通信回線の中のビッグブラザー
デジタル時代の盗聴 アメリカ自由人権協会特別報告
1998年3月原文は以下を参照
Big Brother in the Wires、Wiretapping in the Digital Age、 An ACLU Special Report、 March 1998
目次
概要暗号政策をめぐる闘争は、今や政府、科学界、産業界の上層部で繰り広げられつつある。その結果はきわめて影響の大きな、ことによると一人一人のアメリカ人のプライバシー権にとって取り返しのつかない結末をもたらすだろう。にもかかわらず、一般の人々はまだこの問題のことをほとんど知らされないままだ。アメリカ国民にむかって、国家の通信インフラの中にビック・ブラザーを恒久的に組み込むことを望むのか否かという問いを発した人はいないが、クリントン政権に好き放題にさせるならば、起こるのはそのようなことなのである。
暗号は、それがなければ保護されえない電子通信、たとえば電話による会話、ファックス、電子メール、資金の移動、取引上の秘密、健康記録などに対して、封筒、封印、署名などの役割を果たすものである。強力な暗号なしには、プライベートな通信を政府からであれ、競合企業からであれ、テロリストからであれ、せんさく好きな隣人からであれ、ハッカーからであれ、また泥棒からであれ、のぞき見されるのを防ぐ手段はない。したがってアメリカ自由人権協会(ACLU)は、可能な限り強力な暗号技術の、自由で制限のない開発と製造を支持するものである。
しかしながらクリントン政権は、暗号を使って電子プライバシーを保護しようとするわれわれの力量に、つねに著しい制限を加えようとしている。彼らは、あらゆる暗号の解読が可能にならなければ、政府の「犯罪との闘い、テロ防止などの能力」が「破壊され」てしまうと主張する。しかし、実際は過去10年間の政府による盗聴およびその他の方法による監視の83パーセントは賭博、麻薬犯罪などの非行的犯罪にのみ許可されている。政府はアメリカ人すべてをスパイする広大な新しい能力を獲得するために、脅迫戦術をとっているのだ。
政府自身の記録が示しているとおり、電子的監視は重大犯罪の防止や解決に対しては副次的な役割しか果たしていない。それは、たとえばワールドトレードセンター爆破犯のユナボマー、ティモシー・マクヴェイの逮捕には結びついていないのだ。これらの犯罪を解決したのはすぐれた捜査なのであって、テロ犯罪を含む重大な暴力犯罪は、ほとんどまったく電子監視の対象とはなっていないのだ。電子監視がなしうるとすれば、莫大な量の無関係なアメリカ市民のプライバシー権の侵害である。政府自身の統計によれば、1996年には220万件の通話が傍受されており、そのうち170万件は検察によって犯罪とは無関係とみなされている。
今日、暗号についての論議は、国民が電子監視についてあらためて考えてみる機会を提供している。ACLUは電子監視は、自由な社会とまったく相いれないものだと確信している。自由な市民は、使用可能などのような技術でも利用して、直接的ですばやい、自発的な個人間コミュニケーションを処理する能力を求められる。プライベートな通信が、真の意味でプライベートであるという保証がなければ、自由をその基礎に置いた社会生活は、徐々に恐怖と不安の上に立つ生活に駆逐されていくであろう。
序民主主義社会における電子監視の役割についての論議は、電話ができたときからすでに始まっている。だが今日、この論議はあらたな緊急性をおびてきた。インターネットの驚異的普及と情報デジタル化の絶えざる発展によってもたらされた通信インフラの革命的な変化は、パーソナルな安全とプライバシーに、かつてない脅威を投げかけている。電話会話、ファックス、電子メール、資金移動、取引上の秘密、健康記録、などの微妙な内容を含んだ膨大な情報が、いまや電子という形態で行き交っている。人類に計り知れない利便を提供しているその同じ技術的進歩が、同時に政府、競争企業、テロリスト、せんさく好きな隣人、ハッカー、窃盗犯などからの、好ましからぬ、また潜在的危険性にみちたのぞき見に対してわれわれを無防備にしつつある。1
暗号は
どのように働くか?コンピュータは、データを普通の人には一見してなんだか分からない0と1の信号として送信する。暗号化用ソフトウェアとハードウェアは、これらの数値をあるアルゴリズムや数学的公式を利用して変換し、正しい公式か「鍵」がないと復元できない形にする。したがって、秘密鍵をもっている、権限のある人だけがもとの状態に戻し、それを読むことができる。
