1990年に発足したこのネットワ−ク(発足時は「登校拒否を考える各地の会ネットワ−ク」)は“学校へ行かないこと”を子どもが自分を守るためのぎりぎりの『選択』と受けとめ、学校外の場づくりと同時に、教育とは本来どうあるべきかを探り、各地で行動を展開してきました。一連のいじめによる自殺と「文部省いじめ対策緊急会議報告」を受けて出された本アピ−ルは、【学歴競争社会】を勝ちぬいてゆくことに重点が置かれ、いじめの<被+加>害者としての子どもを生み出す結果となっている管理的な学校教育を根底から問いなおし、行政や教育機関の認識の不足を指摘、また、子どもたちの状況は現代の日本社会の<ほころび>の表われであり、私たちの社会が何らかの形で変わってゆかねばならない転換期に差しかかっていることをも示唆しています。
前文
私たちは、学校に行っていない子どもをもつ親と、その子どもや親たちと共に考え行動したいという市民であり、自発的に会をつくり、あるいは居場所をつくったりして、現在65団体がつながる全国ネットワ−クを構成しております。
子どもたちが登校拒否をするにいたった原因のうち、「いじめ」がからんでいるケ−スは、かなりにのぼります。その意味で、昨年11月27日、大河内清輝君が、耐えがたい屈辱的いじめを受け続けた結果、自殺してしまうという衝撃的事件と、それに続く一連のいじめ自殺報道は、全くひとごとではありませんでした。
3月13日、文部省は「いじめ対策緊急会議」の最終報告を発表しました。昨年のみならず、今年になってからも、いじめ自殺は、依然として続いており、報道されないものも入れるとかなりの数にのぼります。「いじめ対策緊急会議」は子どもたちが生命をかけて訴えたことを受けての、国としてとるべき方策をさし示すものだったわけですが、私たちは失望を禁じ得ませんでした。
もとより、緊急に会議が招集されたことや、次のような点は、よしとするものです。
「いじめられている子の立場に立った親身の指導を行なうこと」
「教師が、単一の価値尺度により児童生徒を評価する指導体制や、児童生徒に対するなにげない言動等に大きな関わりを有している場合があること」
「学校においては、あくまで児童生徒一人一人を多様な個性をもつ、かけがえのない存在として受け止め、教師の役割は、児童生徒の人格のより良き発達を支援することにあるという児童生徒観に立つ必要がある」
実際上行われてこなかった、これらの現実への重要な指摘は、私たちも全く賛同するもので、今後、教育現場が言葉通りに改善されるよう切望しています。
しかしながら、この報告書には、大きな問題を感じるものであり、かつて、構内暴力に手を打とうとして、子どもたちへのさらなる管理がおこなわれ、表面的におさまったものの、その後、いじめ、自殺、登校拒否を増やす結果をまねいたように、「いじめ」に手を打つというこの報告書の方針が、もっといじめを内向変質させ、子どもを追いつめる結果をまねきかねない危惧を私たちは覚えています。
そこで私たちが考える報告書の問題点を述べさせていただき、再検討を要請する次第です。
(T)いじめを生み出す教育構造
いじめがなぜ、これほど陰湿に、長期に、大量に、日本の学校現場で発生するのでしょうか。その本質的認識抜きに目先の対応のみやっていても、事態の解決にいたりません。学齢期の子どもに限らず、一般社会においても人は、何らかの抑圧を受けたり、受け続けているとき、ほかに当たりちらしたり、ストレスを発散したりしています。子どもたちが現在の教育から受けている抑圧こそ真剣に検討されるべきであり、それなしに、「いじめる側が悪いのだ」と断罪され、「道徳教育・こころの教育の推進」「出席停止の措置」「警察等関係機関の協力を求め厳しい対応を取る必要」などどいう指導方針を出されると、これでは、本質的には何も解決しないどころか、いじめる側が抱えもったつらさは受け止められず、もっと状況は悪化することでしょう。
では、現在の日本の子どもが受けている抑圧とは何でしょう。
昨年「国連子どもの権利条約」が発行したにもかかわらず、子どもは一人の人間として尊重されているとは言いがたい様々な現実におかれています。「期待される人間像」に向かって、大人の作った教育システムにのせられ、たえず能力を比べられ、成績競争と画一的集団行動をこなし、自分を殺して走りつづけなければならない、この教育構造の重圧は大変なものです。子どもは成績や能力に関係なく、愛され、大切にされたい、そして安心して自分らしくやっていきたいのです。しかしそれは、二重、三重にかこまれた囲いの中にあって、許されていないのです。
