原告主張書面1


第一、原子力発電所の安全保証と燃料の健全性
 一、原子力発電所の危険性は、チェルノブイリ事故の悲惨な結果をみるまでもなく、放射能の危険性にある。原子炉の運転により発生する膨大な放射能は、燃料の中で生成されそこに蓄積されている。この放射能をそこに閉じこめることができるかどうかは、まず、第一に燃料の健全性に依存しており、この健全性が原子力発電所の安全性の根本的基礎である。
   原子力安全白書(甲第三号証)は
     「原子力発電所は、その運転により原子炉内に放射性物質が生成され、蓄積されるが、その放射性物質が異常に漏えいしたりすると、周辺公衆に影響を及ぼしかねないという潜在的な危険性を有している。このため、この潜在的な危険性を顕在化させないように、平常運転時には放射性物質の放出を合理的に達成できる限り低くするように管理し、万一の事故に際しては放射性物質を閉じこめることによって多量に放出されるのを防止することが、原子力発電所における安全確保の基本的方針となっている」(一三六頁)と述べ、さらに、
   平常運転時の放射線防護の考え方として、
     「原子力発電所は、原子炉の運転によって発生する放射性物質を内部に閉じこめる設計となっている。具体的には、燃料被覆管の健全性を確保して燃料棒内に蓄積した核分裂生成物が冷却材中に漏出しないようにするとともに、・・・」と述べている(一三八頁)。
   このように、燃料と燃料被覆管の健全性を確保することは、原発の安全性にとって最も基礎的に重要な事柄なのであり、「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」(甲第四号証の一)でも「指針12.燃料設計」(一二頁)において次のように定式化されている。
     「一.燃料集合体は、原子炉内における使用期間中に生じ得る種々の因子を考慮しても、その健全性を失うことがない設計であること。」
   また、同指針の解説「指針12.燃料設計」(二九頁)でも
     「『生じ得る種々の因子』とは、燃料棒の内外圧差、燃料棒及び他の材料の照射、負荷の変化により起こる圧力・温度の変化、化学的効果、静的・動的荷重、燃料ペレットの変形、燃料棒内封入ガスの組成の変化等をいう」と解説されている。
   このような原則を当該原子力発電所が満たしているか否かが「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針(甲第四号証の三)に沿って審査される。
 二、同指針は、「1.安全設計評価の目的」として次のように書かれている(一〇三頁)。
     「原子炉施設の安全設計の基本方針の妥当性は、『安全設計審査指針』によって審査される。原子炉施設の幾つかの構築物、系統及び機器は、通常運転の状態のみならず、これを超える異常状態においても、安全確保の観点から所定の機能を果たすべきことが、『安全設計審査指針』において求められている。したがって、原子炉施設の安全設計の基本方針の妥当性を確認する上では、異常状態、すなわち『運転時の異常な過度変化』及び『事故』について解析し、評価を行うことが必要である。以下には、安全設計評価に当たって想定すべき事象、判断基準、解析に際して考慮すべき事項等を示す。」
   ここで評価の対象になっているのは「設計基準事象(DBE)と呼ばれるものであり、同審査指針の「解説」で次のように説明されている(甲第四号証の三、一〇九頁)。
     「二.評価すべき範囲と評価すべき事象の選定について」では「安全設計評価における『評価すべき範囲』は『運転時の異常な過度変化』と『事故』であるが、これらの状態を、ある限られた数の事象の解析で適切に包絡するためには、評価すべき事象を適切に選定する必要がある。
       ここでいう『運転時の異常な過度変化』及び『事故』は、その原因が原子炉施設内にある、いわゆる内部事象をさす。自然現象あるいは外部からの人為事象については、これらに対する設計上の考慮の妥当性が、別途『安全設計審査指針』等に基づいて審査される。これら内部事象は多岐にわたるが、おおむね『重要度分類指針』にいう異常発生防止系(以下PSという。)に属する系統、機器等の故障、損傷あるいはこれに係る運転員の誤操作等によるものである。これらのうちから、原子炉施設の安全設計とその評価に当たって考慮すべきものとして抽出されたものを、『設計基準事象(DBE)』と呼ぶことにする。」
   すなわち「設計基準事象」は、起こりうる多数の異常事象を分類して、その中から典型的な事象を抽出したものであり、残りの事象の安全性はこれらの安全性に「包絡されると」と考えているものである。「運転時の異常な過度変化」とは、原発の寿命期間中に一回以上起こりうるものであり、「事故」とは、発生頻度はより小さいが、プラント及び周辺公衆に重大な影響を与えうるものと規定されている。美浜二号機で発生した蒸気発生器細管破断事故や後で述べる「制御棒飛び出し事故」は、ここでいう「事故」に相当するものである。日本では原発の寿命が規定されていないため、寿命がのびるとともに、このような「事故」が発生する可能性も増大すると考えなければならない。
   燃料の健全性は、このような異常事象においても重視されている。そのことは、上記審査指針(甲第四号証の三)における「判断基準」(一〇四頁)の中に次のように反映されている。念のために言えば、この「判断基準」は、後で述べる反応度事故だけでなく、すべての事象に適用される判断基準なのである。
   すなわち、「4.1.運転時の異常な過度変化」では、四つの判断基準の中に「(2)燃料被覆管は機械的に破損しないこと (3)燃料エンタルピは許容限界値以下であること」とあるように、二つが燃料の健全性に関するものである。また、「4.2事故」では「(1)炉心は著しい損傷に至ることなく、かつ、十分な冷却が可能であること (5)周辺の公衆に対し、著しい放射線被曝のリスクを与えないこと」が燃料の健全性と直接関係している。
 三、ところで、本件で直接問題になっているのは、MOX燃料ペレットの外径が適正に品質保証されているか否かであり、ペレットの外径が八・一七九o〜八・二〇四oと定められているにもかかわらず、現実に原子炉において燃焼されるペレットがこの規格をはずれておれば、同規格を前提としてなされた安全審査がその基礎を失い安全保証がなされていないことを意味する。
