平和資料協同組合
『印パ速報』 ピースデポ・印パプロジェクトチーム
 第9号(1998年8月17日)
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インドが強力なミサイルの開発を開始
 8月11日付ドーン紙はニューデリ発として、インドは現行の中距離弾道ミサイルのより強力な新ヴァージョンの開発に着手したことをインドのフェルナンデス国防相の言として伝えた。フェルナンデス氏によると新しい型は現行の中距離ミサイルの「アグニ」(射程1500キロメートル)より長い射程をもつ。「アグニ」は1993年以来3回テストされ1500キロメートル以上の射程に成功しているが、まだ実戦に配備されていない。国防相は「アグニU」の射程は明らかにしなかったが、専門家は2000キロメートルの射程をもつとしている。インドはこの他に一連のミサイル開発を行っており、同相によれば、射程 150キロメートルの短距離ミサイル「プリスビ」の生産はすでに始まっている。また対空ミサイル、対戦車砲搭載ミサイルおよび多目的ミサイルの開発は今年中に立ち上がるという。 

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印パ間の対話再開のきざし
 8月12日付、ザ・タイムズ・オブ・インディア、ニュデリー発。インドは2国間協議の正常化へのパキスタンの姿勢に積極的な変化を見ている。この数日の間に、今月末、南アのダーバンで開かれる非同盟諸国首脳会議での印パ両首脳の会談を前に開く、外務次官級協議の再開についてパキスタン側からヒントがあったとしている。3つの事柄があげられている。第1は、ジャンム・カシミール停戦ラインでの戦火が止んでいること。第2は、インドに対して最もタカ派のカーン外相が更迭されたこと。第3は、最近の記者会見でパキスタンのシャリフ首相がニューデリーとの対話を望んでいることを強調したこと。

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南アジアの核の混乱を生き延びる(2)
  前号に続きパキスタンの物理学者フードホイの論稿を掲載する(一部省略)。

           ペルベス・フードホイ

不必要な戦争を回避する
 両国は核装置の兵器化に熱をあげており、恐らくある一定の水準にまで達しているであろう。詳細は分からないが、方向は推察できる。核弾頭ミサイルの開発が加速する一方で、しばらくの間は航空機搭載用核兵器が核戦略の主流になるであろう。インドは現在開発中の潜水艦発射核弾頭ミサイル「サガリカ」で、明らかに第二撃(second-strike )能力の獲得を狙っている。パキスタンはインドの空軍力の優越と滑走路を台無しにする能力を知っており、膨大な数の間に合わせの滑走路を作り、核兵器とその運搬用の航空機を全国に分散させ、そしてミサイル計画を加速させるであろう。核軍拡競争が始まったのだ。
 将来核兵器の配備が行われるとするなら、戦争を回避する効果的な手段をいますぐ公式化することがきわめて重要である。このことは不許可の・不慮の・または偶発の核兵器使用を困難にする技術的に信頼できる手続きと装置の開発を意味する。実際、核戦争が一旦起これば、それはインドとパキスタンの指導者の意識的な筋書きによるのではなく、計算ミスによるか、または何らかの意図しない形での核兵器の使用が大いにあり得る。このような恐るべき可能性は核兵器が存在する限り続くであろう。しかしこの可能性を小さくすることは可能であるし、また絶対にそうしなければならない。さもなければ、インドとパキスタンは核抑止の失敗の世界に対する最初の証明となるであろう。
 まず、核兵器発射の政府当局について考察しよう。パキスタンには既に大統領、首相、議長、陸・海・空軍の長官から構成された核兵器調整局がある。インドにもこれに相当するものがある。とりわけ、これら二つの核当局に対してメンバーの全員一致が核兵器発射の条件とされる規則が書かれることが望ましい。その場合、一人の反対でも核使用を中止するのに十分である。
 さらに重大なこととして、現場の司令官、ミサイル操作員、パイロットたちが共謀して彼らの主導で核兵器を発射できないように核兵器を設計しなければならない。これに失敗すると、必要な暗号と鍵を握る一部の誤った情報を与えられた者か狂信者のために最大規模の戦争に突入する恐れがある。特にパキスタンには政変と過激派の将校らが支配に反逆し権力を握ろうとしてきた長い歴史がある。このことが提起する核戦争の危険を忘れてはならない。
 1960年代から米国では、許可のない核兵器使用の危険性の認識から、許容行動連関PAL( Permissive 
Action Links)として知られる技術的な装置の開発の努力が重ねられてきた。コンピュータチップ上のこの洗練された安全装置は、予めプログラム化された条件が満たされない限り、組み立てられた核兵器の使用が回避される役割を果たしてきた。これは指揮当局からの最終発射指令が直接核兵器に伝わるということを含んでいる。
 亜大陸に核兵器が存在するようになった現在、核兵器保有国がPAL技術をインドおよびパキスタンと共有することが期待される。両国の第一世代の核兵器が十分な安全装置を欠いていることは確かだからだ。
 印パ両国にとって、可能な限り最良の指揮・制御システム、機能するホットライン、および衛星データ収集システムを持つことがきわめて重要である。このことは根拠のない単に想像上の恐れに動機づけられた先制攻撃(preemptive strikes)とともに、偶発的核戦争の可能性を減少させる。しかし、両国の核兵器が個別の部品のままではなく組み立てられた状態で保管されたり、核兵器の運搬が航空機でではなくミサイルで行われるならば、もはや安全を講じる余地はないであろう。飛行時間が2分から5分という距離では、迎撃のチャンスはゼロに近く、取消は不可能であり、核弾頭ミサイルは核ゲームの最も恐ろしく危険な要素となる。もしどちらかの国がミサイルを配備しあるいは組立られた状態で爆弾を用意するなら、生命は一房の髪の毛にぶら下がった状態にあるといえる。

