2017/11/5 | いじめ防止対策推進法ができてもいじめがなくならないのはなぜか? | |
以下は今年9月、私も参加している「子どもの権利条約 市民・NGO報告書をつくる会」 (http://www.geocities.jp/crc_coalition_japan/index.html) に、基礎報告書として、武田が提出したものをWeb用に加工したものです。 (9月に提出したため、文科省が10月に発表した2016年のデータは入っていません) |
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■日本の子どもたちのいじめや自殺の深刻な状況 いじめ事件が大きく報じられるたび、文部科学省(以下、文科省という)はいじめの定義を変更したり、対象範囲を拡大したりして、それまで減少傾向にあるとしていたいじめ件数が急増したことへの理由づけにしてきた。 文科省の「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(以下、問題行動調査という)の2010(平成22)年版の調査概要には、「小・中・高等学校・特別支援学校におけるいじめの認知件数は7,378件で,前年度の8,335件より957件減少」とある。しかし、2011年10月11日に滋賀県大津市で中学2年生の男子生徒がいじめを苦に自殺し、大きく報道されると一転した。 2011(平成23)年版では、「小・中・高・特別支援学校における、いじめの認知件数は約19万8千件と、前年度(約7万件)より約12万8千件増加し、児童生徒1千人当たりの認知件数は14.3件(前年度5.0件)である。」「いじめの認知件数は、小学校117,383件(前年度より84,259件増加)、中学校63,634件(前年度より32,885件増加)、高等学校16,274件(前年度より10,254件増加)、特別支援学校817件(前年度より479件増加)の合計198,108件(前年度より127,877件増加)」と、いじめ認知件数が急増した。 とくに小学校低学年の増加率は高く、今も高止まりが続いている。(図参照) 2013年9月28日、いじめが再び社会問題となったことから「いじめ防止対策推進法」(以下、防止法という)が議員立法され、施行された。 しかし、その後もいじめ認知件数は増え続けている。小学生においては、いじめだけでなく、暴力行為の発生件数も増えている。 生命にかかわる深刻な事案も増加。防止法第28条第1項に規定する重大事態のうち第1号事案、すなわち生命・身体・精神・財産に係るいじめ問題の推移を見ると、2013年度は防止法施行後の半年間で75件、2014年度は92件、2015年度は130件発生している。 児童生徒の自殺は、2010年から2011年にかけて、文科省調査で165人から202人。警察庁調査で204人から269人と増加。厚生労働省発表の年齢別死亡原因では、15歳から19歳の年齢層で、2011年度までは死亡原因第2位だった自殺が、2012年には第1位となった。 2014年には10歳から14歳の年齢層でも、前年度まで第3位だった自殺が第2位となり、自殺率は第1位の新生悪性物と同じ1.8だった。 2014年の警察庁統計では小学生が18人も自殺しており、私が知る限り過去最多である。 一方、いじめ問題が背景にあるのではないかと報告された自殺は、文科省調査で13年度は9人、14年度は5人、15年度は9人となっている。 |
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■なぜいじめは増え続けているのか いじめは、子どもたちの強いストレスが動機となっていることが多い。また、直接的要因とは言えないまでも、子どもたちの人間関係の希薄さが、立場の異なる相手への想像力、辛い思いをしている人への共感力、相手の言葉や行動の意味を正しく理解し、自分の言いたいことを誤解されないように相手に伝えるコミュニケーション力の不足を招き、事態を深刻化させている。 家庭内におけるストレス発生源としては、児童虐待や貧困問題、親の離婚再婚での不安や傷つき、習い事や塾などの強要や過剰な期待による教育虐待等があげられる。 一方、国の教育方針については、国連子どもの権利委員会が日本政府に対し3回にわたって、過度な競争主義を改めるよう勧告を出しているにも関わらず、改善されるどころかむしろ加速している。 2006年12月5日に教育基本法が60年ぶりに改正され、政治が教育に介入できるようになった。 2007年1月24日、安倍首相直属「教育再生会議」の第一次報告で次の7つの提言が出された。 @ 「ゆとり教育」見直し(公立学校の授業時間を10%増、薄すぎる教科書改善) A いじめや暴力を繰り返す子どもに出席停止制度を活用。「体罰の範囲」を見直す B 教員免許更新制導入 C 第三者機関による学校、教育委員会の外部評価実施 D 市町村教委に教職員人事権を移譲。小規模市町村の教委を原則統廃合 E 民間人の教員登用。社会人経験者など採用教員の多様化 F 高校で奉仕活動を必修化 同年6月1日の第二次報告では、徳育と体育の充実、大学・大学院の改革、学力の向上(小中一貫校、飛び級など)、教員の質の向上(教員給与体系見直し)を提言している。 6月27日には、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部が改正。 これら政治が教育に積極的に介入するようになった結果、国や自治体をあげての教育虐待といえるほど、全国的に競争熱が高まった。学校における子どもたちのストレスはますます増大し続けている。 学力テストにより全国の学校の序列化が進み、外部評価制度導入で学校は文武両道をめざし部活動でも勝利至上主義に走る。教育予算が少ないなかで、統廃合する際に評価が低い学校は淘汰され、教職員の待遇にも格差が広がっている。 2007年の教育再生会議の提言を受けた文科省の小中「学習指導要領」は2009年から一部実施され、小学校は2011年度、中学校は2012年度から実施されている。いじめや自殺の増加時期とも一致する。 教科内容が増えたことから、やりくりするために、学校は昼休み中休みの時間を短縮。土曜授業が復活し夏休みも短縮。教科書が分厚くなり小学生のランドセルは過重となった。学校統廃合により通学距離と時間が伸びた。直接のコミュニケーションの時間と場所を奪われ、いつでも、どこでも簡単につながるSNS(ソーシャルネットワークサービス)を使ったやりとりが頻繁になり、ネットいじめも激増した。 学力テストに備え小テストや宿題が増え、補講が行われる。平均点を下げるという理由で、障害を持つ児童生徒の存在はますます学校から迷惑がられるようになり、その雰囲気は児童生徒にも伝染する。 加えて、ほぼ全員加入が強要される部活動でも成果を出すことが求められ、放課後も土日祭日や夏休みも休めない。休めば顧問から叱責やペナルティーを科せられたり、集団の輪を乱すものとして仲間からいじめなどの制裁を受けたりする。勉強との両立を求められ、夏休みの宿題が提出できなかったり、テストの点が悪かったりすると、部活への参加が認められない。 さらに国は、早期教育をめざして、幼稚園や保育園にまでカリキュラムを持ち込もうとしている。 大人でも長時間労働が心身に多大な影響を与え、病気や自殺につながることが証明されている。子どもたちの自由な時間、遊びの時間、仲間との関係を奪うことが、心と体に与える影響は計りしれない。小学校低学年からのいじめや校内暴力、学級崩壊や若年層の自殺に大きな影響を与えていると思われる。 |
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■機能しないいじめ防止策 いじめ事件が大きく報道されるたび、文科大臣をはじめ大人たちは子どもたちに、「勇気を出して、お父さん、お母さん、学校の先生にいじめを相談しよう」と呼びかけてきた。文科省はいじめの早期発見に力を注ぐよう何度も通知を出し、全国の学校でいじめアンケート、生活アンケート、心とからだのアンケートなどが実施されている。 児童生徒と担任教諭との交換日記も推奨されている。来年度からは、若者層の自殺の深刻さを受けて、「SOSの出し方教育」を取り入れようとしている。 先に挙げた防止法で規定する重大事態の1号事案で、教育委員会の下に調査委員会が設置された件数は、文科省に報告する時点で検討中のものを除くと、13年度は15件、14年度は25件、15年度は50件と年々増えている。しかし、その詳細は明らかにされていない。 個人の情報収集には限りがあるが、防止法以降、13年10月から17年9月までの約4年間に調査委員会が設置された背景にいじめが疑われる自殺42件と自殺未遂10件、計52件の情報を報道などから集めて分析してみた。 結果、半数以上の29件(小学生2件、中学生21件、高校生6件、年齢非公開が1件)で、本人や保護者が学校・教師にいじめの相談をしていた。内8件は、いじめ調査アンケートにも本人が記入していた。友人が心配して教師に相談したものも2件あった。 