 四、原子炉の安全性に関しては、「運転時の異常な過度変化」や「設計基準事故」が起こっても基本的に放射能が閉じこめられることが要求されている。そのため、「運転時の異常な過度変化」においては、安全性の判断基準として、「燃料被覆管は機械的に破損しないこと」、「燃料ペレットの保有熱量は許容限界値を超えないこと」が直接燃料の健全性に係わる要求として設定されている。「設計基準事故」においては、もはや燃料と被覆管の健全性がある程度破壊されるに至るものの、その場合でも、その破壊が著しくない程度にとどまることが要求されている。
   事故で最も燃料の破損が起こる場合は、「制御棒飛び出し事故」及び「冷却材喪失事故」であり、制御棒飛び出し事故では、中性子が一挙に増えて反応度が高まり、燃料がコナゴナに破損して冷却水中に飛び出す恐れが生じる。事実フランスのカブリ炉で行われた実験では、意外にもろく、MOX燃料はコナゴナになって冷却水中に飛び散っている。そうなると冷却水の流れが塞がれるため、冷却が妨げられて大惨事になる危険性が起こる。高浜四号機プルサーマルに関する債務者の解析では、制御棒飛び出し事故で約一%=約四一〇本の燃料棒が破損することになっている(実はこの場合に、冷却機能が保持されるかどうかが設置変更許可申請書では解析されていない)。また、冷却材喪失事故では、燃料被覆管の酸化度合いが厳しく制限されている。もしあまりにも酸化が進んでいると事故中に燃料棒が破裂し、燃料=放射能が飛び散るからであり、これらの度合いがある範囲内に納まるかどうかは、まさに燃料と被覆管の健全性にかかってる。
   もし燃料データに偽造があれば、燃料の健全性が基礎から揺らぎ、すべての安全解析が基礎を失うことになる。それ故、ある範囲内にすべての事故が納まるという現在の事故解析の結論は信憑性を失い、その範囲を超えて事故が発生する可能性が生じて、チェルノブイリ級の事故に発展することも否定できなくなる。

第二、本件の争点と立証責任
 一、共通の基本原則と債務者主張の矛盾
  1.本件は高浜三号機用MOX燃料の抜取検査のデータにおいて大規模な捏造工作が発覚した事に端を発し、右三号機用燃料より前に製造され、右捏造が発覚した時にはすでに英国を出港していた本件高浜四号機用MOX燃料集合体八体を構成している燃料ペレット外径検査においても捏造の事実がほぼ確実に存在していることを債権者らが主張し、債務者が争っている。
  2.ところで、本件の争点を明確にし、債務者の主張に矛盾があることを明らかにするためにも、共通の基本原則を確認しておく必要がある。
    原子力発電所の運転の安全性において、燃料の健全性が保証されることが大前提であるが、本件MOX燃料の健全性を保証する方法として債務者会社の原子燃料部長桑原茂は乙第三四号証陳述書一一頁において、
「MOX燃料ペレットの場合も大量の数が検査対象となりますので、BNFL社に対して、抜取検査を行うよう要求しています。具体的にはAQL(合格品質水準)一『(五、六判定)』(二〇〇個のうち五個の不良まで合格、六個以上になると不合格となる。JISZ九〇一五)を課しています。この場合には、抜き取ったペレット二〇〇個のうち、仕様値八・一七九〜八・二〇四oを外れるペレットが五個以内であることをロットの合否の判定基準としています。
(3)設置変更許可申請書においては、上記の検査方法で保証されるレベルでペレットの外径が仕様値に入っていることを前提にして、燃料の健全性を評価しており、その結果を記載しています。
 なお、この考え方は原子力安全委員会でも認められているものです。」
   と明言している。
    つまり、MOX燃料ペレット外径仕様値八・一七九〜八・二〇四oが抜取検査の「五、六判定」に合格したロットを使用することをもって燃料の健全性を評価するという方法が安全審査の対象となっているのであり、この原則は債権者ら、債務者、原子力安全委員会の共通の基本原則である。
  3.債務者も答弁書八二頁から八六頁までの「第四、ペレット外径仕様値の安全評価での考え方」において右同様、製造上のばらつきを考慮してペレット外径の仕様値の幅を八・一七九o〜八・二〇四oに設定したと述べ、抜取検査において「抜き取ったペレット二〇〇個のうち、仕様値を外れるペレットが五個以内であることをロットの合格判定基準としている」と述べている。
    こうして、「通常運転時及び運転時の異常な過度変化時」に関しては、「設置変更許可申請書においては、右記の検査方法で保証されるレベルでペレット外径が仕様値に入っていることを前提にして、燃料の健全性を評価しており、その結果を記載している」とし、「事故時」に関しては、「事故時の評価にあたっては、・・・さらに、燃料の製造上のばらつきも考慮して計算している」と記述している。
    この記述から債務者は、通常運転時、運転時の異常な過度変化時及び事故時における安全性を評価するにあたって、ペレット外径が設定された仕様範囲内にJIS基準で存在するということが前提条件になっていることを認め強調している。そして同時に、この前提条件を保証しているのがまさに抜取検査であり、これがJIS基準に従うものであることを認め強調している。
    以上から、MOX燃料の健全性の保証は抜取検査において合格していることが大前提である事が確認される。
  4.ところが、債務者は本件訴訟になって、突如右大前提を誤魔化す主張をはじめている。
    即ち、答弁書七五頁から八一頁の「第三 製造工程におけるペレット外径の自動測定データについて」において、製造工程における外径自動測定により「製造工程を通過したペレットは、その時点で基本的に債務者が要求する仕様を満たしているといえる。
    さらに、BNFLは製造時にペレット選別のため測定していたペレット外径データ(全自動測定結果)を全て残していたため、債務者は、これにより全てのペレットが仕様値を満たしていることを確認できた」とか、「製造工程を通過して抜取検査に送られるペレットは、全て仕様を満足していることになる」などと述べ、結論的主張として、一三頁において「ペレット外径の検査データに関しては、捏造等の不正はなかったことに加え、全数自動測定結果によりペレット全数の外径が仕様値を満足していることを確認している。従って本件に関しては債権者らの言うような不正なデータは存在せず、当然のことながら『基準外のペレットが混入している可能性』はない」とまで主張をエスカレートさせている。
  5.債務者の右主張は本件訴訟になって突如言い出された主張であり、従来かかる主張はなされていない。この主張は本件訴訟において差止決定をまぬがれるために故意に作出された虚偽主張である。
