世論が選択するのではなく、議員が意思決定するべきだと結論づけられた」。
 議員が世論をリードしていくべきという主張に対して、法務省を除いて、参加者に は異存はありませんでした。

冤罪

 免田栄さんの発議は冤罪の議論のきっかけとなりました。亀井会長が死刑廃止を主 張する直接の要因も冤罪の問題からだったと次のように言っています。「私は警察官 の仕事をしていて、捜査指揮していく中で被疑者の供述が非常に危ないということを 何度も実感した。人間の弱さから出てくるのだろうけれど、拷問に関わるのではなく ても、調べ官に迎合して、機嫌をとるような形でまったくウソの供述をどんどんして しまう被疑者が時々出てくる。そうした中で冤罪は確実に出てくる」。そして法曹三 者の緊張感が欠けていると、弁護士が本当の意味で検察・裁判官と対決していくよう な姿勢があるのか疑わしい、と指摘これについては安田好弘弁護士が弁護人に在野性 がなくなっていると付け加えました。
 イギリスもウクライナも、また現在モラトリアムの状態にある米イリノイ州も死刑 事件の冤罪が明らかになって、それをきっかけとして死刑制度を見直していきました。
八九年から九三年まで三年四か月間のモラトリアムが日本に存在しました。八九年は 赤堀政夫さんが再審無罪を勝ち取った年であり、我々のフォーラムが結成された年で もあります。誤った裁判で処刑されようとしたことが明らかになったとき、遅くとも 免田さんの再審が開始されたときに、日本政府と議会はモラトリアムを実施し、死刑 について再検討するべきだっのです。八〇年代に一切そのようなことはありませんで したし、死刑廃止運動も個別バラバラで推移していました。
 今セミナーで、法務副大臣は「左藤元法相が宗教家であったので執行命令に署名し なかった」、と発言しました。間違いではないのですが左藤さんが法務大臣をしてい たのは三年四か月のうち一〇ヶ月間だけであり、前後計四人の法相が執行してない、 と推測できます。執行を拒否したことを明らかにのしたのは左藤さんだけでした。い ずれにしても冤罪で死刑に処されかけた人が四人もいたのですから、冤罪の構造、死 刑とのからみ、自白の証拠価値・亀井会長がいう「人間の弱さから出てくる自白」な どの検証を政府の責任において開始するべきでした。

日本の死刑廃止をどう実現していくのか

 法務大臣はセミナーの冒頭挨拶で要旨以下のように述べました。「死刑の存廃は基 本的に各国においてそれぞれの国の諸事情を踏まえて独自に決定するもの、刑事司法 制度の根幹に関わる重要な問題なので国民の意思に配慮しつつ、社会における正義の 実現等種々の観点から慎重に検討すべき問題である。我が国では国民世論の多数が極 めて悪質凶悪な犯罪について死刑もやむを得ないと考えていること、多数の者に対す る殺人・誘拐殺人等の凶悪犯罪が後をたたない状況等もあって、死刑を廃止すること は適当でない」。
 記録をさかのぼってみると、執行再開したときの後藤田元法相の談話が見つかりま した。「このままでは(死刑を執行しなければ)法秩序が維持できない」と語ってい ます。そして法務省幹部は「死刑を存続するという国家の強い意志を示すために複数 人を執行した」と語り、後藤田氏はそれまで執行してこなかった四名の法相と自分の 後に続く法相に向かって「怠慢である、執行命令にサインしないのなら法相になるべ きではない」とまで言っています。
これが明確な意図を持ち得ず、ある種偶然の中で生まれた日本のモラトリアムが無 惨にも崩れ去って行ったときの、死刑を存置するという強い意志を持った政府の見解 です。以後の法相は(短期で交代した人を除いて)一様に、同様の発言を繰り返して います。田鎖麻衣子さんの挨拶にあるように、昨年六月、欧州評議会でオブザーバー 資格について決議された後、一二月二七日、暮れも押し迫ったときに法務省は死刑執 行という形で応えました。
 石塚伸一さん(龍谷大学教授)の発言「モラトリアムが三年四か月あったことに危 機感を抱いた検察庁は積極的に死刑を求刑するようにという統一見解を出している。 その結果九〇年代後半になって死刑が増えてきた。現在、一審で死刑、二審で無期判 決が出た場合検察官が必ず上告する。政策的に上告している。これは日本の政府が消 極的な死刑存置ではなく積極的な死刑存置へと九〇年代に政策転換をしたことを意味 する」。
 欧州からの人々は法務大臣の権限に疑問を示します。
 イエジさんの発言、「法務大臣は、執行に関してすごい権利を持っている。これは どのように(議会や政府が)コントロールできるのか、一人の個人に対してこの様な 権限を与えることはちょっと驚きだ」。
 亀井会長「最高裁判所が確定判決を出した以上は、執行について法務大臣が最終的 な権限を、独占的に持っている」。
 法務副大臣「司法が慎重に審議して死刑を決定する。法務大臣は基本的に執行しな ければならない」。
 日本の廃止運動関係者はすでに承知していることなのですが、日本では、法務省当 局が実質的な執行全般の権限を持っていて、法務大臣は最終的に追認しているだけと いう構図があります。欧州の人たちには、これはなかなかわかりにくいことなのでし ょう。私たちが意図的・恣意的と指摘・批判するゆえんもこのわかりにくい構図から 出てきているものなのですが。

