ホームレス問題連絡会議「当面の対応策について」に対する見解


いわゆる「ホームレス問題」について、内閣官房内閣内政審議室が中心となり、五つの関係中央省庁及び六つの関係自治体が本年2月より「ホームレス問題連絡会議」を開催し、その議論のとりまとめが「ホームレス問題に対する当面の対応策について」(以下「当面の対応策」と呼ぶ)として、先月5月26日に公表された。

90年代に入りとりわけ顕著となった大都市における野宿者の急増という状態に対し、これまで、その対応は主要に関係自治体の役割とされ、生活保護法適用や応急援護、高齢者就労対策や自立支援事業などが、地域的、部分的に実施され、他方においては、東京都、名古屋市、大阪市による定住野宿者に対する強制排除が規模や手続きの差がありながらも強行されて来た。しかし、いかなる策を講じても野宿者を社会から消し去ることは出来ず、逆にその数は急増し続け、もはや一自治体の手には負えない状態となっている。が、これまで中央省庁は、自治体サイドからの様々な要望があったにもかかわらず、見て見ぬふりを続け、この問題については一切の責任を取ろうともしなかった。

問題はもはや解決不能と思われる泥沼状態となり、自治体の要望が悲鳴のように激しくなった末、今年に入りようやく中央省庁が重い腰を上げた訳である。「ホームレス問題」に対する考え方の問題はあるものの、中央省庁が「ホームレス問題」を大都市が克服すべき課題としてようやく認識するに至ったことは、私たちも正当に評価したい。いかに世間を知らない官僚達ですら、ようやく私たち野宿者の存在は無視できはしないと思い始めた事は、何と言おうとも、これは正しい認識の仕方である。が、皮肉な見方をすれば、この時期に至ってようやく動き出した中央省庁の鈍重な動きを見ていると、いかに、中央省庁の視線が世の中の現実に向かい合っていなかったかを証明している。こんな簡単な事を気付くに何故これほどまでの年月が必要としたのだろうか?その間に一体幾百名の仲間が路上で亡くなっただろうか?まさしく、気が付くに遅すぎたのである。

私たちは中央省庁がようやく重い腰をあげたからと言って、財政支援を受けられる関係自治体のように手放しでは喜ばない。もちろん、私たちが要求している自立支援センター建設には追い風にはなるだろうし、その点で自治体(とりわけ東京都)は中央省庁の財政支援を受けながら、既に3年前に策定されている「路上生活者対策」の推進を強力に図るべきである。私たちにとってみれば、センターの建設費がどこから出ようが関係がなく、私たちが安心して利用できる「路上から脱せられる施策」を自治体が責任をもってやって行くのなら、それに越した事はない。何せ、私たちは何年も待たされ続けているのだ。「路上から脱せられる諸施策」を暗黒の路上に配置する事は今からでも遅くはない。それは、もはや泥沼化した全体からすれば微々たる成果しかもたらさないだろうが、私たちにとって利用価値があり、可能性があるものならば、それは、幾つでも作り出すべきである。そのために自治体は中央省庁からの財政支援を最大限活用すべきであろう。

その点においての中央省庁の働きを私たちは全面的に否定するものではないが、しかし彼等が発表した「当面の対応策」については、一点の評価も持ち得ない。世間知らずというのは、本当に恐ろしい事である。現実を無視した政治的「処方箋」ほど危険なものはない。その代表がこの「当面の対応策」であろう。ここまで放置して来た問題をよくぞここまで単純化できると関心するばかりの作文であり、本気になってこの問題に取り組もうという気概すらない駄文である。

その前提からして、血の通うさまざまな複雑な要因で野宿生活を余儀なくされている人々をばっさりと三類型化し、「良いホームレス」「保護すべきホームレス」「悪いホームレス」と安易にレッテルを貼り、そこから、「自立支援事業」と「生活保護」と「退去指導」という対応策を直線的に導きだすという単純極まりない発想。そんな小学生じみた発想でこの問題が解決するのなら、これまで関係自治体が頭を悩ますこともなかったであろう。一体何を会議の中で議論して来たのであろうか?そもそもこの程度のことだったら、東京都レベルにおいてもこれまで議論されつくされており、今さら中央省庁が出すべきものでもなんでもない。

この現実離れしたすこぶる単純で安易な上からの発想は、現実の苦闘を経ながら生き抜いている野宿者のニーズにすら対応できない事は明確である。その施策内容の実効性云々と言う以前の問題である。「悪いホームレス」に「退去指導」=強制排除をすれば、どういう結果となるのかという事もまた、東京都の事例においては明らかであり、その教訓すら分かっていないこの「当面の対応策」を額面通りに読めば、強制排除と収容策(自立支援と生活保護)を上から押しつけるとしか読めず、野宿が社会悪であるという前提に立った、野宿者の人格権を否定する発想を基本としている。ここには、問題を抱えた人々の苦悩などまるでなく、「ホームレス」は上から「解消」出来ると正直に思っている世間知らずの官僚の奢りが、最後の強権発動手段=強制排除という手法と共に脈打っている。無論、こんなものが現実の問題に通用する筈がない事は、いずれ彼等にも認識される日があるだろうが、路上に生きる私たちへの想像力もなく、私たちの人格を無視した問題の立て方しか出来ないのであれば、中央省庁が打ち出した「施策方針」も当面は高が知れているでだろう。

無論、下からの視点は、私たちが提起するしかない。それは、「当面の対応策」を受け、自治体が打ち出す「諸施策」との関連において自ずと明らかになるであろう。強制排除をするのであればその抵抗闘争として、自立支援事業を行なうのであれば窓口闘争や寮内改善闘争として、私たちは私たちの主張を机上の論理ではなく、現場で貫き通す。その時、中央省庁の官僚は本当の意味の「ホームレス問題」に今度は気が付くであろう。野宿者を安易に生み出す今日の歪んだ社会構造こそが問題であることに。

以上
1999年6月

新宿野宿労働者の生活・就労保障を求める連絡会議
(新宿連絡会)