厚労省との交渉の後、午後4時から5時まで、東京電力本社近くの航空会館で、東電交渉が行われました。長尾さんの労災認定を勝ち取るために、長尾さんが働いていた80年代前後の福島1−2号のα汚染・被曝の実態を明らかにするためです。 東電側出席者は、原子力広報から4名(春山氏、西田氏、野呂氏、竹山氏)。 市民側は、厚労省交渉の参加者に加え、新潟県からも参加され、約15名で交渉を行いました。 ■α濃度測定の検出限界値をなぜ引き上げたのか、放出を隠すために意図的に行ったのではないか 「なぜそうしたのか分からない」と言い逃れ、「国の基準は守っている」と開き直る東電 東電は「松葉作戦」の中でα核種放出を当時の最大値の1/10に引き下げると目標を定めていた。しかし、測定の検出限界値をその目標値より高く設定し、測定器では検出されないとしていた問題です。 これに対し東電は、検出限界値を目標値より高く設定すれば、目標を達成できたかどうかの判断ができないということは基本的には認めながら、「なぜそうしたのか、根拠の資料が存在しないため分からない」と言い逃れました。検出限界値を高く設定したことについて説明することはできませんでした。やはりα核種の放出を隠すために、わざわざ高い値を設定したとしか考えられません。 そして結局「検出限界値は変動して高めになったりしているが、国が法律で定めた検出限界値を満たしているのだから違法性はない」と開き直りました。これでは、国の測定限界値ぎりぎりのプルトニウムがずっと出続けていたことは否定できません。 ■「記録は残っていない」を繰り返す東電 それならば明らかになっている「松葉作戦」のデータで長尾さんの被曝線量を計算することになるがそれでいいのかと鋭く追及 質問書で要求していた各種の汚染データについては、「記録は残っていない」「20年前のことなのでご容赦願いたい」等を繰り返しました。上記問題とも関連して、長尾さんの被曝線量を計算する場合に、福島1−2原子炉建屋内でのα汚染濃度を計算する必要があります。 東電がデータを出さないのであれば、もっと汚染の激しい福島1−1号炉の汚染数値を使って計算する以外にない。それでいいのか。それが違っているというのであれば、2号炉のデータを出すべきだと、関西労働者安全センターの片岡さんが追及。これに対し、「データなし」と言って、しらを切り通せばいいと思っていた東電は、意表をつかれてか、結局何も答えることはできませんでした。 1時間という短い時間だったため、上記2点で時間切れとなりました。資料公開要求に対しても、東電は微妙な言い方をしたりしています。α核種放出についてもその責任を認めていません。再度、質問書を出して交渉を行うことを確認しました。 |