議連案・浜四津案(公明党案)、社民党案など

議連案(骨子・前号対馬論文参照)は、「死刑を廃止する、代わりに仮釈放な無しの終身刑=重無期刑」を最高刑とする、というもの。社民党案もほとんど同じですが「恩赦」をより明確にしているます。一方、浜四津案(公明党案)は、現在の死刑は残したままで、無期と死刑の間に仮釈放までの最低必要収監年数(現行無期は一〇年)を二〇年ないし三〇年に引き上げることで、実質的に死刑判決を減らす。同時に法施行後二年以内に死刑制度存廃の結論を得るためモラトリアムを設ける、というものです。
 石塚教授から浜四津案に対して意見が出されました。「(死刑を残したままで)無 期が二種類に分かれることで、死刑の数が減るというのはどこから出てくるのだろう。
実務上すでに「マルトクムキ」というものがあって、被害感情が重大であるような場 合については仮釈放をしない無期というのがすでに定着している。浜四津案は今の刑 罰制度をより重くするもの、議連案は軽くするもの。現在の法的枠組みよりも重い刑 罰を付け加えることだけになるおそれがある。そういう法改正はいかがなものかなと 思う」 。
 安田弁護士が付け加えました「仮出獄が認められた二一年というのは、無期懲役の 実体を示す数字ではない。現在無期懲役の在監者で二〇年以上三〇年未満の人が二七 人、五〇年を超える人もいる。」マルトクムキの詳細についても説明が付け加えられ ました。「検察庁の依頼通達がある。検察庁が刑が確定したときに処遇施設に意見を 提出する、その時に仮釈放についての意見を事前に上申するというシステムになって いる。この上申の中身について検察庁から、現在二〇件について仮釈放を認めるべき ではない等の依願通達を出している。施設の長が仮釈放を決定して地方更生保護委員 会に上申するわけだが、そこに至る前に裁判所・検察庁の意見を聴取した上で結論を 出すと規則にある。この意見聴取のさい仮釈放に反対する意見を述べるようにという のが、依願通達の中身」。
 法務副大臣が指名され、この通達について一九九八年六月一日に最高検からそれぞ れ検事長・検事正あてに出していることを、抑えた表現ながら認めました。「無期刑 の言い渡しを受けたものの中で特に悪質なものに仮釈放の審査に対して検察官が適切 な意見を述べるようにしなさい」。
 日本の現行の無期懲役の運用で、すでに「終身刑」が実質的に取り入れられている ことが明らかになった議論であった。
 ケビン・マクナマラさんよりイギリスの例が紹介された。イギリスの終身刑は二五 年というのが普通である。監獄における行状により一五年から二五年の幅を持ってい る。法務セキュレタリー(政治家=日本の法務大臣に該当?)が具体的な終身刑とは 何かを決める。そして最終的には人権委員会の決定を待って決まる。
 浜四津敏子氏が発言しました。「死刑制度の是非や処遇の事実認識についても平行 線が続いてきた。現実的な死刑廃止への突破口をどう作っていくかが一番大事なこと だと思う。死刑廃止の法律を出しても通らないのが現実。死刑廃止へ向けて二年間執 行を停止する、死刑を廃止するなら前提条件として死刑に代わりうる刑を作れという 世論が大きいからそれを作って提示しているだけ。日本として二〜三年で結論を出す べきだ、大きな突破口を開くべきだ」。

