はじめに 玄海3号プルサーマルは、世界に例を見ないレベル・規模のプルサーマルであり、そのような実験の危険に人々をさらすものである。 ところが、その安全審査について、原子力安全委員会は専門部会なども設置せず、事実上詳細な専門的検討はしない方針だという。その理由は、玄海プルサーマルで使用されるMOX燃料集合体が高浜3・4号プルサーマルの場合と同じ規格であり、すでに詳細な検討が終了しているからだという。しかしその判断は、次の2つの観点から問題になる。 (1)玄海3号のMOX炉心は高浜3・4号のMOX炉心とは異なる。玄海プルサーマルの安全審査の対象になるのは、MOX集合体自体ではなくMOX炉心である。MOX炉心は従来のウラン炉心とは基本設計が異なるために安全審査の対象になるのである。玄海3号は出力が120万kW級で高浜3・4号の90万kW級より1ランク高く、それだけ多くのMOX燃料集合体を用いることになり、その炉内配置も異なるなど、基本設計は独自の変更を受ける。フランスではプルサーマルが20基許可されているが、どれも90万kW級で120万kW級は許可されていない。 (2)高浜3・4号プルサーマルの審査は終了しているというが、それによって安全性が必ずしも確認されているわけではない。高浜プルサーマルの具体的な安全審査は1998年に設置された第95部会で行われ、一般から募集した97の意見に対する回答もそこで検討された。しかし、それらを記述した第95部会資料[1]は許可が出された後になって初めて公表されたものである。つまり再反論を許さない有無を言わさないという方式であった。しかも、その資料には秘密による白紙の部分がいっぱいある。現在はその審査から約5年半が経過しており、その間に新たな技術的知見も得られていることも含めて、改めて一般の批判にさらされるべきである。 いまこの第95部会資料が、玄海プルサーマルの安全性の根拠として使われようとしているとき、その問題点を指摘することには重要な意義があると思われる。MOX燃料のウラン燃料と異なる特質は、よく燃えるプルトニウムが最初から含まれているというだけでなく、それが不均質に存在すること、すなわち右図のようなプルトニウム・スポットの存在にある。ここでは特に、プルトニウム・スポットの存在とその影響に焦点を当てて、第95部会資料の内容を批判したい。 1.プルトニウム・スポットの存在と評価 プルトニウムが高濃度の塊状で不均質に存在することは、ウラン燃料と異なるMOX燃料の特質である。プルトニウムはウランと比べて燃え方が激しく、核分裂によるガスがそれだけ多く発生して燃料ペレットと被覆管に破壊的影響を及ぼす恐れがある。上図は、フランスのコジェマ社が製造したPWR用MOX燃料のプルトニウム・スポット(塊)の様子を示している[2]。富化度とはPu+U中のPuの重量比率、すなわちPu濃度を表している。ペレットの富化度が高いほど、まるで河原の石のようにゴロゴロとスポットが存在しているのが分かる。 ■第95部会資料でのプルトニウム・スポットの評価 それでは、第95部会資料[1]ではプルトニウム・スポットの影響をどのように評価しているだろうか。この問題は、一般からの質問のうちQ3−7への回答として記述されている。プルトニウム濃度が30%、直径200μmのスポットが只1個存在すると仮定し、それがペレットの中心部、表面及び中間部のどれかに存在する場合に、運転中のスポット中心温度が周辺基盤(ペレットマトリックス)と比べて何度高まるかを計算している(下表)。その結果、影響はほとんどないと結論づけているが、これでは余りにもお粗末ではないだろうか。ただの1個では上図と比べて非現実的だし、スポットの影響は温度だけではないのに、まじめな検討をしていない。
では、第95部会が取り上げているMIMAS法燃料ペレットでのプルトニウム濃度分布はどのようなものだろうか。先ほどと同じQ3−7への回答中の図1(2/2)にそれは示されている(右図)。このグラフは、横軸のプルトニウム濃度がどのような頻度(度数)で現れているかを示している。上図のようにプルトニウム・スポットがゴロゴロと存在するよ うな印象はこのグラフからは感じられない。 ■新たに判明したMOXペレットのプルトニウム分布 そこで、原子力発電技術機構が第95部会資料より後の2001年(平成13年)3月に公表した資料[2]と比べてみよう。その中の図4.4.1-9aと-9bから高富化度の場合のグラフを抜き出すと下図のようになる。横軸にはプルトニウム濃度がとられている。