先日、劇団一跡二跳の公演「奇妙旅行」を観た。
古城十忍氏の台本はいつも現代社会を深く抉る視点を持っている。そして、私は俳優の奥村洋治さんのファンで、毎回とても楽しみにしている。
今回の演題は「奇妙な旅行」。副題として、「癒し」と「報復」をめぐる物語。
坂上香さんの「癒しと和解への旅」−犯罪被害者と死刑囚の家族たち−(岩波書店)(詳細は子どもの問題を考える図書・資料参照)が、もしかして下地になっているのではないかと思った。古城氏に聞いたわけではないので、実際にはどうかわからないが。
(3月17日までの公演なので、もう内容をバラしてしまっても大丈夫だと思うが)舞台では、娘を殺された犯罪被害者の家族と、殺人を犯して死刑判決を受けた犯罪加害者の家族が一緒に拘置所に加害者に会いに行く。
被害者遺族の父はこっそり、バックの中に加害者を殺害するための凶器を忍ばせている。加害者の親は、死刑判決が出て、控訴しないという息子に、被害者の親から「控訴しなさい」「生きなさい」と言って欲しいと頼む。
ここには、殺された被害者=娘も登場する。父親の側で、まるで生きているかのごとく会話する被害者。
彼女は叫ぶ。「絶対に許さない!」と。「死刑など、楽な死に方はさせない!」「殺して!」と叫ぶ。
一方で、加害者は悔恨の日々を送っている。ひとを殺した自分は死ぬべきだと、控訴することを拒否する。
舞台が終わって、拍手はまばらだった。余りに重すぎる内容に、拍手する気にならなかった。
もちろん、中には自分のしでかしたことを死ぬほど後悔する加害者もいるだろう。
私たちの多くは、重大な犯罪を犯した人間の大部分はきっとそうに違いないと思っている。いや、そう思いたいと思っているのかもしれないが。
大塚公子さんは、その著「死刑囚の最後の瞬間」(角川文庫)の中で、死刑制度に反対している。死刑の残酷さ、死刑を前に更正した人びと。その人たちを殺すのかと。
しかし、私はそのメッセージを逆のものとして受け取った。「死刑」を目前にしてしか、被害者の感情を理解できない人びともいるのかと。何度も再犯を重ねて、死刑が決まってもなお反省の色がなかった人間が、いよいよ死期が迫ると強い恐怖心からはじめて、自分のしでかしたことの罪を知る。
しかし、彼らは死刑の一歩手前では悟ることはなかった。死刑でしか彼らの心を救うことはできなかったのだと感じてしまった。
もちろん、簡単に死刑賛成などとはけっして思わない。死刑制度などないほうがいいと思う。それでも、一つひとつのケースをみてしまうと、必ずしも、そう言い切れない自分がいる。
1999年4月14日に起きた「光市母子殺人事件」。2002年3月14日、広島高裁にて、控訴を棄却。一審の「無期懲役」刑が支持された。
被害者の夫、本村洋さんの話を数年前の犯罪被害者の会の決起シンポジウムで初めて聞いた。会場で見た本村さんの若さにまず、ショックを受けた。
そして殺害された本村弥生さんは当時23歳。そして、夕夏ちゃんはわずか生後11か月だった。
被害者や遺族の年齢を考えたときに、加害者の年齢にいったいどれほどの何の意味があるのかと思ってしまう。犯人の少年は18歳。被害者は23歳の女性と11か月の赤ちゃん。この暴力に対しては全く無力な存在が、一方的に、殺害してからのレイプという、明らかな意図と意識をもっての犯罪の結果、無惨な殺され方をしたにもかかわらず、司法から守られるのは加害者の少年ばかり。あまりにアンバランスだと思う。
死刑を声高に叫ぶ本村洋さんの存在は、犯罪被害者のなかでも、必ずしも支持を得ないものだろうと思う。多くの被害者や遺族は、子どもが殺されても「加害者の死刑は望んでいない」と言う。
同じ被害者であっても、その思いはさまざまだ。ただ、いずれも、せめて加害者が罪を自覚すること、更正することだけは共通して強く願っている。
しかし、残念ながら、報道を通して聞こえてくるのは、加害者たちの反省のなさ、量刑を軽くするための見かけだけの謝罪ばかりだ。
