わたしの雑記帳

2011/4/19 奈良中学校、柔道部顧問による傷害事件 傍聴報告と、他の柔道事故判決(長野松本柔道教室・千葉長生高校)

2011年4月12日、13時30分から、横浜地裁503号法廷で、奈良中学校、柔道部顧問による傷害事件(平成19年(ワ)第4884)の口頭弁論があった。
裁判官は、一人替わり、森義之氏、古関裕二氏、橋本政和氏。

次回は再び証人尋問となるが、今回、原告側から柔道の専門家をひとり追加したい旨の要望があった。
裁判長が、被告代理人弁護士に意見を聞いたところ、裁判所にお任せしますということで、裁判官合議のうえ、採用されることになった。

次回は7月12日(火)、13時30分から16時30分の予定で、横浜地裁503号法廷で、脳神経外科の医師2名と、柔道の専門家1名、計3名の証人尋問が行われる予定。⇒101号法廷に変更

原告側が、証人を確保することはたいへんな努力を要する。
そして、こうした民事裁判で実は、予定されていた証人に圧力がかかることは珍しくない。
商売に影響する人物からの圧力や恩師に当たる人たちからの懐柔、もしくは脅し。
数日前あるいは当日になって、証人出廷することを取りやめたり、出廷しても証言内容がトーンダウンしたり、今まで言っていたこととまるで内容が変ってしまったり・・・。

証人尋問まで、少し時間があいているので、無事、その日が来るのを陰ながら応援したい。


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奈良中柔道事故の小林さんが、代表を務めている全国柔道事故被害者の会のメンバーでもあり、同じく裁判を闘って来られた澤田さんの事故に対する画期的な判決が出た。


事案概要

2008年5月27日、長野県松本市の体育館で行われた柔道教室で、澤田武蔵くん(小6・14)が練習中に、男性指導者(38)から投げられ、急性硬膜下血腫を発症、現在も遷延性意識障害で意識不明の状態にある。
この事件については、2010年9月に男性指導者を業務上過失傷害の疑いで地検松本支部に書類送検されている。


判決

2011年3月16日、長野県松本地裁で、元指導者の事故発生の予見性と安全配慮義務違反を認め、2億4千万円を支払うよう命じた。(被告控訴)


判決の概要

山崎秀尚裁判長は、武蔵くんの傷害は「回転加速度による架橋静脈の損傷により急性硬膜下血腫が生じたものと認められる」と認定。
「回転加速度による意識清明期は5分から10分程度とされているところ、原告武蔵は、被告Kから片襟の体落としをかけられた後に体勢を崩し、その後、意識の混濁がみられており、これらの時間が概ね10分程度であることからすると、上記の意識清明期の観点からも、被告Kに投げられたことにより上記損傷が生じたことに矛盾なく、むしろ、原告武蔵が被告Kから投げられた以前の乱取り稽古の中で、架橋静脈の損傷を負ったと合理的に疑う事情は認められないというべきである」として、指導者が武蔵くんにかけた「片襟の体落とし」と急性硬膜下血腫との因果関係を認定。

「柔道の一般的な指導書などにおいて、年少者を指導する柔道指導者に対し、柔道の怪我や事故が生命に直接かかよる場合や重い障害を残すおそれがあることなどから、それらの事故を防止するために、運動様式や環境、競技者に内在する要因を分析し、事故を防止するための注意事項、指導方法を広く知らしめていることからすれば、心身の未発達な年少者の指導において、柔道指導者にあっては、内在している危険の発生を予測し、予防すべく、練習過程を踏み、年少者の体力、技能を十分に把握して、それに応じた指導をすることにより、柔道の練習などにおける事故の発生を未然に防止して事故の被害から指導を受ける者を保護すべき注意義務を負うというべきである。」

「そして、乱取り練習においては、実践であるために事故が起きやすく、とりわけ投げ技での事故が多く発生しており、技能差・体力差の大きい相手を投げる場合にはスピードや技についていくことができず、その危険性が増大するから、特に自分よりも体力や技能レベルの低い者を投げる場合には、相手が受け身を取りやすいようにゆっくりと投げるなど、相手の技能に配慮しこれに応じた練習をしなければならないといえる」と判示。

