〜 市民フォーラム2001 〜
農業者の生存権を守り、飢餓と生態系・自然環境破壊を防ぐための
「小規模農業保護基金」の創設提案




I. 過剰が不足をつくりだす世界食料システム

 いま、世界の食糧生産・供給システムは矛盾に満ち、破滅に瀕している。食料が過剰で、補助金を付けてダンピング輸出をしている国がある一方で、FAO(世界食料農業機関)によると飢餓と栄養不良人口が世界に8億4000万人存在する。これは世界人口の7分の1に当たる。
 食料のダンピング輸出をしている農業大国は、経済的に豊かな先進工業国であり、飢餓・栄養不良に悩んでいるのは世界の最貧国である。だが、先進国といわれる国々の内部にも矛盾は渦巻いている。世界最大の経済・軍事大国であるアメリカ合州国では、人口の8分の1に当たる3000万人が栄養不良の状態にある。市場経済をより徹底させ、福祉政策の削減を進める合州国政府のもとで貧富の差は拡大し、十分に食べられない層はいっそう拡大しつつある。

 アメリカ合州国は世界最大の農業大国でもある。だがその農業大国において、農業生産の分野で、矛盾が拡大しつつある。輸出優先の農業政策のもとで価格支持政策は削減され、農産物価格の低落によって中小家族農場は次第に姿を消している。その一方で、直接所得補償などの形で政府が農業に支払う補助金は、大規模農場に優先的かつ重点的に配分されて過剰生産を発生させ、食料輸入国へのダンピング輸出を生んでいる。過剰生産に伴って発生する土壌の流失や水や土の窒素汚染、地下水の枯渇などの環境破壊を考えると、こうした農産物輸出は、輸出価格が生産コストを下回るという意味での価格ダンピングだけではなく、自然資源の収奪をも利益に繰り入れる環境ダンピングでもある。同様のことは形を変えて、もう一つの輸出地域であるEUにおいても見られる。

 この農業大国の輸出優先の農業政策とそれに基づく食料輸出攻勢は、自国の家族経営農場を衰退に追いやるばかりでなく、世界中の小規模農業を破滅に追いやっている。それは先進工業国内部でも、日本のような食料輸入国との間で摩擦を引き起こし、日本農業の全般的な衰退を招いていることは、後に見る通りである。

 だが、もっとも深刻な影響を受けているのは途上国、とくに後発開発途上国といわれる地域の農業である。OXFAMの政策顧問ケビン・ワトキンズ氏によると、先進国における農産物の過剰生産と輸出ダンピングは、第三世界が食糧を輸入に依存する構造を生みだした。アフリカのサヘル地域において、伝統的な基本食料であった雑穀の生産がアメリカやヨーロッパからの安い小麦、コメの流入によって衰退し、それに伴って小麦の輸入量が急速に増大した事実は、その典型例としてよく知られている。同じことは、過去そして現在もアジア、アフリカ、中南米で繰り返されている。

 こうした事態に陥った小規模農民は、結局は土地を捨てざるを得なくなる。食料生産は放棄され、結局その国の国民は、食生活を先進国からの食料輸入に依存することになる。食料を購入する外貨が不足すれば、その国民は飢えるしかなくなる。残された土地は、荒れ果てて砂漠化するか、商品作物が植えられる。単一作物の集約的な裁倍が広がり、自然資源の収奪と環境破壊が進む。こうした途上国、ましてや後発開発途上国では先進諸国のように農業者に所得を補償するような財政的余裕はない。地域で伝統的な農業を営み、国民の基本食料をまかなってきていた小規模農民は、裸で国際市場に投げ出されるのである。

 その国際市場をコントロールしているのは、少数の多国籍アグリビジネスである。人類の基本食糧である穀物輸出において、米国はメイズで76%、小麦・小麦粉で34%と圧倒的シェアを持っている。世界の穀物貿易は米国に支えられているといってよい。そして、この米国産穀物の80%以上がカーギル社をはじめとするいくつかの巨大穀物商社によって独占されている。しかも、これら多国籍アグリビジネスは、自社役員を農務省の高官に送り込むなど、米国の農業政策や農産物に関する通商政策を左右する力を有している。
 さらに、多国籍アグリビジネスは世界各地で、直営農場や農民との契約農業を展開するなど、生産過程にも大々的に進出し、小規模農業を押しつぶしている。


II. 小規模農業保護基金の創設を

 いま世界のすべての人々に対する食糧安全保障を確立しようとすれば、いま破滅に瀕している小規模農業を生き返らせるしかない。それは、それぞれの地域に住む人々の食料確保につながるだけではなく、砂漠化や土壌の流失や汚染といった生態系の破壊を防止する道でもある。
 そのことをめざして、我々は以下のことを提案する。