傍受や他人からの解読に対する暗号の強さは、一般的には数式または「鍵」の長さに依存する。この鍵はそのビットの長さで測られ、鍵とそのビットの長さが長ければ長いほど一般的には強力である。したがって弱いと考えられている56ビットの鍵では、ハッカーや泥棒の手にかかれば数秒で解読され、急速に強力になっている128ビットの鍵では一生かかっても解読は不可能である。
この問題を解決するものは、数千年にわたって通信のセキュリティを保護するために使われてきた暗号、すなわち秘密通信とコードの科学である。2 本質的に、暗号は情報をエンコーディング(暗号化)できるので、目指す相手だけにその意味を伝えることができるのである。かつては政府の閉鎖的なセクションで、現在は科学者やコンピュータユーザーや通信産業によって、暗号はプライバシーと電子情報の安全性を守るための最良の方法として信奉されてきている。このような状況で、読めるメッセージはコンピュータソフトを通して読めない「サイファーテキスト(暗号文)」に転換される。メッセージをデコードもしくはデクリプトする(解読する)には、「鍵」が必要となる。
暗号技術は、無許可のアクセスや攻撃から通信の信頼性と安全性を守ることで、全世界のインターネット、電子商取引、民主主義がひきつづき発展していくことを保証するのである。 暗号化は、以下のようなものを保護する。
- 声による通信、たとえば携帯電話。信号のスクランブル化によって盗聴者が会話の内容を理解できないようにすることができる。
- ATMによる取引。他人が金銭情報にアクセスできなくなるよう、パスワードを保護する。
- 電子メール。メッセージを目指す相手だけに届け、他のコンピュータユーザーからは読めなくすることができる。
暗号技術の利用が私的な領域で拡大し一般的になってきたことで、政府からは予想通りの反応が出てきている。すなわち、鍵へのアクセス権の要求だ。安全性と国家保安に対する脅威という漠然とした論拠で、クリントン政権はここ数年にわたって国家の情報インフラに不正手段でアクセスできる方法を用意するように、通信業界に要求している。こうした拮抗関係によって、暗号政策をめぐる闘争は、今や政府、科学界、産業界の上層部で繰り広げられつつある。ケネス・W・ダム教授は国家調査評議会の国家暗号政策研究委員会(the National Research Council's Committee to Study National Cryptography Policy)の主席をつとめているが、彼は次のように警告している。暗号に関するコンセンサスの不足によって「政策危機が国家をおおっている」と。3
ダム教授の警告は、今日、より大きな緊急性をおびている。この政策的行き詰まりは、一方に行政と国家保安各局 -- 司法省、FBI、国家安全評議会、麻薬取締局および多くの州と地方の行政組織があり、他の一方には、通信業界、影響力のある暗号専門家、コンピュータ科学者たち、およびプライバシーと市民的自由の提唱者たちがいる。
暗号で何ができるか暗号は、それなしでは保護されない電子通信に対して、封筒、封印、署名の役割を果たす
それは、ビジネスでも個人のプライバシーでも欠かすことのできない4つの役割を行う。
1. データが改竄されていないことを保証する 暗号は、電子メッセージの故意または事故による改竄を発見できる。
2. ユーザーの認証 暗号は、通信の一方の当事者が誰であるかを検証し、保証できる。
3. ごまかしを許さない 暗号は、他人へのなりすましをできなくし、またデータを送ったことを後から否認してもごまかせなくする。
4. 内密性の保持 暗号は、他人が個人間の内密の通信を入手するのを防ぐことができる。
このたたかいの主要な戦場は合衆国連邦議会である。そこでは、法案が多すぎるとしてずっと問題になっている。一般大衆は、大部分の領域でなにがどうなっているのかまったく知らされていない。誰も、大衆に、国家の通信インフラの中にビッグブラザーを恒久的に設置することを望んでいるのかいなかを尋ねていない。また、多くの政府関係者からは、ノンキーリカバリー暗号の蔓延は「犯罪とテロリズムへの対抗力を損なう」という主張が行われているが、4 過去30年の間に暗号がどのように使用されてきたのかに関する証拠は、そのような終末論的な断言を裏付けるものではない。われわれを防衛するための唯一の、あるいはまさに最良の方法が政府による包括的な監視機構の恒常的な設置である、と説得力のある立証をした者は一人もいない。現実には、政府はこの機会を利用して脅迫戦術をとり、すべてのアメリカ人をスパイする巨大な能力を得ようとしているのだ。
