1999年5月17日、日弁連他主催の市民集会で配布された資料。HTML化および本文中の強調は、ネットワーク反監視プロジェクトが行った。
1999年5月17日
(1999年4月27日から5月6日)
日弁連 通信傍受法・組織犯罪対策法に関する
拡大理事会内対策本部委員 海渡雄一
国際犯罪防止会議は1872年にロンドンで初めて開催された国際刑法監獄会議を前身とし、1955年の第一回会議で被拘禁者処遇最低基準規則を制定した歴史と伝統のある国際会議である。1990年に組織改革され、5年ごとの犯罪防止会議だけでなく、50カ国からなる犯罪防止刑事司法委員会を毎年開催することとなった。そして、新たな人権基準の設定は当面行わないこととし、既存の国際基準の監視と刑事司法の分野の戦略の設定に重点を移してきた。1999年の委員会の主な討議事項は犯罪防止の戦略、第10回国連犯罪防止被拘禁者処遇会議、国際 (越境) 犯罪との闘いにおける国際協力、犯罪防止と刑事司法に関する国連基準と規範の利用と運用などであった。
1988年に麻薬新条約が採択され、これに基づいて日本は国内法を改正している。日本政府は人権関係の条約については批准にも時間がかかるし、これに従って国内法を改正することに大変消極的である。しかし、犯罪対策の分野では批准と国内法の改正には大変積極的である。
現在犯罪防止刑事司法委員会では国際 (越境) 組織犯罪の対策を最重点課題として取り組んでいる。現在国連総会決議を受けて、「国際 (越境) 組織犯罪防止条約」の起草作業が行われている。条約本文の主要なテーマは
また、本条約に
今回の審議のテーマは28、29、30日の3日間は本条約のマネーロンダリング、没収について、3日は条約の議定書である銃器に関する議定書が審議の対象とされた。審議の内容は多岐に渡るが特徴的な点を数点報告したい。
ディスカッションの重要な部分を占めたのが意図的でないマネーロンダリングに対する対処の方法と意図等の主観的要素の証明方法に関する議論であった。
クロアチアなどいくつかの国から過失によるマネーロンダリングの可能性を保障するため、「意図的な」という文言を削除すべきという提案がなされた。しかし、多くの国々は各国に処罰が義務づけられるのは「意図的な」場合に限定し、「知るべきであった」場合の処罰はオプションとして裁量的に規定するという意見であった。日本政府も同趣旨の意見を述べていた。他方で「意図」のような犯罪の主観的要素の立証を客観的な証拠で立証するという提案がなされており、その一つのオプションではこの場合に立証責任の転換までができるという提案がなされていた。しかし、この犯罪成立の成否の判断の段階で立証責任を転換するという提案を支持した国はなく、インターポールがヨーロッパ人権裁判所でも立証責任の転換を明確に否定した判例はなく、盗聴などもセーフガードがあれば認めてきた等と、これを支持しただけであった。
条約にはいったん有罪が確定した後に所有物の適法な起源の立証責任を所有者に負わせようとする規定があるが、この規定には賛否両論があった。マネーロンダリングの対象物の相続や贈与なども一切できないとする極端な規定が条約草案にはあり、多くの代表団から異議が申し立てられた。善意の第三者の権利の保障を含む基本的司法原則に反するとするものである。このような規定が削除されたのは当然であるが、どの代表団からも支持されないような草案がなぜ作成されたのかまったく奇妙である。この条約の草案の作成の過程には深刻な疑問がある。
現在国内で議論されている組織的犯罪対策法と関連する興味深い議論がマネーロンダリングの前提犯罪をめぐって行われた。この会期でアメリカは4条についてあらたな提案を行った。この提案は極めて重視され、会期二日目には全体に配布され、各国がこの提案について意見を述べた。提案の趣旨を簡単にまとめれば、マネーロンダリングの犯罪化の範囲について、加盟国は深刻な組織犯罪集団に関連して発生した事件の場合以外は犯罪化することを要求されないとするものである。
このような提案が行われた背景は原案のスレッショルド (ハードル) が各国が批准するには高すぎるとう意見があったため、これを低くし、各国が柔軟に対応できるようにし、結果的に条約の批准をしやすくすると言う現実的な目的に基づくものであった。
各国からの意見の概ねはこの提案に好意的であった。そして、討論のまとめでは、この提案は将来の条約審議の基礎にしうるものとまとめられ、会期末にまとめられた委員会レポートでは括弧入りではあるが、挿入されることとなった。
日本はこのアメリカの提案に対して興味深いものと述べたものの、自国内ではマネーロンダリングの前提犯罪としてもっと広範な犯罪を対象にしたいと考えていると述べた。
次のアドホック委員会の日程は6月28日から7月9日となった。二週間に渡って条約の重要な部分の審議が続けられる。審議されるのは条約本文については腐敗に対する措置、コーポレート・ライアビリティ、条約の効果的な実施、管轄、逃亡犯罪者の引き渡し、法的な相互協力、議定書については移民の不法取引と移動に関する議定書、女性と子どもの不法取引に対する議定書が審議される予定である。次々回は10月の予定であり、盗聴を含む新たな捜査方法についてはこの会期で審議される予定である。
今回の条約の草案審議を傍聴して感じたことをまとめてみたい。
1) この条約が審議しているテーマは各国の刑事司法の基本原則にかかわる極めて重要なものである。
2) 条約草案は極めて突出した内容のものとなっているが、マネーロンダリングについての立証責任の転換などは各国の議論は概ねむしろ冷静なものであり、慎重な審議がなされている。
3) しかし、条約審議の過程にほとんどNGOが関与しておらず、また、EU諸国が内部で意見調整しているためか、人権サイドでの発言が少なく、マネーロンダリングの規制と弁護人選任権との調整など当然指摘されなければならない指摘がなされない場合があった。
4) 日本政府は組織的犯罪対策3法案はこの条約に適合するものという説明を行っており、国際組織犯罪組織に対する加入の犯罪化、刑事免責、コントロールド・デリバリー、など追加的立法も必要となる可能性があるとしている。特に国際組織犯罪組織への加入の犯罪化については人権上も大変大きな問題がある。しかし、マネーロンダリングの前提犯罪などについてはむしろ、アメリカの提案した条約のハードルをはるかに超えた包括的な立法となっていることがはしなくも条約審議の過程から明らかとなった。
5) いずれにしても、重要なことはこの条約は未だ審議途中であり、国際的な組織犯罪への対策の水準を示すものとなるだろう。しかし、どのレベルで国際的な合意が図られるかを予測することは困難である。条約審議を待って、国内対策も慎重に審議することで国際的な責任は十分に果たすことができる。
人権条約については批准までに多くの時間を要していることと対比すれば、国連条約の審議中にこれを一部では上回るような国内法の制定を急ぐ理由は、国内の犯罪情勢からも正当化し得ない。まして、このような法案を国会での強行採決など異例な審議手法で成立を図ることは決して許されないことである。
条約草案や条約の審議資料等は日弁連広報国際課までお問い合わせください。