モラトリアムの導入こそが

 オリビエ・デュプイさん「死刑は宣告されても執行は行われないという状況に持っ ていきたい。司法制度全体を(死刑廃止に向けて)変えていく問題に答を見いだして いく第一歩がモラトリアムだと思う。モラトリアムが導入されれば死刑制度に関する 討議がなされる突破口になる。社会的討議がもたらされる」。モラトリアムには二つ のタイプがある。行政府による実質的なものと法律の制定によるモラトリアム。日本 の場合法務大臣が執行命令に署名しなければ実質的なモラトリアムが実現できます。 しかし日本の現状では難しいのです。
 安田弁護士が発言しました。「モラトリアムは死刑を廃止した国々が実践的に実現 してきた一つの手法。モラトリアムで生まれるものは死刑に関する議論だけではない はず。モラトリアムの期間に世間の人権に対する見方そのものに全体に嵩上げ現象が 起こる。社会全体の刑罰にかんする見方が寛容になってくる。その下地ゆえに死刑に ついて充分な論議ができる。浜四津案では二年間のモラトリアムということにだが、 二年間では短すぎる、イギリスの例にあったように五年間は最低必要。私たちは少数 派なので、他人を説得し合意形成しなければならない」。
 小川原優之弁護士は日弁連内部の様子を説明してくれました。「二〇〇〇年一〇月 一八日に日弁連内部へ向けて死刑制度問題に関する提言を発した。死刑の執行停止法 案を具体的に要綱まで作成して準備している。これから内部で討議されていく。議連 も参考にしてほしい。提言の中には死刑に代わる最高刑についての検討も含まれてい る」。

死刑廃止への一里塚

 亀井会長が就任して、議連が一気に活性化されました。以前から議論されていた 「終身刑の導入によって死刑廃止を実現していこうという案にプラスして浜四津案 (現在は公明党案)が新しく出されました。浜四津案は昨年与党内で展開されていた 「プロジェクト」の一定の帰結と考えられます。法務省の若い官僚も会議(毎回では ないにしても)に参加していたようで、ある意味現状として、法務省が受け入れるこ とができるぎりぎりの線ということかもしれません。
「死刑廃止への一里塚」との表現で亀井会長もこの案に乗り気の様子が見えます。 しかし、死刑を残したまま、しかも「モラトリアム」は付則で付け加えるだけなので す。終身刑導入によって死刑判決が減っていくことについては「そう思う」とだけ答 えられますが、本当にそうなのでしょうか。無期の運用実態の把握についても、法務 省の説明の域を超えてはいないのです。

モラトリアム法案を考えてみました

 浜四津さんが具体的に死刑廃止を見据え、現実的な提案をされているのはよくわかるのですが、石塚さんの危惧は私たちの危惧とも重なります。
 フォーラム・東京ではアムネスティとの合同の会議を持ち、死刑を残したままの案 はいかがなものか、との一定の合意を得ました。そして、急遽、モラトリアムの創設 を具体化するために、死刑執行停止法案(たたき台)を考えてみました。
 九月二一日・二二日に東京で死刑廃止全国合宿が予定されています。今後へ向けて の重要な会議です。NGOとしてどのように考えていくかを中心にして話し合います。
是非参加してください。参加できない方、FAXなどでご意見をお寄せ下さい。

