1992年の1月、全米の新聞に、筋ジストロフィーの少年と、彼の「介助犬」が紹介され、センセーショナルな話題となって、注目を浴びました。この新聞記事を読んだ、オードリー・オソフスキー(作者)が文章を書き、同じく記事を読んだ、テッド・ランドが絵を描き、この本は出版されました。
作者のオソフスキーは、「私は近所で車イスの少年と、ゴールデン・レトリバーをよく見かけました。二人がいつもいっしょにいる姿は、とってもほほえましい光景でした。
ある時、新聞に筋ジストロフィーの少年と、彼の介助犬の記事が載りました。私には、すぐにその記事が近所に住むあの少年だと気づきました。早速、その少年と両親を取材し、図書館に行って病気のことを調べました。
私はとても多くのことを学びました。が、私をかり立てて心を強く動かし、この物語を書かせた強い感情の波、そう、それは最後の一文『彼は、ぼくの親友なんだ・・・』」
絵を描いたT・ランドは、「新聞記事を読んで、目をひかずにはおけない、少年と介助犬の話でした。私は、ぜひこのお話を描かなければならないと感じました。そして、少年と彼の家族と知り合いになり、少年が介助犬を、どのように思っているのかを知るようになったのです・・・」
この本が刊行されると、障碍者の“生命の讃歌”を謳う絵本として高い評価を受け、全米各機関の選定図書となり、特に教育、福祉に係わる人々に多大な刺激と影響を与えたのです。
全米図書館協議会選定図書
全米教育機関会議選定図書
全米社会福祉協会選定図書
全米ボランティア協会選定図書
1994年、長野県上田市に住む荒井さんという女性が信越放送(SBC)「里枝子の窓」で介助犬と本の紹介を知り、日本語版の発刊を決意し、手紙と電話で出版社を捜し始めました。
足が不自由な荒井さんは、“介助犬の素晴らしさと障碍者の自立を”と願い、各出版社を歩き回りました。だが荒井さんの手元に返ってくる返事は、いずれも「出版はムリ」「内容は日本ではムズカシイので見合せる」又は「内容もそうだが、絵に深みと、美しさがない」という返事ばかりでした。
そう言う事は最初から分かっているかの様に荒井さんは米国版「MY BUDDY」の翻訳出版に情熱を燃やしていました。
1995年7月頃、知り合いのシスターから、「白井さんしか出せない本があるから、ぜひ時間をつくってちょうだい」と電話を頂きました。2〜3日してぼくは、なんだろうと思いながら、シスターに電話を入れました。
その日は、普段忙しく外出しているシスターが、電話に出てきたので、驚きました。
「あー、白井さん、ありがとう。ところであなた、介助犬って知ってる」と言われました。
「エー、詳しくは知りませんが、前にテレビで見た事があります」
「そう、よかったわ。知ってるなら話が早いわ。介助犬の本があり、それを出版してほしいの」
「分かりました。本を見に伺います」
この時が本との出会いの始まりでした。
1996年9月10日「BUDDY(バディ)―ぼくのパートナー・ドッグ―」訳者・吉田美織として、多くの人々の手を経て、協力を得て、また秘かな願いと祈りをもって刊行することができました。“介助犬”の本としては、日本で初めてであり、この分野の本としては、我国では草分けの存在になると思われます。
内容的にも、障碍者(人間)と犬(動物)とが、ともに活きる社会の在り方を見せながら、障碍者への理解と自立を訴えています。
まるでこの本の主人公達をとおして、私たちが目指す21世紀のあり様を示唆し、ヒントを与えてくれている様に私には思われます。
“介助犬”とは、身体に障碍のある方の日常生活をサポートするために、トレーニングされた働く犬のことです。
障碍のある方とともに生きる犬の事を言います。
介助犬は、欧米を中心に、1970年代後半に、身体機能に障碍をもつ人の動作介助をするように訓練された犬、介助犬が登場しました。
アメリカでは、サービス・ドッグ、アシスタント・ドッグ、パートナー・ドッグと介助犬は呼ばれ、患者の要求に合わせて訓練された犬のことを言っています。
ドアを開ける、スイッチを押す、物を拾う、起き上がる等日常生活の中で繰り返し行う人間の動作を、気兼ねすることなく指示、代償し、常に共に過ごすことで精神的安定感をもたらします。欧米では多くの障碍者が介助犬により自立性、社会性を増すことが出来たと、その素晴らしさを訴えています。
現在アメリカでは、盲導犬、聴導犬を含めて五千頭以上が活躍しています。50州全てで盲導犬と聴導犬が、40州で全ての介助犬が、その市民権を認められています。
現在千頭以上の介助犬がアメリカ社会で活動しており、その歴史は20年以上になります。日本では介助犬育成の動きは数年前から始まり、今日現在6頭の犬が介助犬に認定されましたが、育成、普及はこれからです。
その違いは、欧米人は昔から犬を家族の一員として生活を共にし、早くから犬自身の個性を認め理解されていた存在でしたから、働く犬として社会に受け入れられ応援されたのでしょう。日本でも犬に対するとらえ方が少しずつ変化してきましたが、いまだ“ペット”の域を出ていません。働く犬として社会に理解と認識を深める活動をとおして、これからは、国や、自治体、企業、医療関係者を加えた、犬の訓練施設、犬のトレーナーを含めた総合的な体制で、介助犬を育成、普及させていかなければ展望は拓けないと思われます。
一歩一歩でもその体制づくりに近づけられる様に本を刊行した者として、皆さんで協力して介助犬育成と普及に取り組んでいきたいと思っています。この事をとおして、だれもがありのままに生きる社会の実現を念願しています。
この秋に、この本の主人公と介助犬を日本に招く企画が、今進行しています。介助犬(=働く犬)を広く知ってもらい、日本においても介助犬の必要性と普及に道を拓く一歩にしたいと思っています。
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