    もし、全数自動測定で仕様値が満足されるのなら、なぜ、抜取検査が必要か。高浜三号機用MOX燃料についての抜取検査データ捏造により、なぜ、BNFL社に作り直しを命じたか。などの質問をぶつければその主張の虚偽性はおのずから明らかとなる。
    なぜ、債務者がこのような拙劣な言い訳をはじめたのかがむしろ重要である。明らかに債務者は、本件MOX燃料にデータ捏造がないとの立証について全く自信がもてないがため、仮にデータに不正があっても安全性に問題がないという逃げ道を作るために作出されたものというべきであろう。
  6.しかし、以上から争点は次のように整理できる。
    第一は、本件MOX燃料ペレットの外径測定抜取検査において、その検査が適正になされ、燃料ペレットは検査仕様値を満足しているか否か。
    第二は、燃料ペレットが検査仕様値を満足していることが証明されない場合、安全審査基準による安全評価がなされそれによる安全保証が存在するといえるか。
    第三は、適正な検査を経ない規格外ペレットが混入した状態で原子炉を稼働すれば、事故が発生し、債権者らの身体に放射性物質が到達する可能性、及び、それによる被害の可能性が存在するか否か、
    大きくわけて右三点が争点となる。
 二、立証責任
  1.本件は、債務者が所有する原子力発電所において使用する燃料の健全性を問題とし、健全性に欠ける燃料を使用した場合の危険性を争点にするものであるところ、具体的に本件MOX燃料ペレットに関する全資料は債務者が保持し、かつ、発電所の安全性に関する全資料も債務者が保持していることを考えれば、具体的な立証の分配、負担は次のとおりになされるべきである。
  2.債権者らは、平成六年一月三一日仙台地方裁判所においてなされた東北電力女川原発訴訟第一審判決が明言した以下の原則に立つべきであると主張する。
    同判決は立証責任について、原告側に
      「原告らは、@原子力発電所の運転による放射性物質の発生、A原子力発電所の平常運転時及び事故時における右放射性物質の外部への排出の可能性、B右放射性物質の拡散の可能性、C右放射性物質の原告らの身体への到達の可能性D右放射性物質に起因する放射線による被害発生の可能性について、立証責任を負うべきことになる」
    とし、被告側に対して、
      「右のとおり、原告らは、既に前記@ないしDの点について原告らの必要な立証を行っていること、本件原子力発電所の安全性に関する資料をすべて被告の側が保持していることなどの点を考慮すると、本件原子力発電所の安全性については、被告の側において、まず、その安全性に欠ける点のないことについて、相当の根拠を示し、かつ、非公開の資料を含む必要な資料を提出したうえで立証する必要があり、被告が右立証を尽くさない場合には、本件原子力発電所に安全性に欠ける点があることが事実上推定(推認)されるものというべきである」とした。「そして、被告において、本件原子力発電所の安全性について必要とされる立証を尽くした場合には、安全性に欠ける点があることについての右の事実上の推定は破れ、原告らにおいて、安全性に欠ける点があることについて更なる立証を行わなければならないものと解すべきである」と述べる(判例時報一四八二号二三頁)。
    右判断は極めて妥当であり、同判決に対する評釈においても
      「本判決では、被告に対し『非公開の資料を含む必要な資料の提出』を要求している部分も注目される。判決は、原発の安全性の立証について電力会社側の積極的な協力を要求しているものと思われる。判決理由中の本件一号機で生じた不具合等を論じた箇所において、被告による具体的データ開示の不十分さが批判されている。さらに、判決理由第九章(本件原子力発電所の必要性)の末尾の箇所でも、被告側の情報提供の不十分さに言及されている。本判決の立証責任論は、主張・立証について事実上被告の責務を加重したに留まるが、安全性の主張・立証について被告電力会社の側に要請される部分は大きいと言えよう」と高く評価されている(ジュリスト重要判例行政法5)。
  3.これを、本件の前記争点三点について適用すると、第一点の検査データが適正であるか否かについては、債権者らは債務者が使用した手法と同じ手法を使って、全数自動測定データによるペレットサイズの分布グラフと抜取検査データの同様の分布グラフを作成し、両グラフの近似性評価から、同近似性が認められない程度に従って抜取検査データの捏造等の不正を推定する形でデータが適正でなく規格外ペレットが混入していることを強く推認せしめる証拠として提出立証している。
    債務者は右全数データの全部をコンピューター入力されたフロッピーディスクを保持しているのであるから、同一の手法を使って債権者らに反論し反証する事は可能であるがそれをなそうとはしていないばかりか、右フロッピーディスクを提出もしくは開示しようとはしない。債権者らから平成一一年一二月二日付上申書において、ペーパーとしての全数測定数値は開示されているが、債権者ら側で一ロット分一〇〇〇〇を超える数値をコンピューター入力して作業しようとすると、一九九ロットをやればいかに努力しても数ヶ月はかかるためフロッピーディスクを提出される事を求めたが、同日の審尋期日において債務者代理人は口頭で提出しない理由として「BNFL社が承諾しない」と述べた。しかし、既にペーパーで開示されているデータをフロッピーディスクで開示するのになんの支障もないはずであるのに提出を拒否した。債務者において、本件検査が適正になされたことを証明する確かな証拠がだされないかぎり、データに不正があったとの事実が確定されるべきである。
    第二点について、債権者らにおいて、規格外ペレットが混入する燃料を装荷して運転すれば、安全評価基準による安全評価はなされておらず、安全評価において事故が生じた場合にも放射能を閉じこめることができるという防護機能の保証がない可能性を立証すれば、債務者において、放射能が外部に排出されないこと、安全性は保証されていることを、相当の根拠を示し、かつ、非公開の資料を含む必要な資料を提出したうえで立証する必要があり、債務者において右立証を尽くさない場合には、放射能排出の危険性があることが事実上推定されるというべきである。
    第三点については、債権者らにおいて科学的知見に基づく文献を基礎に被害の可能性までを立証すれば、債務者において、右可能性を否定する立証をなさないならば債権者らの被害の可能性の主張が認められなければならない。