  森山真由美法務大臣の挨拶から(抜粋)

 死刑の存廃の問題につきましては国際社会で関心を集めている事項の一つであり、 欧州評議会でも昨年我が国の死刑執行の停止を求めること等が決議されたことは承知 しております。しかし我が国といたしましては死刑の存廃については基本的に各国に おいて、それぞれの国の諸事情をふまえまして、独自に決定するべきものであると考 えております。
 私といたしましては、死刑の存廃は刑事司法制度の根幹にかかわる重要な問題でございますので主権者である国民の意思に充分配慮しつつ、社会における正義の実現等、種々の観点から慎重に検討すべき問題と考えております。我が国では類似の世論調査におきまして、国民世論の多数が、極めて悪質凶悪な犯罪については、死刑もやむを得ないと考えていること。残念ながら多数の者に対する殺人、誘拐殺人等の凶悪犯罪が後をたたない状況、等もござまして、著しく重大な凶悪犯罪を犯したもに対しては、死刑を科することもやむを得ず、死刑を廃止することは適当ではないと考えております。
 ところでこの様な世論調査の背景にある一つの事として、私が感じておりますこと を申し上げます。我が国では大きな過ちを犯した人が大変申し訳ないと言う強い謝罪 の気持ちを表す時に、「死んでお詫びをする」という表現をよく使うのです。この慣 用句には我が国独特の、罪悪に対する感覚 が現れているのではないかと思われます。


  死刑執行停止法要綱(骨子)案※

 ※注:本要綱(骨子)案は、「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」の 賛同人のみならず幅広い人々の間で、死刑廃止を具体的に進めるための議論のきっか けとしていただくために、フォーラム90の有 志によって作成し、提案するもので ある。これまでに発表されている死 刑執行停止連絡会議や日本弁護士連合会死刑制 度問題対策連絡協議会の案を参考にしながら叩き台として作成した。より詳細につい ては、本要 綱(骨子)案を提示するにあたっての経緯および解説を参考にしていた だきたい。

  1 本法の目的
 死刑制度は、すべての人に保障されている生きる権利を侵害するものであり、残虐 かつ非人道的な刑罰であるとの理由から、廃止されるべき ものであるとの前提に立 ち、この法律は、同制度の廃止をめざし、一定期間、死刑確定者に対する死刑の執行 を停止することを目的とする。
 執行を停止する間、死刑制度の廃止を前提とした刑罰制度ひいては刑事司法制度全 体のあり方を検討し、司法・行政・立法を担う各機関が、制度改善のために行うべき 具体的な課題を定めるものである。

  2 死刑執行の停止
 前記目的を実現するため、4に定める期間、死刑確定者に対する死刑執行を停止す る※。
 ※具体的にどのようなかたちでの執行停止の方法をとるかについては今後の議論に委ねるが、死刑執行停止連絡会議による死刑執行停止法に関する提案では、刑事訴訟法第475条(死刑の執行)ないし479条(死刑執行の停止)の規定の効力を停止するとしている。

  3 停止期間中に行われるべき作業内容および作業機関
 死刑執行が停止されている間、(1)再犯防止のための刑罰制度のあり方、(2) 適切かつ公正な刑事司法制度のあり方、(3)犯罪被害者支援政策のあり方、その他 の項目について検討・見直しを行い、具体的な制度改善のための課題を提示する。  これらの作業は、政府によって設置される実務家・研究者・NGO等を中心とした特 別の作業機関(ワーキング・グループ)によって主に担われるが、そのあり方につい ては幅広い人々の意見が反映されるよう考慮されるべきである。

  4 執行停止期間
 死刑制度の廃止を前提とした刑罰制度ひいては刑事司法制度全体のあり方を検討し、司法・行政・立法を担う各機関が、制度改善のために行うべき具体的な課題を定めるため、死刑執行の停止期間を5年とする。
  ※この期間については、5年〜10年の幅で意見が出ている。




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