子どもたちは二度殺される【事例】



注 :
被害者の氏名は、一人ひとりの墓碑銘を私たちの心に深く刻むために、書籍等に掲載された氏名をそのまま使用させていただいています。ただし、加害者や担当教師名等については、個人に問題を帰すよりも、社会全体の、あるいは学校、教師全体の問題として捉えるべきではないかと考え、匿名にしてあります。
また、学校名については類似事件と区別するためと、隠蔽をはかるよりも、学校も、地域も、事実を事実として重く受けとめて、二度と同じ悲劇を繰り返さないで欲しいという願いを込めて、そのまま使用しています。
S.TAKEDA
850216 抗議自殺 2001.3.13. 2003.8.1更新
1985/2/16 神奈川県横浜市金沢区の杉本治くん(小5・11)が、14階建て団地の13階と14階の間の踊り場から飛び降り自殺。
遺書・ほか 団地の13階と14階の間の踊り場の消火栓ボックスに、自殺決行の日時を示したと思われる走り書き「S/60・2・16 12・24・36 オーくん死去」と、「マー先生(担任の女性教師のニックネーム)のバカ」という言葉と級友4人の名前をフェルトペンで残していた。
経 緯 治くんは、4年生で杉並区から転校してきた。学校や教師に対する不信を何度も作文に書いていた。

以前にも福祉映画「典子は、今」(サリドマイド禍の女性を描いたもの)を観ての感想文で、女性教師から「やさしさが感じられない」「障がい者に対する認識が低すぎる」と注意を受けていた。

自殺の4日前、治くんは、級友に「学校を破産させれば、勉強をしなくてもいいし、テストもなくなる」と言った。この級友は、治くんが自殺する前日、漢字の書き取りの宿題が500字出されたことにムシャクシャして、トイレでわざと石けん水をこぼして担任に叱られた。この時に、治くんが「学校を破産させれば・・・」と言ったことを担任に話した。

担任の女性教師は、治くんを級友の前で約1時間にわたって、「将来、精神病院に行くようになる」などと言って厳しく叱った。その後、担任は治くんに反省文を書かせた。
反省文 「無題」という文章。
「学校を破産される。だれでも宿題はいやだなあとか、日曜日にああ明日は学校か、と思うだろう。破産されることは絶対無理にきまっている。××もそれぐらいはわかるだろう。けっきょくは、怒られるだけなのだから。それでも、心の一部では思っていることだから、どちらから思い出したのはわからない。

学校は人が作ったものだから人は必要なものと思うだろう。だけどだ、学校に行ってしあわせになるかだ。一段ずつ上の学校に行ってしあわせになるかだ。一番の会社に行って社長になって、どうなるのだ、ただ歳をとっているだけだ。能力もおとるし、会社を自由きままに動かしてどこがおもしろい、金を多く持っていたってひまなだけだ。昔は学校がなかった。その時、人は自由にくらせたんだ。進歩のためだ、学校がなければ進歩がしない。金もいらない。これぐらいで進歩を止めたほうがいいと思う。

これ以上いってもしかたがないのだから、昔から僕はこれからの事を気にしていた。どうせ僕ならいい中学だって行けそうもないから。でも、なぜか僕が勉強をみないやがっているはずだ、学校をいやがっているはずだとみなに言った。みなちがうと言うがそれの方がおかしいのだ。まちがっている。5年生になって僕は変わった。それともみなが変わったか?どちらかなのだ。それを考えているが本当の解答はえられそうもない。」
学校・ほかの対応 教師の報告に事実とに違いがあった。
参考資料 「子ども白書」1985年版/日本子どもを守る会編/1985年7月草土文化、「子どもの犯罪と死」/山崎哲・芹沢俊介共著/1987年12月春秋社、他者に向かい始めた「死との戯れ」少年自殺が告げる不吉な実相/芹沢俊介著/「論座」2000年7月号/朝日新聞社



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