第三、ペレット外径の抜き取り検査結果の不正を推認させる事実
 一、ペレット外径の意義
   本件で問題となるMOX燃料ペレットの仕様としては、債務者が通産大臣に提出した平成一○年五月一一日付高浜発電所原子炉設置変更許可申請書においては直径約八・一九oまたは八・○五oとされている(甲五号証の二、8(3)−57)。そしてその外径仕様値(八・一七九o〜八・二○四o)が判断基準とされている(甲第一一号証三頁)。具体的にはロット全体(ペレット約三○○○個)から二○○個のサンプルを抜き取り、上記の数値を検査基準として、[5、6]判定をするとするものである(上記検査基準にはいらないものが五個までなら合格とし、六個以上ならロット全体を不合格とする)。燃料ペレットで発生した熱は被覆管に伝えられ、さらに冷却水に伝えられ発電に用いられるものである。運転初期にはこの燃料ペレットと被覆管との間に約〇・〇八五oの隙間が作られている。そして運転が進むにつれて被覆管は外側の約一五〇気圧の圧力に押されて縮み、燃料ペレットは内部に核分裂などによる発生物質(核分裂生成ガスやアルファ線によるヘリウムガスなどの気体など)がたまるために膨張し、その隙間がなくなり、さらにこのペレットの膨張に押されて全体的に膨張をしていく(甲第五号証の二、8(3)−70)。ペレット外径が大きいと被覆管の温度を高めその酸化を促進してもろくなって崩れる危険性があり、またペレット外径が小さいと隙間が埋まるのが遅れて熱がペレット内にこもり、ペレットが破裂する危険が生ずる(甲第一号証六頁)。またペレットの外径が大きすぎると膨張した際被覆管に損傷をもたらす可能性があること、ペレットの外径が小さすぎると燃料棒の中で振動を起こし、被覆管に深刻な磨耗を起こす恐れも指摘されている(甲第一五号証、二頁)。このように燃料ペレットの外径は燃料ペレットと被覆管の健全性・安全性に微妙な影響を与えるため、その検査基準は右に述べたようにミクロン単位(一〇〇〇〇分の一o)で計測されているのである。
   後述するように、原子炉の安全性確保のために、「運転時の異常な過度変化」や「事故」がおきても放射能が閉じ込められ、これが外部に放出されないことが求められているが、これらはまさに燃料ペレットと被覆管の健全性にかかっているのである。
 二、高浜三号機用MOX燃料ペレット外径データの捏造
   本年八月、高浜三号機用MOX燃料ペレットの外径検査データの捏造が判明した。すなわち同機用の一九三ロットのうち二二ロットの外径データについて流用がなされていたのである。債務者の報告書によるとデータ捏造の手口はすでになされた検査データの流用であり、検査員三名がそれぞれかかわっていたものであるが、ペレット外径の検査には基本的に検査員と運転員が従事しており、不正を行うためには複数のものが共謀する必要があるとされる。すなわち三名の検査員以外にもデータ捏造にかかわったものがいたことになる。このような不正行為が長期にわたりなされていたことは、BNFLのグループ内での不正チェック体制に問題があるからと考えるとしている(甲第一一号証 3-3-5)。このように「不正行為」の問題が意識されながら、債務者はなぜか問題の発生要因などの検討としては、「データ流用」に限定して以下のような指摘をしている。
「(1)測定装置
     @ペレット外径の抜取り検査では、測定、記録とも手作業であり、データ流用を行う余地のある装置が採用されていた。
     A過去の検査データを簡単にコピーできる状態であり、データ流用を許す検査データ保管システムとなっていた。
    (2)人的要因
     @検査業務に関する検査の位置付け・重要性等の教育不足から、検査データ取得のための測定の目的、重要性の認識が欠如しており、安易に不正を行った。
     AMOX燃料製造の重要性、要領書に従うことの重要性及び関連不具合事項の反映事項に関する教育不足から作業手順を守るという技術者としてのモラルに欠ける点があった。
     B検査員の資格認定制度が上記の抑制として機能していなかった。
    (3)品質保証体制
     @検査は、原子力発電所の品質保証指針(JEAG4101)に『検査は、検査の対象となる作業を行った者以外の者が実施しなければならない』とされているように、一般に検査部門(品質保証を行う部門)で行われるが、MDF工場では製造部門により行われ、かつ、検査員は運転員としても作業を行っていたことから、検査員の検査に対する重要性の認識、意義付けが薄くなった。
     A検査は、測定する検査員と記録を行う運転員の二人のみが行う作業体制であり、品質管理員の現場監視の頻度が低く、データ流用を行う余地のある作業管理、検査体制であった。
     B品質管理員による検査データの認識、回収の頻度が低く、BNFL内でデータ流用を早期に発見する品質保証体制となっていなかった。
     C当社、元請メーカの立会検査、品質監査ではデータ流用を検知、防止する体制ができていなかった。
     D昨年のキャスク中性子しゃへい材データ問題については、BNFLも関連しており、当社からも再発防止の連絡をしていたが、BNFL内で作業員までの徹底がされていなかった。また、当社としても徹底されていないことを見逃していた。」
   本来債務者として検討すべきはデータに関する不正行為全般の防止であったはずで、データ流用のみに限定されるべきではなかった。しかし上記の指摘にかかる問題点そのものはほとんどデータの不正行為の防止のためにそのまま適用できるものであった。そして特にBNFLにおける検査体制が原子力発電所の品質保証指針(JEAG4101)自体に違反していたことは問題の根が如何に深いかを示すものである。
   この高浜三号機用の捏造データにかかる二二ロットのペレットは高浜三号機の燃料の製造には使用されないことになった。しかしBNFLで高浜四号機用に製造した燃料棒一九九ロットは、このデータ捏造にかかる二二ロットの製造に近接して同じくBNFLで製造されたものであり、高浜四号機に装荷されようとしている。
   このように捏造データが確認されたロットよりも以前に同じBNFLが製造し、債務者自身がデータ流用の問題発生要因として指摘した事実がすべてあてはまる高浜四号機用の燃料ペレットを装荷しようとする債務者は、特にこの燃料ペレットの外径データが真正なものであることを立証する責任を負うことは、女川判決の趣旨からして当然であろう。
 三、データに不正がないとする債務者の主張と立証について
