ちょっと気になる記事を見つけました。2001年1月31日付けの東京新聞です。
戦後(昭和20年8月15日が終戦)間もない昭和21(1946)年3月16日、歌舞伎俳優12代目の片岡仁左衛門さん(65)方で、同家に世話になっていた男(22)が、仁左衛門さんと妻の登志子さん(26)と二男の三郎ちゃん(1)、お手伝いの榊田はるさん(69)と、同家に子守で雇われていた自分の妹の飯田マキ子さん(12)の5人を薪割りで惨殺するという事件がありました。
男は現金約600円を奪って逃走し、4日後に宮城県の温泉で逮捕されました。
警察の調べに対し、「日ごろから食事の差別を受け、うっぷんがたまっていたところへ、犯行当日の朝、廊下に置いてあった薪割りにけつまずき、かっとして、急に殺意を催し犯行に及んだ。止めようとした妹までを殺害した」と自供。
この当時の新聞のコピーを偶然、何かで見て、「食べ物のうらみ」の見出し文字が、ひどく印象的だったのを覚えています。
「特集アスペクト38 人を殺したい夜に読む 実録 戦後殺人事件帳」(1998年4月8日アスペクト発行)にも、「日頃、1日2食しか食事を与えられなかったことを恨みに思っていた。また、前日に書き上げた原稿を「これでも作家か」と投げつけられたことがきっかけになった」とあります。
犯人の男は、強盗殺人罪で起訴され、検察は死刑を求刑したが、無期懲役で刑が確定。13年後に出所しています。
一方で、事件当日、都内の母方の実家に行っていて難を逃れた二女の片岡照江さん(現在58)は、新聞に「食べ物のうらみ」と出たために、小学校時代にいじめを受けたこともあるといいます。
この女性は、中学校にあがる頃になって、発見者である祖母から初めて事件のことを聞きました。祖母によると、発見者である祖母はほとんど事情聴取をされていなかったとのこと。また、凶器の薪割りは隣家のもので、父親は刃のついたものはきちんとしまって寝る人だった。廊下に薪割りが落ちているなど不自然だと言います。しかも、男にはかなりの借金があったという話もあるそうです。
実は、犯人から祖母にあてた一通の「おわびの手紙」があったそうです。
「食べ物の恨みと言えば命が助かると言われた。本当に申し訳ない」と。(この手紙は、女性が小学生だった当時、取材で訪れた記者が資料にと持って返ったまま戻ってこなかったそうです)
被害者であるにもかかわらず、まるで冤罪事件です。
そして、警察は犯人からしか事情をきかず、それをそのまま発表してしまうというのは、50年以上たった今でもあまり変わらないようです。特に、加害者が少年であった場合、どのみち刑事罰にならないのだからと、真実を追及する意欲が失われてしまうのでしょうか。
でも、遺族にしてみれば、死者の名誉が踏みにじられるということは、耐え難いことです。死んでしまったのだから、今さらどっちでもいいじゃないか、とはけっしてならないのです。
本人が何も言えない状態だから、自己弁護ひとつできない状態だから、せめて、その名誉を守るのは、遺族の役目だと考えるのです。
加害者は、当然、自分に都合の悪いことは言いたがらないでしょう。ウソもつきます。仲間同士で口裏も合わせます。でも、犯罪捜査のプロなら、証拠や証言を集めたり、供述の矛盾点をついたりして、真実を追及することも可能なはずです。それをしないのは、職務怠慢ではないですか。
被害者の言い分より、加害者の言い分が重要視されるのは、おかしくないですか。たとえ、被害者が亡くなっていたとしても、その声を聞き取る努力をするべきだと思います。
たとえ相手が未成年者であっても、厳罰に処することと、自分の犯した罪をきちんと認識させるということは、別ものであるはずです。少年は、ウソが通ると学びます。その時点で世の中をなめてしまったら、真の更正などあり得るでしょうか。
人は間違いを冒します。公の機関もまた、人の集まりである以上、間違いを冒します。しかし、問題なのは、そこに真実を追及しようという視点がないこと。非を改めようという謙虚な態度がないことです。
そのことで、遺族がどれだけ苦しめられることか。エネルギーを奪われることか。
犯罪捜査をルーティンワークにしないでください。事件には、加害者、被害者を含めて、人の思いが凝縮されています。心の傷は、遺族に一生ついてまわるのです。これ以上、傷口に塩を塗るようなことはしないで。せめて、愛するひとを失った悲しみに静かにひたっていられるように。
マスコミもまた、自分たちに都合のいいときだけ、「真実の追及」を御旗にしないで、情報を垂れ流しにしないで、自分たちの報道に責任をもって、間違いはきちんと訂正してください。加害者、被害者、両方の言い分にきちんと耳を傾けて、多角的に検証してください。
効率的であることが、優先されすぎていませんか。
売れることが、優先されすぎていませんか。
自分たちに与えられた本来の使命を思い出してください。
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