池田さんは、[水/アート]をテーマとしたプロジェクトを、東南アジアを中心として、世界各地で展開しているアーティストである。
「水に絵を描いた人はいないし、彫刻をした人もいません。人間のこれまでの創造力や文化では、水は制御出来ないんです。そんな水とどのように付き合っていくかが、新しい文化の考え方として大事なんじゃないかということで、この[水/アート]を提案し、展開しているんです」
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その一環として2001年から3年間、神奈川県相模湖で“水源とは何か?”を問う「相模湖ウォータープロジェクト」が展開中である。
池田さんは、まず湖や水源の森に深く関わる12人にインタビューをする事から始め、今年の3月2日〜24日には《水の家―最初の晩餐》展を相模湖交流センターで開催した。晩餐のテーブル上には、水の循環を表す、水の入った12のお膳が並べられ、時々空気が送らることでボコッボコと水同士が会話をしているように聞こえる。それぞれの水のお膳にはインタビューで印象的だった言葉が書かれており、その後ろにセットされたコンピュータからは、その言葉が肉声で聞ける。例えば「大雨の後に湖に来る
と、あんな水飲んでいるのかという気になる」といった言葉であり、それは水源地に住む人達の本音の声なのだ。
「12人の方は、アートというレンズを通すことで、本音を語ってくれました。上下流交流は生の声で付き合う関係でなければならないわけですが、[水/アート]をきっかけにすれば、新しい関係が開けていくのではないかと思います」 今後は、この《水の家》を横浜や川崎といった利水地に、また利水地の《水の家》を相模湖に運び、水源と利水地を繋げていくことを考えているという。
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それぞれの水のお膳の前には、大きな手の写真が配膳をしているように設置してある。また左右の壁には、“水から出た顔”“水を汲む手”“水の中の足”がセットになった写真が並んでいる。これらは、池田さんがプロジェクトを行った各地で撮影してきた“水主(WATER
SENDER)”の写真であり、水主とは、未来のために自分の水を送り届けようと考えている人なのだという。また写真の間には、展覧会に来た人によって書かれた水に対するメッセージが挟まれていく。どこまでも参加型のアートなのである。
「水や森を大事にしよう、と言葉で言っても、なかなか行動力は喚起出来ません。でも『あなたは水主』と撮影されたら、『自分は少しでも水をきれいにしなきゃ』と考えるじゃないですか。そういう行動力に結びつけていく想像力が、これからのアートの役割なんです。また、一人ひとりの想像力を喚起し、いろんな人が協働することで、いろんな発見が生まれるのです。今回の相模湖のプロジェクトでも、水という共有のキーワードとアートという、2つのレンズを通して見えてくるものは、想像以上に大きいのではないでしょうか」
これからのアートは、想像力を行動に繋げるプロセスと、そこから生じたものを共有しようという動きが求められるという。私達森づくりNGOの活動にも、どこか共通するものがあるのではないだろうか。
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「多様性というものを育む力は、森が一番大きいんじゃないかと思います。それを失っていくと、私達の想像力、行動力そのものも多様ではなくなってしまいます。森は、様々なものの多様さを学ぶ場所であってほしいですね」
これまで森とは直接関わることが少なかった池田さんだが、今回の相模湖での活動で森と接して得たものは多いという。
「このプロジェクトのビデオをインドネシアで発表するために、どうしても底沢という相模湖に注ぐきれいな沢の水を、自分で汲んでみたくなったんです。用具を使わず自分の手でしか水をすくわないことにしたんですが、そうすると寝そべった方が楽なんですね。すると顔がだんだん水に近づいて、なんだか水にキスしたくなってくる。ものすごく気持ちがいいんです。そこまでやって初めて、水と森と人との幸福な関係に出会ったなぁという気がしたんですよ」
(編集部)
ICHI
IKEDA
1943年大阪府生まれ。水を媒介として、環境問題を強く意識したプロジェクトを世界各地で実現。1995年には、国連50周年記念アートカレンダーに、世界の12人のアーティストとして選抜された。
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