野宿生活者に代執行 公園内の「家」撤去 名古屋市


【名古屋】名古屋市中区の若宮大通公園を居場所にする野宿生活者が荷物の移 動の求めに 応じないとして、名古屋市は十七日、段ボール箱で作った小屋などを行政代執行 法に基づいて強制的に撤去した。市農政緑地局は「野宿生活者に対して代執行を 適用したのは全国でも例がないのではないか」と話している。撤去した場所はフ ェンスで囲い、今後、花壇を新設するなど、野宿生活ができないように公園をつ くり替える。

午前六時、市農政緑地局の職員が荷物の撤去を宣言し、一時間四十五分ほどか け、トラック十台分の段ボール箱や布団、炊事道具などを運び出した。大きな混 乱はなかった。

撤去されたのは、五月に開館した市の園芸施設「ランの館」の北側一帯。市営 地下鉄の矢場町駅から施設への通り道で、「怖くて通れない」などの苦情が市に 寄せられたという。

市は八月、公園の利用に支障があるとして、都市公園法に基づき、同月三十一 日までに荷物を移動させるよう求めた。このため、野宿生活者は少しずつ移った が、五人が期限を過ぎても移動しなかったという。

市緑地管理課は「自主撤去に応じてもらえず、やむを得ず正式な手続きを踏ん だ」と説明している。

これに対し、野宿生活者の支援者は「十分な福祉施策を取らずに公園から追い 出すだけでは解決にならない」と反発している。

作業105分、「抵抗」の暇もなし

二百五十人を動員した名古屋市と、目を覚ましたばかりの二人の野宿生活者。 初の代執行による強制撤去は、圧倒的な人数の差で進められた。

午前六時。ヘルメットをかぶった市農政緑地局の職員と、市が雇った民間会社 の警備員、協力した愛知県警の警察官が、隊列を組んで公園に入った。「物品の 除去を行います。妨害しないで下さい」とスピーカーで宣言。寝ていた野宿生活 者二人は、慌てて近くの荷物を手に立ち去った。

職員らは、荷物に番号札を付け、次々と袋に詰めてトラックに積んだ。三十分 ほどして、支援者約二十人が駆けつけ、座り込みを試みようとしたが、あっとい う間に段ボールの家は壊され、トラックの荷台にほうり込まれた。

作業は、午前七時四十五分に終わった。公園を出ようとした野宿生活者(六〇 )が「ここを出ても、ほかの公園に行くだけさ」とつぶやいた。

「やむを得ない措置」名古屋市助役

名古屋市の竹内正助役は十七日、「自主撤去に応じていただけず、やむを得ず このような措置を講ずることになった。今後とも、住居不定者の方々の自主的な 努力に期待する。市としても、個々の相談に応じるなど、できるだけの対応をし ていきたい」とのコメントを発表した。


慎重手続きで「締め出す」《解説》

野宿生活者に対し、名古屋市が行政代執行を初めて適用した。昨年八月、やは り若宮大通公園の「冒険広場」から野宿生活者を立ち退かせたが、今回は法手続 きに慎重さを加え、より断固とした意思を野宿生活者に示したといえる。

代執行は、対象になる野宿生活者の名前を一人ずつ特定しなければ手続きを踏 めない。名古屋市は今回、綿密な調査で、最後まで残った五人の名前などを特定 した。支援者が無罪になった東京の前例も、代執行の選択を促したようだ。

ただ、撤去の理由としては、高速道路の橋脚に耐震工事をする必要があった前 回に比べ、緊急性に劣る。公園に住むこと自体を違法と見ることも可能だが、市 民の通行を妨害した例などは報告されていない。今回は、野宿生活者を締め出す 姿勢だけが徹底された印象だ。

代執行の適用も、根本的な問題の解決をもたらすとは思えない。冒険広場の撤 去のあと、別の場所に野宿生活者の大規模な「村」が生まれている。

野宿生活者を支援する人たちは、労働、福祉施策の充実を訴える。だが、生活 保護の適用拡大や食事券支給などの施策を名古屋市だけが充実させることは現実 には難しい。逆に野宿生活者の集中につながるとの見方があるからだ。

不況が深刻になり、野宿生活者の数はさらに増えている。笹島日雇労働組合に よると、名古屋駅と栄周辺で野宿している人は約九百六十人。昨年に比べ一・七 倍にもなった。

排除し、野宿生活者が転々とする堂々巡りを、名古屋市は繰り返すのか。同じ 悩みを抱える東京、大阪など大都市との連携がないと、根本的な解決は遠いよう に思える。(社会部・平岡妙子)

<行政代執行>
法律による命令を受けた者が従わず、著しく公益に反する場 合、その者がすべき行為を官庁が代わって実行することを認めた制度。今回は、 名古屋市が都市公園法に基づき、荷物の移動を野宿生活者に命じていた。一九九 六年一月、東京都が新宿駅西口の「動く歩道」設置で段ボール小屋などを撤去し たが、行政代執行法による手続きを取らず、撤去作業を妨害して逮捕された支援 者二人が、その後、無罪になった経緯がある。

朝日新聞 9/17/1998 名古屋夕刊