本レポートでは、この非常に込み入った問題の一つの決定的な側面を検討しようとしている。すなわち、現政権の暗号に対する態度によってもたらされている個人のプライバシーへの重大な脅威についてである。大統領がこのままの施策をとりつづけるなら、新技術は、いまだかつてなかったレベルでいたるところに包括的な監視を可能とするものになるだろう。デジタル時代以前、人手によって会話を盗み聞きして記録するというような労働集約的盗聴は、経済効率によって一定の限度を超えることがなかった。これに比べ、デジタル盗聴は、何千という会話を「ドラッグ」「爆弾」「公民権」「共和党員」「民主党員」などのキーワード検索によって一挙に走査できることを意味する。その結果、濫用の可能性が何倍にも拡大されうることは明らかだ。
暗号問題の論議は、デジタル時代における政府による監視の権力と権限という、より大きな諸問題との関連の中でなされるべきである。ここ数年、法執行関係者による盗聴のような不正な監視が、これまでよりはるかに多く明るみに出ている。 今日、暗号の能力と「鍵」へのアクセスの要求に関しての政府の暗号規制は、新たな、そして空前の盗聴時代に対するかなめとなっている。
電子的監視は自由な社会にそぐわない暗号論争は、国民に対して、改めて電子的監視の問題に正面から取り組む機会を与えるものだ。もし我々がそのようにして十分な情報を得て慎重にことを運ぶのでなければ、完全な監視社会を狙う新しい技術は、とめどなく進歩しまうであろう。強固なノンキーリカバリー暗号化の権利がなければ、あらゆるものが政府および非政府機関の公式非公式のスパイ行為に対して無防備になってしまうだろう。例えばクレジットカードやキャッシュカードや身分証明書の裏の黒い帯、ガソリン会社が配布するガソリン購入を可能にする電子キー、電子決済用のE-Zパス、コンピュータやEメーラーやポケベルの機能を果たす小型のデジタル携帯電話など。
ACLUは創設以来政府によるあらゆる形態の電子的監視に反対してきており、それゆえ可能な限りの最強の暗号化技術が自由に、拘束を受けずに開発、生産、配布されることを支援している。電子的監視は、盗聴装置によるにせよ迅速な暗号鍵へのアクセスによるにせよ、基本的に個人のプライバシーと相いれない。これは最悪の種類の総合的捜査であり、必ずしも特定の対象者の交信をとらえるだけでなく、たまたまその対象者に接触のあった、あるいは同じ回線を使った無数の人々をとらえることになる。自由な市民は、使用可能などのような技術でも利用して、直接的ですばやい、自発的な個人間コミュニケーションを処理する能力を求められる。プライベートな通信が、真の意味でプライベートであるという知識や確信がなければ、自由をその基礎に置いた社会生活は、徐々に恐怖と不安の上に立つ生活に駆逐されていくであろう。
プライバシーの権利はこの国ではすでに非常に危うくなっている。電話は少なくとも1895年から警察に盗聴されており、先の世紀では、盗み聞きをしたい政府とこれ以上の侵害を許そうとしない大衆との間で常に争いが起きていた。その力は法令と判決によって制限されてはいたが、実際的な目的に関しては、この争いでは政府が優勢であった。米国裁判所の管理事務所が編纂した統計によれば、政府の秘密監視は現在記録にとどめられている。 5 1985年から1995年まで、1200万以上の通話が通信傍受法により傍受され、少数の会話以外のすべては犯罪に無関係であった(1995年だけを見ても、2百万近い無関係な通話が傍受されている)。政府の事務官は令状を得なければならないが、彼らの盗聴の請求は裁判官によっても判事によってもほとんど却下されたことがない。事実、過去8年間の間、通信傍受法による請求で拒絶されたのは1件だけであった。
以下に説明するとおり、この盗聴はすべて、法執行の成果としてほとんど何ももたらさず、そればかりか暗号の統制やデジタル電話技術を通して模索されている拡大された監視能力によって、政府は令状であるいは令状なしで、あらゆる通信に介入していくことになろう。