  1.債務者の主張・検討の内容とその問題点
    すでに指摘したように債務者が本件高浜四号機に装荷予定の燃料ペレットの外径データについて真正であること、不正がないことを立証すべきであるところ、不思議なことに、「データ流用」がなかったことばかり強調している。第一に、債務者が行ったことは、この抜き取り検査データをその以前に製造されたロットと比較してデータがいくつ一致するのかを確認している。第二に高浜三号機機のデータ捏造にかかわった三名の検査員および高浜四号機のP八二四のロット製造にかかわった検査員についてデータの流用があったかという観点についてのみ証言を検討し、あるいは自ら事情聴取をしている。債務者はペレット外径以外の検査データについても不正がなかったかどうかチェックしたとしているが、ペレット外径検査データについては、不正全般ではなく、検査データの流用のみを調査しているのは如何にも奇異である。
    この点に関して債務者は、「作業員への事情聴取によると『過去の検査データをハードディスクから全面コピーし、ロット番号の変更と一部のデータ書き換えをおこなった」としており、それは「測定は単純作業であり、全数測定を行っているものを再度測定するのは非生産的」と考え、「測定を省略し時間を短縮したかった」という動機に基づくものであり、債権者らが主張する「流用以外の捏造」が行われるような動機はない」と強弁する(答弁書三二頁)。しかしこれはあまりに不自然な論理である。債務者自身、検査員らの動機を「測定を省略し、時間を短縮したかった」と理解するのであれば、その方法は過去の検査データのコピーという流用には限られない。測定をしないで思いつく適当な数字を記入する方法もある。過去の検査データを、コピーするのではなく、適当に順序を変えて記入する方法もあるのである。これらの方法は、測定の手間を省略しようと思えば、誰でもまず思いつく簡便な方法である。コンピュータで処理された乱数を使わず、このような方法で二〇〇のデータをすべて書き込む場合、統計的な検討をされれば容易に捏造と判明するということは素人にもあるいは想像がつくかもしれない。そこで当初は、測定を一部省略して数字を頭で考え、あるいは過去のデータを参照しながら記入していたところ、さらに大胆になり、データそのもののコピーをして、その一部については測定したか、あるいは適当な数字で置き換えるようになったという可能性もある。高浜三号機用の燃料ペレットについてデータ流用以外のこのような捏造をしていないという保証はどこにもなく、BNFLも債務者もこのような観点から高浜三号機の燃料ペレット外径についての抜き取り検査データを検討していないのである。
    この債務者の態度は、家に侵入した泥棒の「居間の金だけをとりました」という弁解を聞いて書斎の金が盗まれたかどうかも検討しないお人よしにたとえて言ったら、言い過ぎであろうか。お人よしの債務者が損するだけならばなんら問題はない。問題は近畿一円に居住する債権者らの生命健康にかかわる。債務者が本気で前記引用にかかるような考えをもっているとしたら、そのような重大な業務に携わる公的機関としての責任の自覚があるかどうかが問われてくるのである。
  2.P八二四のデータの流用
    高浜四号機に装荷が予定されているP824についてはデータの流用自体が強く疑われる。すなわち直前のP八二三と実に六六個の検査データが一致しているのである。債務者の報告書にはこの検査データの一致度をまとめた表がある(甲第一一号証 図3−3)。この表には明らかに異なる二つのデータ群がある。横軸(一致個数)の数字が読み取りにくいが一四○から二〇〇までの「データ流用」のグループと一二ないし一三から四〇弱までの密集グループである。P八二四はその中間でやや密集グループに近いところに位置している。データ流用のグループがまさにデータ流用の例であることはその一致度から明らかであろう。これに対して一二ないし一三から四〇弱までの密集グループはデータの流用がないと判定されるグループである。P八二四の一致度には特異性があり、このデータの流用がないと判定されたグループに含まれるとみることはできない。P八二四はデータの一部流用以外には説明がつかないのである。
  3.P八二四の全数検査結果と抜き取りデータの比較
    なお債務者の答弁書ではあまりふれていないが、債務者の最終報告書図3−6自動外形測定データと検査データの比較(甲一一号証)についてふれる。これは、P八二四について、「自動外形測定」、「実際の検査データ(二〇〇個)」とさらに「模擬的に二〇〇個抜取を一万回行ったときの代表例」の三つをグラフに表示して、「実際の検査データ(二〇〇個)」と「模擬的に二〇〇個抜取りを一万回行ったときの代表例」がよく一致しているとしたいようである。しかし本来対比すべきは、「自動外形測定」と「実際の検査データ(二〇〇個)」である。債務者作成のグラフから明らかなように、前者には山がひとつしかないのに後者は山がふたつあり、これらを対比すると一致しているとは到底いえないものである。債務者の手法は、この本来対比すべきものを対比せず、「実際の検査データ(二〇〇個)」と「模擬的に二〇〇個抜取りを一万回行ったときの代表例」を対比しているが、この後者が「代表例」であるとの担保はどこにもなく、たまたま一万回やったところ、よく似てきたものをだした、と非難されてもしかたがないものである。現にこの批判に対して債務者は、「可能性のある一例」として示した、として「代表例」との表現を訂正した(答弁書三九頁)。債務者の手法は方法論的に正当とはいいがたく、俗に言うところの「すり替え」にあたるのである。
  4.債権者らにおいて行った対比
    この債務者の図3−6の手法にヒントをえて債権者がおこなったのが、甲第一号証の九頁上段の図である。いずれも全数検査と二〇〇回の抜取り検査結果をグラフにして対比したものである。これらは本来一致するはずのものであるところ、到底一致とはいえないものが数多く示されている。これらの不一致の原因について債権者は一応の推測を記載した。これに対して債務者は非難するようであるが、問題はその個別の推測の正しさではなく、抜取り検査の結果が全数検査と一致しないことであり,そこにデータ捏造の高度かつ客観的な蓋然性があることである。
  5.全数検査結果について
