News23の番組「盗聴先進国アメリカにおける捜査の実情と問題点」の13
日付けの訂正報道に対する申し入れ書

株式会社東京放送
報道局長 平本和生 殿

発信者
ネットワーク反監視プロジェクト(NaST)
盗聴法成立阻止ネットワーカー連絡会
組対法に反対する市民連絡会
婦人民主クラブ
日本カトリック正義と平和協議会
かながわ・戦争への道を許さない女たちの会、
盗聴法(組織的犯罪対策立法)に反対する神奈川市民の会
平和をつくる大和市民の会
ピース・サイクル神奈川ネットワーク
厚木基地を考える会
日本消費者連盟
●連絡先●
priv-ec@jca.apc.org
0908-261-7041(小倉利丸 NaST)
発信日 1999年7月19日

7月12日に貴局の NEWS23が報道した「盗聴先進国アメリカにおける捜査の
実情と問題点」に対して、法務省松尾刑事局長は、内容の訂正等を申し入
れ、13日には、「訂正と若干の補足」が報道されました。私たちは、この松
尾刑事局長の「申し入れ」の内容に見逃すことのできない誤りと視聴者への
意図的な誘導があり、報道機関に対する不当な「圧力」であると判断してお
ります。

  13日の訂正・補足報道は、法務省からの「申し入れ」を裏付けをとること
なくそのまま報道しており、また、この訂正が松尾刑事局長からの「申し入
れ」によるものであることすら報じられませんでした。いうまでもなく、一
方の当事者からの申し入れについては、それが公正なものといえるかどう
か、慎重な検討がなされるべきであると考えますが、残念ながら13日の訂
正・補足報道はほぼ法務省側の申し入れを受け入れる形になっており、結果
として、現在審議中の盗聴法案の性格を誤って視聴者に印象づける結果と
なっています。
  したがって、再度下記の点を明確にした訂正・補足の報道を行うよう要望
するものです。
1 先の訂正・補足報道が法務省からの「申し入れ」によることを放送で
はっきりとのべてください。
2 米国と日本の盗聴捜査についての比較を行うのであれば、法律に関する
比較をきちんと行ってください。
3 法案に書かれていないことが書かれているかのように誤解される表現は
とらないでいただきたい。

なお、本法案の成立は、報道機関の報道の自由を大きく侵害するものである
ことは今更いうまでもありません。したがって、こうした危険性を十分認識
した報道を行い、法務省等の圧力には屈しないよう努力してください。私た
ちは、そのような努力を行う報道機関にたいして全面的に支援、協力を惜し
みません。

  以下、訂正報道についての誤りを指摘します。

(1)録音が終わっても聴いていいということになっている、との報道の訂
正について。
訂正報道では19条の「傍受をした通信については、すべて、録音その他通信
の性質に応じた適切な方法により記録媒体に記録しなければならない」とい
う条文を示して、録音が終わったあとも通信を聞き続けることはありえない
と報じました。
  しかし、そもそも19条にいう「傍受をした通信」とはどの範囲をさすのか
が本法案ではあいまいなのです。この点について私たちは法案の表現のわか
りにくさを指摘してきました。たとえば、法案5条2項には傍受の実施につい
て
「通信の傍受をすること及び通信手段について直ちに傍受をすることができ
る状態で通信の状況を監視することをいう。」と定義いう定義を与えていま
す。「通信の傍受をすること」と「傍受をすることができる状態で通信の状
況を監視すること」を区別しており、その上で両者を含む概念として「傍受
の実施」という概念が定義されています。私たちが危ぐするのは、この5条2
項でいう「通信の傍受をすること」が19条でいう「傍受をした通信」にあた
ると解釈したうえで、「傍受をすることができる状態で通信の状況を監視す
ること」とされている状態が、記録をとらずに通信内容を聞いている(監視
している)状態を指す、と解釈できないわけではない、ということなので
す。なぜ、このようなわかりにくい表現をとっているのか、そのこと自体に
なにか作為的なものを感じざるをえません。
  記録媒体に記録していないときには、聞いていない、ということを疑問の
余地なく明確にするということであれば、上記の曖昧な表現をすべて捨て
て、記録媒体に記録していない時には通信のいかなる盗聴行為も行なっては
ならないということを端的に表現すればよことです。しかし、そうした修正
を政府が提案したことは一度もありません。
  いずれにせよ、聴いているが録音しないか、録音するか、などについては
曖昧なままにしておき、現場の裁量に委ねられる法的な枠組を法務省が期待
していることは確実です。
  なお、補足ですが、国際会議などでは、通信に対する捜査当局の盗聴捜査
を一般に「電子的監視」と表記しています。したがって、「監視」には、通
信内容を聴くことも含まれます。

  いうまでもなく、立会人が通信の内容を知ることができず、切断権もない
状態ですから、捜査員が本来その内容にアクセスしてはならない通信を聴く
(読む)ことは技術的にはいくらでも可能です。本当に必要最低限の犯罪の
立証に必要な限りで盗聴するのであれば、立会人に内容を聴かせても問題な
いはずです。