クリントン政権の反プライバシー姿勢クリントン政権は、不法な通信傍受や監視を受けない全米国民のプライバシーの権利を一貫して無視し続けている。公開文書、法令、法案、訴訟の姿勢、どれをとっても、電子的プライバシー保護のために暗号をつかおうとする私企業等の、大幅な能力抑制を支持している。
ほとんど世界中の権利擁護団体や多くの科学組織など6 から非難を受けているにもかかわらず、暗号に関するこの姿勢は、クリッパーチップの採用が告知された1993年以来本質的に変わってはいない。 クリッパーチップの目論見は、あらゆる暗号使用者(つまりデジタルの電話、ファックス、インターネットなどを使うあらゆる個人およびビジネスユーザ)に解読鍵を政府に移譲するよう要求するもので、蓄積されたデータ、リアルタイムのやりとりのどちらにも入り込めるようにするものであった。 これはすべての建設業者に、住宅の壁にマイクロフォンを埋め込むよう命令するようなものである。 この提案に対しては反対の声がすさまじかった。提案直後のTime/CNNのアンケート調査では80%が反対という結果がでた。政府は急いでこの提案を引っ込め、「クリッパーチップは非強制の管理基準とする」と述べた。
そのあとすぐ、政府は「クリッパー2」を提出してきた。これは暗号の使用者が政府の許可した「寄託機関」に解読鍵を預けなければならないとするもので、情報の送り手について精通していなくても、また送り手の承諾なしに政府が情報交換の場に入り込めるようにするものであった。これについてもまたすさまじい反対が起こったが、それが今度は「クリッパー3」に道を開くことになった。やはり第三者機関に鍵を寄託する方法ではあるが、それまでのものとは大きく異なるものであった。
暗号の専門家によれば、第三者およびキーリカバリー計画に信頼をおく政府の鍵寄託制度は、不可避的に暗号化の基本的な目的を危うくさせる。つまりこの制度では、第三者は暗号化された通信の[暗号化されていない]プレーンテキストに秘密裏に接することができるようになり、その結果、政府および個人の悪用を防ぐに十分な、安全な秘密鍵を望まなくなるというのである。7
クリッパーチップのバージョン1から3に加えて、政府は多数の法令においてFBI盗聴権限の全面的拡大を押し進めており、1996年に制定された反テロリズム法もその中に含まれる。1994年に通過したCALEA(法執行のためのコミュニケーション支援条例)8は、クリントン政権が通話のプライバシーをいかに軽視しているかを示す、おそらく最良の見本であろう。 ACLUや他の人権団体の激しい抗議を無視して、政府はこの大量のFBI盗聴計画で、通信会社やメーカーに国の通信システムの中に盗聴能力を組み込むよう要求している。議会が延期に賛成しなければ、CALEAは1998年10月までに実施されることになろう。数多くあるFBIの要求のうちのひとつは、すべての携帯電話に使用者の位置を警察に知らせる機能を付加すること、要するに電話を自動誘導装置に変えることである。
これらのすべての立法の動きは、監視の権限が増大しつつある現在の状況を背景にしている。事実クリントン政権は、1年以内に、ほとんどの犯罪関連および情報収集を目的に設置された盗聴装置を登録することを決定した。
政府はさまざまなキーリカバリーシステムの提案につきものの市民的自由の問題を矮小化しようとしてきているが、しかし憲法修正第4条の要件と、政府がほしがっている甚だしく巨大な権限とを適合させようとする試みは、歴史を無視するものであり、根本的に欠陥を持っている。
1997年6月26日、下院国際関係委員会は暗号問題に関する非公開の説明会を持った。9 出席したのはFBIのディレクター、ルイス・フリーで、彼は鍵寄託制度が憲法修正第4条に違反するのではないかと懸念するSAFE Act スポンサーの共和党ロバート・グッドラットに答えて、政府の立場を以下のように説明した。
我々は憲法修正第4条とのバランスを保つよう求めているのです。200年の間、立案者と議会は、裁判所の捜査押収令状で厳密な根拠を示さなければならないと制限されている状況のもとで、プライバシー保護と合法的な治安上の必要性とのバランスを保ってきました。提案されているこの法律(SAFE Act)は独立以来初めて、そのバランスを劇的に変化させるでしょう。その意味というのはこうです。(盗聴を認めるための)「相当の根拠」によって裁判官は私が他人の会話を聞いてもよいという令状を出すわけですが、私にはその「相当の根拠」はわからない。というのは誰もキーをどこか安全な場所に保管すべきだと要求してこなかったからです。(盗聴を可能にするのは)裁判所の命令だけです。このことが一般の人々の安全を脅かしている憲法修正第4条のバランスを劇的に変えるのです」。