カシミールを冷却する
 パキスタンは核であれ非核であれ、紛争の核心はカシミールだと主張する。これを受け入れるかどうかはともかく、カシミールが核戦争の引火点になりうるのは疑えない。これまで両国は自制してきたが、戦闘が国境紛争に、さらに最大規模の通常戦争につながることは、遠い先のことではない。いったん全面戦争が起これば、それが核戦争のレベルにまで拡大することは十分ありうることである。
 国際社会は印パ両国間に横たわるカシミールに関する手詰まりを打開するために一層の努力を試みなければならない。現在のところ、両国はカシミール問題を話し合う条件についてすら合意できていない。国際的なコンタクト・グループ―たとえば国際司法裁判所の裁判官からなる―が、1948年のカシミールについての国連決議(パキスタンはこれを交渉の拠り所としている)と1972年のシムラ協定(インドはこれを対話のための唯一の土台としている)との関連性についての解釈の相違を両国が解決する、手助けの役割を果たすことができるかもしれない。
 悲しいことに、カシミール問題は印パ両国に正しい判断力を失わせ、人命、経済的・社会的コスト、機会損失等、両国が支払ってきた膨大な費用を見ることを困難にしている。ナショナリストの課題を追求するための費用は、これまで膨大であったが、南アジアにおける核時代の到来とともに相対的に無意味になりつつある。そうした認識には未だ遠いが、カシミールはそれらの代償に値しないということを理解することが緊急の必要事である。」

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核拡散の終焉か、それとも核不拡散の終焉か?
 ポール・レーベンサール氏は米国の核管理研究所(NCI)所長。ここで要約をのせる報告は1998年7月16日に米国で行われた「南アジアの核危機が核不拡散体制に与える影響に関する会議」で発表された。同研究所は、原爆から回収されたプルトニウムの民事利用に反対することを提唱しているNGOとして知られる。核不拡散体制を積極的に支持する立場から米国の政策批判が鋭い舌鋒で行われている。結論として、印パの核実験によって現行のNPT体制は維持し難くなったことが述べられる。