つまり、いじめ被害者が相談しなかったから教師がいじめを認識できず解決できなかったのではなく、教師に相談したりアンケートに書いたりしていたにもかかわらず、対応してもらえなかったり、おざなりな対応をされたり、逆に被害者側に問題があるとされたりして、死に追いつめられていた。 また、重大事態の調査報告書を読むと、多くの学校で、防止法で定められている学校内のいじめ対策組織が全く機能していなかった。担任や顧問教諭はいじめの相談を受けても、いじめ対策組織や管理職、同僚教師らと情報共有したり、相談したりすることなく、一人で抱え込んでいた。 いじめ問題に教師が対応できない理由はいくつかある。 @ 知識がない。 日本でいじめが社会問題化して35年余り。それなりに知見が積み重ねられてきた。しかし、教職課程でも、教員研修でも、いじめ問題や生徒指導についてほとんど学んでいないために、教職員にいじめに対する知識がなく、過去に起きた事件と同じ過ちを繰り返している。 文科省はいじめや自殺についての教員研修の大切さを謳いながら、研修にあてるだけの時間も予算も人材も確保していない。多くの学校で、テストの点数を上げるための教科研修には熱心に取り組んでいるが、いじめに特化した研修は年に1回も行われていない。 2012年の「いじめの問題に関する児童生徒の実態把握並びに教育委員会及び学校の取組状況に係る緊急調査」の結果、いじめに触れる研修は小学校で85.3%、中学校で85.4%、高校で63.6%、特別支援学校で51.5%、平均で81.8%が実施していた。 しかし、いじめに特化した研修は小学校で11.8%、中学校で9.5%、高校で8.4%、特別支援学校で5.0%、平均で10.6%しかない。 全く実施していない学校は小学校で8.0%、中学校で9.7%、高校で30.0%、特別支援学校で43.9%もあった。 しかも、文科省は大津のいじめ自殺が注目された2012年度の問題行動調査で、「学校におけるいじめの問題に対する日常的な取組」の質問に「いじめの問題に関する校内研修を実施した」という選択項目を始めて設けたが、2015年度の同調査では「いじめの問題に関して、職員会議等を通じて教職員間で共通理解を図ったり校内研修を実施した」という内容に変更。時間も予算もないなかで、いじめに特化した研修が行われない環境づくりを文科省自らが助長している。 A 意欲・関心がない。 学校も教師も数値化しやすく見えやすい学力テストや部活動成果で評価される。そのため、時間と労力が必要な割に評価されにくいいじめ対応に意欲・関心が持ちにくい。 また、非正規の教職員の割合が増大しているが、授業を教えることのみに給料が支払われていることから、いじめ対応や生徒指導には関与したがらない。 B 時間がない。 教職員の残業が過労死ラインの月100時間を超えることが常態化しているなかで、生徒指導やいじめ対策会議に十分な時間がとれない。結果、会議は形骸化し、めだった生徒の問題行動を報告するだけで、具体的な対応を話し合うところまでいかない。 しかも、いじめ対策として実施しているアンケートの集計と報告に追われて、アンケート用紙に書かれている内容を丁寧に確認したり、悩みを抱える児童生徒と話し合ったりする時間がとれない。アンケートの主目的が教育委員会や文科省への数字の報告やいじめ対策実施のアリバイ作りとなり、いじめの内容を書いても何も対応されないと、児童生徒はだんだんアンケートに書かなくなる。 学校・教師は、アンケートにいじめ事実が書かれなくなったことで、当該校にはいじめがないと過信し、目の前で起きているいじめさえ、単なるふざけや遊びと解釈して見過ごしてしまう。 いじめ加害者は自分の行為が認められたと勘違いしいじめがエスカレートする。被害者は教師が対応してくれないことに絶望する。 C 連携がとれない。 文科省は自分たちが打ち出した様々な方針に反対してきた教員組合を嫌悪し、評価制度を導入することで教職員を階層別に細かく分断。管理職のリーダーシップを強調し、教職員同士が話し合って物事を決めたり連携したりできない仕組みを作ってきた。 さらに、非正規職員の増加やスクールカウンセラーなどの専門職が入ることで仕事が分業化され、他人の仕事には口出ししない教員文化をさらに強化した。 結果、いじめ問題や学級崩壊に悩む教員は指導力不足と評価されることを恐れて、同僚や管理職に相談や報告することをためらうようになり、他の教員も多忙ななか、自分の時間を削ってまで、評価を競い合う他の教員の問題解決に手を貸そうとはしなくなった。 D 生徒や保護者との間に信頼関係が築けない。 文科省が推し進めるゼロトレランス(許容ゼロ)の生徒指導は、教師から想像力、共感力、コミュニケーション力を奪い、人間味を奪った。 また、長時間労働による教師のストレスは、部活動や生徒指導を利用して発散されることも少なくない。そのような教師に信頼感が持てず、児童生徒も保護者も相談することをあきらめている。 自殺や自殺未遂事案で、担任や顧問教諭と児童生徒との関係がうまくいっていないものが少なくない。 |