フリーの論点はいくつもの個所で間違っている。
憲法立案者は合州国憲法修正第4条の適用にあたって何を考えたのか合衆国憲法修正第4条10 は、英国議会が植民地の密輸監視官に、令状による密輸品捜索について完全な自由裁量を与えるという決定に対する応答として成立した。この令状は、イギリスの軍隊も含む植民地当局に家屋やオフィスに自由に立ち入り、彼らが望むいかなる人物、場所にたいしても捜索できるものとした。初期のアメリカ人たちは、この全般的な捜索に反対して立ち上がり、独立宣言の前夜には、サミュエル・アダムスは全般的な捜索に対する抵抗を「グレート・ブリテンとアメリカとの論争の開始」とみなすと述べた。全般的な政府による捜索からの絶対の防御は、この国の根本的な原則の一つであるということは、言うまでもないことである。
こうしたアメリカ社会の枠組みを作った人たちが個人のプライバシーと法執行の必要の間の基本的なバランスに直面した時には、まだ遠隔聴取装置は開発されていなかった。しかし、それらがあったとすれば、彼らはこれを容認しなかっただろうことは明らかである。定義によれば、電子的監視は全般的な捜索をなすものであって、修正第4条が要求する特定の対象物、人、場所に限定されるものではない。通信の盗聴、隠しマイク、暗号メッセージの解読キーは人間生活のもっとも親密な部分を侵害する。彼らは無差別にありとあらゆるものを見聞きする。掃除機のように、罪のないしばしば親密なプライベートな会話まで、ことがらの細部にわたるまでをことごとく吸い上げる。一人の人の電話の盗聴は、たまたまこの電話を使った人や、この番号に電話をかけてきた人たちの会話を必然的に捕捉することになる。11 ある人の暗号を解読するということは、この人物と電子的にコミュニケートするすべての人を政府の監視にさらすことを意味している。電子的な盗み聞きは、その地引き網的な性格からして令状では規制できない。押収される対象物あるいは捜索される場所は限定できないし特定すらできない。というのも、それは、すべてを捕捉するというまさにその技術の性質によるのである。 クリントン政権は、修正第4条のもともとのバランスを維持しようとは考えていない。政府は、この修正条項が成立してから長年合衆国最高裁が攻撃してきた「バランス」を選んできた。1927年に、禁酒法の連邦の強制的な執行最高潮にあった時期に、裁判所は、初めて電子的な盗聴に取り組もうとし始めた。盗聴によって得られた証拠に基づいて有罪とされた密造酒製造業者のロイ・オルムステッドは、法廷で、捜索は令状なしでなされ、十分予想できる根拠もなく彼の修正第4条の権利の侵害であると主張した。5対4の裁決で、裁判所は、修正第4条の保護のもとにおかれる物理的な侵入(不法侵入)は、法的な強制力が発動されうるが、盗聴はオルムステッドの家の外で物理的に行われたのだから、政府による侵害行為はなく、したがって修正第4条の保護の対象にはならないと裁判所は推論した。オルムステッド判決はこの修正第4条を40年間規定してきた。そして、この間、政府事実上無制限に電子的なスパイ行為に関与できたのである。12
オルムステッド事件は、5対4という僅差で第4条がそもそも持っていたバランスを破壊したが、ルイス・D・ブランディがこの判決で警告したその先見の明のある少数意見の機会もまた与えた。「科学の進歩は、政府にスパイ行為の手段を提供し、盗聴を阻止するとはいえない」。ブランディスは、盗聴が無差別にその手の届く限りあらゆる会話を盗聴するために、修正第4条によって徹底的に禁じられている全般的な捜査の種類をなし、令状の請求によったとしても十分な保護をあたえることはできないと書いている。不幸にも、われわれのプライバシーの権利にとって、ブランディスの異議は、裁判所では採用されなかった。1967年にオルムステッド判決を裁判所は覆した。遅れ馳せながら、修正第4条が盗聴やスパイ行為に適用されたのである。(Katz v.U.S.)にもかかわらず、ブランディス判事の憲法立案者の意図についての評価は、的確なものであった。
