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1994年 メキシコ

《また会おうね》
メキシコのストリートチルドレン

W.E.Gutman
翻訳:工藤 律子



 明るく賑やかな食堂に並んで座り、朝の光を顔に浴びて、ルイスとロレンソは、私をじっと待っていた。彼らの時間は止まっている。今日が、彼らにとって最良の日ではないことは、近づいてくる途中にみえる姿でわかる。あまりいい顔をしていないからだ。心の奥底から呼び起こし、なんとかたたえた弱々しい笑みが、彼らの耐え忍んでいる大きな不安を示している。彼らの前にある給仕用トレーには、魅惑的で楽しい手作りの品々でいっぱいの皿が二つ置かれている。がしかし、彼らはよほどうまく言いくるめない限り、何も口にはしないだろう。いくら励ましても、勧めても、言いくるめても無駄だということは、彼らのやせ衰えた顔や光を失った目、脆い手足、そして弱くだるそうな握手を見れば、わかる。

 彼らのようなメキシコのティーンエイジャーを悩ませている病は、世間一般のそれとはちょっと違う。それはずるがしこい方法で、ゆっくりと知らないうちに侵入し、人々を肺病や癌、傷や発疹の犠牲にして、体の防御を腐食していく。貪欲に機を逃さず、体の抵抗力を吸い取り、肉体と、時には精神までズタズタに破壊してしまう。そして時が満ちた時に突然、その巨大な醜い姿を現すのだ。そのときはしかし、治療するにはもう遅い。手遅れだ。この病こそ、人類が直面する、健康と生命に対する最も深刻な脅威の一つである。まして治療方法がない。ロレンソとルイスは、その病=エイズに感染している。彼らは死にかけているのだ。が、彼らは自らの誇りをもって、その心の絶望をおし殺している。その誇りが傷つけられないよう、私は泣いてはならない。

 世界保健機構は、世界には現在、8百万を越えるHIV感染者(内、3百万は女性)がおり、また2000年までにはおよそ7百万件ものエイズ感染ケースが確認されるだろうと予測している。だが、それを正確に計算することは現実的に不可能だ。エイズは比較的最近の病気で、また感染者がしばしばそれを隠したり、否定したり、はねつけたりするために、この感染病に関する資料はすべて、不十分できちんと計算されていない。また時に故意に少なく報告されたデーター数に基づいている。なかでも、エイズとストリートチルドレンに関する情報は、最も把握しにくいものだ。ラテンアメリカ全体と同じくメキシコでも、宗教的、社会的なタブーや基礎的なインフラストラクチャーの欠如、マスコミの無神経が、問題の本質を深く闇に埋もれさせ、若者の命を奪うこの殺人犯の姿と増えつづける犠牲者の数を、より把握しにくくしている。

 この恐ろしい病気がストリートチルドレンに与える打撃の大きさは、その地域におけるホームレスの子どもの数が増えていることで、更に見えにくくなっている。内戦で孤児になったり、彼らを養いきれなくなった親によって捨てられたり拒絶されたりした、何千という子どもたちが、よりよい生活を求めて、首都へやって来る。その多くは、たとえ自分の心とからだをいじめてでもサバイバルしようとするため、HIVに感染する確率が高いのだ。気持ちが不安定で傷つきやすい彼らは、食べ物やシャワーや清潔なベッド、ほんの一瞬の愛情、というはかない夢のために、簡単に売春行為に引きずり込まれてしまう。

 13歳の頃からそんな暮しをしてきたロレンソは、もう後戻りできない死への道を歩むことになった。またルイスは、14歳の時にHIVに感染した加害者によってレイプされた。そして初期症状が出た時から、彼らは家族にも避けられるようになり、彼らストリートチルドレンを生み出した張本人である社会からも、除け者扱いにされた。カサ・アリアンサに来てようやく、自分たちの避難場所と生活援助、医療援助、そして無条件な愛情を手にしたのだ。彼らは今、友達に囲まれて暮らしている。

 あなたなら、死の病の末期にいる子どもに、何を言えるだろう? 私はというと、ただひたすら、希望と病気に立ち向かう意志、前向きな思考がもたらす魔法や人生の素晴らしさを話している。また、よく食べ、運動し、仲間と一緒にはしゃぎ、目の前にあることすべてを楽しむよう、励ましている。そしてロレンソとルイスは、私を見ているか、あるいは私の心を見通している。その大きな黒い瞳の中には、楽しそうな表情はなく、ただ穏やかな皮肉の色が浮かんでいる。




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