    債務者は、「ペレット製造工程におけるペレット外径測定は,適切に校正された測定装置により自動的に行われていること、またペレットの選別はその信頼性が事前に確認された選別送致により自動的に行われていることから製造工程における選別結果は信頼できるものと考えることができる。従って製造工程を通過して抜取り検査に送られるペレットは、すべて仕様を満足していることになる。」という看過しがたい誤った主張をしている。
    あまりにも当然であるが、ペレット外径測定は工程管理検査(製造者が不良品をなくすために実施、社内用)として行うものであるところ、抜取り検査は品質管理検査(製造者が電力会社に対し、品質を保証する手続のため実施)として行うものである(甲第一〇号証の二)。両者には厳然たる相違があるところ、債務者はこれをあえて同一視しようとする点で根本的に誤っている。債務者自身、抜取り検査は、原子力発電所の品質保証指針に従って、「検査は、検査の対象となる作業を行ったもの以外の者が実施しなければならない」としているのである。従って、製造部門がおこなう工程管理検査を通過しただけで「すべて仕様を満足していることになる」などとは到底いえないのである。
    工程管理検査を通過したペレットの外径はすべて八・一七九o〜八・二○四oの範囲に収まっているはずである。しかしながら現実には抜取検査においてその範囲におさまっていないものが少なくないことが確認されている(甲第一一号証 表3―1(1)のresult欄の数字がそれである)。さらに、重要な事実は、仕様外が六個以上存在するために、いったん不合格にされたロットが七ロット存在することである。甲第一七号証の一「回答」の六頁に、何故(4、3)判定が存在するのかという説明が書かれているが、その内容を甲第一一号証最終報告書の表3−1のAcc/Rej欄に適用すれば、P七四八、P七五六、P七七一、P七七五、P八二九、P八四三、P八四六の七ロットは(5、6)判定でいったん不合格になっている。
    債務者の、工程管理検査と品質管理検査を同一視する主張は、実は「測定は単純作業であり、全数測定を行っているものを再度測定するのは無駄な作業と思い、測定を省略し、時間を短縮したかった」としてデータ捏造を行ったBNFLの検査員と同じなのである。債務者が、抗議し否定したはずのデータ流用をした検査員の考え方を、本保全手続では公然として自己の主張として展開しているのである。正しく、ミイラ取りがミイラになった、といわなければならない。
三、債権者らは、全数測定データと抜取検査データが符合せず、不正が存在する事を強く推認する証拠として、さらに、甲第三四号証を提出する。このグラフ作成の方法は甲第一号証記載の方法と同一であり、これをみても二つのグラフの線は近似性を示さず、データに不正があることを強く推認せしめている。

第四、放射性物質の発生から被害発生の可能性まで
 一、はじめに
   すでに見た女川判決における立証責任の配分に従い、本訴訟において債権者らが立証責任を負担する事項についてはいかに述べるように、すでに十分立証されたものである。
 二、原子力発電所の運転による放射性物質の発生
   本件高浜四号機の稼動により、多量の放射性物質が発生し、炉心内に蓄積する。このことは債務者自身が作成した平成一〇年五月一一日付高浜発電所設置変更許可申請書(甲第三五号証の二)10(3)−4−1ないし4−24及び第4.1.1表 よう素の炉心内蓄積量及び第4.1.2表 希ガスの炉心内蓄積量からも明らかである。従来のウラン燃料と比較してMOX燃料を用いた場合を対比すると、炉内のアクニチドの量はほとんどんの核種においてMOX炉心のほうが五倍から二二倍近く多くなっているとされる(甲二一の一頁表1)。債務者自身の作成提供に係る資料からも、使用済ウラン燃料と使用済MOX燃料とを対比し、原子炉から取り出して一年後で全放射能出一・五倍、超ウラン元素で六・八倍MOXのほうが高いことが判明する(甲七号証八頁表1−5)。
 三、原子力発電所の事故における右放射性物質の外部への排出可能性
   原子力発電所の事故としてもっとも危険なのは炉心溶融である。炉心溶融となった場合には圧力容器自体が破壊される可能性がある。スリーマイル島原発事故の場合には、溶融した燃料の一部が圧力容器下部にたまり、もう少しで圧力容器下部を溶かして圧力容器におちるところであった。もし落ちれば、格納容器内の圧力容器の下方に貯まっている水と接触して水蒸気爆発を起こし、その圧力で格納容器が破壊される可能性が生ずる。原子力発電所では放射性物質が外部に漏出しないため多重防護がなされているとされるが、格納容器はいわばその最後の砦である。炉心溶融から格納容器の破壊がもたらされれば多量の放射性物質が外部に排出されることになる。これ以外の場合も含めて、原子力発電所は平常運転時及び事故時において放射性物質を外部に排出する危険性をもった施設である。そのため、故障その他の異常事態が発生しても放射性物質を外部に排出させないことが求められる。このような観点から「発電用軽水型原子炉施設に関する安全審査指針」「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」が定められている。たとえば「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」においては原子炉施設の寿命期間中の予想される機器の単一の故障その他によって生ずる異常な状態に至る事象を対象とする「運転時の異常な過渡的変化」、又発生した場合は原子炉施設からの放射性物質の放出の可能性があり、原子炉施設の安全性を評価する観点から想定する必要の有る事象を対象とする「事故」について解析し、安全確保の観点から所定の果たすかどうかについて評価することが求められているのである(甲第四号証の二)。
   そして高浜四号機において、外径の確認がなされていない燃料ペレットが使用された場合、放射性物質を外部に放出しないとする解析がなされていないことは後述する通りである。
 四、放射性物質の拡散可能性、債権者らの身体への到達可能性、及びこれに起因する放射線による被害発生の可能性
   放射性物質が高浜四号機から排出された場合、物理的な原理によって拡散していくのであるが、その拡散の仕方は気象条件とりわけ風向き、風速、気温などの影響を受ける。また地形の影響も受ける。さらに降雨の場合には早く放射性物質は地上に落ちることになる.放射性物質が排出された時のこれらの気象条件がどうなるかは、さまざまであろうが、通常は条いくつかの典型的な場合を想定してなされるが、特に被害が大きくなる都市部に風がむかう場合を想定して到達及び被害の程度を算出する.