「われわれの憲法の創始者たちは、...アメリカ人の信条、思想、感情、そして感じ方を保護しようと努めた。彼らは、政府と対立するものとして、一人にしておいてもらう権利−−もっとも包括的な人権であり、文明化された人間のもっとも価値ある権利である−−を与えた」
暗号は、修正第4条のバランスを、この国の枠組みを作った人々が最初に意図したところにまで立ち戻ることを助けることになるだろう。そして、これこそが、FBIが反対していることなのである。
ノンキーリカバリーシステムは法執行に対して損害を与えないFBI長官のフリー、司法長官のレノその他政府関係者は、非鍵寄託式暗号の蔓延が法執行に損害をあたえるという恐ろしい予告を発してきた。すなわち「解読できないノンキーリカバリ暗号の蔓延にともなって私たちは、公共の安全という任務を遂行できなくなるであろう」13 とか「暗号にたいする予防措置(すなわちキーリカバリシステム)がなければ、すべてのアメリカ人が危険にさらされるであろう」14 というのである。こうした予言は、スパイをする力を持ちたいと願っている政府の役人から期待されることではあるだろう。しかしこれは、事実に即したことなのか、それとも誇張された表現なのだろうか。
実際のところ、政府自身の記録では、電子的監視は、重大犯罪を予防したり解決する手段としては中心的な役割を果たしていないということを示している。過去数年、法執行機関による盗聴請求の0.2パーセント以下しか爆弾事件、放火、銃器の捜査に使われていない。盗聴は、ユナボマー、ティモシー・マクヴェイやワールド・トレードセンターの爆弾犯を未然に防ぐこともまた、その逮捕にも結び付いていない。これらの犯罪は、きちんとした捜査活動によって解決された。盗聴はいままでこうした犯罪にほとんど利用されなかったし、殺人、傷害、強姦、強盗、押し込み強盗などの重大な暴力犯罪にも用いられてこなかった。そのかわりに、大部分の盗聴やその他の監視はギャンブルとかドラッグ犯罪といった非行的犯罪に関連して認められてきた。過去11年では、全体の83パーセントがこれにあたる。
電子的監視は、公共の安全を守る主要な手段ではなく、罪のない膨大な数のアメリカ人のプライバシーの権利を侵害してきた証拠があるし、将来にわたってもこうした侵害が続くという結果をもたらす。合衆国裁判所事務局と司法省が出した統計によれば、1996年に、220万の会話が傍受され、この傍受された会話のうち170万会話は検察によって犯罪とは無関係をみなされた。この報告はまた、盗聴令状は放火、爆弾、武器に関する犯罪捜査に発付されたことは一度もないという驚くべき事実も明らかにしている。
電子的監視は、他の捜査手段同様、法執行機関には何らかの価値があるかも知れないというのは、正しい。しかし、政府による秘密裏の監視というこの国で長いこと良く知られた記録された経験にもとづけば、盗聴を「絶対不可欠な」捜査手段だとみるのはきわめて誇張された主張である。公共の安全にかかわる重大な犯罪にとって、盗聴は、実際にはほとんど役に立たないのである。
盗聴による政府の監視は、常に犯罪に関わる者たち以上に無実の人々の会話を傍受してきた。そして、政府による電子的監視のための裁判所への令状発付請求が増え続けているために、近年ますます状況は悪化している。過去10年に、年間の傍受件数は、二倍以上に増加した。この事実は、もし周知のことになるとすれば、疑いなく公衆にとってきわめて不快なものとなるであろう。強力な暗号なしに、プライバシーの権利はさらにいっそう大きな危険にさらされることになろう。
キーリカバリーシステムはコンピュータ関連犯罪を助長するであろう皮肉なことに、科学者の世界では、キーリカバリーシステムはハッカーからの攻撃にたいしていっそうコンピュータシステムを無防備にし、弱体化させると考えられている。法執行機関により電子的監視の利用を過大視することによって、政府は、犯罪を防止し国民のセキュリティーを守る暗号の重要な役割を無視している。コンピュータ関連犯罪の現にある重要な危険性は、オンラインでの商行為が増加するにつれて増えるだろう。安全性に欠けるインフラは、窃盗、恐喝、強要、破壊行為をまねく。強力な暗号なしにはこうした犯罪の増加は防げないであろう。
政府の一方的な見解に対して、 National Research Councilの Committee to Study National Cryptography Policyは次のように指摘している。
