中学校の中でなくした-Spoil-もの

友常 求



 小学校の頃、理科が好きだった。中学に入るとすぐ陸上部に入ったが、何となく理科への興味も残っていた。そして85年の春、中2になった時、月に一度、土曜の放課後に区の教育センターに各校数人の生徒が集まって、授業ではやらない理科の実験をやる、という『科学センター』という名前の講座の募集があり、「こりゃ面白そうだ」と思って応募した。まさかそのために2年もタダ働きをさせられるなんて夢にも思わなかった。

 僕の中学からは須藤という男と高山という女の子と僕の3人が受講することになった。担当は三上先生、昔気質でマジメな人だった。僕らはイヤというほど、この先生にコキ使われる羽目になった。

 僕は、理科という学問の面白さを楽しめるようなことをやるのかと思っていたが、毎月の実験や講演はそんなに楽しくもなかった。また、その他に、教育センターに集まらない残り3回の土曜日の放課後を使い、一年かけて実験・発表を行ない、その成果を年度末に発表する「自由研究」という活動もあった。僕らは(というより先生が)「木材の乾留」をやることになった。

 僕らは木材を蒸し焼きに(乾留)する時に発生する木ガスの量が木材の種類によってどのように違うか、という研究を始めた。土曜だけでは実験が終わらず、他の曜日の放課後にも集まり実験をやらなければならなかった。

 その年の7月にちょっとした事があって、2日か3日学校に行かなかった事が直接の理由で僕は、刑務所とタコ部屋をたして2で割ったような、ある「民間施設」に入所することになった。そこはあまりにもひどい場所だった。だから1ヶ月程度で娑婆に戻った時には天にも昇る気持ちだった。が、そんなこととは関係なく、科学センターは続いた。

 実験は続き、僕らは週何日も夕方まで残った。年度末が近づくと、集めたデータをまとめる作業と発表の練習もやらねばならなかった。先生が「お前たちが東京都で良い賞をとって来れば、うちの校長先生は鼻高々だ!」といったことがあった。僕は学級閉鎖中に電話で先生に呼び出され、実験の続きをやりに学校に向かった事があった。僕らはそのくらい重要なことをやっているらしかった。

 結局僕らの研究は「実験データがたくさんとってあるから」という理由で、区で1位に選ばれた。僕はなぜ実験の内容ではなく量で評価が決まるのかと思った。だが、それよりこれでやっと終わりにできると思うととてもうれしかった。

 だが終わりにはならなかった。区から「区で1位になったんだから研究を続けて東京都へ出せ」という通達(命令)が届いたのだ。

 そんな訳で中3になっても活動は続くことになった。僕は学校の何もかもが嫌になって気が狂いそうだったが、学校に行けなくなったらまた「施設」に入れられて、今度は生きてシャバに帰って来られなくなるかもしれないという物凄い死の恐怖があって、毎日必死で学校に通うしかなかった。そんなこととは関係なく実験は行われ、データは集まり、家に帰ってデータをまとめ、年度末が近づくと東京都に出すためのレジュメを書き、何度も何度も発表の練習をさせられた。今から考えれば、僕は初めから先生の私兵か奴隷をさせられていたのだ。恐ろしいことに、何でこんなことをやってんだろう。と思う余裕さえ、その頃にはなかった。

 僕らの研究は結局、「某新聞社優秀賞」を受賞した。この賞は都内の中学校 700校以上の中から、3校にしか贈られない賞で、受賞の倍率は 200倍以上だった。だが2年もやって受賞がきまっても、特に満足感も達成感もなかった。それが自分でも不思議だった。

 某新聞社で賞状をもらって学校に戻ると、先生は賞状をコピーし、僕らに渡した。賞状は廊下に飾られた。丸2年間死ぬ程学校のために働かされて来て、僕らがもらったのは某新聞社のちゃちな記念バッジと賞状のコピーだけだった。

 僕はそれからすぐ、張りつめていた緊張が一気に切れて、まったく何をすることもできなくなった。「無気力症」と診断され、入院することになってもおかしくはなかった。もう、精魂尽き果てていて、いつ死んでもおかしくなかった。

 そんな中学校生活を送っていたのだが、今でも科学センターのことを思い出すたびに、もう2度と努力なんてしたくないし、あんなキツいことをやらされることは死ぬまでないだろう、と思う。

 あの2年間に何を失っただろうかと考えると、まず感じることができなく(Spoil)なり、自分で考えて行動することができなく-Spoil-なり、社会への信頼感のような何か(努力をしたら、それに見合った何かが返ってくるというような)がなくなって-Spoil-行ったような気がする。

 一度失った-Spoil-感覚は容易に戻って来ない。しかし、今は、これからも生きて行くのだし、早く失くした-Spoil-感覚を取り戻して行(生)かなくては、と思っている。

(文中の名前はすべて仮名です)



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