『盗聴法ニュース』3号
講演「盗聴法・アメリカで何が起きているか」
日本よ、アメリカの過ちを繰り返すな!
―バリー・スタインハード氏の警告―
(アメリカ自由人権協会副理事長・弁護士)
● テロ対策は口実
三月二十一日から二十六日まで、アメリカ自由人権協会(ACLU)の副理事長で、情報化社会における政府によるプライバシー侵害の専門家である弁護士バリー・スタインハード氏が、超党派国会議員と日本弁護士連合会の招きで来日しました。
スタインハード氏によれば、アメリカにおける盗聴の歴史は、政府による乱用の歴史であり、いかに限定してでもひとたび盗聴を合法化すれば、当局は権限を次々に要求してくるといいます。
その理由は、テロから市民と国家を守るためということです。
しかし、アメリカ政府統計を見ると、テロに対する盗聴は限りなくゼロに近いのです。過去十三年間で、放火・爆弾・武器使用など、テロに類する犯罪と対象を広げても、盗聴はわずか〇・二%です。
一方、盗聴件数の急増と反比例して、犯罪に関する会話の占める割合は減少していて、近年では十七%を割っています。
盗聴令状を裁判所が発布する要件は、建前では非常に厳格であり、ほぼ間違い無く犯罪に関する会話が行われることを前提としています。
ですが、実際は、盗聴捜査を法的に規定している「包括的犯罪取締及び街路安全法第3編」(一九六八年制定)に基づく盗聴令状の申請を、この十年間、裁判所は却下したことがなく、フリーパス状態となっています。
また、盗聴捜査が確実な捜査手段かといえば、そうでもありません。盗聴捜査によって起訴された事件の有罪率は五〇%足らずであり、一般事件に比べても低いのが、本当のところです。
コストも非常に割高で、一件の盗聴令状当たり、約六万ドル(約七二〇万円)が盗聴捜査に費やされています。
そして、何より忘れてはならないのは、これらが全て盗聴を実施しているアメリカ政府当局の発表している数字なのです。もちろん、「違法」盗聴は含まれていません。
政治的な盗聴が横行するのも、実態です。
例えば、マーティン・ルーサー・キング牧師への盗聴許可や、ウォーターゲート事件、ベトナム反戦運動家への盗聴など、政府による政治的な動機による盗聴は後を絶ちません。フーバーFBI長官の権力の源泉が、盗聴であったことも有名な話です。
テロ対策は口実にすぎず、アメリカ政府の本当の狙いは、権力掌握にあるようです。
日本では、どうでしょうか。
● 飽くなき「盗聴」欲望
現在、スタインハード氏とアメリカ自由人権協会は、「デジタルテレフォニー法」(全ての通信機器に政府のための盗聴装置を製造段階で組み込むことを通信業者に義務化)に厳しく反対しています。
「デジタルテレフォニー法」は、議会を通過しながらも激しい批判のため施行が延期されている問題法です。とりわけ、FBIが当初に主張していたコストは5億ドル程度であったにもかかわらず、実際には、数十億ドル必要であることが判明し、立法推進派の議員たちからも「FBIに騙された」という声と批判が広がっていることは、日本にとっても対岸の火事ではありません。
しかし、アメリカ政府は更なる「盗聴強化政策」を準備中です。
例えば、ニューヨークなどの人口密集地において、電話回線の一%で同時に盗聴可能とするよう電話会社に要求したり、携帯電話と通信衛星を捜査の際に個人の位置確認に使用できるようにすることを求めています。
また、Eメールなどのデジタル通信をデータ蓄積したり、デジタル暗号の解読キーを政府に提出することを求めてもいます。
極めつけは、政府が準備中の「ロービング・ワイヤータップ法案」です。
これは、特定の人物が使用すると思われる全ての電話機を盗聴できるようにするものです。これを許せば、関係無い電話でも公衆電話でも、当局が「特定の人物が使用すると思う」だけで、全ての電話機が盗聴できるというのです。
事実上の「無制限」盗聴権限を当局に与える法案といえます。
●盗聴を合法化するな!
