NIRSは、情報公開法により、デービス・ベッセ原発に関する2000ページ近い文書を入手した。これらの文書では、アメリカの原子力規制委員会(NRC)は、ファースト・エナジー社から虚偽の報告を受け取っていたにもかかわらず、デービス・ベッセ原発がライセンス違反の状態で運転されているのを知っていたこと、その上で運転続行を認めていたことが明らかにされている。 2002年5月始め、ファースト・エナジー社は、その名に違わず、連邦政府からの安全性保持の要請に先んじて、電力生産を続行するという方針を明らかにした。公表されたこの不正な経営方針こそが、デービス・ベッセの運転を強行し、大事故の瀬戸際に至る事態を引き起こしたのである。 さらに、アメリカ合衆国原子力規制委員会(NRC)の上級技官は、原子炉の損傷があまりにひどいため、運転続行に伴う大事故の危険性は増大していたという「公算が高い」ことをはっきりと認識していた。だがその上でも、連邦政府の役人たちは、検査と補修のために原子炉を停止するよう即座に命令を下すことができなかった。むしろNRCは、義務を怠っている企業の財政利益に配慮して、安全規制を無視し、大惨事が起こる危険を冒したのである。 2001年8月に発行されたNRC公報は、加圧水型軽水炉(PWR)を運転している企業に対し、炉頂部を貫通する制御棒駆動機構(CRDM)のノズルに発見されている危険な損傷を検査するよう命じている。NRC公報は、デューク・パワー社のオコニー原発での損傷についての経過も載せている(WISEニュースコミュニケ553.5309「アメリカ:NRCは広範囲に及ぶ安全の不備について、10年間見て見ぬ振りをしてきた」を参照)。原発を運転している企業は、原子炉の冷却水がノズルの傷から漏洩したためにできる、「ポップコーンのような」ホウ酸の結晶の痕跡を探すよう命じられた。公報では、検査されていないノズルの傷が、冷却材喪失と炉心の損傷という事故の原因になると警告されている。NRCは全ての原発運転企業に対し、2001年12月31日までに検査結果を報告するよう求めていた。しかしながら、デービス・ベッセ原発を運転していた企業は、2002年4月に予定されていた燃料交換まで原発の運転を続行することを強く望んだ。この企業の経営者は、検査を免れ、報告の最終期限を原発の予定停止期間まで延ばそうとしたのである。 NRCの技官は、デービス・ベッセ側の対応は、デービス・ベッセ同様バブコック&ウィルコックス社製である、他の7つの原発のうち、6つで損傷が発見されていることを懸念してのものではないかと考えていた。デービス・ベッセだけが全部を調査されていなかったのである。2001年12月31日までにデービス・ベッセを停止して検査を行えというNRCのめったに出ない「命令」は、11月には決裁を受けていたが、ついに発せられることはなかった。その代わりに、NRCの役人は内密に、この企業に対し2002年2月16日までの運転続行を認めるという妥協を行った。 ファースト・エナジー社が検査を行った際、労働者たちが発見したのは損傷だけでなかった。69本あるノズルの1つが、そのベース周辺で腐食が拡がったために、圧力容器上蓋から脱落してしまっていたのである(WISE/NIRS ニュークリア・モニター565.5385「大事故まであと数ミリ」参照)。 デービス・ベッセで事故のニアミスが起こっていたという事実が暴露され、その事実はトレド〔訳注:オハイオ州北西部の都市。五大湖のエリー湖に望む港市〕に近い五大湖畔にあるこの原発周辺以外にも広く伝えられた。電力市場での競争が激化し、発電スケジュールという利益が優先され、公衆の安全が犠牲になるなかで、核の共同体が取った今回の危険な行動が明るみに出た。今回の暴露により、NRCが金銭上の利益に配慮して、安全規制については見て見ぬ振りをするのをいとわないことが明らかになった。 企業はエネルギー生産を第一に優先し、安全性を最後に位置づけることを許された この数年間、デービス・ベッセの圧力容器上蓋のノズルの溶接部では損傷が成長しており、その間腐食性の冷却材は漏れ放題であった。2001年を通じて、ごまかしを行うこの運転企業とNRCの検査官は、格納容器内の放射線レベルの上昇と酸化鉄粒子の成長を無視していた。しかしながら、漏洩したホウ酸塩を含む冷却材が、炭素鋼製の圧力容器上蓋で蒸発し、腐食性の結晶の山ができていったのである。 格納容器内で起こっている腐食問題をこの企業は知っていた。1999年以降のこの企業の文書では、格納容器の放射線モニターのフィルターの劣化は、腐食粒子が堆積し続けていることが原因であると説明されている。「腐食の原因は正確にはわかっていないが、中間サイクルの停止期間後のプラント運転開始(1999年5月10日)と同時に、深刻な粒子の問題が起こった・・・1日から2日ごとにフィルターを交換し続けねばならなかった」と状況報告書は述べている。またこの報告書には、「酸化鉄の粒子に、腐食によるものと思われる微粒子が含まれる」と書かれている。ファースト・エナジー社は、腐食の原因を見つけるどころか、原子炉の運転を続行することのみに関心を向け、格納容器内の空気中のちりを抑えるHEPAフィルターを導入した。 