ポコ・ア・ポコ (少しずつ、少しずつ)

裸足で


石森 珠江



 こういう事を書いてしまって良いのかどうか、考える前にそうしてしまうのが私の性格なのではありますが、読まれる方にひとりでも、公安やオウム真理教信者のかたがたがおられるとすれば何なのですけれど、決して宗教をどうこう申すつもりも、又、その資格も教養も有さない事は前置きしたいと思います。

 わたしがオランダで通っていたのは、インターナショナルスクール。生徒は、世界各国から集まって来ていました。目や髪の色といった外見をはじめ、言葉、宗教、生活様式などあらゆるものが異なるひとたちが一つの場所に集まっている。今思えば、何て貴重な空間だったことでしょう。三年間もの月日をそこで過ごしたことが、今の自分の人生に大きな影響を与えていることに気付きます。

 我が身内にもオウムとは別のカルトの信者がおり、これが又信念強く理想に立って、世界の辺境と云われるあちこちから、不安と、いろいろな情報とを送ってくれます。

 昨年、一昨年バイトをしていた、オウムで有名なとある場所の、教祖が愛すという、教団経営のとんこつラーメン店の隣の、某新聞販売店で、何しろ電車も動かぬ早朝の仕事ではあり、半ば泊りがけでしたので、オウムの唱えるマントラと云うか、はじめは何かしらの日本的スポーツ系の掛け声かと思い、えらい誤解と共に起きて、身体を声に合わせ動かすのは、緊張感と同時に妙に清々しくもあり、これを二年近く続けていたというのは、修業型スタイルの出家は自分に案外向いているのかも知れないと思える位です。

 とは云え、そのラーメン屋の二階はアジトとなっており、ハッテイタ公安や警察の様子から、多分あの事件のこの犯人が、かく潜んでいたのだろうなと、ある程度済んだことだから云えるのですけれど、よーく考えれば、飛び道具やVXガス、サリンを所持していたかも知れない方たちと、手を伸ばせば届く隣の窓ごしに、殆ど寝起きを共にしていたのですから、怖くなくはない話であります。

 私に多少でも欲と頭があれば、かの江川女史くらいの記事はモノに出来たのにと思いますが、オウムのかたがたとその前後、挨拶を交しあっている仲、そうも出来る事ではありません。

 彼ら個人々々は決して悪い人達とは思えないのですし、これからの彼らの人生を考えると、我が若き身内と姿が重なって、痛々しささえ感じられて来ます。一歩間違うと自分だってこうなっていた可能性は少なからずあったわけですし・・・

 ごく個人的な話になってしまいますが、ある時期、それまでいろいろな意味で、安定している人生コースに居たのを外れ、持っていた多くのものを捨て、(早い話が離婚、仕事を放り出し、蒸発というスタイルなのですけれど)東南アジアへ旅立った経験がありまして・・・十数年前のことですから、今、繁栄しているアジアとは隔世の感があるかも知れませんけれど、はじめ彼の地で見たのが、障害があっても表へ出て働いている(働かざるを得ないと云うべきか)人々や、インドシナ難民のストリートチルドレンの姿でした。それと、早朝のうら若き素足の托鉢僧の、凛とした背すじ。

 ウエットなことは、事実なら尚更言葉にしたくないと心がけている自分なのですが、私にはほんの少し障害があり、又、ほぼ天涯孤独のシングルマザーでありまして、この、下手をすれば平成大恐慌起こりかねない、いつ何があっても変ではない時代のサバイバルをしのいで行けるのは、幸いかな、その東南アジアの丁度インドシナ戦火のゴタゴタの頃で、そして日本の経済異変と云うか、バブルの少し前でしたから、たまたま関わったボランティアの活動を通し、難民の姿を見ていて、それまでの人生観が、良くも悪くもひっくり返ることの連続の日々だったもので、帰国のち、子を引き取り、世間や生活との戦いを前にしても、そう動じなくやって来れたと云うのはそのボランティア体験が多少とも活かされたからかも知れません。それでも心底人生苦としか云えないと思うことは多々あって、そんな時、ふと想い浮かぶのは貧しい国の、目が見えず、手足がなくても汗を流し働く、おじさんおばさん、横断歩道なんて無い、臭く汚い道、よれよれの輪タクやバイクが走る真ん中で物を売るストリートチルドレン達の朗るい、本当に絶望的とも云える明るさです。今その一瞬一瞬が、生きている偶然を無意識に確認しているかのような、なんとも云わく云いがたい表情を思い出すと、生きる原点とは何か。今の日本で失われているその何かはどこにあるのかと、つい考えてしまいます。

 多分オウムの事件も起こるべくして起きたのではないかとごく独断的には思っていて、しかし、大きな声で物を語ってはいけないような、世の中の歩調はスマートに乱せる人にしか乱せない。ある種のルールをやはり守らないと生きて行けない現実には、ディレッタントになるしかなくて、皆、よく発狂せずにいられるなあと隠者的思想で世の中を見ている自分であります。




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