一月に行われた、あるいじめについての子どもシンポジウムでは、中三の女の子が「学校が、私たち子どもをいじめています」と発言しました。前日、床屋に行って校則通りの長さに切ってもらったのに、先生から「おまえは長い、明日までにまた床屋に行ってこい」とやられる、「お前ら、三ヶ月後には受験だってわかっているのか、五時間は寝過ぎだ、四時間にしてでも全力を尽くせ」とはっぱをかけられる、それに異論を唱えたら先生のビンタが飛んでくる、など、子どもは「教育」の名のもと、いじめられ続けているのです。その上、現代の家庭は、学校化し、親の意をくんで学歴のレ−ルに乗らないと、許されない雰囲気があり、過程が心の落ち着く居場所ではない子も増えています。つまり、大人がよってたかって、壮大な子どもいじめをしている構造になっているといっても過言ではありません。
この子どもの抑圧図の中で、子どもたちはいらだち、疲れ、大変ストレスをためて、満たされない日々を送っています。そして、一斉指導ばかりで、異質を認めあう学校教育をやってこなかった日本では、人とちょっと違うことを口実に、そのストレスがいじめとなって発散されるのです。いじめっ子もいじめられっ子も同じ状況の中で生まれていることを認識する必要がありましょう。だから、あるいじめっ子を厳罰処分しても、別のところでいじめが生まれますし、ますます矛盾は深まっていくのです。いじめ問題を解決するには、日本の教育を根本から変える視点が必要であり、文部省と学校は、教育のあり方を根底から問い直すべきでしょう。以上のような、いじめが生まれる構造を抜きにして、対症療法的な取り組みばかり提言されても、いじめ・いじめ自殺は解決しないと考えます。
いわんや、「家庭のしつけの不徹底」「家庭が、思いやり・善悪の判断・弱いものを助ける勇気・正義感・尊法精神などを身につけさせていないから、いじめっ子になるのだ」というニュアンスの文章にいたっては、文部行政の責任はどう考えるのだろう、と納得いきません。家庭の子育てに問題がないとは言い切れませんが、このような把握が正しいというのなら、いじめっ子といじめられっ子が入れかわったりすることや、小学生の時は思いやりもあり、正義感も育っていたと教師が認めていた子が、中学生になっていじめっ子に転じたりすることは、どう説明できるのでしょうか。
なお、カウンセラ−設置や関係機関との協力がうたわれていますが、これも手放しでは喜べません。いじめられた経験をもつ子どもたちは「自分が行きたくないカウンセラ−の場合、どうして行かないのと僕たちが非難される」「先生はカウンセラ−まかせ、よけい親身に考えてくれなくなるだろう」と不安に思っています。何でも専門家に依存する傾向は問題があるのではないでしょうか。
いじめは学校で生じており、教師の責任が大きいわけですが、教師もいじめを生む構造の立場の一部を担っているという自覚をもって、つらいところに追い込まれている子どもの気持に立って真剣に取り組んでいただきたいというのが多くの親の気持ちです。「緊急会議」報告では、教師には研修強化という方向が打ち出されていますが、それよりも教師に精神的ゆとりや子どもと触れ合う時間を保証するほうが大切と考えます。保険主事の設置など、形の上で権限を強める方策で現場が改善されるものでしょうか。
(U)登校拒否の積極的意味
もう一つ、重要なことがあります。何より、子どもたちの生命が失われていくことを防がなくてはなりません。以上のような構造から生まれる「いじめ」は決して、すぐには解決しないでしょう。しかし、いじめがあっても子どもの生命を守る道はあります。それは、「緊急会議」が全く触れていないのですが、「学校へ行かない」「行かせない」ということです。福島県の「いわき判決」でも「いじめがあれば親は学校へ行かせるべきではない」と親の義務を指摘しています。いじめ自殺を防止するためには、何があっても学校へ行くべきであるという姿勢をあらため、学校は休んでもよいし、登校拒否をして身を守る方法もあるのだ、ということを全ての子どもや親に知らせる必要があると思います。
私たちの子どもは、実際上、登校拒否をすることによって、生命をすてないですみました。あのまま、学校へ行き続けていたら、死ぬしかないところへ追い込まれていったかもしれません。学校は心や体を傷つけられてまで行くところではありません。学校は休んでよいし、行かなくてよいのです。わが身を危機から守るために逃げることは、生きていく上で積極的な意味を持つのです。
いじめ続けられた心の傷はなまやさしいものではありません。「いじめ」から身を守り「いじめ自殺」から子どもを守る有力な鍵の一つが、登校拒否であることを、私たちは広く知っていただきたいのです。
しかし、いじめを心配しつつも、登校させ続けている親の方も多いのではないでしょうか。報道されなかった「いじめ自殺」のケ−スに、行きしぶる中一の男の子を登校拒否だけはさせてはなるまいと考えた母親が、毎日送って行って2ヶ月目のある朝、登校途中で、その男の子が「ここから一人で行けるから」と言って、親を帰宅させ、学校の裏山で自殺してしまった例もあります。学校へ行くだけが成長の道ではないことを、親・教育関係者はもとより、いじめ問題を論じる全ての大人が認識した上で、検討される必要があると私たちは考えます。その上、不登校を認めることは、緊急避難としての意味のみならず、いじめを多発させる閉塞的な囲われ状況を変えていくにも大変重要な視点であります。
