クリプトン85地表濃度に関する原燃の著しい過少評価
ラ・アーグでの実測値は原燃計算値の600万倍にも
―ラ・アーグでの実測値と気象指針による計算値との比較―


1.クリプトン85地表濃度に関する日本原燃の計算方式
 六ヶ所再処理工場では、クリプトン85は全量が高さ150mの排気筒から放出される。クリプトン85は、99.6%の確率でベータ線だけを放出し、残りの0.4%でベータ線とガンマ線を放出するが、実効線量に対して効くのは基本的にガンマ線である。
 日本原燃による実効線量の計算は、再処理施設安全審査指針の指針2(平常時の線量評価)の指示どおり、気象指針に基づいて行われている。排気は排気筒からさらに高く吹き上がるとされ、大気安定度によって異なるが、原燃の標準では吹き上がり高さは190mである。放射能雲(プルーム)の中心は常にその高さの位置にあるとされ、風に流されつつ上下左右に拡散すると仮定されている(原発施設の場合の下図参照)。風速は一般に高さによって異なり、排気筒高さでは大きく地表面では小さいが、計算ではプルーム全体が排気筒高さでの風速に従って流されると仮定している。排気筒近くでは、プルームが下まであまり拡散してこないので、地表面濃度は小さいという結果になる。
 はたして気象指針による計算は妥当なのだろうか。フランスのラ・アーグでは、実際に地表面でのクリプトン濃度が測定されているので、それと比較することによって妥当性を調べることができる。その結果、日本原燃の計算結果は、特に排気筒近くで著しい過少評価になっていることが明らかになる。

2.日本原燃も取り上げているラ・アーグでの測定結果とCTA
 青森県が2006年2月7日に公表した資料に添付されている日本原燃の2月7日付参考資料1には、ラ・アーグでの測定結果の一部が、下記の参考図1のグラフで紹介されている。


 そこには、1秒間当たりの排気筒からの放出率(Bq/s)と風下地表面でのクリプトン濃度が一つのグラフに書かれている(赤い線が濃度)。このグラフの例は、その右側に書かれているように、排気筒高さ100m、風下距離1000m地点、排気筒高さでの平均風速11.1m/s、大気安定度Dの場合であった。このデータは上記出典※1に書かれているが、それはフランス環境省の原子力安全・保全研究所(Institut de Protection et de Sûretê Nuclêaire)が行った実測のレポートである。
 そのレポートでは、日本原燃が引用しているグラフを含めて34の測定データが報告されている。各データごとに前記のグラフと同じように、風下距離、排気筒高さでの平均風速、大気安定度が報告されている。大気安定度はC型が4例で、残りの30例はすべてD型であった。
 そこで実際に報告されているのは大気流動係数CTA(Coefficient de Transfert Atmosphêrique)と呼ばれる量である。例えば前記のグラフには3つの山が見られるが、その山ごとに、一定時間の平均放出量と対応する平均地表面濃度を読み取ることができる。後者を前者で割れば、1秒間に1Bq放出したときの地表面濃度が得られる。これがCTAである。つまり、
    CTA=1秒間に1Bq放出したときの真風下での地表面濃度
前記グラフの例では、3つの山に対応した3つのCTAが得られている。

3.気象指針を用いたCTAの計算
 そこで今度は、日本原燃が採用した気象指針の計算方式をそのまま用いて、ラ・アーグの各測定例のCTAを計算してみる。ここで計算するのは、六ヶ所の場合ではなく、ラ・アーグの測定条件(排気筒高さ100m)の場合である。
気象指針の計算式は4つのパラメータを含んでいる。排気の吹上げ高さH、平均風速U、風下距離Xでの拡散の水平方向幅及び上下方向幅をそれぞれ決めるσyとσzである。このうちUは排気筒高さでの実測値で決まり、σyとσzは大気安定度A〜Fについて各計算方式が気象指針に書かれている。
 問題は吹き上がりの高さHであるが、これは大気安定度に依存して決まるような計算式が日本原燃の申請書に書かれている。また、日本原燃の前記参考資料に、標準の場合として、六ヶ所の排気筒高さ150mの場合には190mを採用すると書かれている。ここでの計算対象はラ・アーグ排気筒高さ100mの場合であるが、日本原燃と同じ吹上げ比率(190/150)を用いて吹上げ高さH=125mの場合を計算する。また、比較のためにH=100mの場合も計算しておく。
 
4.計算結果と結論−日本原燃の計算への大きな疑問
 出典※1のレポートに書かれている34例中の大気安定度D型の30例について、気象指針によりCTAを計算した。H=125と100の場合の計算結果を、測定値とともに、下記の最初のグラフで示している。横軸は排気筒から風下方向への距離である。これを見ると、気象指針による計算値は予想通り排気筒近くで著しく下がっているが、測定値の方は意外と排気筒近くでも下がっていないことが分かる。また、吹き上がりの高さHが大きくなると、地表面濃度が相当に大きく下がることも分かる。
 次に、測定値と計算値の比を考え。比R=CTA(実測)/CTA(気象指針)は、毎秒ある量が放出されたときの地表面濃度に関する実測値と計算値との比を表している。その結果を下記の第2のグラフで示している(線は近似式を表す)。排気筒からの距離が小さいほど、ラ・アーグでの実測値は気象指針による計算値を大きく上回っている。距離が575mでは、600万倍もの値を示している。逆に気象指針は、実際の600万分の1程度の値しか実現していないということである。ということは、排気筒の傍であっても、気象指針に反して、クリプトン85が予想外に早く地表面に到達することを示している。
 さて、地表面におけるクリプトン85濃度が原燃の計算値(その元は再処理施設安全審査指針の方式)と大きく異なり、日本原燃は著しい過少評価をしていることが明らかになった。このことは否定しようのない事実である。そこで日本原燃や原子力安全・保安院は次の点について明確に答えるべきである。
(1)日本原燃(及び安全審査指針)の計算方式による地表面におけるクリプトン85濃度がラ・アーグでの実測値と比べて著しく過少評価になっていることについて、どう考えるのか。
(2)この事実を踏まえると、クリプトン85による実効線量の計算結果も過少評価になっている可能性があるが、それについてどう考えるか。
(3)クリプトン85からのベータ線照射による皮膚の等価線量の過少評価についてどう考えるか。
(4)原燃の評価では、炭素14など他の気体放射能もクリプトンと同じ拡散挙動をすると考えている。大気中放射能からのガンマ線照射以外のすべての被ばく(大気中ベータ線、地表沈着によるガンマ線、呼吸、農産物と畜産物の摂取による被ばく)はすべて放射能の地表面濃度で決まる。その地表面濃度の過少評価によるこれら被ばく線量の過少評価をどう考えるか。

(注)地表面濃度に関する事実から直ちにクリプトン85による実効線量が同じ比率で高い値を示すと結論することはできない。なぜなら、前述のように、実効線量をもたらすのは基本的にガンマ線であるため、地表面に居る人から十分離れた上空などのプルーム全体からの照射で実効線量が決まるからである。つまり実効線量は、クリプトン85の地表面濃度だけでなく、広い範囲の濃度分布で決まるのである。その濃度分布をどのようなモデルで捉えるかによって、実効線量は異なってくる。