欧州放射線リスク委員会(ECRR)によるこの最初の報告書は、規制当局者や放射能放出の健康影響に関して決定を下さなければならない立場にある人達に向けられている。それは電離放射線被曝の健康リスクを計算するための合理的モデルを与えている。現行の放射線リスクモデルの枠組みとは異なり、ECRRモデルは、生きた細胞レベルにおける放射線作用のメカニズム及び被曝集団に見られる疾病の双方に合致する結果を与える計算体系を創り出すために、放射線生物学における新しい発見とヒトの疫学調査からの、最も最近の研究からの証拠を使っている。 平衡感覚を持ち合わせず、内輪で選出され、そして原子力産業とはあまりにも接近しすぎているとして広範な批判を受けてきている団体、すなわち、国際放射線防護委員会(ICRP)によって勧告されている従来のリスクモデルについての問題点を、本書は追っている。そのICRPモデルは内部放射線被曝を受けた集団に現れる悪い健康状態を説明することに完全に失敗している。ECRRは内容の充実した多くの証拠を引用している;例を挙げると、チェルノブイル原発事故後の影響、セラーフィールド近郊での永続的な10倍もの小児白血病の過剰、湾岸戦争とバルカン紛争で劣化ウラン弾の粉塵で被爆した退役軍人のリンパ肉腫、そして、核実験が最も多く行われていた1957年から1963年に青春期を過ごした婦人のグループにみられる乳ガンである。このような明確な事実として認定されている内部放射線被曝による損害を、説明あるいは予測することについて、ICRPモデルが無力であることに英国政府は十分な懸念を抱いてたので、英国政府は、2001年に、独自の内部放射体起因放射線リスク調査委員会(CERRIE)を設立した。ECRRの科学幹事であるクリス・バズビー博士は、CERRIEEの設立メンバーであり、英国国防省の劣化ウラン弾監督評議会(DUOB)にも席をおいている。本書において本委員会は、現行のリスクモデルがどのようにして広く使われるようになったのかを記し、その科学的欠点不十分点を明らかにしている。加えて本委員会は、環境への放射性物質の放出についての倫理的基礎について述べている。 本書は、この分野の法律制定に携わる者にとって必読の書であり、また、核放出による影響評価の必要に迫られている公衆の構成員にとっても関心を呼び起こすはずである。 内容の要約 この報告書では、電離放射線の被曝がヒトの健康に及ぼす効果に関して委員会が見いだしているところについて概略を与え、そして、これらのリスク評価についての新しいモデルを公表している。それは政策決定者やこの分野に関心を持つ人々に向けてのものであり、本委員会によって開発されたモデルやそれが依拠した根拠について簡潔な説明を与えることを目的としている。このモデルの開発は、現在法的に制定された放射線リスクの全ての基礎であり、かつ支配している国際放射線防護委員会(ICRP)の現在のリスクモデルを分析することから始められた。本委員会は、このICRPモデルについて、それを体内に取り入れた放射性同位元素による被曝に適用するについては、基本的に欠陥品であると見なしているが、歴史的な被曝データの存在を処理するという実際的な理由のために、内部被曝に対して同位体と放射線とに特別な荷重係数を定義することで、そのICRPモデルにある誤差を調整することに(訳注:本委員会は)合意し、したがって、実効線量の計算は存続する。 1. 欧州放射線リスク委員会は、ICRPのリスクモデルの批判のために立ち上がったのだが、それは1998年2月に開催された欧州議会のSTOAワークショップと明確に同一のものである;その後に、それは低レベルの放射線の健康影響に関して別の見方を探すべきだとの認識で一致した。本委員会は、ヨーロッパ内の科学者とリスク評価専門家によって構成されているが、その他の国々の科学者や専門家からの事実の提供やアドバイスを受けている。 2. 人類の発生と発達とに関わる放射能源に起因する体内に取り込まれた放射性同位元素によって被曝した集団において、特にガンや白血病といった、疾病のリスクが増加しているという疫学的証拠と、ICRPのリスクモデルとの間には不一致が存在していることをまず確認するところから本書は始まる。