2012/12/11 | 1970年エベレスト探検隊の秘話とエベレストの石 | |
今日(212/12/11)の讀賣新聞の13面に、「生きて帰ってこそ」というタイトルで、1970年に日本人初のエベレスト登頂に成功した松浦輝夫さんと、植村直己(うえむら・なおみ)さん(1984年マッケンリーで消息を絶つ)の当時の会話が載っていた。 8848メートルの世界最高峰の頂上を極めた2人は、下山に当たって、困った。サポート隊員らへのお土産となる『頂上の石』を欲張りすぎたか、荷が重い。 A(松浦さん)「少し捨てるか」 B(植村さん)「いえ、石は二度と拾えません。それより、NHKから預かったカメラを捨てましょう」 A(松浦さん)「(300万円もするらしいんだぞ……) 」 B(植村さん)「大丈夫です。頂上で撮影したフィルムを抜き出した後、手元が滑ってカメラはチベットの谷に落ちたことにしましょう。私が証明しますから」 当時で300万円もした(1ドルが360円時代だった)カメラを犠牲にしてまで(結局、カメラは頂上近くの岩陰にそっと置き、後に“生還”)、2人が持ち帰ってきたエベレスト頂上の石を実は、私は持っている(持っていた?)。 当時、自衛官だった父は、軍事顧問として、在インド日本大使館に勤めていた。 私は、小学校3年生の11月から6年生の11月までの3年間をインド・ニューデリーで過ごした。 その時に、日本からエベレスト登山隊が来るというので、父がお世話をした。 我が家でも、登山前と後、大塚隊長や松浦さんらを招待して一緒に食事をした。(もう一方、当時、自衛隊員で、気象を担当していた方がいて、かまってもらった記憶があるのだが、名前が思い出せない) その時のお土産が「頂上の石」だった。2、3個あった。ちょっと金属的な感じがするような、面が平な、鋭角的な濃いグレーの石で、白いナンバーシールが貼ってあった。大きい長方形ものは10センチを超えていたと思う。けっこうずっしりと重量感があった。 最終的に私がもらって、宝物入れにしまい、成人してからは「思い出箱」に入れていた。結婚後も見た覚えがあるのだが、実家も兄と同居するために移ったしで、もしかすると、今の我が家の押入れの段ボールの中で眠っているか、どこかに置き忘れられたままになっているのか定かではない。(時間ができたら、探してみようと思う) 1970年は、大阪で日本万国博覧会が開催された年で、一時帰国した日本人小学校の同級生が、そこで「月の石」を見たと言っていたが、私には、エベレストの石が、「月の石」のように感じたのを覚えている。 日本人小学校では、その頃、壁新聞を生徒が作っていて、私はその壁新聞に載せたいからと言って、松浦さんともう一方にインタビューをした。 山頂に行けたのはたった2人だけれど、みんなの力があって、2人が山頂に立てたという話と、途中のキャンプで隊員の方が高山病で亡くなられたのがいちばん辛かったという話をされたと思う。 我が家にはいらっしゃらなかったので、植村直己さんや女性登山家の田部井淳子さんとは、私はお会いしていない。 その後、日本から送られてきた新聞で、「お兄さん」と呼んでいた松浦さんにお子さんがいて、「おじさん」と呼んでいた自衛隊員の方が思ったよりずっと若かったことを知った。 我が家が日本の帰ってからだったと思う。誰から送られてきたものかは、子どもだった私にはわからないが、エベレストの写真パネルと、エベレスト登頂の写真集が送られてきた。写真集には父への感謝の一文もあった。 エベレストの写真パネルは長い間、実家の父の書斎にあり、実家が引っ越すときに私がもらって、今は我が家の書斎に飾ってある。 今回、大きな記事ではなかったのに、「生きて帰ってこそ」というタイトルに惹かれて、偶然、目にした。 しかし、偶然はそれだけではなかった。 大学1年生で入学したとき、山岳部の新入生勧誘ガイダンスで、なんと、エベレスト登山隊の記録のビデオ上映をやっていた。 私は高校3年間をワンダーフォーゲル部で過ごしたが、体力がなく、いつもついて行くのが精いっぱいで、一度などは顧問が付き添って、下級生の男の子と一緒に下山させられたこともあった。大学では絶対に無理とわかっていたので、入部する気はなかったが、この上映会には参加した。懐かしい人たちが画面に映っていて、「ああ、あの時、あの人たちはこんな体験をしていたんだな」と思うと、涙がこぼれそうになった。 新聞を見て、「お兄さん」と呼んだ松浦さんも、78歳なんだと思った。 父は少しはエベレスト登頂のお役に立ったのかな。そして、帰国してからも、その時のことを忘れず、写真集やパネルを送ってくれた登山隊の方の義理堅さ。 そして今日、初めて知ったお土産にもらった石に込められた秘話。そんなに大切なものだったんだと改めて思う。 「ちゃんと石、探しておけよ」と、父(me040318)が天国で言っているかもしれない。 |
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