平和資料協同組合
『印パ速報』 ピースデポ・印パプロジェクトチーム
 第7号(1998年8月4日)
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NGO会議―米国の介入をどう考えるか?
  第5回ASEAN地域フォーラム(ARF)に合わせたNGO会議として、7月22日から25日まで、「アジア太平洋オルタナティブ安全保障会議」がマニラで開催された。バンコクに拠点をもつ「南問題フォーカス」の主催。以下はこの会議に出席した梅林宏道の報告。なお、次号と次々号に同会議に提出されたフードホイのペーパーを抜粋・訳出する。
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 インドおよびパキスタンから、3人が参加して現状報告と分析を行った。プラフル・ビドワイ(インド、男性独立ジャーナリスト、長く核問題に発言してきた)、ペルベス・フードホイ(パキスタン、男性物理学者、核のみならずパキスタンの社会問題に発言)、フォキア・サジクカーン(パキスタン、女性平和運動家、文化・性別などの側面から平和問題にとり組む)の3人が参加した。日本からは武者公路公秀、梅林宏道ほか何人かが参加した。ここでは、強く印象に残った会場とフードホイとのやりとりを紹介する。
会場「経済制裁は、パキスタン社会にどんな影響を与えているか。」
フードホイ「経済制裁について、完全な答えを出すことは私の能力をこえている。経済封鎖についての問題点、社会的弱者に大きな影響があること、教育や医療などの社会的基盤を壊すことなど、多くの批判的議論があることは良く知っている。しかし、パキスタンでは政府の政策を変えさせるのに非常に有効であった。核実験を踏み切る前にも、もっとも気にしていたのはインドに対する経済制裁がどの程度になるかということであった。いま、経済制裁の結果、パキスタンの空気は一変している。核実験の強行派もCTBTにサインだけしてもいいのではないか、と言い出す始末だ。かつてのような核実験に浮かれた気分は制裁による経済的打撃のために吹き飛んでいる。」
会場「米国の介入はいつも結果として米国の世界支配を強化する。地域安全保障を米国の支配から独立させるべきだという立場から、インド、パキスタンへの今回の米国の訪問をどう思うか。」
フード・ホイ「これも、答えるのがきわめて難しい問題だ。いま、米国の果たすべき役割はあると言わざるをえない。いま、戦争を回避するということが、すべてに優先されるべき問題だ。その点で米国の果たす役割は存在する。」

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印パ首脳会談―結局対話が成立せず
 印パ両首脳は7月29日、スリランカのコロンボで同日開幕した南アジア地域協力連合(SAARC )首脳会議に出席した機会に、核実験後初めてのトップ会談を行った。ここでは31日付南アジアの主要な新聞の社説を比較し、同会談の意味を探ってみよう。

ヒンドウー紙/インド
 「サミットは『お互い知り合う』という性格をもち、本当に困難な部分の検討は将来に残された。両首脳による各外務次官への協議開始の指示は、ますます硬化する両国の立場の恐るべきギャップを狭める厄介な仕事があることを認めたものだ。」
 「5月の核実験とその結果の地域的な状況の悪化により、印パ間の実質的な対話の必要が、特別な緊急性をもつに至った。カシミール問題に関してインドの立場は強化されたということを示すために、新たな核の地位を利用したBJP(インド人民党)主導の政権にみられる排外主義や好戦的な態度が、インドの立場を国際的に弱くするという反対の結果をもたらした。このことは残念ながら認めなければならない。BJP報道官による挑発的な声明を指摘しつつ、カシミール問題は2国間では解決しえないとの長年のテーゼを重ねて主張し、イスラマバードはただちに核実験の正当化を行った。」
 「核実験とその含意を敏感にそして外交的な明敏さで処理しえなかったことのコストの一つは、カシミール問題を国際的な争点の中に引きずり出したことである。」
 「現在の状況において、カシミール紛争の解決に主眼をおくことを弱めるアプローチは多くない。」
 「核実験後の状況において重要なことは、CTBTやその他の核不拡散の課題よりもはるかに地域と密接な関係のある問題に両国ともとり組む必要があるということである。核実験が核の大惨事の脅威という現実の幽霊を地域に残してしまったとの認識が緊急に必要である。他の問題での不一致にもかかわらず、両国がとるべき最初のステップは核戦争の脅威を減らす緊急の課題にとり組むことである。それは核の領域をも含めて、一連の信頼醸成措置の発展に真剣に取り組むことを意味する。とりわけ、もしニューデリーがこの非常に敏感な領域で国際的な干渉の余地を狭めたいのであれば、パキスタンと交渉するインドの側に真剣で実質的なアプローチが不可欠である。」