謝罪の手紙、示談金も、判決を睨んで、弁護士の指示で行われる。謝罪の言葉は被害者や遺族に向かってではなく、裁判官や社会に向かって話される。
この光市母子殺人事件の犯人の少年は、拘置所から以下のような手紙を友人にあてて送ったという。
一審判決直後には、「勝った!って言うべきか負けたと言うべきか?何か心に残るこのモヤ付き…。いやね、つい相手のことを考えてしまってね。…昔から傷を付けては逃げ勝っている…。まあとにかくだ。二週間後に検事の方が控訴しなければ終わるよ。長かったな…(中略)心はブルー、外見はハッピー、しかも今はロングヘアーもハゲチャビン!(笑)まじよ!」
「ま、しゃーないですわ今更。被害者さんのことですやろ?知ってま。ありゃーちょうしづいているとボクもね、思うとりました。」
「犬がある日かわいい犬と出合った。…そのまま『やっちゃった』……これは罪でしょうか」
「5年+仮で8年は行くよ。どっちにしてもオレ自身、刑務所のげんじょーにきょうみがあるし、速く出たくもない。キタナイ外に出る時は、完全究極体で出たい。じゃないと二度目のぎせい者が出るかも」
(いずれも、週刊新潮2002年3月28日号より)
これを読むと、加害者らの法廷での「被害者には申し訳ないことを致しました。罪を償いたいと思います」の言葉があまりに白々しいものに思えてくる。量刑を軽くするためなら、涙のひとつもこぼし、深く頭を下げることくらいもするだろうと思えてしまう。もっとも、それすらもしないで開き直る加害者も大勢いるが。
この手紙がもし提出されなかったら、人びとはみな、少年は後悔している、悔恨の日々を送っていると信じたかもしれない。一方で、これらの手紙が証拠提出されてもなお、一審判決は翻らなかった。「更正の余地あり」と裁判官は判断を下している。もちろん、手紙に書かれていることが、加害者のすべての感情とは限らないし、単にものを知らない、善悪が分からない、無知なだけで、そういうことをちんと教える人間がいれば、このような少年でも更正することはできるのかもしれないが。
そして、無期懲役とはいっても、7年を過ぎれば出ることができるという。
愛する人間を無惨な殺され方をした遺族の心が、たった7年くらいで果たして癒えるだろうか。事故や自殺で子どもを失った親たちは10年たっても、その心の傷口がふさがることはない。血の涙を流し続けている。たった7年で、「終わったこと」にしてしまってよいのだろうかと思う。
これは必ずしも、少年だけの問題ではないだろう。少なくとも、少年たちには更正の余地が残されていると信じるならば、大人たちはもっと真剣に、更正させるためのプログラムを考えなければいけない。
それは、被害者や遺族に対する、司法の責任でもあると思う。口でだけ、いくら信じると言っても、そのための努力をしないでほったらかしでは、空手形のようなものだ。
司法が、被害者という視点を置き忘れているから、加害者にとっても、被害者へと心が向きにくくなっているのではないだろうか。司法がきちんと被害者と向き合うことをしないから、加害者もまた向き合うことができない。加害者の更正を促すのならば、まず、被害者の思いを理解させることが一番の近道ではないか。死刑が決まってようやく罪の重さに気付くのは、法によって殺される被害者の立場に、加害者がはじめて本当に立たされるからではないだろうか。
死刑という方法を使わずに、被害者の思いに至ることができるのなら、死刑はなくてもいいと思う。
そして、そのためならば、おそらく多くの被害者や被害者遺族は労力を厭わないだろう。
それが今、被害者と加害者の間には大きな壁がある。しかも、その壁は、被害者や遺族の感情を守るためのものではなく、加害者を守るために存在する。
被害者がどうしたいのか。加害者に対して、どういう謝罪を求めるのか、贖罪を求めるのか。日本の司法は、もっと被害者や遺族の言葉に真摯に耳を傾けるべきだと思う。同時に私たち社会も。それが、きっと犯罪抑止力になると思う。
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