東電・福島第1原発で技術者として働き、2000年1月に肺ガンで死亡された小田原敦彦氏の労災認定請求に対し、労働保険審査会は2007年7月4日に請求棄却を決定しました。
 この闘いについては、当会代表の小山がアルファ放射線被ばくの観点から意見書を提出して支援してきました。
 この決定の不当性について、海渡雄一弁護士から解説的な見解が送られてきましたので、ここで紹介させていただきます。

美浜の会 2007.8.1



石川島播磨・小田原敦彦さん福島第1原発プルトニウム被ばく・肺ガン死
労災請求事件で、再審査請求を棄却する不当決定

2007年7月7日
海渡 雄一(弁護士)

はじめに
 小田原佳代子さんの労災認定再審査請求事件について再審査請求を棄却する決定が出された。
 福島第一原発で、応力腐食割れの対策工事に従事した原発技術者小田原敦彦さんが2000年1月に肺ガンに罹患し死亡したことが労災であるとして遺族である小田原佳代子さんは労災申請を闘ってきた。
 小田原敦彦さんは石川島播磨重工業に勤務していた技術者である。遺族の労災認定申請に対して亀戸労働基準監督署長は、2003年3月12日付で不支給処分を行い、遺族の審査申立に対して2004年3月26日付けで、東京労働者災害補償保険審査官は審査請求を棄却していた。2007年7月4日付の労働保険審査会による決定は、小田原敦彦さんの死を労災と認めなかった。

α放射能に汚染された炉内
 小田原さんが関わった原子力発電所内の作業は2回あり、1回目が1977年12月、2回目が、1978年7月の作業で、合計2.9ミリシーベルトの被ばくが記録されている。この当時の福島第1原発は、日本の原発史上最も汚染のひどかった原発である。そして、このころ福島第1原発1号機と2号機で冷却水のα放射能汚染の事実が、内部告発とその後の「美浜の会」の調査によって明らかになっている。このようなα放射能汚染の原因は、燃料の欠陥による破損によるものであり、1号機では、1977年3月に6体の燃料欠陥が公表されているが、2号機でもα放射能汚染がみられる。小田原さんは2号機における12月のわずか2時間の作業で0.8ミリシーベルトの被曝をしている。

全面マスクをしないで汚染箇所で作業した犠牲者
 小田原さんは、応力腐食割れ対策の一環として、ライザー管の取り替えの作業を行うために原子炉内の空間的位置を把握するために、原子炉内に入ったのであり、α放射能によって汚染されたドライウェルにまで、入域している。原決定も、当時犠牲者と共に作業をしたMの供述として、2号機が定期点検中にドライウェルに入り、ライザー管の改修作業を想定して行動したこと、その際に全面マスクをしていないことと認めている。放射線を原因として、肺ガンはウラン鉱山労働者に多発している。酸化プルトニウムのような不溶性のエアロゾルの吸入の場合、肺ガンが最も可能性の高い障害である。被災者は、プルトニウムのエアロゾルを吸引し、この粒子は肺に沈着したものと考えられる。そして、長期間にわたって、内部被曝をもたらした。

内部被ばくの可能性について再審査が求められていた
 小田原さんの肺ガン発症には遺伝性や喫煙など他に原因が認められない。原決定には、被災者の肺ガンと被ばくとの因果関係は「証明できない」とする医師の意見が掲げられていた。しかし、再審査までは小田原さんが2.9ミリシーベルトの外部被ばくしかしていないことを前提として議論がなされており、α放射能を吸入した可能性を考慮した専門家はいなかった。

アルファ放射能汚染を否定できなかった棄却決定
 再審査棄却決定は、「2号機及びその周辺部がアルファ放射能に汚染されていたとする確たる証拠は認められず、汚染の有無・程度は不明といわざるをえない」として、アルファ放射能汚染の事実を否定することはできなかった。
 その上で、仮に2号機内部がアルファ放射能によって汚染されていたとしても、全面もしくは半面マスクをしていれば、吸入するおそれはないと断定している。
 しかし、フィルターの捕集効率はRL2の場合には96.0とされており、4パーセントも捕集できないのであり、内部が高い濃度でアルファ放射能で汚染されている場合、内部被ばくした可能性は高い。
 また、決定はホールボディカウンターのガンマ線被ばくは数ミリシーベルト程度であるから、アルファ線被ばくはあったとしても極めて少量であり、ガンマ線被ばくで記録されているデータの20倍、70ミリシーベルト以上の被ばくであるとの主張は採用できないとしている。
 しかし、このような立論はアルファ放射能の体内被曝による影響について、全く無理解なものといわざるをえない。アルファ放射能は微量であっても、吸入すれば、肺に沈着し、長い期間にわたって、一定部位に対し被ばくを継続するのであり、申請人の提出していた小山英之氏の小田原さんの被ばく量の推定には科学的な根拠がある。

肺ガンの原因は不明とした棄却決定
 医師による意見においても、主治医であった友杉医師は「被ばく量が大きければ肺ガンを来してもよい」としている。吉村医師は「関連性は否定できない」としていた。
 東京労災病院の山田哲久医師、杏林大学医学部放射線医学教室の高山誠医師は、2.9ミリシーベルトという被ばく量を前提として、被ばくと肺ガンの発症との因果関係は証明できないとしているだけである。これに対して、ノボノルディスクファーマ社所属の平間敏靖医師は、仮に2号機に昭和53年末当時の1号機と同程度の空気汚染が存在し、小田原さんがプルトニウムを吸入したとして、被ばく量を計算しても、その線量は外部被ばくと合計しても、5.3ミリシーベルトで、被ばくによるガン発生の増加は0.021パーセントに過ぎず、危険度の増加は十分に低いとする意見書を提出し、決定はこれに基づいて申請人の主張を排斥した。
 そして、小田原さんに肺ガンの遺伝要素がないこと、喫煙していないことは認めつつ、肺ガンには「喫煙、大気汚染、遺伝要素」が一部関与し、放射線被曝を唯一で重要な原因であるとする申請人の主張を受け入れることはできないとしている。しかし、何が小田原さんの肺ガンの原因であるか全く指摘できていないのである。
 このように、決定は小田原さんが「アルファ放射能による内部被ばくを受けた事実は認められず」、「外部被ばく線量から肺ガン発症との相当因果関係は認められない」と結論づけた。しかし、内部被ばくの可能性を否定したと点に重大な事実の誤認があり、到底説得力のない決定となっていると言わなければならない。今後のことについては、未だ決まっていない。

(07/08/01UP)