「もし暗号が取り引きの秘密を保護し、ビジネスの経営者の情報を保護し、(現在では可能な)経済的なスパイ行為を減らせるとすれば、これは、もっとも有力な方法で法執行機関の仕事を助けることになろう。もし、暗号が、国民的に重要な情報システムとネットワークを権限のない侵入から保護するのに役に立つのであれば、合衆国の国家的な安全保障を支えることにもなろう。」15
結論と勧告比較的国内が平穏な時期には、政府が私的な部門のコミュニケーションのインフラストラクチャにアクセスできるシステムが固有に持つ権利侵害的、破壊的、抑圧的な潜在的性格を人々がイメージするのは困難かもしれない。政府が「厳密に法の支配のもとで、公共の安全と法の執行を脅かす事件での情報にアクセスする行為に限られるであろう」という口当りのよい保証を信じる人もいるだろう。16 しかし、歴史は別のことを教えてくれている。しかもそれは、大昔のことではない。
政治的な意図を持った電子的監視は、1950年代、60年代、70年代を通じてこの国にはびこっていた。17 60年代始めに、ロバート・ケネディ司法長官は、マーチン・ルサー・キングJr牧師や学生非暴力調整委員会(SNCC)の自宅やオフィスの電話を盗聴することを許可した。ジョンソン大統領は、FBIにウォーレン委員会報告の著名な批判者への電子的監視を指示し、アトランティック・シティの1964年の民主党大会にやってきた人権運動の指導者の事務所に盗聴器を仕掛けることを指示した。機密情報がメディアに漏洩しないように隠蔽する無駄な努力のなかで、ニクソン政権は政府の職員やニュースレポーターに対して1969年5月に始まって、20カ月におよぶ盗聴を行なった。(キッシンジャー盗聴事件)18 こうした手あたり次第の政府による監視の文化は、ウォーターゲート事件の皮きりともみ消しの舞台を準備した。ちょうど同じ時期に、地方の警察署もまたその監視の相当部分に関わったが、その多くは発見されなかった。
お互いの秘密を詮索しようとする人間の誘惑は、私たちの暗号解読の鍵を見知らぬ者---政府であれそれ以外の者であれ---に渡すことに大きな躊躇をもたらす。私たちは今歴史の岐路に立たされている。私たちは、自分の個人的なプライバシーを保護するために近年登場してきた技術を利用することもできるし、電子的監視の法執行的価値についての誇張された主張と人を恐怖に陥れる作戦に屈指て私たちの大切な権利を---多分永遠に---放棄することもできる。
米国自由人権協会は、プライバシーとデジタル環境の安全を守る最善の方法は、国内でも国際的にも利用できる最強の暗号製品の開発を促進することであると考える。私たちは、鍵寄託制度の管理計画の利用を要求するいかなる暗号規制も個人と国家の安全を脅かし、コンピュータシシテムを秘密裏の侵入に対してよりいっそう弱いものにするという考えをいまでも堅持している。
ACLUは、以下のような暗号政策を国として採ることを勧告する。
上記の諸原則を遵守する場合のみ私たちはビッグブラザーが通信の世界から永遠に姿を消すであろうことを確信する。
脚注1: あるコメンテーターは、次のように述べている。「電子メールのメッセージは、第三者によって容易に盗み読みされるということは、インターネットのような公共的なコミュニケーションは、にぎわうレストランでしゃべるのとはとんど同じ程度のセキュリティしかないということを意味している。」A. Michael Froomkin, The Metaphor is Key:Cryptography, the Clipper Chip, and the Constitution, 143 U. Pa.L. Rev. 709, 724 (1995).
2: 連邦議会図書館に所蔵されている有名な歴史的な事例には、独立宣言署名に先立って彼らの通信の秘密を保持するために、暗号を用いたトーマス・ジェファーソンとジェームズ・マディソンのあいだの書簡の例がある。U.S.Congress, Office of Technology Assessment, Information Security and Privacy in Network Environments, OTA-TCT-606 (Washington, D.C.: U.S. Government Printing Office, September 1994), at 112.1.
