2004/9/9 | 小森美登里さんの人証調べ(9月6日の傍聴報告)2−1 本人尋問 | |
|
||
2004/9/9 | 小森美登里さんの人証調べ(9月6日の傍聴報告)2−2 反対尋問 | |
10分間の休憩をはさんで、被告4人の弁護士からそれぞれ反対尋問が行われた。 代理人弁護士からは、中学時代の香澄さんについて、出欠席の状況や、仲のよかった友人の名前を具体的にあげるよう言われた。また成績を上、中、下のどれにあたるのか聞かれた。 友人の名前は、美登里さんの口から、すらすらと何人もあがった。 あくまで私見だが、出欠席や成績は、こんな子だからいじめられても仕方がなかったという印象を与えるためのもの。あるいは、亡くなった子どもの恥を法廷でさらすことで、証人の怒りや動揺を誘う心理作戦ではないかと思う。友人名は、友だちの少ない子だったと印象づけて、いじめられるような性格だったと裁判官あるいは傍聴人に印象づけたかったのか。「友だちはいっぱいいた」としても、緊張のなかで具体的な名前があがらなければ、娘の友人関係をも把握していない母親を印象づけたかったのかもしれない。 いずれも、思惑は失敗したように思えたが。 ほかにも、化粧はしていたか、プレスレット類をジャラジャラつけていたのではないかなどの質問があった。香澄さんは、特に派手でもない、ごくふつうの高校生だった。休みのときにはいくつかのブレスレットをつけることもあったが、ジャラジャラではないし、学校に行くときにもひとつくらいつけて行ったことがあったかもしれないという。 いずれも、本来、いじめ裁判とはまるで関係のないプライバシーにかかわる質問に私には思えた。 また、香澄さんの当時の音楽の趣味をきいたあげく、Xジャパンのことを出してきた。一時、好きだったことはあったようだが、この頃はすでに興味は別のグループに移っていた。Xジャパンのヒデの自殺を出して、香澄さんが好きだったヒデの後追い自殺ではなかったかのような屁理屈まで飛び出した。 香澄さんが、中学時代に練習してきたドラムではなく、トロンボーンを高校ではじめたことについてもしつこく質問があった。野庭高校のようなレベルの高いところで、新たな楽器をはじめることは無謀ではなかったかと。はじめてはみたが、トロンボーンは予想以上に難しく、そのことに悩んでいたのではないかと。 まるで、香澄さんの技術の未熟さと、その自覚のなさによる選択の誤りにいじめの原因があり、親はそれを的確にアドバイスすべきだったのにしなかったというように。美登里さんは、香澄さんが「メロディ楽器をやりたい」と言って自分で選んだこと、「大丈夫?」と聞いたことはあったことなどを話した。 また、香澄さんは「想像していた部活ではなかった」「いくつかのグループがあって、部活内がうまくいっていないのがわかった」などと、人間関係が楽しくないようなことは言っていたが、技術面では悩んでいる様子はなかったという。 どれだけ優秀であろうとプロではない。高校の部活動。本人に才能や技術があろうとなかろうと、やりたければやれる、チャレンジするチャンスが等しく与えられるのが、学校の部活動だと私は思う。 むしろ中学校時代に香澄さんは「メロディ楽器をやりたい」と思っていたのに、顧問から割り振られてやらせてもらえなかった。ドラムをやらされた。こちらのほうがおかしくはないか。香澄さんは顧問とうまくいかず、中学3年の8月で、部活動をやめた。高校は、吹奏楽部にあこがれて、野庭高校と決めていた。その香澄さんが、中学の部活動をやめざるを得なかった事情が何かあったのではないか。Aさんも、同じ部活に所属していた。 被告側は、いじめではなく、野庭高校の吹奏楽部のレベルの高さと自分の技術の未熟さのギャップに香澄さんは悩んでいたのだと持っていきたいのだろうと思った。 また、ずっと学校も部活も休んで練習に参加していないのに、コンクールに出たことがプレッシャーとなったのではないかという質問もあった。