ペレット断面の中間部から約1mm×1mmの区画を抜き出し、約1000等分した1μm×1μmの網目に分け、各網目内のプルトニウム(トータル)濃度を測定する。ある濃度をもつ網目がいくつあるかを数え、それを全網目数で割ったものが「面積」と記したグラフである。それに横軸のプルトニウム濃度をかけるとプルトニウム量になるが、それを全プルトニウム量で割ったものが「プルトニウム量」と記したグラフである。 明らかに濃度25%程度の位置に別の山があり、そこにプルトニウムが沢山あることを示している。MIMAS法による混合第1段階の約30%濃度をもつ混合物が、第2段階の混合で十分に混ざり合うことなくスポットとして残っていることを示している。「プルトニウム量」のグラフより、濃度20%以上をもつプルトニウム量は全プルトニウム量のほぼ半分(48.5%)をも占めていることが分かる。 実際に日本で使われるのはこのようなMOX燃料である。この実態を見れば、第95部会が扱っているプルトニウム・スポットは非現実的で、その分析はあまりにもお粗末だと言わざるをえない。 2.核分裂生成ガス放出率の評価 プルトニウム・スポットは核分裂生成ガスの放出率と密接に関係している。核分裂により生成される物質(FP)の中にはキセノンなどのようなガス状のものがあり、FPガスと呼ばれている。FPガスは燃料ペレットの中で生成されかつ蓄積されるが、ついにたまりかねてペレットと燃料被覆管の間の隙間に放出されてくる。生成されたFPガスのうちどれだけがペレット外に放出されるかというその比率はFPガス放出率と呼ばれている。放出率が高いと、被覆管の内圧が高まるばかりか、それほどにもペレット内部にFPが蓄積されていると見なし得る。 ■異常な挙動を示すMOX燃料のFPガス放出率 下図グラフはP.Blanpainらが2001年に公表したグラフに説明を加えたものある[3]。左側グラフでは、MOX燃料とウラン燃料のFPガス放出率の実測値が燃料棒燃焼度を横軸にとって示されている。燃料棒燃焼度が40GWd/t(=40,000MWd/t)未満では、MOX燃料のFPガス放出率はウラン燃料のそれを少し上回りながら、ほぼ平行して徐々に増加している。ところが、燃焼度が40付近で、MOXの方はきわめて異常な挙動を示し、ウランの放出率の5〜7倍程度にも一挙に増大している。また、燃焼度が50付近でも4〜5倍程度になるほどに再び異常な挙動を示している。すなわち、燃料棒燃焼度が40以上では、MOX燃料はウラン燃料と質的に異なる独自の挙動を示すことを、この現象は強く示唆している。 ■第95部会でのFPガス放出率の理論的扱い では、第95部会資料[1]ではFPガス放出率の問題についてどのような判断を示しているだろうか。この問題は同資料のうち、資料第95-1-8号の付録A「MOX燃料棒設計手法について」で解説されており、またQ3−9に対する回答としても説明されている。理論モデルとしてはFINEコード及びFPACコードがあるが、これらはいずれもウラン燃料棒の照射挙動を解析するために開発されたモデルであることが明記されている。そして、MOX燃料のFPガス放出率は、ウラン燃料の場合の定数倍になると仮定され、その定数は燃焼度とは関係なく、FINEコードでは1.3、FPACの場合は2.5ととられている。つまり、MOX燃料とウラン燃料には質的な差異はなく、単なる量的な違いさえ考慮すればよいとの考えに立っている。その理論的計算結果は実測値とよく合っていると第95部会資料では評価している。 しかし、そのような評価が虚偽であることは、上のグラフを見れば一目瞭然であり、定数倍の扱いが妥当なのは燃焼度が40GWd/tまでであることが分かる。燃焼度が40や50付近の異常な挙動は、MOX燃料に特有な構造があることを強く示唆しており、その理論的解明こそが問題になるはずなのに、第95部会資料にはそのような姿勢がまったく見られない。 ■MOX燃料での異常な挙動は高出力のせいか ところがここにもうひとつの本質的に重要な問題がある。それは第95部会資料[1]の意見反映状況報告書(第95-9-3)の項目6で説明されている。項目6は「MOX燃料は燃焼度が4万MWd/tを超えると急激に核分裂生成ガスやHeガスが発生するが、その対応策をどのように考えているのか」などの質問に対する回答であり、次のように答えている。 