1、基金創設に当たって、我々は以下のことを確認する。

(1)世界のどこに住もうと、人々は安全で栄養豊かな食料と水を入手する基本的権利を有する。

(2)食料自給は上記の権利を実体化する上で欠かせない要件であり、それぞれの国の主権に属する事柄であるとともに、農業者の主権である。

(3)農業生産者は、持続的な方法で食料を生産する権利をもつ。そのためには土地の所有および利用に関する小規模農業者の権利が確立されなければならない。

(4)次第に強まっている多国籍アグリビジネスによる食料供給システムのコントロールは、なんらかの形で国際的に規制されなければならない。生産資材、生産方法および販売について農業者が自ら決める権利を侵してはならない。
(5)今日、アメリカやEUなどの一部の先進国が多額を拠出している農産物輸出補助金は本来、撤廃されるべき補助金である。

2、小規模農業保護基金の創設

(1) 先進諸国は自国の農業に支出している農業補助金のうち、直接所得補償に関わるものおよび輸出を促進するための補助金の総額に見合う金額と同額あるいはその2分の1を、基本食料を持続的な方法で生産する小規模農業者の営農と生活を再生産するための資金として国際的に拠出する。

(2)拠出された資金で「小規模農業保護基金」を創設する。同基金は、途上国の利益を反映しうるUNCTAD(国連貿易開発会議)などの国連機関の下に創設し、資金の受け手および出資者である各国政府と農民組織、NGOで構成し、すべてを公開の上、合議制で運営する。

(3)基金からの融資または援助は、小規模農業者の協同組合を通して行う。

3、基金の目的および使途

(1)基金は原則として長期低利(無利子を含む)の融資として運営するが、後発開発途上国における自給的農業の再生または創設に当たっては、期限を定めた上で無償援助とする。

(2)基金は以下の目的達成のために使う。
a.自国内消費のための食料生産を行う環境保全型小規模農業を再生または創設する。
b.農民が自らの基本食糧を自給できるようにする。
c.小規模農民による協同組合づくり。
d.協同組合が、地域資源を活用し、環境・自然生態系と調和した持続可能な農法を開発・普及する。

(3)基金の対象および給付の条件
a.途上国における家族労働を中心とする小規模農業者で、地域の資源を活用し、環境および自然生態系と調和した持続可能な農法によって食糧生産を行っている者がその地域で農業を存続するための営農・生活資金。
b.小規模農業者が協同組合を作る場合、および協同組合による営農指導事業、持続可能な農法の開発・普及事業。

 OECDの資料によれば、1994年にOECD加盟国が農業分野に支出した補助金の総額は1750億ドル(1995年には1840億ドル)にのぼる。ケビン・ワトキンズによると、この金額は世界の農業総生産の半分に匹敵する。専業農業者1人当たりにすると、アメリカでは1万6000ドル、EUでは1万8000ドルが支払われている。ちなみに日本では、ガットのウルグアイ・ラウンド合意で削減対象となる農業補助金として、1995年度に3兆5000億円(1ドル120円として292億ドル)を支出している。一方、食糧援助の総額は、1988年の40億ドルをピークに減少を続けている。

 私たちは先進諸国の農業者に、自分たちが受け取る農業補助金の一部を世界の貧しい小規模生産者の生存と生産活動を助けるために使うことを承知し、政府に働きかけることから、世界の食料システム変革の第一歩が始まるのだと訴えたい。途上国の小規模農業を守ることは、先進諸国の農業者の生存を守ることでもある。なぜなら、地球上のそれぞれの地域に存在し、その地域に住む人々の食糧を提供してきた農業を守ることこそが、農業の自由貿易を阻止し、世界農業と食糧のコントロールをめざす多国籍アグリビジネスの野望を食い止める道だからである。

 なお、こうした目的のためには、この基金の創設とは別に、多国籍アグリビジネスの情報公開と社会的責任を明示する行動規範を策定、実施していくことが必要であろう。具体的には、国連もしくはFAOの下に、小農民支援センター、アグリビジネス情報センターを設置し、飢餓輸出(自国内に食料・栄養不良者をかかえておきながら、金儲けのために食料を輸出すること)の監視と警告、不当な労働搾取や大土地所有(寄生地主)の是正を促す機能を強化していくことなどを今後検討していく必要がある。

農業者の生存権を守り、飢餓と生態系・自然環境破壊を防ぐための
 「小規模農業保護基金」の創設提案  
 


執 筆

大野和興 (アジア農民交流センター事務局長)

顧 問

御地合二郎(全日本農民組合連合会)    
田中 優 (市民フォーラム2001共同代表)
暉峻衆三 (東亜大学大学院教授)     
富山洋子 (日本消費者連盟運営委員長)  
古沢広祐 (国学院大学経済学部教授)   
水原博子 (日本消費者連盟事務局長)   

事務局

佐久間智子(市民フォーラム2001事務局長)

発 行

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1998年5月


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