「知らなければ心は痛まない。だが、人々がどれだけ自分以外の人間を思いやれるか、それが社会の文明度をはかる基準ではないか」(ピーター・リーライト)
本書『子どもを喰う世界』は、もともと英国BBCテレビのために制作した番組を本にしたものである。翻訳を始めたときすぐに、著者ピーター・リーライト氏からそのビデオを送ってもらった。そのビデオを見ていたときのことだ。
たまたますぐ隣に娘たちがいた。そこで私は「インドでは七歳とか八歳からもう工場で働いている子がいるんだよ」というと、まだそのころ小学生だった末の娘がまず示した反応は「日本に生まれてよかった」というものだった。そのあと、しばらく画面を見ていたので私は、もっとつっこんだ説明しようとした。すると、「もういい、わかった」といって彼女はさっと自分の机のほうへ行ってしまった。このような反応は、わが家ではよくあることで、子どものほうから質問がくる前に、つい親のほうが先走っていろいろ教えすぎてしまう。だから嫌われる。娘はいまの自分にはどうしようもないことを突き付けられて、責められているような気がしたのかもしれない。あるいは、親である私がいまの日本の子どもたちをめぐる環境に、ある種のいらだちを感じているため、それがことばににじみ出ていたのかもしれない。
この本に登場する子どもたちが、「子ども時代を奪われている」のは、彼らが「不運にも」貧しい国に生まれたからだ、といって済まされない部分があまりにも大きい。つまり、いま現在彼らがこうむっている貧しさゆえの苦境は、世界経済システムとして、歴史的に見ても長年にわたって意図的に作られてきたものだからだ。それが著者の一貫した主張である。そしていま、何百年にもおよぶ植民地主義も最終段階にいたって、その非情な経済論理がますます度合いを強めている。人間を幸福にするはずだった近代科学。その申し子である交通通信手段のめざましい発達によって、人やモノの関係と流通がより緊密になった。それに連れて、「経済」という怪物のような論理が、蜘蛛の糸のように地球全体をすっぽりとからめとるようになった。すべての人間がこの怪物のあやつる糸に、ぐいぐいと引き寄せられ、締め付けられている、といってもいいほどになった。その巣の中心にいるのは、西側に本拠をおく、多国籍企業とそれをバックアップする各国政府である。餌食になっているのは、最も影響を受けやすい弱者としての子どもたちだ。本書はそのことを具体的に、豊富な例をあげなから示している。
英国人である著者は、何世紀にもわたって世界中に植民地を維持してきた自国の歴史をふりかえりながら、過去の遺産のうえに成り立っている多国籍企業を中心にした現在の経済システムとそれを支える思想や価値観が、旧植民地の農村を基盤とした人々の暮らしをどのように破壊してきたかを明らかにしていく。急速な人口の都市流出をうながし、その結果、子どもたちがどのような状態に追いやられているかを。
でも一見、豊かな西側(というよりはむしろ北側というべきか)の子どもたちもこのシステムから自由に生きているわけではない。日本も例外ではない。織機にくくりつけられたようにして終日カーペットを織るインドの少年や、狭い部屋に詰め込まれて電極をつなぐタイの子どもたちがいる一方で、がんじがらめの校則に縛られながら従順さを強いられ受験戦争に駆り立てられ、封建的人間関係を温存するこの日本の社会で、人間としての関係をなかなかもてない子どもたちがいる。いじめと絶望の果てに自死に追い込まれる日本の子どもたち。これらの子どもたちが「一枚のコインの裏表」だといわれるのは、ある意味でうなづける。この苛酷な経済システムのなかで、搾取される側としてむきだしの暴力にさらされ酷使されるか、搾取する社会のなかでシステムにうまく組み込まれる(適応する)ために真綿で締めつけられるようにして「教育」されていくか、そのいずれかなのだから。大人ならそんな現実に異義申し立てをしながら生きていくことも可能だが、子どもたちはなかなかそうはいかない。
実は正直いって、翻訳をしながら、まいったなあと思ったこともあった。「貧しい人々、粗末な住居、苛酷な労働」といった表現があまりのも多いのだ。ひとつの視点から子どもたちの暮らしを見るため、そういった苛酷さにもかかわらず人々が失わない固有の文化や知恵、あるいは北側の人間が忘れがちな人間が生きていくうえで不可欠な強さ、たくましさ、喜びを発見する力といったものが、人々の表情からは見えにくくなっているように思えるのだ。著者のあまりにもプロテスタント的なものの見方や、フィリピンにはスペインやアメリカの模倣文化しかないといった断言調にも、私などはかなり抵抗を感じてしまう。でも、だからといって、本書の基本的な指摘が的外れだということではまったくないし、タイの章に頻繁にあらわれる日本人男性の少女買春の事実が猶予されるわけでもない。
また著者が本書の冒頭で触れているように、世界規模で語るならば、ここには登場しないが、中国やアフリカの子どもたちのことも考えあわせる必要があるだろう。そこでは、ポルトガルや合州国南部よりもさらに多くの子どもたちが、日常的に働いている風景が見られるはずだから。
翻訳作業を始めてからというもの、バーゲンなどで買物をするとき、私はいちいちそれがどこで作られたものか気にするようになった。思えば、私たちは、毎日のように、子どもたちの手で作られた果物や野菜やシーチキンの缶詰を買い、子どもたちが肥料をまいたり摘み取ったりしたバナナやパイナップルを食べ、彼らの手で摘まれた紅茶を飲み、彼らの手が糸を切ったシャツを着て、環境にやさしいのだと思いながら「ヤシ油」の入ったせっけんで食器や衣服を洗ってきたのだ。子どもたちが毎日、「奴隷」のように働きながら作り出しているものに取り囲まれて私たちは暮らしている。それはもうまぎれもない事実だ。直接的にも間接的にも、子どもという安価な労働力が作り出す果実を食らって生きているのだ。では、どうしたらいいのか、という問いに、簡単に答が出せるわけはないが、なんらかの手を打つことはできるはずだ。不買運動によってその国の政府に大きな圧力をかけながら、その国の労働環境を改善し子どもたちが学校に通えるような環境を作っていく、そういう運動が必要だろう。実に大きな困難をともなうことだが、それは子どもたちの作り出すものを消費するすべての人間が抱えた今後の大きな課題である。
正直いって、私にとってこの翻訳はなかなかつらかった。かたわらに不登校や受験競争の十代を生きる子どもたちとの日常をかかえながらの作業だった。それでもいま、なかなか見えない社会構造や経済システムをなんとか見透す力をきたえながら、子どもたちとともに生きていきたいと思っている。過度にシニカルになったり絶望という幻想に陥ったりせずに。
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