注 : 被害者の氏名は、書籍等に掲載された氏名をそのまま使用させていただいています。ただし、加害者や担当教師名等については、個人に問題を帰すよりも、社会全体の、あるいは学校、教師全体の問題として捉えるべきではないかと考え、匿名にしてあります。 また、学校名については類似事件と区別するためと、隠蔽をはかるよりも、学校も、地域も、事実を事実として重く受けとめて、二度と同じ悲劇を繰り返さないで欲しいという願いを込めて、そのまま使用しています。 |
S.TAKEDA |
900612 | 体罰事件 | 2001.10.28. 2003.5.5更新 |
1990/6/12 | 大阪市の市立加賀屋中学校で、男性教師Y(41)が、生徒に体罰を8ヶ月間に16回加え、減給処分を受けた後も3回、合計19回の体罰事件を起こしていた。 | |
経 緯 | 1989/4/3 入学式が始まる前、運動場でAくん(中1)がだらしない姿勢で整列していることを注意したが、そのままだったことに腹を立てて、手で生徒の左肘を2回殴打し、足で同生徒のかかとを蹴った。 4/13 生徒5人(中1)から、「3年生のBから脅かされている」と相談を受け、Bくんを相談室に呼びだして指導。Bくんが事実を素直に答えようとしなかったため正座をさせて、頬を1回蹴り、後頭部を足で押さえつけた。 4/14 5時限目の授業に、Cくん(中3)が遅刻し、カバンには校則違反の飾りものをつけていたため教室で指導したが反省の態度を示さなかったことから、竹の指示棒でCくんの右肘を殴打。胸ぐらをつかんで突き飛ばし、腹部を蹴った。Cくんは右肘等に1週間のけが。 4/26 家庭訪問の際、母親からDくん(中1)が別の組の生徒Eくん(中1)に殴られたことを知らされた。翌4/27、職員室でEくんから事情聴取をしたが、あいまいな返事を繰り返したことから、引き続き相談室で指導することにし、相談室に行く途中の廊下で、Eくんの頬と頭を1回ずつ平手打ちにした。 4/28 Aくんが校則違反である自転車通学をしたため、職員室で指導。その際、Aくんが校則違反を承知で自転車通学をしたと判断し、両手でAくんの頬を数回殴打し、後ろ襟を掴み足払いをかけて倒したうえ、脇腹を蹴った。 4/28 前日、Eくんに服装を注意したにもかかわらずネクタイを短く結んでいたのを見咎めて、廊下で指導。平手で顔を殴打し鼻血を出させた。 5/11 昼休みに、生徒Fくん(中1)と別の組のGくん(中1)がトイレでけんかしていることを聞き、現場に駆けつけたが2人はいなかった。職員室に戻る途中の階段でFくんに会ったため、理由も言わず平手で側頭部を1回殴打。その後、職員室でGくんを指導した際に平手で顔を殴打して、鼓膜が破れるけがをさせた。 5/18 「少年自然の家」での課外活動の際、男子浴室のシャワーが壊されていたことから、犯人を特定するため、1年生の男子全員(約170名)を広場に集め、コンクリートの床面に約20分間、正座をさせた。 6/9 校則違反である自転車通学をしていた生徒7人(中1)に対し、反省の意思表示として「丸刈り」か「尻をたたかれる」かのどちらかの選択を迫り、翌6/10の放課後、職員室で2人の生徒の頭を自宅から持ってきたバリカンで丸刈りにし、5人の生徒の尻を竹刀で強く殴打した。 6/19 同組の生徒(中1)をいじめたHくん(中1)とIくん(中1)から事情聴取を行ったが、2人が事実関係を話さないため、平手で顔を1回ずつ殴打し、Hくんの胸ぐらをつかんで、足払いをかけて倒した。また、同いじめに関して同組の別の生徒から事情聴取した際、AくんとFくんが喫煙したことを聞き、午後、相談室でAくんとFくんから事情聴取。2人が強く否定したため、喫煙の事実を自白させるために頬や頭を数回殴打し、Aくんに鼻血を出させた。 