この企業は、「大きなホウ酸の堆積物」が圧力容器上蓋にあることを知っていた。「酸化ホウ素による腐食が重要な問題になるだろう」と2000年の燃料交換による停止期間中の作業命令書には書かれている。作業についての記述は明確である。労働者達は、「高圧蒸気を利用して、原子炉の頂上部と断熱材の上部から、ホウ酸の堆積物を除去」せねばならなかった。作業命令書に書かれている内容の安全上の重要性は明らかである。「一次冷却水の圧力と腐食によって起こる制御棒駆動機構のノズルの劣化についてのプログラムが必要だ。要求されているノズルと貫通部の調査に対応するため、ホウ酸の堆積物は除去しておかねばならない。いったん炉頂部からホウ酸を除去しておけば、新たなホウ酸の堆積物ができても容易に気付いて対処ができるだろう」。この命令書は、「作業はとどこおりなく終了した」と、2000年4月25日付けで終えられている。原子炉は2年後に予定されている次の停止期間にむけて運転を開始した。 実際には、圧力容器上蓋については、ホウ酸の除去も検査も行われなかった。900ポンド以上の酸性の結晶が、原子炉頂部に堆積していた。ホウ酸の堆積物が炭素鋼製の圧力容器上蓋を侵食し、おおよそ直径7インチ〔約18センチ〕、深さ6インチ〔約15センチ〕の穴ができていた。約16分の3インチ(5ミリをわずかに下回る)の厚さしかない、ステンレススチールの薄い内張りのみが、空洞の底部に残っていた。酸化鉄をダストにするような、1平方インチあたり1トン以上にもなる原子炉内部の圧力のため、内張りは空洞内部に膨れ上がっていた。耐圧性をもつように作られていないこの内張りにも、内圧による傷が生じていた。デービス・ベッセは、1979年に炉心溶融を起こしたスリーマイルアイランド原発2号機よりもはるかにひどい、圧力容器が一部切り取られてしまうという冷却材喪失事故寸前だったのである。 2002年8月、ファースト・エナジー社は、連邦政府の規制者に対し、安全性の根本である、腐食の特定と拡大の防止を行わなかったことについての分析を提供した。この企業の新たな、また現在の「謙虚な」経営役員は、NRCに「安全性への注意が少し足りなかっただけだ。劣化した状態を容認していたため規制側の要求に沿う最小限の行動をとりながら、経営上電力生産を重要視していたのだ」と述べた。しかし、我々はすんでのところでトレドを失うところだったのである。 企業の財政的利益追求の前にNRCの安全性の追求は屈した 理論上、老朽炉の無謀な運転に対する安全基準による規制は存在している。電力生産のため、核分裂という危険な作業が行われている103の原子炉に対し、NRCは「理にかなった」安全性を保障することを要求されている。ところが実際には、デービス・ベッセでの事例は、電力生産のスケジュールと利益を最大限優先する企業に対しては、安全性の本質的な問題が後退させられることを示している。 2001年始めに、サウスカロライナのオコニー原発で、NRCのスタッフが危険な損傷を発見して以来、全てのPWRにおける損傷の多発と安全性への潜在的な影響についての問題が浮上してきた。69基あるPWRのうち13基が、オコニー同様の損傷が起こる「可能性が高い」と評価されていた。デービス・ベッセもその13基に含まれていた。NRCのスタッフは、電力会社に対し、これらの原発を停止して圧力容器バウンダリを検査し、NRCへ報告を提出するよう求めていた。それがために、2001年8月3日に発行された公報第1号に「原子炉圧力容器上蓋貫通ノズルの円周方向の損傷」が掲載された。2001年9月4日、ファースト・エナジー社は検査の免除を要求した。 NRCの技術官は、安全性の検査のために2001年12月31日までに原発を停止することを求めた「命令」を準備し、この企業の要求に対し戦闘的な態度をとった。NIRSが情報公開法に基づいて入手した2000ページ近い文書には、この要求文書を早く起案しようとした、彼らの関心が一目瞭然に現れている。あるNRCのスタッフがファースト・エナジー社の修正要求について「他の原発で見つかっているようなレベルでの劣化が、発見も補修もされなければ、原子炉の冷却材バウンダリの大幅な喪失という結果になるだろう。基本的に、NRCのスタッフとしては、このタイプの劣化を発見するのに十分な検査を実施していない原発については、十分な防護がなされていると保証できない」と書いている。 デービス・ベッセの経営者達は、NRCの懸念によって運転を思いとどまることはなかった。2001年11月11日、ファースト・エナジー社の役員達は、委員会の技術補佐官達を前に、検査免除の要求を変えるつもりがないことを表明した。上級役人は、委員会のメンバーを前にして、デービス・ベッセの圧力容器の全ての貫通部において、「直近の2回の燃料交換による停止の際、ビデオカメラを使って見てみたところ、ホウ酸の堆積物はなかった」と述べ、これは上蓋の清掃の前も後も変わりないこと、また「デービス・ベッセは他の原発と比べて量・質ともに優れた検査を行っている」と証言した。