「フランスにおけるMOX燃料の照射データによると、照射3サイクル目において燃料棒燃焼度が40,000MWd/tを超えたところでFPガス放出率の大きな増加が見られておりますが、これは当該燃料棒の出力が約22kW/mと高かったことによるものであることが確認されております。また、3サイクル目において同様の出力(約21kW/m)で照射し、その後、出力を低下させて4サイクル目の照射を行った燃料棒について、燃料棒燃焼度約52,000MWd/tを達成しておりますが、燃焼の進行によるFPガス放出の増加は認められなかったことも報告されております。これらのことからも、出力がFPガス放出率にあたえる影響が大きいことがわかります。本申請においては、MOX燃料棒の3サイクル目の出力は約18kW/mと低く、この燃料棒出力に対応するFPガス放出率は、上記フランスの照射データにおいても低いものとなっております」。 この内容は基本的にP.Blanpainらの1995年論文[4]に基づいていると考えられ、そこではおおむねこのような事実が指摘されている。この回答を見ると質問者は次のように思うだろう。"MOX燃料で燃焼度が40,000MWd/t(=40GWd/t)になると放出率が異常に高まると思ったがそうでもないのか。高くなるのは全部出力が22kW/mと高かったためで、高浜では出力がせいぜい18kW/mしかないから安全なのだな"と。しかし実は、P.Blanpainらの論文を正確に読むと、前記の回答には大変なごまかしがあることが分かる。 (1)回答では、燃焼度が4万を超えたところのFPガス放出率の増大は、出力がすべて22kW/mと高かったせいであるような書き方になっているが、原論文では出力が22kW/mとほぼ一定だったのは燃焼度が4万3千の場合だと書かれている。上のグラフで見ると、燃焼度40付近の高い値の集団(注2と表記)中でもっとも右にあり、放出率が5%弱の1点(注1と表記)に相当している。そして、注2と記した高い放出率の集団は、出力が15〜22kW/mの範囲にあると記述されており、高浜原発での18kW/mはこの範囲に入っているのである。 (2)回答では、燃料棒燃焼度が52(52,000MWd/t)場合でも、放出率の高くない場合があることが指摘されているが、2001年公表の前記グラフでは50付近で非常に高い場合もある。 (3)出力がFPガス放出率に大きい影響を与えることは事実であり、上の右側グラフでは確かにガス放出率が線出力密度とともに増大することを示している。この右側グラフが普遍的な性質であるのなら、それを逆に見ると、出力が低ければ放出率も低いことを示している。ところが、右側グラフには、それの成り立つ条件(燃焼度<40GWd/t)が記入されている。この燃焼度範囲は、左グラフで見ると異常性の起こるより前の段階である。この条件は、P.Blanpainらの1995年論文には書かれていなくて、2001年の論文で初めて記入されたものである。それゆえに、第95部会で前記回答のような「誤解」が生じたのはやむを得ないことかも知れない。しかしいまでは、この新たな知見をとり入れて、第95部会資料の見解を修正することができるのである。 ■MOX燃料FPガス放出率の異常は独自のプルトニウム・スポット構造に由来 結局、FPガス放出率は、燃焼度と出力ばかりか出力の履歴などにも依存して決まるらしいことがP.Blanpainらの論文[3][4]の中で示唆されている。出力が増えるということは核分裂が増えるということで、それだけFPガスも多く発生することになる。しかし他方、ペレットから外部へのガス放出率は、ガスの発生量だけでなく、それがどれだけペレット内に保持されるかにも関係して決まる。MOXでFPガス放出率が燃焼度40付近で急に高まることは、ペレット内へのガス保持力がそこで急激に弱まることを示唆している。つまりその段階で、内部から外部へとガスが放出されるべき亀裂などの経路が生じるのであろう。 FPガスがプルトニウム・スポットにおいてもっとも激しく発生することは、キセノンガスの測定によって確かめられている[4]。プルトニウム・スポットでは局所燃焼度が100GWd/t以上になるほどに核分裂が盛んに起こるためである。そのFPガスは燃焼度が高まるとともに周辺の酸化ウランの結晶粒界などにしみ込んでいき、それらの小さな泡はやがてスポット付近で大きな空洞を形成する。このようにしてペレット内に保持されるのであるが、やがてそれらのガスは、亀裂などを通ってペレット外へと放出される。プルトニウム・スポットのないウラン燃料との挙動が違うのは当然である。