 では、記録がとられればすべて問題がないかというとそうではない、とい
う点にも注目すべきです。捜査の結果、起訴者がおり、裁判で証拠として
「傍受記録」が提出されなければ盗聴の実態は明らかになりません。裁判所
は記録を保管するだけであり、記録の内容を精査したり令状と対照して捜査
が適法かどうかを調べることなどは行いません。原記録から捜査に用いる
「傍受記録」を作成する際にも裁判所、立会人いずれも立ち会いません。法
案13条の該当性判断のための「傍受」も、盗聴している時点では犯罪関連通
信かどうかわからないので一応録音しておき、裏づけをとる、というように
用いることもありえます。被疑者等を張り込んだり尾行することも捜査であ
るとすれば、通信においても同様のことを捜査という口実で行うことを本法
案は否定しないどころかそれが目的になっているといえます。

(2)令状申請が米国同様厳格であるとする訂正について
犯罪のおそれがあれば令状の申請ができる、という当初の報道は間違いでは
ありません。法案では、「他の方法によっては、犯人を特定し、又は犯行の
状況若しくは内容を明らかにすることが著しく困難であるとき」という限定
が文言上はあり、その部分を報道しなかったとクレームをつけていますが、
この限定を担保するものはなにもありません。裁判所は法的にも警察に事件
の詳細を書面で提出させるなどの権限をもっていません。13条を提示しての
訂正は、あたかも法案において、上記の条件を満たせなければ令状は請求が
できないかのような誤解を生むことになります。
  米国との比較という番組の主旨をふまえれば、むしろ下記のような米国盗
聴法の規定を紹介して13条の曖昧さを指摘すべきです。
  米国の盗聴法、通称「タイトルIII」には、「傍受が許可される実体的要
件」として下記のように明記されています。
「2518条(1)
 傍受の許可(承認)請求は、宣誓の上、書面により行なわなければなら
ず、かつ、請求書には、請求者の請求権限を記載するほか、以下の事項を記
載すべきものとされている。
ア 請求者及び請求許可者を特定する事項
イ 許可の実体要件に関する事項
 (ア) 以下の事項を含め、傍受の実体要件に係る事実の詳細
  〈1〉傍受に係る特定の犯罪の詳細
  〈2〉傍受が行なわれるべき設備又は場所の性質及び所在
  〈3〉傍受しようとする通信のタイプ(type)の個別的記述(particular 
description)
  〈4〉判明している場合には、被疑者であり、かつ、その通信が傍受の対
象となる者の人定事項
 (イ)他の捜査手段が試みられたが失敗に終ったか否かについての詳細な
陳述、又は、合理的に見て、他の捜査手段が成功する見込みはないと考えら
れる理由若しくは他の捜査手段は危険すぎると考えられる理由についての詳
細な陳述」(法務省刑事局刑事法制課編『基本資料、組織的犯罪と刑事
法』、有斐閣より)
  また、裁判所への令状請求についても、「司法長官、司法次官、司法副次
官、又は、司法長官の指名を受けた司法省の局長、局長代理、刑事局次長若
しくは刑事局次長代理から請求をすることについての許可を得る必要があ
る」し、コンピュータ通信などの盗聴では検察官による事前の許可を得ては
じめて裁判所への令状請求ができます。(上記『基本資料』参照)このよう
に令状請求そのものも法的には司法長官が最終的に権限の責任をもつものと
されているのです。
  日本の法案のどこにこのような発付要件が書かれているのでしょうか。法
案には、このような具体的な要件が書かれていないのです。日本の法案で
は、粗明資料なるものに何を記載しなければならないかは明確ではないのに
対して、米国の法律では、宣誓をしたうえで、実体要件の「詳細」を書き、
盗聴捜査を行なわねばならない理由について「詳細な陳述」を要求していま
す。こうした具体的な文言が、日本の法案では欠落しているために、法に具
体的な定めのない事項については裁量に委ねられることになります。
  法務省は、米国の盗聴法を調査した上で法案を作成しており、米国の法律
で具体的に書かれている条項が日本の法案では省略されたり、表現が抽象的
で、具体的な適用については捜査機関の裁量に委ねられているような法案の
構成になっている箇所が多々あります。これは、法務省が意図的に法の縛り
を緩くした箇所なのです。

(3)議会への報告が日本でも行われるとの訂正について
「日本では国会報告義務が法案の中に明記されています」という訂正は行う
べきではありませんでした。なぜならば、日本でも米国並の議会報告がなさ
れるかのような誤解を生むからです。米国の議会報告の「ワイヤータップレ
ポート」では、令状ごとに発付裁判官名、盗聴期間、盗聴対象罪種、盗聴手
段、経費、逮捕者数、有罪者数などが詳細に記載されています。これは、米
国の盗聴法において明記されているのです。ところが、本法案では、米国の
「ワイヤータップレポート」並の報告を提出することを義務づけていませ
ん。したがって、議会報告がある、という訂正は訂正になっておらず、もし
訂正するのであれば、本法案では報告内容について米国のような詳細な内容
でなくてもよいことになっているという点をはっきりと指摘しなければなり
ません。この点に触れない訂正はあきらかに視聴者の誤解を誘うものだとい
わざるをえません。