「したがって、(中略)被告Kにあっては、年少者の体力、技能を十分に把握して、年少社を相手として投げる場合には、受け身を取りやすいように相手によってはゆっくり投げるなど、事故の発生を未然に防止して事故の被害から指導を受ける者を保護すべき注意義務を負っていたというべきである」

「これらの知識やこのような傷害結果が生じる事故を防ぐための指導方法などは、医学的文献はもとより、スポーツ指導者を対象とした一般的な文献にも記載されていること、インターネットでもこのような自己及び機序が広く紹介されていること、被告Kが学んだ当時ではないものの、現在使用されている柔道整復師資格取得の際に使用される基本書にも掲載されており、必要知識として要求されていることからすれば、回転加速度による架橋静脈損傷の機序として急性硬膜下血腫を起こすという厳密な医学的発生機序はともかく、少なくとも、頭部を直接打撲しなくとも、急性硬膜下血腫などにより、重篤な結果が生じるということは、決して稀有な事例とはいえず、しかも、この情報は、容易に取得可能な方法で知らしめていたということができる。」として、安全配慮義務違反や予見可能性を認定。

なお、教室が地区体育協会に加盟する関係で、原告が求めた松本体育協会と市への請求は棄却。


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もう一つ、これは過去の判例だが、奈良中事件と似たものがある。

事件概要

1965/5/5 千葉県の県立長生高校の柔道部で、新入生の男子部員Xくん(高1)が、有段者である上級生A(高2)から激しい練習を受け、投げをかけられ頭を強打し、手術のため救急車で移送中死亡。

Xくんは当日、3年生用の更衣室に行き、3年生部員に、自分は柔道部や団体生活とは性格があわないし、練習もつらいのでやめたいと話した。そこへマネージャーや主将が来て、苦しいことは誰にでもあるんだから、もう少しやってみろと言われた。さらに指導教員Kも来て、その様子を聞き、わがままな性格を直すためにもいい場だから続けたらと勧めたので、Xくんは、柔道の練習に参加した。
Aは、中学時代から柔道をやり、事故当日の約1年前である高校1年生のときに、初段になった。

解剖の結果、右半球潤蔓性硬膜下出血及び両側頭部非か出血。咽喉頭、気管食食道部の高度のうっ血、肺うっ血及び出血、頸部輪状擦過傷及び皮下出血斑、右耳下部拇指大擦過傷及び出血、両肩部、腹部(下腹部を含む)両側腰部、両膝部擦過傷及び出血、心臓、肝臓、腎臓のうっ血、心臓、脾臓の小出血斑の傷害。


判決

1974/9/9 千葉地裁で、一部認容。加害生徒と県に、総額約1846万円を支払うよう命じる。
(判例時報779号93頁 参照)


判決の概要

「Aは高校2年生で未成年であるが有段者であり、柔道は投げたり投げられたりするものであって、その危険性を認識しそのためには受身が大切であり、十分にこれを修得する必要性のあることを承知していたと考えられるところ、初心者の指導にあたる時は、相手の技能をこえる技をかけたり、あるいは、相手の疲労等を留意せずに技をかけたり、相手が技を受け損じて頭部を打撲するなどの危険な行為をしないようにする義務があり、更に絞め技をかけて相手が意識を失った場合には活を入れて意識が戻ったとしても、以後は練習を中止して休ませなければならない義務(この点については当事者間に争いがない)があるところ、これを怠り、かかる注意を払わず、(略)疲労した際受け身を仕損じるおそれのあることに思いをいたさず、次々と技をかけ、しかも二度も首をしめる形となって、意識を失う事態を認識したにもかかわらず休ませるといった処置をとらずに技をかけ、かかる過失によって、Xは被告Aの投げ技を受け損じて頭部を強打し、死亡するに至ったものと判断」