      *      *     *

          ポール・レーベンサール

 インドとパキスタンの核実験は米国の巨大な外交政策の失敗を示している。今日、米国の不拡散政策は混乱に陥っている。
 現在の混沌とした状況は主としてわれわれ自らが招いたものである。われわれはインドが核実験を実施しまたは核兵器を配備することによる帰結を十分に、または説得的に理解することなく、インドに対して実質的に改善された経済的・政治的関係を提案したのだ。
 1997年に外交評議会は報告書を発行し、その中で制裁を非難し、インドとパキスタンが核爆発の実験、核兵器の配備、そして核兵器またはミサイル関連物質、技術および技能の輸出をしないよう説得する目的のために、米国の印パ両国との関係の転換を求めた。
 しかし、制裁を断念しようとした評議会の目的は、反対に制裁に適切な状況を作り出した。米国は弱さと純真さと自己欺瞞の信号を与え、インドはわれわれの力量を計り、核の意図について嘘をつき、実験が可能なことを正確に判断し、うまくやってのけた。
 2年間は耐えなければならないとインド政府が考えた経済制裁はおそらく2、3か月も続かないだろう。核不拡散のための効果的な道具として、経済制裁は証明された実績があるにもかかわらず、議会はいまグレン修正条項から完全に退却しようとしている。
 インドにおいても制裁が有効であることは実績が示している。
 国防省のだまされやすさ、不用心さ、そして3月に政権をとったBJP(インド人民党)が核兵器に関して言明した意図に対して確固とした態度をとらなかったことは、インドの核実験再開を阻止してきた過去の米国の政策が有効であっただけに、いっそうひどく見える。
 実験後、われわれは二つの基本的な問題に直面する。被害はどの程度か?最善の対応策は何か?
 また二者択一的な二つの評価がある。インドとパキスタンの核実験は、核拡散か核不拡散のどちらの終焉を示しているのだろうか?
 オルタナティブ1:核拡散の終焉
 イスラエル以外にNPTへの主要な拒否国は残っていない。イスラエルは核兵器を保有し、おそらく1979年に秘密裏に実験を行っている。
 非加盟国であるインドとパキスタンはNPT条約やCTBT条約に違反せず、またIAEA(国際原子力機関)の保障措置にも違反していない。
 核兵器保有国の地位を主張する印パ両国はNPT体制の条件のもとではその地位を認められない。彼らはおそらくCTBT条約への加盟を勧められるであろう。
 従って、核不拡散体制への損害は最小限であり、(NPTへのほとんど普遍的な支持のために)悪影響はありそうにない。
 オルタナティブ2:核不拡散の終焉
 核実験に対する国際的な無言の反応が他の諸国にも伝わり、他の国々も核実験が可能になり、うまくやってのける。中東と東アジアは特に懸念される地域である。
 インドとパキスタンはNPT外に核兵器保有国の新しいグループをつくった。そのクラブには他国は「至上の利益」通知を与えた後にNPTとCTBTから退却することで加入することができる。
 結論。
 明らかにオルタナティブ1ではなく2が働いている。世界的な不拡散の規範を維持するという最良の希望は、実際上、核実験と兵器化の利益に反するものである。
 必要とされるもの。
 特定の諸条件が満たされインドとパキスタンの核兵器計画が蓋をされ押し返されるまで、経済制裁に対する国際的な強い対応と維持が行われること。
 制裁を解除する特定の条件:ミサイルに核を配備しないこと、(軍事用であれ民間用であれ)核分裂物質の生産を包括的に禁止すること、インドのプルトニウムの平和的利用を兵器から切り離すこと、CTBTの無条件受け入れ、カシミールに関する調停の受け入れなど。
 核兵器保有五ヵ国による核軍縮の実質的進展:核兵器の大幅削減、商業用原子力発電部門以外での核弾頭物質の廃棄、未臨界核実験の中止、核兵器開発の中止。
 何が起こっているか?
 制裁は機能する前に中止されようとしている。
 核拡散防止法(グレン修正条項)が今日破棄されたなら、核不拡散体制はどうなるのか?
 地域的な危機を管理し静めることが、今最も優先されることだが、しかし制裁が強力に維持され、インドとパキスタンに降伏を説得させなければ、状況は管理不可能になり、核戦争は避けられず、核不拡散体制は修復不可能になってしまうであろう。
 核軍縮の進展は遅々として進まず、インドの核実験と核兵器の配備についての理論的根拠を強化している。
 NPT体制の脆弱さによって、民間セクターにおいて核兵器利用の可能性は高まり、経済制裁を解除するという核実験の有用性が生じ、インドとパキスタンの実験によってわれわれが知っている意味での不拡散体制は終わろうとしている。

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正気への道
  プラフル・ビドワイ氏はインドの著名なジャーナリスト。コラムニスト、政治評論家として主要新聞に執筆している。同氏は1998年8月1日と2日に東京で開催された原水禁主催の会議で講演を行った。ここに掲載するのはその後半の一部である。

