1999年8月14日午前4時、目がさめると外は土砂降りの雨だった。天気予報どおり熱帯低気圧の影響で関東から北はだいぶ雨がひどいらしい、少し躊躇したがしかたない、今夜の宿は岩手県の一関なのだ。朝の出かけぎわからレインウェアを着込むのはあまりいいものではないが、走り出してしまえば止まるのがおっくうになるので夏の炎天下を走るより目的地までの時間は短くなる。雨の中単車をひっぱり出してエンジンをかけ、4泊分の荷物を積んで家を出た。
仕事と生活を言い訳にだいぶ単車から遠ざかっていたが、7年ぶりのひとり旅、渋滞の東北自動車道、並ぶ車のわきをすり抜けながら天候の悪さとは裏腹に気分はさえわたっていく、久しぶりの「いのちの洗濯」だ。
奥多摩町森林組合に就職して6年がすぎた、入った当時は一般的に珍しかったらしくマスコミの取材がいくつかあった、こちらは別に大志を抱いて森林組合に就職したわけではないので「ほっといてくれ」というのが本音だったのだが・・・、そんなことが続くうち職場内で居心地の悪さを感じはじめた。
近頃、「田舎暮らし」がちょっとしたブームになっているようだが、いわゆる「都会」から農山村に「帰る」のではなく、入っていくにはさまざまな問題があるようで、お客様として接する分には歓迎されるが、そこで生活や仕事を共にするとなるとかなり気配りをしなければいけないらしい。
出る杭は打たれ、いかに自分を出さずに日々を過ごすかに気を使い、6年経ってようやくこの土地の人たちと馴染んできたかなあと思い始めたところである。
いま私のしている仕事は、造林補助金申請にかかわる一連の作業で、組合員さんへの山の手入れの営業、現地立会い、測量、そして補助金申請書類の作成と申請、あと森林施業計画というものを作っており、現場と内業が半々の体力的にもちょうどいい立場にいる。組合員(山主)さんと山を歩きながらひと昔前の林業の様子や、奥多摩の自然の話を聞いたりしていると仕事とはいえやっぱり楽しいし、山歩きのおかげで体も丈夫になったようだ(足もたくましくなるけどね)。
そういった点からは恵まれた職場だと思っているが、いつ頃からか自分がどんどん別人になってゆくのが我慢できなくなり、同じ職場・同じ顔ぶれに息苦しさをおぼえて新鮮な、あるいは懐かしい出会いに飢え始め、連絡の途絶えていた複数の友人とひまを見ては会うようになった。
ある正月、年賀状にまぎれて1通の封書が届いた、大学の後輩にあたる女の子からのもので簡単に言うと就職相談にのってくれといった内容だった。東京農業大学の4年生、伍井薫さんといって、山仕事の技術を受け継ぎ残していきたいというこころざしをもった立派な女の子だ。
今までも何人かこういった相談を受けてきたが、森林組合に就職することを勧めたことは無い。私のような職種ならまだしも、現場作業となるとやはり危険と隣り合わせの部分は多々あるし、最悪死ぬことだってある。それに、山仕事にあこがれを持って入ってくると現実とのギャップ(職場環境や給料等)に悩んで結果的にやめていく人も少なくない。せっかく自分の意志をもって就職活動をしている人たちを、いまこんなところに入れたらもったいないと感じることは多い。
彼女はいま滋賀県の仏像彫刻の工房に就職(?)、弟子入り(?)し森林インストラクターの資格も取得した、これから先の活躍を応援したいし、違う世界で仕事をしている彼女との出会いは私にとっても大切にしたいひとつである。
7年ぶりの岩手県はあまり変わっておらず、地元の人たちと話していると、とても気分がなごんでくるし、私はユースホステルという男女別相部屋の宿泊施設を使ってひとり旅をするため、旅先でいろいろな考え・仕事・立場の人と出会えるし、話をすることでとても刺激になる、自分を再確認するいい機会になる。
大学時代の友人に「またソロツーリングはじめちゃったよ。」と話したら、「よくおまえが7年間も我慢してたもんだ。」と感心された。それだけ自分をおさえていたのだから、息苦しくもなるはずだ。学生時代のように1ヶ月近い長旅とはいかないが、この旅のおかげで久しぶりに私の中に新鮮な空気が送り込まれた気がする。
今までのような、地元の人間だけで職場が構成されていて木材産業でそれなりにうるおっていたころはよかっただろう、しかし今、これから先の生き残りを考えたときに、そとの情報へ目を向けず、また、そとへの情報発信も行わない空気の滞った環境にいたら森林組合という組織はいずれ、息ができなくなってしまうと思う。
せめて、息苦しくなって逃げ出す前にIターン就職者や森林に関心を抱いている人達で、そのよどんだ空気をかきまわすぐらいはできないだろうか、刺激を与えることはできないだろうかと日々思いをめぐらしている。
最近、ようやく我が森林組合もインターネットが行えるようになった、ホームページを開く日も近い?ので、出来上がったあかつきには皆さんにどんどんリンクしていただき、まずはこの小さく開いた窓から新鮮な空気を送り込みたいと思う。
このまま息が途絶える前に。
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