本委員会は、そのようなリスクに適用されたICRPのリスクモデルの科学的な考え方にある基礎に取り組み、ICRPのモデルは、受け入れられる科学的道筋を通じて生まれたのではないと結論づける。とりわけ、ICRPは急性の外部放射線被曝の結果を、複数の点線源からの慢性的な内部被曝に当てはめ、これを支持するためにもっぱら放射線作用の物理的モデルに頼ってきている。しかしながら、これらは結局平均化するモデルであり、細胞レベルで生じる蓋然的な被曝には適用できない。ある細胞は放射線に衝突されるかされないかである;最小の衝撃は一回の衝突であり、衝撃は、時間に沿って広がっている、この最小の衝撃の回数が増えることで増加する。したがって本委員会は、体内の線源からの放射線リスクを評価するに際しては、内部被曝の疫学的証拠は、機構理論に基づくモデルよりも優先させなくてはならないと結論した。 3. 本委員会は、ICRPモデルにある暗黙の原則の倫理的な基礎、したがってそれらの法的な基礎を検討する。本委員会は、ICRPの正当化は、時代遅れの哲学的推論、とりわけ功利主義的な平均費用-便益計算、に基づいていると結論する。功利主義は、行為の倫理的な正当化のための根拠としては、それが公平な社会と不公平な社会あるいは条件を区別する能力を欠いているので、すでに長い間退けられている。功利主義は、例えば、計算されたのは全体の便益だけで個々人の便益ではないという理由から、奴隷社会を正当化するために使われ得る。本委員会は、ロールズの正義論、あるいは国連の人権憲章にもとづく考えなどの人権に基づく哲学を、行為の結果として公衆の構成員の回避可能な放射線被曝の問題に適用するべきであると提案する。本委員会は、同意のない放射能の放出は、それがもたらす最も低い線量は有限の、たとえ小さくても、致死的な危害の確率を持つので、倫理的に正当化できないと結論する。そのような被曝が許容される事態においては、本委員会は、住民全体に及ぶ危害の総和を評価するために、関係する全ての行為と時間において「集団線量」の計算が採用されるべきであると強調する。 4. 本委員会は、「住民の放射線被曝線量」を正確に決定することは不可能であると考えている。それは放射線の種類、細胞、そして個々人にわたる平均化の問題や、それぞれの被曝は細胞あるいは分子のレベルにおけるその効果の観点から記述されるべきであるという問題があるからである。しかしながら、実際にはこれは不可能なので、本委員会はICRPのリスクモデルを、その実効線量の計算に2つの新しい荷重係数を取り入れることで適用範囲を拡大したモデルを開発した。それらは生物学的及び生物物理学的な荷重係数であり、それらは体内の複数の点線源に起因する細胞レベルでの電離密度、すなわち時間と空間における分別の問題を記述する。実際のところ、それらはICRPが使っている、異なった線質の放射線(例えば、アルファー線、ベータ線及びガンマ線)がもたらす異なった電離密度を調節するために採用されている放射線荷重係数の拡張である。 5. 本委員会は、放射線被曝源を概観し、自然放射線への被曝との比較によって、新しいタイプの被曝の効果を評価する試みに注意を払うことを勧告する。この新しいタイプの被曝の中には、ストロンチウム90やプルトニウム239といった人工同位体による内部被曝だけではなく、ミクロンメートルの範囲の大きさに集まった、完全に人工的な同位体(例えばプルトニウム)や天然同位体の形態が変えられた(例えば劣化ウラン)の同位体の集合体(ホット・パーティクル)による被曝も含まれる。そのような比較は現在のところICRPの概念である「吸収線量」に基づいてなされるが、それは細胞レベルでの危害の結果を正確に評価しない。外部放射線被曝と内部放射線被曝との比較もまた、細胞レベルでは定量的にきわめて異なることがあるので、リスクの過小評価という結果がもたらされるだろう。 6. 