   甲第四〇号証はこの放射性物質排出と被害について評価している.すなわち炉心要求の経過を概説し、放射性物質の排出割合をラスムッセン報告に従って評価したのち、大気拡散の式を用いて環境への拡散・影響について評価をしている.この計算結果は被爆量としててレム単位で表されているが、現在使われているシーベルト単位には一〇〇レムを一シートベルトと置き換えて概算ができる。たとえば同号証一九五頁の図三−六によると、一〇〇キロメートル離れた地点でも短期の全身被爆量が一〇ミリシートベルトのレベルになり、公衆に対する限度一ミリシートベルトを大きく上回ることになる。そしてこれに準じて高浜二号機の炉心溶融の場合の被害を算出したのが甲二三号証の三である。たとえば一〇六キロメートル離れた堺においては個人被爆線量一八レムとなり、六万人のガン死者が想定される。これは低濃縮ウランの場合であるが高浜四号機の場合にはプルサーマルでありアクチニドが大量に含まれるため、約二倍の放射線量を浴びる可能性が有る(甲二一号証の一、甲二二号証の一)。


第五、ペレット外径と安全性の問題
 一、ペレットと被覆管との隙間(ギャップ)制御の重要性
  1.ペレットの外径が何故にミクロン単位にまで厳格に規定される必要があるのかについて、債権者らは既にペレットと被覆管間の隙間が重要であり、その隙間は運転期間を通じて厳しく制御される必要がある事を述べてきた。
  2.これに対し答弁書二六頁において債務者は「間げきは運転期間を通じて制御しなければならないのではなく、間げきについては最初に適切に設定することで運転期間を通じての燃料の健全性を確保できる」と述べる。
    ここでは債権者らの主張と何か違うことを述べているようにみえるが、この「最初に適切に設定する」目的は「運転期間中厳しく制御される必要」があるからであり、正に「最初に適切に設定」する重要な要素がペレット外径における適正な長さである。本件で外径について適切な検査を経ていない規格外ペレットの混入が安全性にとって重要な問題を提起するからこそ本件申立をなしているのであり、正に債務者がいう「最初に適切に設定」するという要件がデータ不正によって担保されないからである。
    ギャップの重要性は原子力安全委員会の基準「燃料棒の内圧は、通常運転時において被覆管の外向きのクリープ変形によりペレットと被覆管ギャップが増加する圧力を超えないこと」と規定していることからも明らかである。
  3.また、債務者は答弁書二六頁において「ペレット外径の変化は被覆管の外面温度に影響を与えるものではなく、ペレット外径は被覆管の酸化とは関係がない」などと述べ、乙第二〇号証を根拠としている。
    ところが、乙第二〇号証で債務者が根拠として持ち出しているのは「a.被覆管の温度」のところの計算式であるが、すぐ、その下に「b.燃料ペレットの温度」の項があるのに、その部分は提出されていない。
    甲第三八号証は乙第二〇号証と同じ「軽水炉燃料のふるまい」の昭和六〇年八月版(乙第二〇号証は平成一〇年七月版)であるが、その三三頁に乙第二〇号証と同じ計算式がでており、「a」↓(1).「b」↓(2)となっている。この(2)のところに「燃料ペレットの温度」がでており、ここにはペレット表面温度と被覆管の内面温度とを結ぶ式が書かれている。その二つは当然のこととして「ギャップ熱伝達率」を媒介にして結ばれている。債務者はわざとこの部分を落として都合のよいところを根拠としているが、科学性の本件訴訟において許されない作為行為をしている。
  4.なお、債権者らは甲第三七号証を提出するが、これは合衆国原子力規制委員会(NRC)原子炉規制局が一九九八年八月三日に出した「NRCインフォメーションノーティス98・29燃料棒被覆管酸化の予期される増加」であり、甲第三七号証の二は、その部分訳である。これによると、ウエスティングハウス社は被覆管の腐食モデルを訂正した。そのモデルによる酸化レベルがより高くなり、その結果被覆管の熱伝導度が低下して温度を上昇させ、それが被覆管のクリープ速度を上昇させる。そのことはギャップ再開(ペレットの被覆管のギャップがなくなった後に再び開く事は極めて危険として禁止されている)を引き起こすとしている。それだけでなく、高燃焼度による燃料ペレットの熱伝導度の劣化はさらに局所的燃料温度を増加させると結論している。
    債権者らは燃料ペレットの外径が仕様上限を超えた場合、このような傾向を促進するので非常に危険であることを主張している。
 二、ペレットと被覆管酸化の重要性(反応度投入事故−制御棒飛び出し事故)
  1.債務者は答弁書一六〜一七頁で、反応度事故模擬実験での燃料破損では発生エネルギーだけが問題であってペレット外径は何の関係もないかのような主張をしており、その証拠として乙第九号証を挙げている。このような見解は、いままさに問題になっている燃焼の進んだ燃料(とりわけMOX燃料)の健全性についてまったく知見がないに等しい。
    近年の反応度事故模擬実験の結果によって、燃焼の進んだ燃料の場合(乙第九号証は新品)、従来想定されていた燃料エンタルピのレベルよりもずっと低いレベルで、燃料がコナゴナになって破損するという事実が明らかになってきた(注:燃料エンタルピとは燃料の保有熱量のことで、一エンタルピとは燃料一g当たり一calの熱量をいう)。そこで原子力安全委員会の原子炉安全基準専門部会は平成一〇年二月に「発電用軽水型原子炉施設の反応度投入事象における燃焼の進んだ燃料の取扱いについて」(案)という報告書案を公表し、それは同年四月に報告書として確定された(以下でRIE報告書として引用:甲第三〇号証)。その中の第1図(一二頁)で近年の新たな傾向をもつ実験結果が総括され、それに基づいて新たな事実上の基準が設定されている。債務者の平成一〇年五月一一日付高浜四4号炉設置変更許可申請書も、この事実上の基準に沿うように書かれている。
