サポートセンター検討委員会傍聴記

(東)
※4人のメンバーによる傍聴記が載っていますが、ウェブ版には村田恵子さん、加藤久美子さんのものを掲載します。

おもしろうて、やがて哀しき...

村田恵子

「おもしろうて、やがて哀しき」----というのが検討委員会に3回傍聴に行った感想です。市民活動に対する理解のデコボコはあっても、委員はみんな市民活動の活発化を望んでいて、それに県が公費を投入するというので、期待感が高いことは感じられました。しかし、検討委員会の報告(答申)はあくまでも「報告」であって、県にはあらかじめ結論があって、委員会はそれを覆せるものではないとわかると、浅井委員は潔く席をけり、ほかの委員はあきれ、2年間の論議はどこへいくのかと無力感に囚われたのではなかったでしょうか。

 しかし、所轄の県民生活課の立場にたった、これまでの行政感覚からいうと、順当な結論といえないこともありません。NPO法人にさえなりえていない団体にセンター運営を受託させるわけにはいかないし、結局金を出すのは県なのだから、最終責任は県がとらなければならない。だったら気心わかる外郭団体へ。----何十年と繰り返されてきたことです。

 ある人にいわせると、県民生活課は実は市民との関係が少ない部署だということです。というのは、障害福祉とか環境などの担当課は、市民に押しかけられて文句をいわれたりした経験があって、いやおうなしにつきあわされてきたけれど、あの課にはそんな経験がないんじゃあないか、というわけです。交流がなければ市民団体がどんなものかは理解できず、ましてや信頼もおけないでしょう。土壌がないところからはパートナーシップという花は咲かないのです。

れでもいいたいことがあります。「県が私設を用意するから、皆さんはそこをどんどん使って活動してくださればいいんじゃないですか」と、担当職員は「なぜ運営主体にこだわるの」といわんばかりでしたが、では昨年、構想策定委員会で出された報告はいったい何だったのでしょう。たんなるスペースならば、各市町村に十分とはいえないまでもあります。市民活動に今、必要なのは『専門的な機能をもった機関』なのだというのが、報告の結論だったはずです。事務局(県民生活課)にとっては、あの報告も単なる字面の問題だったのでしょうか。

99年秋にオープンする『公設民営』のセンターに過大な期待をするのはよして、自前の資金で、そして自前の人材で、『市民活動支援の専門機関』を創造していかなければならない、と私は思わざるをえません。


思わせぶりにだまされた気分です

加藤久美子

98年8月17日、ようやく埼玉県の構想が見えてきたころ、委員会の傍聴に行きました。この日は、NPOサポートセンターの運営方法と会場の広さや設備、機能などが初めて明示されました。

 当日は、初めに事務局の県民生活課から資料説明がありました。

  1. 市民活動サポートセンターは「場」の提供が中心で、自主的な市民活動を支える業務を行う。
  2. 県は施設の管理と業務の実施をそっくり受託者(団体)に委託する。受託団体名は条例に明記される。
  3. 受託者は評議委員会を設置するが、評議委員の選任は受託者が行う。

 資料説明のあと、委員から事務局への質疑が行われました。

 印象的なのは、「評議委員に県が入っていては中立性が保たれない」という懸念が表明されたり、「評議委員会は議決機関ではないのに誤解を与える名称だから名前を変えた方がいい」という指摘があったり、「そこはオンブズマン機能を持つのか」という質問が出たことです。

してこれらの発言への回答の中で県民生活課ははっきりと、「県民総合活動センターみたいなやり方は排除しようと思っている」と明言されました。

 「貸し館中心のこの程度の機能なら、県活や生活総合センターなどの機能強化でできるんじゃないか? なぜ既存の施設をもっと生かしていかないのか」との質問が出たときにも、県の職員は「ここが試金石となって、いずれ既存の施設も魅力あるものにして行ければいい」と回答しています。

にはこの話は、埼玉県も「県活の運営機能じゃダメだ」 し、「新しいシステムがいる」と思っているとしか聞こえなかったのですが、NPOが受託する可能性があると思ったのは、誤解だったのですね。

 結論が出てから思い出すのもあまり気分のいいものではありませんが、今から考えると、県は、財政当局とのやりとりも含めて実務内容を知っていて、今までつきあいのあった県活を最初から想定していたのですね、きっと。

 思わせぶりに、だまされた気分です。


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最終更新日:1999年1月27日