スポーツにおける有形力の行使自体が社会的相当性のある行為として違法性が阻却されるためには、有形力の行使が規則(ルール)に従ったものであることが必要であることはもちろん、規則がなくても危険を防止するために守るべき義務に従ったものでなければならないとして、加害生徒の責任を認定。



武田私見

実力差のある相手に、絞め技をわざわざ2回もかけているという点で、奈良中事故と共通する。
しかも、1回めは「柔道着のえりで頸動脈が圧迫されて首が絞められ状態になったので、手で床を叩き、被告Aは技をはずした」とあり、2回めは「ふたたび同様の形となったが、その際被告AはXの力が抜けるのを感じ、活を入れ」「その後ふたたび立技に入り、投げの練習をした。そうして被告AがXを背負い投げで投げた後か、組みついているときに、Xは被告Aのえりをつかんでしゃがみこんでいまい、それ以後意識を失ってしまった」とある。

相手の「気を失わせる」という行為は、仕掛ける側としては、最も力の差、優越感を感じる方法ではないかと思う。
しかも、本来、絞め技がきれいに決まると、頸動脈が圧迫されて脳に血液が行かなくなるために、すっと落ちる(意識がなくなる)と聞いた。すっと落ちずに、手足をばたつかせるのは、頸動脈ではなく気管を絞められて、窒息しそうになって苦しさから抵抗すると。見た目は同じようであっても、素人がその差を理解するのは難しい。
苦しい思いを相手にさせるために、頸動脈ではなく、気管をわかっていて絞めているのではないかという疑念もわく。

そして、長生高校柔道部の裁判では、絞め技をかけて相手が意識を失った場合には活を入れて意識が戻ったとしても、以後は練習を中止して休ませなければならない義務、この点については当事者間に争いがないという。
奈良中、顧問の尋問では、「絞め技のあと、注意するようなことは?」と聞かれて、「問題なかった」と答えるだけで、本来は、練習を中止して休ませなければならない義務があることには、一切、触れられなかった。高校2年生でも、義務として認識しなければならないことだというのに。

なお、原告側のこれはXくんの退部の意思に対する見せしめ、リンチとしてのシゴキではないかという主張に対しては、「柔道部に退部者にしごきをかける習慣はなく、被告AはXが退部を申出たことを知らなかったとする」ことや「被告顧問は本件柔道場にいて一緒に練習していたことが認められるのであるが、顧問教諭のいるところで、共謀のうえリンチないししごきをかけることは通例ありえないことと考えられる」として、否定した。

しかし、相撲のリンチにしても、長年の伝統として根付いていて、自分たちがされたことを、指導者になったときに継続している。
大学運動部でのリンチ事件の多さ、そして、顧問が部活を辞めたいと言う部員に対して、「わがままな性格をなおすのに良い場だから」と説得する上から目線。顧問教師の見ているところで、あるいは顧問自らが、スポーツにかこつけてリンチを行うことは十分に考えられると思う。そこにメスが入らない限り、「柔道場で、柔道技を使ったリンチ」がこれからも、平気でまかり通ることになるだろう。


こうした問題を様々な視点から考える意味で、奈良中事故原告の小林さんも、書かれている「季刊教育法168号」(エイデル研究所)「武道必修化 ? 柔道指導の留意点と安全対策」の特集はぜひ、柔道にかかわる全てのひとに読んでもらいたい。


山口香 氏 (筑波大学准教授、柔道家)
「武道必修化に向けて ー柔道指導の留意点と安全対策」(インタビュー)

内田良 氏 (名古屋大学准教授)
「柔道事故の実態から武道必修化を考える」

小林恵子 氏 (全国柔道事故被害者の会)
「続発する柔道事故における社会的及び法的責任」

二村雄次 氏 (愛知県がんセンター総長、名古屋大学柔道部師範)
「柔道による子どもの教育と死亡事故 - 西欧との比較」

橋本恭宏 氏 (日本大学法科大学院教授)
「最近の裁判例にみる柔道指導者の注意義務」

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