日弁連「死刑制度問題に関する提言」の背景と展望について

弁護士  小川原優之

1 日弁連の「死刑制度問題に関する提言」が、やっとのことで2001年1 0月にまとまり、2002年3月号の日弁連会誌「自由と正義」に掲載されま した。是非、読んでいただきと思います。私は、この提言をまとめた際の死刑 制度問題対策連絡協議会の委員ではないのですが、かってこの連絡協議会に特 別委嘱の委員として参加し、1996年3月、「死刑の廃止」を提言した試案 の作成に関与したことがありました。しかし当時作成した提言試案は、残念な がら日弁連の全体としての賛同を得ることができず、公表はされませんでし た。その後、私は連絡協議会の委員ではなくなったのですが、今回の提言の内 容については、日弁連人権擁護委員会死刑制度問題調査研究委員会の場で、報 告を受けたことがありますので、これらを踏まえて、今回の日弁連提言の背景 と展望につき、私見を述べたいと思います。

2 提言の基本的な立場は、「現時点で、日弁連の取り組むべき課題を明らか にしようと試みたものであり、死刑存置論、廃止論いずれの立場からも会を挙 げて共通して取り組むべき課題として提言」が作成されています。この観点か ら、「死刑制度の問題点」として、「世界の潮流と死刑」、「誤判と死刑の問 題」、「死刑と犯罪抑止効果」、「死刑の残虐性」、「犯罪被害者と死刑」、 「死刑と世論の問題」、「死刑と死刑に代わる最高刑の問題」、「日本におけ る死刑に関する制度上及び運用上の問題点」、「死刑制度の情報開示に関する 問題」等が網羅的かつ具体的に検討されています。
 例えば、「死刑と情報の開示」については、「現行の死刑制度(死刑判決な らびに死刑の執行とその間の処遇)が適正な手続をもって行われる制度となっ ているか否かを判断するためには、たとえ執行後になるとしても、当該死刑確 定者(死刑の執行を受けた者)の代理人や遺族のみでなく、弁護士や学者等、 少なくとも一定の範囲の者に対しては、執行決定の理由とその資料、死刑確定 者の最終意思、健康状態、執行状況等についての情報が提供されることが必要 である。また現行の死刑の執行方法が現在の科学・社会状況に照らして適切と いえるのか否か(残虐な執行方法ではないのか等)を判断するためには、具体 的な執行場所の構造・しくみ、具体的執行方法、執行直前から執行終了までの 死刑確定者の心身の状況・遺体の状態等についての情報が提供されることが必 要である。」等と述べています。
 そして、このような検討を踏まえ、日弁連提言は、「死刑制度問題に関する 日弁連の課題」として「死刑存廃論議の活性化と国民的議論の提起」を挙げ、 「日弁連としては、死刑廃止の方向性をもって、一刻も早く死刑廃止の会内合 意を形成、確立し、その旨の活動を行うべきことが求められている。」と述べ ているのです。

3 かって「死刑の廃止」の提言試案作成に関与したことのある私としては、 必ずしもこの提言に満足しているわけではないのですが、日弁連内には、死刑 存置の意見も根強くあり、今回の提言をまとめるに当たっては、連絡協議会の 委員の相当の苦労があったと聞いています。
 この日弁連提言は、「提言の趣旨」を読んでいただくと分かるのですが、他 の団体等に対し提言しているのではなく、正に日弁連自身の取り組むべき課題 としての提言なのです。
 1993年3月死刑の執行が再開され、日弁連は同年5月、死刑制度問題に 関する連絡協議会を設置し、死刑制度についての検討を始めたのですが、20 01年10月になって、ようやく「死刑存置論、廃止論いずれの立場からも会 を挙げて共通して取り組むべき課題として提言」がまとまり、2002年3月 に公表したのですから、正に10年がかりの提言なのです。この提言を「絵に 描いた餅」にせず、現実のものとしなければなりません。 従って日弁連内に 提言の「実現本部」でもできれば良いのでしょうが、今のところ私にはそのよ うな話は聞こえてきていません。ただ私の所属する死刑制度問題調査研究委員 会は、今年度の課題として死刑執行場の視察を挙げており、これを実現するた めの活動をすることが、日弁連提言の現実化の一つだと思います。

4 なお日弁連提言は、死刑執行停止法の制定を提唱しているのですが、これ は死刑廃止法が「時期尚早」だから死刑執行停止法を提唱したのではありませ ん。日弁連が、死刑存置論者を含む全員加盟制の団体であることから、「死刑 存置論、廃止論いずれの立場からも会を挙げて共通して取り組むべき課題とし て提言」したに過ぎません。
 「日弁連としては、死刑廃止の方向性をもって、一刻も早く死刑廃止の会内 合意を形成、確立し、その旨の活動を行うべきことが求められている。」ので あり、死刑廃止法の実現を妨げるものとして、日弁連提言が利用されてならな いことは当然のことです。

5 最後に、死刑の問題は狭い弁護士会の中だけで議論していたのではどうし ようもありません。死刑の問題をめぐっては世界が動いているのであり、その 風を弁護士会の中へ吹き込ませないことには、この提言を現実化することなど 無理なことです。そのためには、国会議員の皆さんや研究者や市民運動との協 力が極めて重要な課題だと思います。これからもどうぞ宜しくお願いします。

もどる
表紙