また、法案では事前盗聴が認められていますから、現実にこの4種類の犯罪が発生していることは盗聴の要件ではなく、将来犯罪を犯すおそれがあるということで盗聴できます。また、法案は傍受の対象を被疑者の電話に限定していません。被疑者に電話をかけてきそうなその知人・友人の電話も傍受の対象となる可能性があります。
さらに、法案は別件盗聴を認めていますから、令状に記載された犯罪と何の関係もない広範な犯罪の探索のため警察官が盗聴を続けることを認めています。別件盗聴を認めることは、令状に記載された犯罪に関係しない通信については盗聴しないとする「必要最小限度の原則」にも反します。
同様の制度をとっているアメリカ政府の統計によっても、年間に盗聴された200万の通話のうち、犯罪に関連しないものは83パーセントに達しています。公明党修正案によっても犯罪と関係のない膨大な数の通話が盗聴されることを防ぐことはできません。
重大な一部だけ聴いて録音を中止した通信と、刑事事件用記録に掲載された通信以外に、傍受を担当した警察官が犯罪関連通信と考え全部録音したが結局刑事事件用記録には掲載されないという通信が、膨大な数に上ることが予測されます。そして、このような情報をもとに捜査を行なって犯人を逮捕すれば、通信傍受の事実は完全に闇の中となってしまうのです。 また、暗号を使用している通信・メール・ファックスなどについて全体を記録することが最初から予定されていますが、通知はやはり刑事手続用記録に掲載されたものに限定されます。さらに、警察官が通信を録音しないで聴いてメモだけしていたものについては、公式の記録は全く残りません。
これまでの法務省の説明によると、令状を得た警察が傍受対象の回線を管理する地域のNTTまで出向いて、NTT内部にある回線保守用の113番センターのコンピューターを操作して通信の傍受を行うものとされていました。そして、このような手順を前提に、このNTT支店に勤務するNTT職員がこの通信傍受に立ち会うものとされてきました。そして、通話内容の聴取もできない、切断権も認められない立会人が無関係な通信を盗聴から保護するための歯止めとなるのか疑問が提起されてきたのです。
ところが、このような手順によらないで、警察官が警察署に居ながらにして、又移動しながらモバイル・パソコンを使用して、NTTのすべての回線の通信を傍受することも技術的には可能であることがこの間の報道で明らかになってきました。現在のNTTの技術ではパソコンさえあれば公衆電話回線からでも通信の傍受が可能な技術が開発されているというのです。この技術によって警察のパソコンから、NTT内部に設置されたコンピューターにパスワードを得てアクセスすれば、NTTのすべての電話の盗聴が可能となります。この場合の警察のパソコンはモバイル・コンピューターから携帯電話でつなぐことも可能ですから、捜査にあたる警察官が移動しながら盗聴することも可能なのです。現実にこの技術は、電話回線の保守工事のために工事業者が携帯しながら使用されているものです。映画「エネミー・オブ・アメリカ」のモバイル盗聴は既に現実の技術なのです。
これまでの法案審議ではこのような方式で盗聴が可能であるという前提では法案審議は行われて来ませんでした。改めて法案の該当条項をみると盗聴のためには「電気通信設備に傍受のための機器を接続することその他の必要な処分をすることができる」(法案10条)とされており、また、通信事業者などに対して、「傍受の実施に関し、傍受のための機器の接続その他の必要な協力を求めることができるとされている。この場合においては、通信事業者などは正当な理由がないのにこれを拒んではならない」(法案11条)とされています。したがって、このような新しい方法での通信傍受も否定されていません。むしろ、この法律の下ではNTTはパスワードの提供を拒否できないと思われます。
また、立会人については、「通信手段の傍受の実施をする部分を管理する者又はこれに代わるべき者」(法案13条)が立ち会うとされており、この表現から立会人は、その警察の建物を管理する警察の総務課員でもよいという解釈が成り立つ余地があります。仮にそうでなく、NTT職員が立ち会うとしても、少数のNTT職員が警察の通信傍受センターに出向・派遣される形態となり、まわりがすべて警察官という環境でパソコンの保守と録音テープの封印の作業だけを担当し、外形的にも違法な逸脱行為の監視を行なう事は全く出来なくなると思われます。このような新しい盗聴方法が可能かどうかNTTは公式に肯定も否定もしていません。いずれにせよ、こういった新しい通信方式による盗聴を法案が否定しているとは法文上からも読み取れないし、こうした通信方式を前提とした法案審議は一切なされていません。
このような、新たな通信傍受の方法が明らかになった以上、参議院の審議ではまず技術の詳細をNTTに明らかにさせるところから徹底的な審議を尽くす必要があります。