本委員会は、生物学や遺伝学、また癌の研究における最近の発見は、ICRPの細胞内DNAの標的モデルが、リスク分析のよい基礎ではありえないことを示唆しており、放射線作用についてのそのような物理的モデルが、被曝した人々についての疫学研究よりも優先的に取り扱うことはできないと主張する。最近の研究結果は、細胞での衝撃が臨床的な病へとつながるメカニズムについてはほとんどまったく分かっていないことを示している。本委員会は、被曝に関する疫学的研究の基礎を概観し、被曝に続く傷害についての多くの明瞭な証拠例が、不適切な放射線作用の物理的モデルに基づくICRPによって考慮外に置かれてきていることを指摘する。本委員会は、そのような研究を放射線リスクを評価するための基礎として復活させる。そういうわけで、セラフィールドの小児白血病の群発に見られる、ICRPモデルの予測値とによる観察結果との間の100倍ものひらきは、そのような被曝がもたらす小児白血病についてのリスクの評価となってあらわれる。したがって、その係数は、本委員会によって、特殊なタイプの内部被曝による傷害を計算するにあたって、シーベルト単位で子供の「実効線量」を計算するのに使うその荷重係数に取り入れて評価するにあたって含ませることを通じて組み込まれている。 7. 本委員会は、細胞レベルでの放射線作用のモデルについて調査し、ICRPの「直線しきい値なし」モデルは、外部照射に対しての中程度に高い線量領域のあるエンド・ポイントに対してを除いては、増加する被曝に対する生体の応答を表しはしないだろうと結論する。広島原爆被爆者の寿命についての研究からの外挿は、同様な被曝、すなわち高線量で急性の被曝についてのリスクのみを反映できる。本委員会は、細胞レベルでの放射線作用のモデルについて調査し、ICRPの「直線しきい値なし」モデルは、外部照射に対して、と中程度に高い線量領域のあるエンド・ポイントに対してを除いては、増加する被曝に対する生体の応答を表しはしないだろうと結論する。広島原爆被爆者の寿命についての研究からの外挿は、同様な被曝、すなわち高線量で急性の被曝についてのリスクのみを反映できる。低線量被曝に関して本委員会は、これまでに発表された研究を概観し、放射線線量に対する健康影響は、低い線量では、比例してより高くなるが、これらの被曝の多くが、誘発される細胞修復や(細胞分裂時の)感受性の高い細胞フェーズが存在するために、二面的な線量応答がある可能性があると結論する。そのような線量-応答関係は、疫学データの評価を混乱させる可能性があり、本委員会は、疫学研究の結果において直線関係が失われていることをもって因果関係を否定する議論をすべきではないことを指摘する。 8. 損害の機構についてのさらなる考察において、本委員会は、ICRPの放射線リスクモデルとその平均化の手法は、空間的にも時間的にも非均一性がもたらす効果を排除してしまうと結論する。すなわちICRPのモデルは、体内のホットパーティクルによる組織局所への高線量の被曝と、細胞分裂の誘発と中断(2次的事象)をもたらす連続的な細胞への照射とを無視し、これら全ての高いリスクの状態を大きな組織の質量全体にわたって単純に平均するのである。これらの理由から、本委員会は、ICRPがリスク計算の基礎として使用している未調整の「吸収線量」には欠陥があるので、それを、特殊な被曝の生物学的かつ生物物理学的な様相に基づいて荷重を強めた、調整「吸収線量」に置き換えたと結論する。以上に加えて、本委員会は、ある元素からの、特に炭素14やトリチウムの、壊変に由来するリスクに注意を引きつけ、そのような被曝を適切に荷重した。荷重はまたDNAに対して特に生化学的な親和性を有する元素、ストロンチウムやバリウムやオージェ電子放出体、の放射能についてのものにも加えた。 9. 本委員会は、同様の被曝はそのような被曝のリスクを決定するとの基礎にたって、放射線被曝を疾病に結びつける証拠を調査した。したがって、本委員会は被曝と疾病との結びつきについての全ての報告、すなわち、原子爆弾の研究から核爆弾降下物による被爆、核施設の風下住民、原子力労働者、再処理工場、自然バックグラウンド放射能、そして原子力事故について検討した。