ドーン紙/パキスタン
 「印パ首脳のコロンボでの会談の成果に驚いたものがいただろうか。両国は協議を再開すべきであるということが合意の全てであり、どのように、そしてどんな計画に基づいてというやっかいな問題は外務次官に委ねられた。協議を再開するという基本合意自体は積極的な展開ではあるが、大きな前進ではない。というのは、両国の関係を悪化させてきたのは協議の機会の不足ではなく、協議の内容の不足だからである。50年間、両国は互いに話し合い(speak to)ではなくあてつけ(speak at)を行ってきた。コロンボでの会談でこのパターンが変わり、両国による核実験のあと、両首脳が意味のある話し合いに少しでも近づいたという兆候は何もない。」
 「2国間の緊張に油を注いでいる唯一の最重要な問題であるカシミールを話し合うのに、インドはなぜそんなに嫌がるのか。シムラ協定(第3次印パ戦争後の1972年に締結されたー引用者注)においてさえこの問題に関する協議を正当化している。しかし、インドがやろうとしていることは、障壁を設け妨害することだけである。これが変わらないことには、両国関係の見通しに楽観的になる余地は全くない。」

※両新聞とも自国政府の姿勢を冷静に批判的に見ているのが印象的。特にヒンドゥー紙はカシミール問題に関して「パキスタンと交渉するインドの側に真剣で実質的なアプローチが不可欠」と述べているのが注目される。スリランカの次の新聞は経済を含むより広い視野から南アジアのおかれた状況を分析している。

デイリーニューズ/スリランカ
 「これは誰の経済秩序か?誰がルールを書き、実行しているのか?南アジア地域協力連合(SAARC)という庇護の元に貧しい国の中でも最も貧しい国の指導者たちがコロンボで一堂に会している。いまこそ、こうした不愉快な問いを発しなければならない。」
 「SAARC7カ国(インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ、ネパール、ブータン、モルジブー引用者)それぞれの国の貧困の海の中にもいくつかの富裕のポケットがある。これはグローバリゼーションが富をもたらしたことの証明だろうか?大多数の犠牲のもとでの少数者の富裕化と能力向上は、公正で安定な社会を建設するのに果たして助けになるだろうか?」 
 「南アジアは数の力を必要としている。この地域の諸国は世界経済秩序の形成に個別的には何も言うことがない。しかしみんなが集まれば、世界の意思決定の場でなにがしかの影響を与えるチャンスがある。…もし貧者が数の力をもつならば、強者は聞く耳をもつだろう。現状では、第3世界の不統一が北に利用されている。」
 「核兵器が北における国力の重要な構成要素となっているとき、完全な『核兵器のない南』を期待することはできない。しかし平和は繁栄の欠くことのできない要素である。これがインドとパキスタンが彼らの間で平和を確立し、そのことによってSAARCの統一と力を高めなければならない理由である。」

※経済のグローバル化および核兵器化という「呪文」の受け入れは、南アジアに不統一をもたらし、平和で安定した社会を建設する妨げになるとの主張は、インドとパキスタンの核実験に対する的確な批判にもなっている。その際、経済力や核抑止力にかわる力として「数の力」(the power of numbers)をもってきているのは興味深い。