カウンセリングでも、「プレッシャーを与えないように」と言われているのに、部活を止めさせなかった、コンクールにも出場させたことが自殺の引き金ではないか、というようなことが言われた。 しかし、学校には行けなくても、部活は香澄さんの生き甲斐だった。禁止することはできなかった。 コンクールに関しては顧問に相談し、最終的な判断は顧問に委ねた。本人も出たいと言い、顧問も許可をした。仲間からは、できないところは音を出さずに吹く真似だけしていればいいよと言われて、香澄さんも気が楽になり、出る気になったという。 また、メンタルクリニックで出された薬について、かなり詳細に薬の名前、量などをしつこく聞かれた。美登里さんは薬の名前は覚えていなかった。「軽いうつ状態のときに飲ませる薬です」と説明を受けたと答えた。全部飲ませたかと聞かれて、何回かは飲み忘れがあったが、ずっと飲み続けていたと答えた。 ここでは、薬を勝手に親の判断で止めていたとしたら、その副作用で「うつ」になって自殺したと言いたいのだろうかと思って聞いていた。 私たちは一般に、医者を無条件に信用してしまう。飲みなさいと薬を出されたら、何種類もあって、ややこしい薬の名前をいちいち覚えてもいない。 薬は、特に効き目があったようには見えなかったという。それでも、飲ませていた。わらにもすがる気持ちであったのだと思う。 また、「うつ状態」について、自分で調べたのかと聞かれた。クラブ活動が香澄さんの重荷になっていたのに、カウンセリングでも止めさせたほうがいいと言われたのに続けさせたのではないかと聞かれた。 「無理していかなくてもいい」とは言われても、やめたほうがいいとまでは言われなかったと答えた。 また、「うつ状態」のときには、重要な決断をさせてはいけないのに、コンクールに出るか、出ないか、重大な決断を香澄さんに迫ったと責め立てるように言った。そんなことも知らないのかという口振りだった。 もし、それが常識的なことだとすれば、何度も相談にいっていた学校の養護教諭や青少年相談センターから、しかるべきアドバイスがあって当然のはずだが。 反対尋問の内容からは、どうやら青少年相談センターの記録と、美登里さんが聞いたこととの間に開きがあるようだった。 私としては、カルテというのは一般人が思っているよりもいい加減なものだと思っている。カルテに書かれた短い文章からすれば、いかにも断定的なアドバイスをしたかのように書かれるかもしれないが、医者やカウンセラーはあまりはっきりとした指示を与えたがらない。とくに、具体的な事例にそっての細かい指示は出さないのがむしろ普通だと思う。 また、当日、話された内容については、新聞記者でさえ、目の前のインタビューを聞き違えたり、思いこみで違うことを書いたりする。文章のプロではない彼らが書くカルテが、どれほど正確なものかは分かりかねる。思いたくはないが、あとで自分たちの都合のよいように書き換えるなどということは、医療過誤、その他の訴訟でもある。 いずれにしても、どうしてよいかわからないからこそ、専門家を頼ったのだ。同級生のお母さんのアドバイスも、わらにもすがる気持ちで実行した美登里さんだ。はっきりとした指示があれば、当然、従っているだろう。そして、専門家のアドバイスを受けている以上、真偽のほどもわからない様々な文献を調べて、カウンセラーから言われてもいないことを実行しようとは思わないだろう。 ほかに被告側の主張と大きな違いがあるのは、教師と「会った」「会わない」、「相談した」「聞いていない」ということに関して。学校側は、美登里さんが何度も何度も相談に行ったとしているのに、知らないという。ほとんどのいじめ裁判で、同様のことが争点になる。 親の深刻な訴えを記憶にも残らないほど聞き流していたのか、あるいは責任を逃れるために、教師がウソをついているか。美登里さんの話はひとつひとつ具体的で、居合わせたひとまで覚えている。そして、すぐばれるようなウソを原告がつく必要性がいったいどこにあるというのだろう。 