小中学校は義務教育だから、何があっても、登校しなくてはならないという意見も聞きますが、それは違います。義務教育の「義務」は子どもの義務ではありません。子どもの権利を、大人が保障する「義務」です。市町村等の行政の学校設置義務と親の就学義務をさします。親の就学義務を履行していても、学校がいじめの温床となっていれば、子どもは安心して、学校で学ぶわけにはいきません。現在の状況は、国や市町村は、子どもが安心して行ける学校を用意できていない、という点において、子どもの権利を保障する義務を履行しているとは言いがたい、と私たちは考えます。学校は、国民の税金で成り立っており、いわば親の委託を受けて学校に在籍する制度になっているのです。ならば、子どもたちの心や体が傷つけられたり、萎縮して、自分を出せなくなったりすることのない、安全で安心して通える学校を文部省・行政はつくり出す義務がありましょう。
また、いじめを受けて、学校に対し、恐怖感や不安感をいだき、登校しにくくなる、登校拒否をする、ということは、当然のことです。そのことで不登校・登校拒否の子どもたちが、不利益をこうむることのないよう、文部省、教育委員会、学校は、以上の基本的な2つの点に加え、以下のことも具体的に考慮いただきたいのです。
1.学校を休みやすくし、本人が希望する場合、休むことを邪魔しないこと。
2.国連子どもの権利条約でいう「休息の権利」を保障すること。
3.休んでいることで差別や偏見にさらされないようにすること。
4.不登校・登校拒否への本質的理解をはかること。
5.転校希望者には転校しやすくすること。転校したからといって、登校するかどうかは状況によるので、そこへの登校強制はしないこと。
6.保健室登校、校長室登校、放課後登校などの部分登校を強制しないこと。
7.欠席が長期にわたったからといって、その子の希望に反した、進級、卒業、評価、学校生活上の扱いがおこなわれないようにすること。
以上、私たちは、何より「子どもの心と生命を大切にしたい」という立場から、文部省・教育関係者に強く要請するとともに、親・国民の皆さんにも広く知っていただき、子どもたちの真の幸せが、一刻も早く実現されるよう、訴えるものです。
1995年4月20日
登校拒否を考える全国ネットワ−ク
文部省 いじめ対策緊急会議報告 ―いじめの問題の解決のために 当面取るべき方策について― |
1の『基本的認識』の要旨は、1995年3月14日付、朝日新聞記事から転載しました。
2の『学校における取組』〜6『社会における取組』の要旨は、文部省の「報告概要」を掲載しました。
1 いじめの問題への対応に当たっての基本的認識
(1)「弱い者をいじめることは人間として絶対に許されない」との強い認識に立つこと
いじめられる側にもそれなりの理由があるとの意見が見受けられるが、いじめられる側の責に帰すことは断じてあってはならない。いじめは人権にかかわる重大な問題である。いじめる側が悪いのだという認識に立ち、毅然(きぜん)とした態度で臨むことが必要である。社会で許されない行為は子どもでも許されない。傍観したり、はやしたてたりする者がいるが、こういった行為も同様に許されないとの認識を持たせることが大切だ。
(2)いじめられている子どもの立場に立った親身の指導を行なうこと
いじめは外からは見えにくい形で行われる。いじめられている子どもも、恥ずかしさや仕返しを恐れるあまり、尋ねられても否定することが多い。従って、子どもの苦しみを親身になって受けとめ、子どもが発する危険信号を、あらゆる機会を通じて鋭敏にとらえることが大切である。その際、いじめかどうかの判断は、あくまでもいじめられている子どもの認識の問題であることを銘記し、表面的な判断で済ませることなく、細心の注意を払うことが不可欠である。
(3)いじめの問題は、教師の児童生徒観や指導の在り方が問われる問題であること
いじめは弱い者、集団とは異質な者を攻撃、排除する傾向に根ざして発生することが多い。特に学校では、教師が単一の価値尺度により児童生徒を評価する指導姿勢や何げない言動などに大きなかかわりを持っている場合があることに留意すべきだ。子ども一人ひとりを多様な個性を持つ、かけがえのない存在として受け止め教師の役割は児童生徒の人格のより良き発達を支援することにあるという児童生徒観に立つ必要がある。
(4)関係者がそれぞれの役割を果たし、一体となって真剣に取り組むことが必要であること