「盗聴の恐ろしさといっても、それはアメリカの話だろう。まさか、日本の法案はそこまで認めていないはず…」というのは、平和ボケの考えです。
スタインハード氏によれば、日本の「犯罪捜査のための通信傍受法案」(略称「盗聴法」)は、アメリカの盗聴法「包括的犯罪取締及び街路安全法第3編」と「デジタルテレフォニー法」、両方の内容を包合するものであるそうです。
日本の「盗聴法」は、Eメールなど、内容を即時に復元できないものや暗号化された情報は、全て傍受できるとなっています。全ての記録を収集して、後でこれを分析するというやり方をとります。
デジタル通信に関しては、アメリカの現行法「包括的犯罪取締及び街路安全法第3編」よりも、日本の「盗聴法」の方が大きく踏み込んでいるのです。
「盗聴法」が、デジタル通信のプライバシー保護を全く欠いていることは明らかです。
また、スタインハード氏はコンピューターネットワークの専門家らとの会合にも出席し、アメリカ国家安全保障局(NSA)が保有するスーパーコンピューター・コードネーム「エショレン」に言及して、デジタル通信の監視技術が非常に高度化していると、日本のインターネットユーザーにも警告を発しました。
最後に、スタインハード氏は、アメリカが盗聴を合法化したこと自体が間違いであると述べました。
そして、日本がアメリカの轍を決して踏まないよう、国会議員・弁護士・ジャーナリスト・市民らに、厳しい警鐘を鳴らしました。
NTT職員の証言
「現場では、無法状態に!」
2月15日 於・参議院議員会館
● 「盗聴法」のトリック
この盗聴法案に、重大なトリックが隠されていることは、案外と知られていません。
令状審査など法的規制をいくらかけても、実際上、規制は全く役に立たないのです。
「そんなことがあり得るのか?」と思うかもしれません。
2月の国会議員勉強会では、NTTの現場職員を招き、「盗聴はこうしてやる」という題で、具体的な盗聴方法の説明を受けました。
法案によると、盗聴は電話局の中で行われます。
そして、NTTなど「通信事業者」らが、協力する義務も法案では定めています。
電話局内には、主配線盤(MDF)という装置があり、局管内の全ての回線がそこに集中する仕組みとなっています。そのため、電話番号と配線番号の組み合わせさえ判れば、簡単にモニターすることができるのです。
もちろん、各局には線番判読のための資料があり、部外秘となっていることはいうまでもありません。
けれども、法案では「協力義務」があるため、資料も要求されれば捜査当局に提出しなければなりません。
一応、法案では通信事業者らの立会いも定めていますが、捜査と関係無い盗聴が行われた際の切断権は無く、立会いの省略も認めています。
NTTが公社であったのは過去の話で、今はれっきとした民間企業です。
そのため、盗聴の間じゅう、四六時中ずっと立会いできる「ムダ」な社員はいません。それは、第二電々やインターネット・プロバイダーなど、他の通信事業者も同じことです。
よって、捜査当局だけでなく、通信事業者側も、業務に影響を及ぼさないために、どうしても立会いの省略を求めることになります。
また、MDFを設置している部屋に、捜査員がいては、業務に支障が出ます。なぜなら、彼らや彼らの機材を置くことは、想定外だからです。
すると、実際では、仮設の専用部屋(会議室など)に盗聴用の機材を設置し、そこからMDFをモニタリングするようにならざるを得ません。
これでは、電話局員やプロバイダー社員など、法律で立会人と認められた人であっても、心理的に、立会いは困難となります。
しかも、捜査員が盗聴をする際は、ヘッドホーンを装着します。
こうなっては、違法盗聴(令状外傍受)が行われたとしても、どうすることもできません。立会いがいても、それは無意味な存在でしかないのです。
捜査員は、誰にも知られず、好き勝手に電話を盗聴できることになります。
● 機能しない盗聴令状
「しかし、令状で認められた以外の盗聴は、裁判で認められず、犯罪の証拠として使用できないはず。だから、令状外傍受をする意味はない」
そう思って当然です。
しかし、法案では、予備的盗聴と別件盗聴を、シッカリと認めています。
つまり、犯罪に関係するかどうかを判断するという理由で何を聞いても合法だし、犯罪と関係する通信を「偶然」に傍受してしまっても、それに令状は不要と定めています。
ただでさえ、対象が特定できずに限定が困難である盗聴捜査が、実際は、運用現場とこれを支える条文で、令状などの法的規制が全く機能せずに、無限定となってしまう恐れが、非常に強いのです。
ちなみに、今でも、「113故障係」で電話番号から回線に割り込み、話し中・受話器はずし・故障をそれぞれ調べることができ、会話を聞くことができるそうです。
通信業務の現場を知り尽くした、このNTT職員は、現場では一切の「歯止め」が絶対に機能しないと、繰り返し強調しました。