母親の美登里さんが、香澄さんに毎日、学校に行くようプレッシャーを与えた、重荷である部活動をやめさせなかったと、また、カッターナイフを振りかざしたときの「お前だよ」と言った香澄さんのセリフから、自殺の原因のすべては母親にあるのではないかという論調で責めてきた。 この辺りは正直いって、予想通りの展開だった。むしろ、覚悟していた割には拍子抜けするほど、強い追及ではなかった。 なぜ、毎日、香澄さんに学校に行くか、行かないか、聞かなければならなかったのかは、すでに原告側の尋問で、毎朝、学校に連絡しなければならなかったからと明らかにされている。そして、美登里さんは、「本当に学校に行きたいのなら、応援してやりたい」。でも、「プレッシャーを与えてはいけない」という思いのなかで、ずっと悩んできたという。香澄さんには「学校に行きたい」という気持ちはあった。夜は「明日は学校に行くから起こして」と母親に頼んでいるのだ。それを無視するわけにはいかなかった。しかし、朝になると昨夜とはまるで様子が違って、すっかり元気がなくなり、腰があがらない。それの繰り返しだった。香澄さんの心のなかにも、「行きたい」「行けない」というせめぎ合いがあり、それをどのようにして支えていったらいいかわからなかったのだろうと思う。もし、自分が同じ立場にたったとして、「学校なんて行かなくていいんだよ」とは言えても、「学校に行く」と言う子どもに対して、何ができただろうと思う。むりやり、「行くな」とは言えなかったと思う。 自己決定権についてはもうひとつ、野庭高校を選んだことについても聞かれた。美登里さんは、「当時、学校がちょっと荒れてるところがあったので、あまり賛成ではなかった」「他にも吹奏楽部がある学校はあるよ」と言ってはみたという。しかし、香澄さんが選んだのは野庭高校だった。ここでも、「本当にやりたいんだろう」と本人の意思を尊重した。 もし、私が同じ立場であったとしてもそうすると思う。それが、本人のためによくないと思っていても、よほどのことでない限り、やはり本人の意思は尊重されるべきだと思う。そうでなければ、誰より香澄さんが納得できず、納得できないことを強いられるのは、非常に苦痛である。それを親が強要したとしたら、両者の間の信頼関係はなくなってしまう。傷ついた香澄さんにとって、親は敵になるだろう。 カッターナイフを振り回して暴言を吐いたことも、本来、いじめの相手に向かうべき怒りを、もっとも甘えることのできる相手に、向けさせたのだと思う。香澄さん自身、深く傷つけられて、冷静ではいられなかった。 高校一年生。思春期の真っ盛り。親が気に入らないことはあっただろう。まして、同性の母親に反発しやすい年頃だ。どんなに仲のよい親子であっても、思春期の当たり前の反発、反抗はあったと思う。自立したいのに、できない。心配する親を疎ましく思う感情もあったと思う。 でも、それだけなら、高校に入ってわずか数カ月、希望に胸ふくらませた入学式から、不登校、そして自殺と、ここまで急激に香澄さんは追いつめられるだろうか。長年続けてきた親子関係が原因だというなら。 香澄さんは、野庭高校の吹奏楽部にあこがれて、その一員になることが夢だった。その夢に向かって努力して、その位置を勝ち取った。にもかかわらず、そのなかの人間関係に心をズタズタに引き裂かれた。夢があったからこそ、逃げられなかった。 それは香澄さんの自己責任とでも言うのだろうか。生徒を守れないような教師ばかりがいる学校を自分で選んだのだから仕方がない、中学校でうまくいっていなかった同級生が行くと分かっていて、同じ高校を受験した香澄さんに非があるとでも言うのだろうか。 夢が子どもたちを幸せにしない。むしろ、枷にしてしまう。それは本来、大人がやるべきことを怠った、大人たちの責任であって、けっして夢を抱いた子どもの責任ではない。 いじめがなかったら、香澄さんはきっとあこがれの吹奏楽部のなかで、時には青春の悩みを抱えつつも、楽しく充実した3年間を送れたはずだった。