       *    *   *

             プラフル・ビドワイ

 核兵器に反対する新しい道徳的・政治的な形が発展していた。核兵器保有国は核不拡散条約のもとで軍縮への取り組みを果たすための増大する圧力のもとにあった。核軍備反対の意見はいくつかの公開の場において―国際司法裁判所からジュネーブ軍縮会議まで、キャンベラ委員会から1996年の米戦略空軍司令官リー・バトラーを含む種々の国の61人の軍最高幹部の声明まで―増大しつつあった。こうしたことはNPTの無期限延長後も続いている。
 この3年以上にわたって、インドはこうした方向に逆らって核兵器規制のあらゆる提案を拒否する方向に徐々に動いてきた。たとえば、CTBTは核兵器保有国の覇権を永久化する言い訳であり陰謀に過ぎない、といった理由のいくつかは、残念なことに、核の曖昧さをやっつけるために政府内外の強力な親核兵器勢力に利用された。結果は「中道層」―核選択はオープンなままにしておくが、核の使用は望まない―の顕著な縮小であった。BJP(インド人民党)はこの層をつかみ、そのタカ派的なアジェンダをこれ以上ない無謀さで暴力的に押しつけた。中道派がより説得的で、より情熱的にそうした選択をとらないことを擁護していれば、5月11日の出来事は起こっていなかったかもしれない。
 今日、中道層はなくなった。原子爆弾に賛成か反対かのどちらかである。そしてますます多くのインド人―最近の世論調査によれば73%に達する―が反対するようになった。
 インドにおいて核兵器保有5カ国が軍縮をやる気がないことがインドを核実験に追いやったとの議論は、単なる言い訳に過ぎないことをわれわれは知っている。核兵器化の本当の理由は大部分国内的な要因によるもので、不公平な世界の核体制への挑戦とは何ら関係がない。インドは体制に挑戦したのではない。新たなメンバーとしてそれに参加したいと思っているのだ。
 核軍拡の本格化は事態を一層悪化させるであろう。インドはしかし、一つではなく、二つの核軍拡競争の危険を犯している。パキスタンとの競争は2次的であり、はるかに進んだ核兵器保有国で3倍大きな経済をもつ中国との競争が主要なものである。これは破滅的である。
  損害のいくらかはまだ抑制することができる。打撃を和らげるが核兵器保有国の覇権を永久化し、力の政治を正当化する誤った取引を待ち受ける誘惑を、ニューデリーは避けなければならない。インドは核兵器を使用せず、これ以上の実験をせず、配備をしないことをまじめに誓約しなければならない。核の抑制と一歩一歩の軍縮を求めるあらゆる方法を支持しつつ、インドはCTBTに署名し、誠意と熱意をこめて世界的な核軍縮計画に立ち戻らなければならない。そしてここにこそインドの安全保障および正気への道が横たわっている。
 しかし、これを行うためにはインドの連立政府は核への執着、横柄な核兵器主義(nuclearism)および誇大妄想を捨てなければならない。ここにリベラルや左翼の政治指導者および市民の特別な役割がある。そして、彼らはそれを演じつつある。 
 世界のあらゆる場所からの市民運動が不可欠である。われわれは核軍縮を課題に引き戻すという特別の任務をもっている。広島と長崎に思いを致しつつ、われわれは核軍縮のために力を合わせて闘う固い決意をしなければならない。

  インドで「『中道層』がなくなった」との指摘は他人事ではないであろう。最後の節は「印パ速報」全体を締めくくるのに相応しい。

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印パ核実験をめぐる各国の動き(1998.8.6-8.11)

  • 6日:パキスタンのシャリフ首相が内閣改造を発表、アジズ現蔵相をカーン氏の後任外相に任命。外相の更迭はカーン氏が核実験後、インドに対してタカ派的な発言を繰り返したため。
  • 9日:長崎市主催の「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が平和公園で開かれた。伊藤市長は平和宣言で「またも核兵器開発競争の危険に直面した」と述べ、核保有国に核兵器全面禁止条約の早期締結を求めるとともに、日本政府に対して「『核の傘』に頼らない真の安全保障の追求」を初めて要望した。
  • 11日:ジュネーブ軍縮会議(61カ国で構成)は本会議で、「兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約」の交渉を行う特別委員会の設置を決めた。実質的な交渉は来年一月から始まる見通し。
      *     *     *

  以上で印パ速報第1期を終わります。読んでいただいた方に心より感謝します。今後のことは「核兵器・核実験モニター」誌上でフォローするとともに、「速報」再開のときは、予約者のみなさんに連絡いたします。

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    ●発行:平和資料協同組合(ピースデポ)
    ●ピースデポ・印パプロジェクトチーム:
     藤田明史(専任スタッフ)、中野克彦、吉田ゆき、萩原重夫、川崎哲、笠本丘生、梅林宏道(チーム代表)
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      藤田明史  Fax 0798-66-9128   E-mail  gr261953@kic.ritsumei.ac.jp
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  ●この「速報」はインド・パキスタンの核実験をめぐる一次情報と分析を発信するレポートです。
   第1期として、7月1日から31日までの間に10回ほど発行します。
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