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■いじめ重大事態の事後対応の現状と課題 防止法ができて、いじめの防止対策よりむしろ重大事態が起きてからの調査や遺族対応が変わった。 かつては、学校が原因と思われることで子どもが亡くなっても、多くはまともな調査さえされず、遺族は十分な説明を受けることもできなかった。それが、調査のガイドラインや遺族対応の指針ができ、一定程度の調査がされ、以前に比べると遺族はわが子に何があったかを知ることができるようになった。 文科省は、文部省時代の1984年からいじめ自殺の統計を取っている(2005年までは公立学校のみ)が、2015年までの31年間で、自殺の背景にいじめがあったと報告されたものは93件(小4・中68・高21)。一方、報道等で、背景にいじめがあったのではないかと報じられた児童生徒の自殺は少なくとも277件(小16・中190・高71)あり(武田調べ)、3倍もの開きがある。 しかし、私が情報収集した防止法以降約4年間のいじめが疑われる自殺と自殺未遂計52件のうち、調査報告済みの35件のうち、いじめの存在を否定したのはわずか5件で、80%以上に当たる29件でいじめの存在が認められている(1件は詳細非公表で亡くなった児童へのいじめの存否不明)。以前に比べ、自殺や自殺未遂といじめとの関連も認められるようになった。 重大事態の調査については、今だノウハウが蓄積されておらず、調査委員会によっては調査方法に疑念が残るものもあるが、それは今後、情報共有されるなかから、改善が期待される。 一方、多くの調査報告書が公表されていないために、調査の一番の目的である再発防止に生かされていない。 報告書どころか、重大事態の発生そのものを隠そうとする学校・教育委員会も今だ少なくない。 また、外部の調査委員会を組織しての調査には時間がかかることから、いじめに関与した児童生徒に対して、第三者が認定した事実を基にした指導ができない。教職員についても、外部機関に丸投げすることで、当事者意識が生まれにくいという課題がある。 国の責任については、防止法第20条「対策の調査研究の推進等」には、「国及び地方公共団体は、(中略)いじめの防止等のために必要な事項やいじめの防止等のための対策の実施の状況についての調査研究及び検証を行うとともに、その成果を普及するものとする」と書かれているが、文科省が毎年実施している問題行動調査の確定値が出るまでに結論が出ない場合、調査結果が反映されない。正しい事実認識がなければ、実効性のある防止策は生まれない。 また、防止法の附則第2条「検討」には、「この法律の施行後3 年を目途として、この法律の施行状況等を勘案し、検討が加えられ、必要があると認められるときは、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする」とある。 今年3月には「いじめの防止等のための基本的な方針」が見直され、「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」が作成された。 しかし、現行の防止法に対する学校関係者や有識者の批判も多く、いじめもいじめが背景にあると思われる自殺や不登校も減っていないことから、検討が十分とは言えない。 |
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■まとめ 防止対策ができても、いじめがなくならないのは、教師の多忙など、防止法が機能するだけの環境が整えられていないことと、政治家が教育に関与することで、子どもの最善の利益ではなく、票獲得に直接つながりやすい大人たちの要求・要望が最優先され、結果、子どもたちの心身が強いストレスにさらされているからだと考える。 2016年10月24日、文科省の有識者会議は、教職員の業務の中で「自殺予防、いじめへの対応を最優先の事項に位置付ける」などとする提言案をまとめた。しかし、まずは国の教育方針そのものが、経済優先ではなく、子どもの心とからだ、命を最優先事項に位置付けなければ、いじめも自殺もなくなるどころか増え続けるだろう。 |
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