3: the National Research Councilの議長による注記。Securing the Information Society,National Academy Press, 1996。強調を追加した。
4: 1997年7月18日の司法長官 ジャネット・リノから連邦議会議員宛の書簡。
5: Title III of the Omnibus Crime Control and Safe Streets Act of 1968:裁判所の判断の下に、法執行に電子的監視の導入を認めるというもの。何件の盗聴が公式に認められたか、それはどのような目的であったか、何件の会話、何人の人が傍受されたか、何件の傍受が逮捕や告発に結びついたか、を記録にとどめるよう要求している。概論としてはBruce Schneier and David Banisar, Electronic Privacy Papers, 1997, Ch.10を参照。the Freedom of Information Act下のthe Electronic Privacy Information Center が得た、機密指定が解除された書類の複製が含まれている。これらの書類には、増加した監視に関する議論の詳細が掲載されており、また能力を高めたがっている政府の思惑に関して、卓見が含まれている。
6: 7人の著名な暗号学者とコンピュータ科学者による自発的なグループが1997年に発表した報告書を参照。The Risks of Key Recovery, Key Escrow, and Trusted Third-Party Encryption【邦訳あります。東北大山根さんの暗号問題のページからリンク】
7: Howard Abelson, Ross Anderson, et.al., The Risks of Key Recovery, Key Escrow, and Trusted Third-Party Encryption, Final Report, May 27, 1997, at 4. このレポートはキーリカバリシステムは、本質的により一層セキュリティが甘く、より経費がかかり、リカバリーの性質を持たない類似のシステムと比べて使用が難しいと結論づけている。キーリカバリは、データを復号する手段のユーザによる絶対的なといったコントロール暗号で利用できる保護の多くを毀損してしまう。Id. at 8.
8: The Communications Assistance for Law Enforcement Act, Pub. L.No. 103-414, 108 Stat. 4279 (1994)(sections of 18 U.S.C.および 47 U.S.C.への修正として成文化)はまたデジタル・テレフォニー法としても知られている。
9: 非公開の説明会の機密指定から解除された要旨の写しが、the Freedom of Information Actによって、オンラインのレポートサービスのNetlynewsから取得できる。http://www.netlynews.com.を参照
10: 「不合理な捜索、差押さえに対して、身体、家屋、書類および動産物件を守る人々の権利は侵害されてはならす、とくに捜索の場所、身体および差押さえる物について記述して、確約による宣誓に裏打ちされた確実と思われる正当な理由をともなうことなしには令状は発付されてはならない。」
11: ニューヨーク市警察の盗聴Sousaについての早い時期の研究には、一つの電話回線をタッピングする経過の中で、警察は、ジュリアード音楽院、ブルックリン・ロウ・スクール、銀行、複数のレストラン、ドラッグストア、不動産会社、多数の弁護士、ヘルスクラブ、the Medical Bureau to Aid Spanish Democracyなどの通話相手の会話も記録していたことが示されている。In Alan Westin, The Wiretapping Problem (1952), The Wiretapping Problem Today, an American Civil Liberties Union report (1962)から引用。
12: 1932年に、議会はいかなる通信の傍受も、この傍受した通信の暴露や使用を禁じた通信法を可決した。これは、1937年の最高裁によって、盗聴を禁じたものと解釈された(Nardone v. U.S.)。しかし、三年後、戦時下の圧力のなかで、司法証は、この傍受された情報が司法省の外部に開示されない限り無制限の傍受を許すものだと宣言した。ルーズベルトとトゥルーマンの2人の大統領は彼らの任期中盗聴の拡大を許した。
13: FBI長官のルイス・D・フリーによる非公開の説明会。注9を参照。
14: 司法長官、ジャネット・リノによる連邦議会議員宛の書簡。1997年7月18日。
15: 前掲National Research Councilのレポートの21。また、G.A. Keyworth, II and David E. Colton, The Progress and Freedom Foundation,The Computer Revolution, Encryption And True Threats to National Security, (June 1996).参照。
16: FBI長官による非公開説明。注9参照。
17: これらの事件は、Frank J. Donner's The Age of Surveillance, Alfred A. Knopf, Inc. (New York, 1980)に掲載されている。
18: ダニエル・エルスバーグがペンタゴン・ペーパーをマスコミに流すことを政府が知ったのは、国家安全保障会議の職員のモートンハルパーリンの電話の盗聴によってであった。1973年5月に、エルズバーグの起訴は、彼は偶然盗聴されたのだと裁判所に吹き込むことに政府が失敗したことも含めて、検察の職権濫用によるものとして却下された。
クレジットAmerican Civil Liberties Union
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(202) 544-1681Nadine Strossen
PresidentIra Glasser
Executive DirectorKenneth B. Clark
Chair, National Advisory CouncilThis report has been prepared by the American Civil Liberties Union,
a nationwide, nonpartisan organization of 275,000 members
dedicated to preserving and defending the principles
set forth in the Bill of RightsBig Brother In The Wires
Wiretapping In The Digital Age
March, 1998Loren Siegel
Director, Public Education Department
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