わたしの雑記帳

2006/12/6 栃木県の須藤正和さん(19)リンチ殺人事件・民事裁判の傍聴報告


2006年12月6日(水)、東京高裁825号法廷で、栃木県の須藤正和さんリンチ殺人事件の民事裁判(富越和厚裁判長)が結審した。
傍聴は前回9月27日(服部太郎くんの民事裁判判決日)と合わせて2回目(前回は時間がなく、報告をUPできなかった)。

事件の詳細や裁判の経過については、遺族の手記「わが子 正和よ! 栃木リンチ殺人事件被害者両親の手記/須藤光男・洋子/草思社」もしくはサイト「栃木リンチ殺人事件 わが子 正和よ!http://park17.wakwak.com/~tochigi-rinchi/ を参照していただきたい。

須藤さんは、一審の宇都宮地裁判決で主犯格の親(元栃木県警警察官)の責任が認められなかったことを不服として控訴。一方で、栃木県警は権限の不行使の違法性と被害者死亡の因果関係を全面的に認めた一審判決を不服として控訴。

控訴審で、裁判長は「基本的事実は原審(一審)の証拠をもって判断する」とした。
その一審の事実が信用できるかどうかが、今回の争点になっているという。
前回は、栃木県警が正和さんの元同僚(日産社員)から事情聴取し、警察庁に報告したという書類の信憑性が問題にされた。その書類には、作成者の名前も、日付もないという。
県側は、日付に関しては、FAXで送信されたときの日時で特定できるとした。
しかし、肝心の事情聴取されたという元同僚2人から、警察から一切、事情聴取を受けていないという内容の陳述書が今回、須藤さん側から提出された。

もうひとつ、原審で11月1日頃には警察は動かなければならなかったと認定していることに対して、銀行の防犯ビデオに残っていた11月22日から24日にかけてのキャッシュディスペンサーでの正和さんの写真を証拠提出し、お金を引き出すときに歩きまわっているのだから、遺族が言うような瀕死の状態ではなかったと主張。
対して、須藤さん側の弁護団は、同年(1999年)4月に入社した当時の正和さんの写真を証拠提出して、顔がはれ上がって、昔の友人が見たら同一人物だと思えないくらいの状態であったこと、しかも、わずか3日間の間にも、正和さんの顔は腫れてむくみはひどくなっていること、とくに24日には生気のない表情で写っていることを主張した。
正和さんが殺害されたのは、この1週間後。このとき、県警が動いていれば十分に間に合ったはずだった。

裁判のあと、父親の光男さんが言った。刑事裁判で、正和さんは24時間、全員が交代で見張りをしており、逃げられる状態ではなかったことは認定されている。県はそれをわかっていながら、責任逃れのために、正和さんが銀行でひとりで歩き回っていたかのような言い方をしている。今回の裁判で提出された証拠、防犯カメラに写った写真の拡大を、当時やってほしかったと言った。
そして、事情聴取報告書のFAXが事実だとすれば、栃木県警は警察庁をもだましたことになる。速やかな捜査はしなくて、隠ぺいだけは素早かったと批判した。

裁判は結審し、次回(2007年3月28日 午後1時20分から)判決が言い渡される。

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須藤さんのサイトには、加害者のことを「主犯(当時、栃木県警氏家署勤務の警察官の次男で元とび職人)と、従犯(日産自動車上三川工場で、被害者正和の同僚)並びにとは中学時代からの同級で、宇都宮を拠点とした暴走族仲間)」と書いてあった。

ここのところ、いじめ自殺事件が続いているが、彼らこそ、いじめ加害者のなれの果てではないかと思ってしまう。彼らの学生時代のことは知らない。しかし、19歳で金欲しさにBの会社の同僚で、やはり務め始めたばかりの正和さんを脅して借金をさせて、短期間に約700万円もの金額を巻き上げ、警察にばれそうになると発覚を恐れて殺害した彼らが、急にこうなったとは思いがたい。
また、リンチは凄惨を極めており、金が目的という以上に、暴力を楽しんでいたことがうかがえる。

そして、一応の反省と誠意を見せた加害者の親と、「うちの子はとっても良い子だった。」「うちの子は加害者だが、被害者でもある。」と言う主犯格の親。
自分の子どもの罪と向き合えない親は、子どもかわいさというより、自分自身の、こういう子どもに育ててしまったことの罪に向き合えないのだろうと思う。
無期懲役が確定したが、日本に終身刑はなく、いずれ出てくる。主犯格の更生は果たしてなしえるのだろうかと心配になる。

いじめがずっと放置され、加害者が反省しないなか、私たち社会は次々と、このような若者を生み出しているのではないか。自分たちの過失を隠ぺいするために、加害者の人権を守ることを前面に押し出し、黒を白と言いくるめてしまおうとする組織人たち。権威に弱く、長いものには簡単に巻かれてしまう周囲の大人たち。あちこちで同じような構図がある。
そのなかで、子どもたちは殺され、真実を知りたい親の前には様々な壁が立ちはだかる。被害者がたたかれる社会。表面上は波風の立たない「美しい国」の下は、こんなにもどろどろと汚い。
せめて、過ちを認め、二度と繰り返さないことに全力を傾けてほしいと願うのに、エネルギーはすべて、隠ぺい工作へと注がれる。自分たちの失態を隠ぺいするために、なりふりかまわず被害者を攻撃する。学校、警察、会社、医療機関。どこも同じ構図が見える。それを繰り返している限り真の反省はない。教訓は生かされることなく、再発防止にもならない。

法廷の外の裁判内容一覧の用紙に「本人兼須藤洋子訴訟承継人須藤光男」とあり、隣に娘さんらしき女性の名前が書いてあった。息子のあとを追うように病で亡くなった母親・洋子さんの無念の思いが、込められている気がした。




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