注 :学校名については類似事件と区別するためと、隠蔽をはかるよりも、学校も、地域も、事実を事実として重く受けとめて、二度と同じ事件を繰り返さないで欲しいという願いを込めて、そのまま使用しています。 |
S.TAKEDA |
921003 | 教師の体罰 PTSD |
2005.5.1新規 |
1992/10/3 | 埼玉県浦和市の市立大谷場小学校で運動会前日、同級生のハチマキがなくなったことを理由に、女性教師N(45)が、男子児童Aくん(小1・7)の背中をけり、「運動会にはこないで幼稚園に戻りなさい」などと叱った。 Aくんは入学以来、同教師に毎日のように殴られていたが、心身症になって登校を拒否。 |
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経 緯 | 1992/4/9 Aくんは入学式に隣席の児童とおしゃべりをしていたとして、担任になったN教師に「うるさい」と注意され、頭をげんこつで殴られた。 入学式のあと、緊張のあまり失禁してしまった児童のことを父母にさらし、「私は言うことをきかなかったり、悪いことをした子にはゴチンをします」と宣言した。 以降、Aくんは「じっと座っていられない」「言うことをきかない」「通学班での登校が遅い」などと言われ、毎日のように殴られた。 6/中旬 Aくんは家で、わけもなくあばれる、すねる、突然甘える、鬱屈する、ヒステリックに肘の内側をかくなどの症状を見せるようになっていた。 10/3 運動会前日、友人のハチマキがなくなったことを理由に、AくんはN教師から背中をけられて、「運動会にはこないで幼稚園に戻りなさい」などと叱られた。 Aくんが運動会に出席すると、N教師は「運動会を休めと言ったのに、なぜ来たのか」と頭を殴った。 またクラスメートの前で、「私は暴力をふるっていない。うそつきだ。(Aくんを)きらいな子は手をあげて」などと言った。 10/下旬 Aくんは登校を渋るようになり、登校拒否。泣いたり、40度の発熱、吐き気、じんましんなどの症状が出る。父母に「死にたい」と漏らすようになった。 小児科医から「体罰による登校拒否」と診断され、両親はAくんを休ませる。 1993/1/中旬 3学期から別のクラスに変わると登校できるようになった。 |
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加害者 | 女性教師N(45)は、市内の別の小学校から同校に転任してきたばかりだった。 学年主任を務めるベテラン教師。 |
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暴力の態様 | げんこつで力いっぱい殴る、上履きで殴る、教科書で殴る、鍵盤ハーモニカのケースで殴る、マジックインキのガラスびんの底で殴る、足でける、砂をなげつける。目撃した保護者もいた。 Aくんに「ノロマ」「だめな子」「悪い子」などの暴言を吐くなど。 N教師は、教室内で、「Aくんはこういうことをしました。先生はAくんのことを悪い子だと思います。Aくんのことを嫌いな子は手をあげてください。○○さんはなぜ手をあげないの、Aくんはこんなに悪い子なんですよ」と何度も「学級裁判」を行っていた。 |
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学校ほかの対応 | 校長が両親からの抗議を受けて、N教師に事情を聞いたところ、女子生徒をいじめたなどの理由で4回、殴ったり、背中をけったことを認めた。 校長は、N教師の言い分と、Aくんの保護者の言い分の大半が食い違うことから、両方の言い分を載せた事故報告書を作成。 学校側は、「指導が適切でなかった点もある」と発言。 |
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保護者の対応 | Aくんは、入学当初から「あの先生はおかしいよ」「悪い人だよ」と言っていたが、母親は耳を貸さなかった。 6月中旬頃から、Aくんの様子がおかしくなっていることに気づいていたが、小学校に上がった環境の変化に対応しきれないためだと思っていた。 Aくんの母親は心配して、担任のN教師に相談しようとしたが、そのたびにN教師から「Aくんについては、また今度お話しましょう」「Aくんのノロマにはがまんができないで困っているが、今学期は忙しいので、来学期まで待ってほしい」と面談を断られ続けていた。 2学期になってからも、N教師には一向に相談を受け付けてもらえずにいた。 Aくんのクラスの保護者数人から、Aくんが担任教師にいじめられているという内容の電話が入るようになる。Aくんのクラスの児童に確認して、事実だとわかる。 10月下旬になって、Aくんが登校拒否をするようになり、母親はクラスの父母数人や役員に相談したが、誰も動こうとはしなかった。周囲から村八分扱いを受けるようになる。 1993/4/16 Aくんの両親が、「1年生の時の担任教諭に体罰を受けて心身症になった。教師を処罰しないのはおかしい」と県教委に、N教師に対する懲戒を含む処分を請願。 |
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他の被害者 | Aくんの保護者のもとに、10数年前からのN教師の異常な行動による被害者からの情報が多数入る。 被害者はみな、泣き寝入りしていた。 |
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教育委員会の対応 | 浦和市教委は、「昨年、父母が教諭に話し合いを申し込んでいたが、再三断っていたのが問題だった」と話した。 1985-1991 埼玉県内の小中学校の体罰教師122人中、懲戒処分はゼロ。高校は140人中1人のみ。東京都の場合は、小中高合わせた体罰教師115人中、懲戒処分は67人。 (体罰問題に取り組んでいる浦和市の市民団体「知る権利のための市民調査」が文部省の調査をもとにまとめた) |
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参考資料 | 1993/3/10毎日新聞、1993/4/14朝日新聞、なぜ体罰教師を訴えたか/阿部純子 著/月刊「子ども論」1993年6月号/クレヨンハウス | |
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