9/27 隣接のJ中学校の生徒OくんとPくんが、同校の生徒(中2)に告げ口して両校を対立させようとしていることに関して、Dくん(中1)とJくん(中1)がかかわっていることが判明。同日、午後3時30分頃、会議室でDくんとJくんから事情聴取。Jくんが事実を隠そうとした態度だったため、両平手で頬や頭を3〜4回殴打し鼻血を出させた。Dくんにも反省を促すために、平手で頭上部を1回、殴打。また、4時15分頃、J中学の教師とともに同会議室でJ中学のOくんとPくんからも事情聴取。2人の供述が要領を得なかったため、Oくんの頬を平手で2〜3回殴打し、Pくんの頬を平手で1回殴打した。 11/28 Aくん、Fくんら5人の生徒がミニバイクを購入する計画をしていることを知って、放課後、相談室で事情聴取。床に正座させて、計画の中心人物であるAくんの横脇腹を蹴り、髪を掴んで引っ張った。また、全員に反省の態度を示すように迫り、体育準備室に連れていき、AくんとFくんの頭髪をバリカンで丸刈りにした。 この他にも、女子生徒を水着のままグラウンドを走らせたりしていた。 1990/2/23 午後4時頃、校舎内廊下で、「Fが来た」と呼び捨てにした男子生徒(中1)の頬をを平手打ちにした。 2/27 午後4時半頃、学校近くにいた男女6人(中1)を「服装が乱れている」「まっすぐ帰宅しなかった」などの理由で校舎に連れ戻し、コンクリート床面に正座をさせ、内5人の頭をたたいたり胸や腹を足で蹴ったりした。 5/16 午前11時45分頃、運動場で、髪を脱色していた男子生徒(中2)を平手でたたき、鼓膜裂傷で3週間のけがを負わせた。 |
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加害教師 | 関東地方の私立大体育科を卒業。1973年に採用され、大阪市内の校内暴力や非行等で荒廃した2つの中学校に勤めたあと、1989/4加賀屋中学校に赴任。 保健体育担当。生活指導係を兼務。バスケットボール部の顧問をしていた。 市教委に対し、「生徒は言っても聞かないことがあり、つい手が出た」と話した。 |
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学校の対応 | 学校長はY教師に対して、再三の注意・指導をしてきたが、体罰は繰り返された。 | |
市教育委員会の対応 | 1990/1/10 大阪市教育委員会は、Y教師に対して、体罰で減給10分の1を2カ月の懲戒処分。 それ以前も体罰を加えるなど生徒指導に行き過ぎがあり、処分後も本人を呼び寄せたり、学校を訪問したりして、体罰を行わないよう指導していた。処分後、校長に毎週、報告を求めるなどの指導を続けていた。 6/11 大阪市教委は、前回の処分後も体罰を繰り返していたとして、「停職1カ月」の懲戒処分。 1990/7/12−1991/3/24 学校現場から外して、市教委の指導・監督の下で、約9カ月に及ぶ研修を実施。 1991/4/1 大阪市立の別の中学校にて復帰。 |
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弁護士会の動き | 1990/3/30 保護者の訴えで大阪弁護士会が、市教委と校長、当該教師に対し、子どもの人権を侵害する体罰の一掃を求めた警告書提出。(1999/1/14の受理から約1年7カ月後) | |
処 分 | 1990/6/12 弁護士会の警告を受けて、市教委は教師を同日から1カ月間の停職処分にした。大阪市で体罰による停職は初めて。 | |
参考資料 | 1990/6/13讀賣新聞・大阪・夕(月刊「子ども論」1990年8月号/クレヨンハウス)、「人権侵犯事件例集 改訂版」/法務省人権擁護局内人権実務研究会 監修/1998.3.財団法人人権擁護協力会発行 | |
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