この企業の経営者達は、この証言で、委員会に対し偽りを述べたのである。 NRCの内部文書によれば、ファースト・エナジー社の副社長ガイ・キャンベルは、NRCの役人達に対し、4月に予定される通常の停止期間までの運転を認めるよう圧力をかけてきた。「他の原発での事例を見れば、デービス・ベッセでも漏洩が起こっている公算が大きいことを彼に述べ、彼も同意した」とNRC内部での電子メールには書かれている。この通信は「私は彼に、原子炉圧力容器の冷却材バウンダリからの漏洩は、深層防護と安全余裕を保持できないことになり、安全規制上もしくは技術上でも問題となることを告げ、デービス・ベッセでは4月までに傷が大きくなっており、このような事態を招く可能性があることを述べた」と締めくくられている。 実際には、デービス・ベッセの運転ライセンス認可に際し、どんな形態であれ冷却材喪失事故がわかった時は6時間以内に原子炉を停止することが条件付けられていた。NRCがデービス・ベッセを即座に停止させることは技術的観点からも正当であり、法律上その権限をもっていたのである。しかし、NRCの上級官僚が述べているように、「我々は、原子炉を即座に停止して1ヶ月間適切な補修をするため停止を続行させるために、明確で直接的な刑罰行為を何ら行わなかった」。NRC自身が妥協し、デービス・ベッセに対し、2001年の12月31日という期限について自由裁量を与え、ライセンス違反のまま原発を運転することを認めてしまったのである。この電力の財政的な利益への譲歩は、技術的観点からみれば弁明する余地のまったくないものであった。だが、ファースト・エナジー社には、この譲歩もまだ不十分なものであった。 2001年11月21日付の文書によれば、〔訳注:デービス・ベッセの停止を命じる〕詳細な「命令」に決裁が下り、NRC委員長サム・コリンズのサインがなされた。この文書は、NRCの運転部会の会長から委員達に回送された。この「命令」は委員が受け取ってから5日以内に電力会社に対して発せられることとなっていた。この命令には、「〔デービス・ベッセは〕潜在的に非常に危険な状況にある」こと、また2001年12月31日までに原発を停止して圧力容器上蓋の検査を命じる「命令を出すに十分である」と述べられている。 同じ日付で、NRCの2人の技術助手から、ニルス・ディアズ委員とグレタ・ディカス委員に送られたNRCの内部メモには、何が起こったのかが次のとおり述べられている。・・デービス・ベッセからの返事は、命令には従わないというものであった。燃料交換、市場・・我々は1月末か2月末に停止する案を検討しようとしている。2月であれば、燃料交換と契約の面からいって、影響は最小限にくい止めることが出来るだろう。1月ならば、影響は大きいだろう・・、これが回答である。 2001年11月28日に行われたファースト・エナジー社との会合後、突如この命令は引込められた。その代わりに、コリンズ氏は、デービス・ベッセが2002年2月16日まで運転を続行することを認めた。 デービス・ベッセの運転開始には、連邦政府の調査が厄介事として待ち受けている デービス・ベッセの損傷及び企業とNRCの怠慢が明らかになったため、連邦政府は3つの調査を開始した。その中には、偽りの情報を提供したファースト・エナジー社の犯罪的行為に対する調査、また、NRCがいかにして、規制に関する責任を果たすことを先延ばしにしたのかを調べる内部調査が含まれている。オハイオ州出身の国会議員の要求により、合衆国の会計検査院も、大事故一歩手前の今回の事態について調査を行っている。共和党が指導して行われた連邦議会の調査は、議会の調査は続行されるべきという要望を出した以外は、新たな発見を何らすることなく早期に終了した。 建設が中止された原子炉の拡大しつづける廃品捨て場で、ゴミあさりをしたファースト・エナジー社は、未完成のまま建設が中止されたミシガン州ミッドランド原発の、デービス・ベッセと製造年代が近い、B&W社製の圧力容器上蓋をようやく見つけだした。腐食した原子炉上蓋の交換、他の設備の補修、代替電力の購入、これらにかかる総費用は、4億米ドルであり、その殆どは株主から支払われる。この企業は、2002年12月始めにも、原子炉の運転を再開しようとしている。しかし、危険な産業につきものではあるが、この企業の不正管理の実態があきらかになったため、その見通しは延期されている。 NRCはひとたび、原子炉の早期停止により市場での評価が下がるという企業側の観点に屈服してしまった。今後NRCは、経済的に苦境に立っている原子力産業界の財産を守り、安全基準については無為を決め込むという手法を日常的に用いながら業務を行っていくことだろう。政府機関により監視規制が緩和され、コスト削減の追求のため企業がより厳しい条件で原発を動かそうとしている現在、危険度が高まっていることに我々は関心を払っていかねばならない。今回のように、チェックもせず、人々の安全よりも企業の利益を優先する態度が、核の大惨事がおきる危険性を非常に高めているのである。 情報源及び連絡先:ポール・ガンター NIRSの原子炉監視プロジェクト |