このような亀裂の発生などは確率的な事象として起こるであろうから、あるMOXペレットで起こることが別のペレットでも常に起こるとは限らないというように見るべきである。いずれにせよ、これらの挙動が理論的に解明されているのとは程遠い状態にある。 前記第95部会の回答のようにごまかしの説明をしてまで確定された事象であるかのように見せるのは、きわめて危険な態度だと言わざるをえない。 3.制御棒飛び出し事故時の問題 制御棒がいきなり飛び出す事故では、核分裂が一気に進んで出力が増え、FPガスもそれだけ発生する。ウラン燃料であっても、高燃焼度であると結晶粒界に蓄積したガスの小泡が熱によって膨張して、燃料ペレットをほぼ結晶粒単位でバラバラにし、同時に酸化や水素脆化により弱っていた被覆管が破壊されて粉々燃料が冷却水中に飛び散る。このような現象が、大飯原発や高浜原発で照射された燃料棒を用いた原研での実験によって確かめられている。その結果は公式に重視され、RIE報告書として1998年4月に原子力安全委員会によって確定された。 MOX燃料ではプルトニウム・スポットのために、ガスの発生や粒界での蓄積などがウランより激しい傾向にあるのだから、燃料の破壊がより進みやすいことが十分予測できる。高燃焼度MOX燃料を用いた実験はフランスのカブリ炉で行われ、燃料が破壊されているが、そのときの出力は高かった。そのためにRIE報告書では、MOX燃料はウラン燃料と同等の挙動をすると想定すればよいとされている。ところが、カブリ炉では冷却材としてナトリウムが使われており、水冷却とは挙動が異なることが指摘されている。そのため、水冷却による実験を共同出資で実施すべきだとの話が持ち上がったこともあったほどである。 要するに、高燃焼度MOX燃料が制御棒飛び出し事故時にどのような挙動をするかについては、まだ実験的に確認されていないということだ。理論的にも前記のようにウラン燃料と本質的に同じだとする扱いしかなされていない。原研ではこれから高燃焼度MOX燃料の実験をすることになっているのだから、その結果を待って判断すべきである。 4.世界に例を見ない玄海3号プルサーマルの危険な実験 プルトニウム・スポットの存在とその影響に目を向けるならば、MOX燃料でもっとも問題になる指標はプルトニウム富化度だということになる。日本のPWRで使用するMOX燃料では、プルトニウム富化度は右表のようになっている。核分裂性プルトニウム富化度の集合体平均値は6.1%であり、中でも7.15%の燃料棒が全体の67%を占めている。 政府や電力はプルサーマルについて海外での豊富な実績を強調するが、フランスやドイツでの富化度はどうだろうか。核分裂性プルトニウム富化度のMOX集合体平均値で見ると、フランスでは3.0〜3.7%、ドイツでは3.1〜4.6%であって、日本の6.1%より相当に低い[5]。それだけプルトニウム・スポットの影響は小さいということである。 プルサーマル炉の出力では、フランスでは90万kW級までに制限されていて、玄海3号のような120万kW級は許可されていない。また、ドイツの実績が強調されているが、プルサーマル炉に装荷した核分裂性プルトニウム量の実績は、2000年12月時点で、最大で1248kg(ブロックドルフ)であり、第2位はウンターベーザーの918kgである。ところが玄海3号プルサーマルでは1488kgが装荷されることになっている。 玄海3号プルサーマルが世界に例を見ない危険な実験であることは明らかである。 参 考 文 献 [1] 原子炉安全専門審査会・第95部会 資料 1998年[2] 平成12年度 燃料集合体信頼性実証試験に関する報告書(1/3炉心混合酸化物燃料照射試験編)、平成13年3月、(財)原子力発電技術機構 [3] MOX Fuel Performance and Development. P.Blanpain et al., TopFuel 2001. [4] Plutonium Recycling in French Power Plants: MOX Fuel Irradiation Experience and Behaviour. P.Blanpain et al., Technical Committee Meeting on Recycling of Plutonium and Uranium in Water Reactor Fuels, 3 to 7, July 1995. [5] プルトニウム利用に関する海外動向の調査(04) 2005年3月、KK.アイ・イー・エー・ジャパン |