いじめ問題では、親や教師などの関係者が責任を他に転嫁し合うという形で議論が拡散し、対応に実効性を欠くきらいがあった。最も大切なことは、関係者が一体となって問題に取り組み、早急な解決を図ることである。
(5)いじめは家庭教育の在り方に大きな関わりを有していること
家庭は子どもの人格形成に一義的な責任を有しており、いじめ問題の解決のために重要な役割を担っている。各家庭において、家庭の教育的役割の重要性を再認識することが強く求められる。
2 学校における取組
まず、学校に行かない子どもたちが生み出されました。ウランバートル市(首都)では、両親が家を離れて外国に買い出しと商売をするなかで取り残された子ども、母子家庭で家計を助けるために物売りをする子ども、家族の生活を助けたり、自らが以前にはなかったガム、チョコレート、菓子類、ゲーム機や洋服などを欲しいために物売りをする子どもなどです。子どもたちは、大人たちの商売を見て、すぐカネが手に入り、欲しいものが手に入る魅力を倍加させています。
(1)実効性ある指導体制の確立
〇学級担任の自覚と責任ある指導及び学校全体での一致協力した取組
〇全教職員の参加による実践的な校内研修の積極的な実施
〇保健主事の役割の重視と養護教諭の積極的な位置付け
〇カウンセリング等に関する専門家や関係機関等との連携の強化
(2)事実関係の究明と、いじめる児童生徒に対する適切な教育的指導
〇事実関係の迅速かつ正確な把握と保護者とのきめ細かな連携による適切な対応
〇いじめの非人間性等に気付かせるなどいじめを行う児童生徒に対する教育的指導
〇いじめが一定の限度を超える場合には出席停止等の厳しい対応も必要
〇その場限りではない継続的かつ徹底的な指導
〇学校における児童生徒の「心の居場所」作り
(3)日々の触れ合いを通じた教育相談的活動の充実
〇教師の全人格的な接し方による児童生徒との深い信頼関係の醸成
〇校務運営の効率化による児童生徒や保護者と接する機会の確保・充実
(4)積極的な生徒指導の展開
〇学校教育活動全体を通じてのお互いの個性を尊重する態度等の育成
〇学校活動等の集団活動やボランティア活動を通じた良好な人間関係、社会性の涵養
〇生命を尊重する態度や生きる力を育む教育
(5)家庭・地域のより良きパ−トナ−としての努力
〇「開かれた学校」の観点に立った意義のある連携協力関係の構築
3 教育委員会における取組
(1)いじめの問題の解決に向けた各学校の取組への支援
指導主事や教育相談の専門家等の派遣等など学校に対するきめ細かな支援
(2)効果的な教員研修の実施
あらゆる機会を捉えた研修の実施及びその内容・方法の工夫等
(3)相談体制の充実
〇教育センタ−等における相談員の配置等相談体制の整備・充実(平成7年度地方財政措置予定)及びその周知広報
〇学校と相談機関相互間の連携
〇専門的な研修による相談担当者の資質向上
(4)関係団体との連携協力による多様な教育活動の充実
学校外における多様な体験活動や集団活動の機会の積極的な提供
(5)家庭の教育力の活性化への支援
家庭の教育力の活性化のための保護者等への啓発活動や支援対策の工夫
4 家庭における取組
(1)家庭教育の重要性の再認識
思いやりや正義感など基本的な生活習慣・態度等を身に付けさせる第一義的な責任の自覚
(2)子どもにとって真の『心の居場所』となる家庭づくり
何でも率直に語り合え、子どもにとって真にやすらぐことのできる家庭づくり
(3)地域活動への親子での積極的な参加
ボランティア活動や地域における行事等への親子での積極的な参加による親子の絆の強化
5 国による取組
(1)教育委員会や学校における指導体制を充実させるための支援
〇教育相談に関し専門家を活用すること等についての積極的な指導・援助
〇教諭のみならず、養護教諭も保健主事に充てることができるようにするための措置
〇養護教諭に対する研修の充実
〇いじめの問題に関する教師用指導手引書の作成についての検討
(2)教員研修の効果的実施
国レベルの教員研修の内容、対象、実施方法等の施策の一層の充実
(3)教育相談体制の充実
〇関係者の相談に応じるとともに、いじめの問題に関する事例や全国の相談窓口等の情報の提供を行う「いじめ問題対策センタ−(仮称)」(平成7年度予定)の早急な整備
〇学校におけるカウンセリング等の機能の充実を図るため、「スク−ルカウンセラ−(仮称)活用調査研究委託事業」(平成7年度予定)の早期かつ効果的な実施
(4)家庭教育関連施策の充実
家庭の教育力の活性化のための取組への支援
6 社会における取組
〇一人一人がそれぞれの立場でその責務を自覚し、いじめの解消に向けて可能な取組を行うこと
〇諸メディアの内容が不適切なものとならないような関係者の理解と協力
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