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カシミールで大規模な戦闘。米、事故による偶発核戦争を憂慮
 31日(金)のAPによれば、カシミールの停戦ラインでの砲撃でインドおよびパキスタンの兵士や住民多数が死亡した。
 米国のインド大使であるR.セレスト氏は、米国はインドまたはパキスタンが誤って核兵器を発射するかもしれないと心配している、なぜなら彼らは十分な命令・制御システムをもっていないからだ、と述べた。
「われわれの心配は、『インドまたはパキスタンは戦争で核兵器を使うだろう』を上限とし、『事故または計算違いによって核兵器が使われるかもしれない』を下限とする。核兵器を安全に管理するのは非常に高くつく。数百もの保障措置が必要となる」と大使は語った。
 今週、近年では最大規模の戦闘で52人が死亡した。インドによればパキスタン軍の砲撃をうけた軍病院で住民16人が死亡するなどインド側は合計22人が死亡した。パキスタンによれば6歳の少女を含む住民26人と兵士4人の合計30人が死亡した。国境沿いに住む住民2万人が砲撃を避けて避難した。
  金曜日はまたコロンボでの両首脳の会談が決裂した日。パキスタンはインドを「頑固で柔軟性がない」と批判し、インドはパキスタンを「神経症」と繰り返した。

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印パ核実験をめぐる世界の動向

  • 27日:フィリピン・マニラで開かれていた東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)の第五回会合は、印パ核実験について、「最近の南アジアの核実験に対し深い懸念と強い遺憾の意を表す」と明記した議長声明を発表して閉幕した。インドのシン代表(国家計画委員会副委員長)は「この部分について受け入れがたく留保する」と述べ、不快感を表明した。声明は、両国が核不拡散条約(NPT)と包括的核実験禁止条約(CTBT)に参加するよう呼びかけた。また、すべての核保有国が核廃絶の目標達成に向け努力することを要望する表現も追加した。議長国フィリピンのシアゾン外相は、閉幕後の記者会見で「核実験実施は非難されるべきだが、ARFを参加国の非難の場にするべきではないとの見解で合意した」と、名指し非難を避けた理由を説明した。昨年の会合では、ARFが「信頼醸成」の次の段階として掲げる「予防外交」の実現に向け、政府レベルでの議論を始めることで合意したが、今回は信頼醸成と予防外交の区別が明白でないとしながら、会議では前向きに進めていくことで一致した。声明に「両者を重ね合わせた取り組みをする会議を開催する」と明記した。 
  • ASEAN地域フォーラム(ARF)に出席したオルブライト米国務長官は中国の唐家セン外相と会談、クリントン米大統領の先月の訪中を受け、主に南アジアの核拡散への対応を協議した。両者はインドのシン代表と個別に会談した。オルブライト長官はシン代表に対し、今月19日から21日のタルボット国務副長官のインド訪問を「建設的だった」と評価し、8月後半にワシントンで予定されている協議で具体的な成果を期待していると述べた。
  • 米国務省のルービン報道官は印パの核実験に関連した制裁の一環として、米国の研究所で働く7人のインド人科学者に対し、8月末を期限として国外退去を求めたことを明らかにした。すでに1人は帰国している。退去を求められたのは、国立標準技術研究所がインドと共同で進めていた研究プロジェクトのうち、国務省が打ち切りを決めた三つのプロジェクトに参加していた科学者で、その出身母体は、バーバ原子力研究所など核兵器開発とのかかわりが疑われている研究機関という。
  • 28日:一連の東南アジア諸国連合(ASEAN)会合出席のためフィリピンを訪問した高村正彦外務政務次官は、インドのジャスワント・シン代表と会談し、五月のインドの核実験実施で中断した両国の次官級協議を年内に再開させることで一致した。シン氏は自ら近く訪日する意向を伝えた。
  • 29日:コロンボでの南アジア地域協力連合(SAARC)サミットに出席したインドのバジパイ首相とパキスタンのナワズ・シャリフ首相は、核実験後初の首脳会談を開き、両国の間の疑念や不要な警戒心をとくため、互いに信頼醸成を築くことが重要だとの共通認識に達した。また、信頼醸成、相互理解のための具体的な方法として、両首脳は両国間で去年秋から中断状態になっている外務次官協議を再開することで基本合意し、サミット開催中に細部を詰めるよう指示した。カシミール問題についてはシャリフ首相は「この問題こそ印パ間の紛争の根幹部分であり、最終的な解決のためには、二国間だけではなく第三者の仲介が必要」とのパキスタンの主張を改めて強調した。首脳会議では核問題も協議されたが、具体的な成果は示されず、包括的核実験禁止条約(CTBT)の署名・批准などの核軍縮の道筋は不透明なまま残された。


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    ●発行:平和資料協同組合(ピースデポ)
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