輝く青春の思いでの一頁として、彼女の人生に刻まれるはずだった。いじめさえなかったら。 被告代理人たちは、ほとんど、いじめの内容や教師の対応については触れようとしない。(実際に、教師は何も対応していないのだから、触れようがないのかもしれない。だからこそ、相談もなかったことにされようとしているのだろう) わずかに、ひとりの代理人が文章を見せて、「この文言のどこがいじめだ?」「バカだとか、マヌケだとか、侮辱的な言葉や脅迫的な文言があるか?」「高校生同士がふつうに使う言葉じゃないのか」「そんなひどい言葉か」と脅すように、美登里さんに迫った。美登里さんは、はっきりと「侮辱的なことを要求している」「いじめです」と答えた。 おそらくは、香澄さんが録音に成功したという電話の内容を文字におこしたものを指しているのだろう。前後がない短いものであることも問題にする。携帯電話についている録音機能には時間的な制限がある。短いのは仕方がない。相手は録音されているとは思わず、安心してしゃべった。だからこそ価値があるし、香澄さんは証拠を残せたことを小躍りして喜んだ。 そして、高校生ともなれば、小学生とは違って直接的に「バカ」だの「マヌケ」だのと言うより、もっと効果的に相手を傷つける言葉を知っている。香澄さんにどういう言葉を投げかければ、傷つくかを知ったうえでの会話であるに違いない。 その言葉を受けて、今度は、小森家で香澄さんが仲間と交わした会話。「また、Aさんと一緒になったらどうしよう」「かわいそう、香澄。Aから逃げられないじゃん」、この会話もいじめではないかと聞いてきた。 Aさんに聞かせるための会話ではなかった。Aさんを排除するための計画的な内容でもなかった。「これは、Aさんに向けてのものではなく、Aさんも知り得ない内容なので、許される範囲内の言葉ではないかと思います」「いじめではないと思います」と美登里さんは答えた。その通りだと思う。相手が傷つくかどうかが、いじめであるかないかの判断であるはずだ。 どんなに汚い言葉でも、互いに笑っていられるものはいじめとは言わない。逆に、表面上は何でもない態度や言葉であっても、その人にとって深く傷つけられる内容のものであれば、いじめになる。 いじめが何であるかもわからない人間に限って、「いじめはなかった」「あれはいじめではない」と断言する。 反対尋問が想像したより過激でなかったことにはいくつか理由があると思う。 よく解釈すれば、相手の弁護士がある程度良識的なひとたちだった。(そうでないひともいたが) 大法廷をほとんど埋め尽くすほどの傍聴人がいたことが、圧力となった。(弁護士もひとの子、ひとの親、できれば憎まれ役は避けたい?) 生徒の作文、香澄さんが自らとった電話の録音など、否定しきれないいじめの証拠が上がっている以上、香澄さんが自殺したすべての責任を母親にもってくるには、無理が生じること。 かつてより、いじめへの理解が進み、世論も被害者寄りで、その被害者をガンガン責めてることは、裁判長の心証的にもプラスに働きそうにはないこと。 などではないかと、あくまで私見であるが想像する。 一番、気掛かりだった美登里さんの人証調べが終わった。大きな山をひとつ超えた。彼女にとって、恐らく想像以上のプレッシャーだったろうと思う(実際に、3日ほど前から体調を崩していた)。しかし、あとはガンガン追及するのみだ。 今回、私自身もはじめて知った内容もいろいろあった。証言が終わるまでは、きっと話すことも止められていたのだろう。辛かったと思う。 1時30分から始まったその日の法廷は、4時40分に終わった。実に3時間以上。 全部メモしきれておらず、またまとめきれてもいない。今の段階でとりあえずUPして、また少しずつ手を加えていけたらと思う。 次回は11月16日(火)午前11時〜午後5時。教師たちの尋問がはじまる。 |
HOME | 検 索 | BACK | わたしの雑記帳・新 |