陳 述 書
六ヶ所再処理工場からの放射能大気放出に関する
被ばく評価への気象指針の不適用性について


2006年9月22日
                       小山 英之
美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会 代表

 六ヶ所再処理工場の排気筒から放出される排気中の放射性物質(放射能)による被ばく計算に当たっては、気象指針(「発電用原子炉施設の安全解析に関する気象指針」)を適用することが「再処理施設安全審査指針」で規定されている。しかし実際には、高い放出源の場合、気象指針の適用は被ばく線量の著しい過少評価をもたらす。このことが、フランスのラ・アーグで1997〜98年に実施されたクリプトン85の地表空気中濃度の実測によって明らかになった。排気筒に比較的近い風下でのクリプトン85の地表空気中濃度について、気象指針による計算値は、実測値を大幅に下回ることが示される。
 実測の対象となったのはクリプトン85の地表空気中濃度であるが、その濃度はどの核種にも共通に当てはまるものと考えられている。その考えは、フランスで前提とされており、気象指針でも日本原燃の計算でもやはり前提とされているものである。
 フランスでは、計算値と実測値が合わないという前記の事実は、政府やコジェマも含めたグループGRNC(Groupe Radioecologie Nord-Cotentin)で公認されている。従来方式に代えて測定事実を優先させる現象論的なAlternative Methodを採用することで、すでに2000年に合意が得られている。そのGRNC報告書では、気象指針流のモデルは、放出源が高い場合、比較的排気筒に近い場所では、適用できる保証がないことが指摘されている。
 六ヶ所再処理工場の高さ150mという高い排気筒放出源の場合、フランスで公認のAlternative Methodを適用すれば、現行約19μSvという被ばく線量の評価を大幅に変更しなければならない。このことを以下で示し、最後の第4節で量的評価も試みる。
 また、気象指針の不適用性に関連して、次の2つの問題点を附論として記述しておきたい。
(1)2006年8月18日に六ヶ所再処理工場で起こったシャフトモニタ(Eモニタ)の異常
(2)逆転層の問題
 Alternative Methodの考え方は、直接には地表空気中濃度に適用されるものであり、それだけではガンマ線被ばくに関する評価はできない。ガンマ線被ばくは地表だけでなく空気中濃度分布全体で決まるからである。そこで、参考付録において、Alternative Methodの一つの自然な延長線上で、空気中濃度分布のモデルを提案し、それに基づいてガンマ線被ばくも含めた実効線量の量的再評価を行う。この考えは一つの仮説である。その実験的な確認作業は日本の政府と日本原燃に求めたい。
 結論は、被ばく評価に気象指針を適用せよという「再処理施設安全審査指針」は誤っているということである。政府はこの指針を改めて、フランスのAlternative Methodのような別の計算方式に基づいて計算をやり直すよう、日本原燃に指示すべきである。日本原燃は計算をやり直し、改めて安全評価を受ける必要がある。少なくともそれまでは、六ヶ所再処理工場のアクティブ試験は中止すべきである。

1.気象指針に基づく空気中放射能濃度の計算方式
 日本原燃による実効線量の計算は、「再処理施設安全審査指針」の指針2(平常時の線量評価)の指示どおり、「発電用原子炉施設の安全解析に関する気象指針」(気象指針)に基づいて行われている。実効線量計算の基礎になるのは気体放射性物質(放射能)の空気中濃度であり、その評価を行う方式が気象指針に示されている。
 気象指針では、放射能の空気中濃度は(崩壊による減衰を無視するとき)次のガウス型関数で与えられている。1秒間当たりの放出量(Bq)つまり放出率をQ(Bq/s)、風速をU(m/s)とするとき、空気中濃度は核種によらず次式で表されるとされている(つまり、どの核種も同じ拡散挙動をすることが前提にされている)。

    χ(x,y,z)=[Q/U]G(y,z,σy,σz,H) ----------------------- (1)

    G(y,z,σy,σz,H)=[1/(2πσyσz)]exp(-y2/(2σy2))
        ×{exp(-(z-H)2/(2σz2))+ exp(-(z+H)2/(2σz2))} ----- (2)

ここで座標は、図1のようにとられている。後で登場する地表空気中濃度の式は、風下距離 x で、ちょうど風下方向(y=0)で地表(z=0)の場合、y=0,z=0を代入すれば次式となる。

    χ(x,0,0)= [Q/U][1/(πσyσz)]exp(-H2/(2σz2)) ------- (3)