本委員会は、低線量での内部被曝による傷害を紛れもなく示している2つの被曝研究にとりわけ注目した。チェルノブイリ後の小児白血病と、チェルノブイリ後染色体の小さな不随帯部分で増加が観測された突然変異についてである。これらのいずれも、ICRPのリスク評価モデルが100倍から1000倍の規模で誤っていることを示している。本委員会は、内部被曝や外部被曝によるリスクを示す事実からなる証拠を、健康への影響が予測されるあらゆるタイプの被曝に適用できる、新しいモデルでの被曝換算で荷重する根拠としている。ICRPとは違い、本委員会は、死を招く癌による子どもの死亡率、特殊ではなく通常の健康被害に至るまで分析を行った。 10. 本委員会は、現在の癌に関する疫学調査は、1959年から1963年にかけて世界中で行われた大気圏内核実験による被爆と、核燃料サイクル施設の稼働がもたらしたさらに大量の放射能放出は、癌や他の健康被害の明確な増加という結果を与えているとの結論に達した。 11. 本委員会ECRRの新モデルと、ICRPのモデル双方を用いて、1945年以降の原子力事業が引き起こした全ての死者を計算した。国連が発表した1989年までの人口に対する被曝量を元にICRPモデルで計算すると、原子力のために癌で死亡した人間は117万6300人となる。一方本委員会のモデルで計算すると、6160万の人々が癌で死亡しており、また子ども160万人、胎児190万人が死亡していると予測される。さらに、本委員会のモデルでは、世界的に大気圏内で核実験が行われフォールアウトで被曝した人々が罹患した全ての疾病を全て併せると10%が健康状態を失っていると予測されるのである。 12. 本委員会は以下を勧告する。公衆の構成員の被曝限度を0.1mSv以下に引き下げるべきであり、原子力産業の労働者の被曝限度を5mSvに引き下げること。これは原子力発電所や再処理工場の運転を著しく縮小させるものであるが、あらゆる評価において人類の健康が蝕まれていることが判明している現在、原子力エネルギーは犠牲が大きすぎるエネルギー生産の手段であるという本委員会の見解を反映したものである。全ての人間の権利が考慮されるような新しい取り組みが正当であると認められねばならない。放射線被曝は、最も役に立つ技術として利用するには到底至っていない。最後に、放射能放出が与える環境への影響は、全ての生命システムへの直接・間接的影響も含め、全ての環境との関連性を考慮にいれて評価されるべきである。 ECRR2003年勧告を、ECRRの初代議長に就任することに同意されながらも残念ながら本勧告の公表を見られることのなかった故アリス・スチュワート博士に捧げる。 本委員会は、放射線と健康とに関する次の特別な報告書を時期をみて出版し続ける。また、本委員会は、新しい研究結果が明らかにするところに基づいてメンバー内での議論を行い勧告を改訂する。 ECRR2003年勧告は(ISBN 1 897761 24 4)は、グリーン・オーディットによる委員会を代表して出版されており、75ユーロあるいは45ポンドで、全ての書店、出版元やadmin@euradcom.orgに電子メールを送ることで入手できる。本委員会はこの書籍が広く活用されることを期待しているので、経済的事情によりこの価格が高すぎるという個人や学生らのために25ユーロ(15ポンド)という特別価格で別の複写版を用意している。申し込みはadmin@euradcom.orgまで。 ECRR2003年勧告は、クリス・バズビー博士、ロザリー・バーテル博士、インゲ・シュミッツ・フォイエルハーケ教授、アレクセイ・ヤブロコフ教授、モリー・スコット・カトー博士、によって編集された。放射線リスク評価に知識と関心を持つ46人の科学者及び関係者が草案から完成版に向けての議論や準備に協力した。 放射線リスク欧州委員会のURLは次のとおり http://www.euradcom.org/index.html (この翻訳文に関する間違いについての責任は、その一切が当会にあります) |
写真:肺組織に入った2ミクロン酸化プルトニウムによる星形アルファ飛跡 |