 2.そのRIE報告書の一〜二頁(甲第三〇号証の九六二頁)でPCMI破損という型の破損の重要性が次のように記述されている。「燃料の燃焼が進むと、燃料被覆管(以下「被覆管」という。)は中性子照射、酸化及び水素吸収により、延性が低下するとともに、ペレットは核分裂生成ガスの蓄積等によって膨れ、さらに出力急上昇時には膨れ量が増加する可能性がある。このため、燃焼の進んだ燃料では、反応度投入事象の比較的初期の被覆管温度が有意に上昇する以前において、ペレットの急激な膨張に被覆管が耐えられず、割れが生じて燃料が破損することが考えられる。事実、燃焼の進んだ燃料を用いた米国のSPERT−CDC実験及びPBF実験、我が国のNSRR実験並びに仏国のCABRI実験においてこの型の燃料破損が観察されており、これは一種のペレット/被覆管機械的相互作用(Pellet/Cladding Mechanical Interaction)を原因とする破損(以下「PCMI破損」という。)と認められる」。
  3.この後、事実上の新たな基準の内容が次のように定式化されている。「このためPCMI破損を生ずる燃料エンタルピのしきい値(以下、PCMI破損しきい値という。)を考慮し、運転の異常な過度変化にあっては燃料エンタルピがこのしきい値を超えないこと、事故にあってはこのしきい値を超えてPCMI破損を生じ、これに起因する機械的エネルギやペレットの微細化が発生しても、原子炉の停止能力及び冷却性並びに原子炉圧力容器の健全性を損なわないことを確認することとした」。ここで導入されたPCMI破損しきい値は、第1図(甲第三〇号証九七〇頁)に総括的に記入されている。結局、燃焼の進んだ燃料は意外とたやすくコナゴナに破損するという新たな実験結果を総括して、事実上の新たな判断基準が平成一〇年四月に発効したのである。
  4.このように、いま新たに最も問題になっているのはPCMI破損というタイプの破損であり、この破損は通常運転中のペレットと被覆管の存在条件に依存することは明らかであり、とりわけ被覆管が通常運転中に酸化、水素脆化を起こして弱っているためにたやすく破壊されるのである。そしてこの酸化、水素脆化は被覆管の温度に強く関係し、その温度は隙間の状態に関係している。フランスのカブリ炉で行われた実験に使われた燃料は、原子炉で通常運転した燃料を取り出したものであったからこそ、上記の引用文にあるようにPCMI破損のタイプに入るのである。
  5.ところが、債務者が乙第九号証で引用している実験では、新品の燃料(未照射燃料)を使っている。この場合は被覆管も新品であり容易には破壊されにくい。パルス出力によって燃料内で瞬間的に発生するエネルギー(エンタルピ)によって燃料が瞬時に膨張するが、どこまでの発生エネルギーに被覆管が耐えられるかどうかというその瞬間だけが問題になる。結局この実験では、PCMI破損がペレット外径ひいては隙間(ギャップ)に関係しないという証明にはまったくならない。PCMI破損は、この実験のように瞬時の条件で決まるのではなく、長期にわたる通常運転中の燃料と被覆管の劣化を反映して決まるのであり、そこに隙間の状態も、したがってペレット外径も強く関与するのである。
  6.もし、燃料ペレットの外径データが不確かな場合、ペレット−被覆管機械的相互作用(PCMI)が想定より異なったものとなりさらに燃料も被覆管も劣化するおそれが生じる。そうなると、債務者が解析で想定した燃料棒の破損率一%(これを〇・四三%などと称しているが)を相当に超えて燃料ペレットと燃料棒の破壊が進むおそれが生じる。その場合でも、炉心の冷却性が確保されるのか、何も確認作業がなされていないのである。
    もし冷却水の流路閉塞が起これば、炉心の冷却性が損なわれ、炉心溶融に至る可能性が生じる。その場合、放射能が大量に施設外に放出されることは免れない。
 三、大LOCA時の燃料破裂による炉心冷却形状破壊等の可能性
   「ECCS性能評価指針」(甲第四号証の二)では、基準として被覆管酸化膜厚さに制限を設け、かつ水素発生量に制限をおいている。これは大LOCA時でも炉心冷却形状を維持すること、及び水素爆発により格納容器が破壊されるのを防ぐためである。しかし、ペレット外径が仕様内にない場合、被覆管の酸化と水素脆化がそうとうに進んで基準が満たされる保証がなくなり、炉心溶融に至る危険性が生じる。
 四、以上詳しく述べたようにMOX燃料ペレットの外径が正しく仕様値内におさまらなかったならば、以上指摘した危険性が存在している。そして、前第四項で述べたように、原子力発電所の安全性を担保している安全評価指針が前提としている規格をはずれることによって、ペレットと被覆管の関係における安全性に危険が生じれば、安全基準によって未然に重大事故への発展を防護するという機能の保証がないわけであって、重大事故及び同事故による放射能の排出拡散により近畿一円の住民に対し深刻な被害が及ぶ危険性がある。


第六、結論
 一、以上、詳論したように、本件高浜四号機用MOX燃料に規格外の燃料ペレットが多数存在する事実について債務者は同事実を否定する立証をなすことができず、その結果規格外ペレットの存在こそが強く推認され、このまま、債務者においてこれら燃料を装荷して運転すれば、本件安全審査基準によって担保されるべき安全性はなんら担保されず、制御棒飛び出し事故や冷却材喪失事故が生じた場合には、放射能を格納容器内に閉じこめるという防護機能が働く保証がないことが立証された。もし、これら事故が発生した場合には債権者らにおいて放射能被曝による被害を蒙る可能性があるから、債務者がこれを装荷して運転を始める前に差し止める必要性がある。
 二、なお、茨城県東海村における事故について平成一一年一一月五日、原子力安全委員会・ウラン加工工場臨界事故調査委員会は、「緊急提言・中間報告書(案)」(甲第四一号証)を出したが、その緊急提言の中の(3)原子力関係事業者における安全確保の徹底等において「原子力安全の確保は、たとえ国がどのように厳しい規制をかけたとしても、その規制によってのみ果たし得るものではない。安全確保の第一義的な責務は事業者にある。特に我が国のエネルギー政策において重要な地位を占める原子力産業の関係事業者は、この点について厳しい意識を持つべきである。」と述べ、種々の措置を命じている。
   本件において債務者は、自ら安全として設定したMOX燃料ペレットの外径が正しく検査されず、規格外ペレットが混入する危険性を認識し、もしくは、認識しうるべくして、なお、装荷して運転しようとしていることは決して許されるべき行為ではない。



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