ここで、exp(F)=eF である(eは自然対数の底でe=2.718・・・)。式(2)のガウス型関数 G の{ }内の形は地表面での完全反射を表現している。
 式(2)の H は放射能雲(プルーム)中心の高さである。排気は排気筒からさらに高く吹き上がるとされ、その有効高さは排気筒高さでの風速によって異なる。ただし、プルーム中心の高さ H は図1のように、距離 x に依らず常に初期有効高さに等しいと仮定されている。



 プルームは風に流されながら上下左右に拡散していく。その広がりの目安を示すのがσy、σz であり、距離xとともにだんだんと大きい値をとるように気象指針で計算方式が与えられている(図1にその様子を示すが、プルームは楕円で示す範囲を超えて広がっている)。距離を示す x 軸に垂直な y-z 平面内のすべての放射能を集めると(積分すると)、その値は x によらず常に Q/U に等しい(この性質は「保存則」と呼ばれている)。  
 風速は一般に高さによって異なり、六ヶ所再処理工場における日本原燃の観測結果によれば、150mの排気筒高さ付近での平均風速は、高さ10mでの平均風速の約2倍である。しかし、計算ではプルーム全体が排気筒高さでの風速に従って流されると仮定している。式(1)が示すように、放射能空気中濃度は風速に反比例するので、この仮定は被ばく線量の過少評価をもたらす。この問題は排気筒が高い場合に含まれる一つの矛盾である。
 拡散の仕方は大気安定度A〜Fによって異なり、図1のσy、σz の値はそれぞれの安定度に応じて決まるよう気象指針で与えられている。大気安定度が D の場合を図2に示す(原発施設からの放出の場合の図)。
 このような気象指針に基づく計算モデルでは、安定度の比較的高いD〜Fの場合、排気筒近くではプルームが地表面までほとんど拡散してこないので、式(3)で計算される地表空気中濃度は非常に小さいという結果になる。その様子を図3で示しておこう。この図3は、風下が ESE(東南東)方向の場合に、単位放出(Q=1Bq/s)かつ単位風速(U=1m/s)の場合の、ちょうど風下方向での地表空気中放射能濃度(Bq/m3)を表している。ESE方向の敷地境界(X=1100m)の位置では、D、E、Fタイプの濃度は非常に小さいことが分かる(Fタイプはグラフ上では見えないほど小さい)。


2.気象指針の不適用性−ラ・アーグでの実測データとの比較
 ここでは、気象指針に基づく計算結果とフランスのラ・アーグでの実測値を比較して、気象指針が不適用であることを示す。そのために、まず原燃が「標準」としている場合を見ておこう。フランスでの実測値はクリプトン85について得られたものであるが、前記のように、すべての核種の空気中濃度はクリプトン85のそれと同じに振舞うことが、フランスでも日本でも公然の前提とされている。
 2006年2月7日付けで青森県が公表した資料に、日本原燃の2月7日付参考資料1[1]が添付されている。その中では、「標準」として風速が U=5m/s で大気安定度 D-タイプが取り上げられている。また、その資料中に書かれている図(ここでは図4として引用)には、「濃度測定値の例」としてラ・アーグでの測定結果の一部が紹介されている。このラ・アーグでの地表空気中濃度の実測データと気象指針による計算結果を比較すれば、以下で示すように、気象指針の妥当性がチェックできることになる。


 図4で日本原燃が引用しているグラフには、1秒間当たりの排気筒からの放出量、つまり放出率(Bq/s)と風下地表面でのクリプトン85の空気中濃度が一つのグラフに書かれている(はっきり見えている方が濃度)。このグラフの例は、その右側に書かれているように、排気筒高さ100m、風下距離1000m地点、排気筒高さでの平均風速11.1m/s、大気安定度 D の場合である。このデータは下記図4中に引用されている「出典:※1」に書かれているが、それはフランス環境省の原子力安全・保全研究所(Institut de Protection et de Sûreté Nucléaire)が行った実測のレポート[2]である。
 そのレポートでは、日本原燃が引用しているグラフのデータを含めて34例の測定データが報告されている。データごとに図4中のグラフと同じように、風下距離、排気筒高さでの平均風速、大気安定度が報告されている。また、それらのデータが3つのモデル(Doury, Pasquill,CAIRE)で検討されている。大気安定度は、Doury Modelでは英語で normal と weakの2分類されているが、後の2つのモデルでは A〜F の6分類になっている。測定34例は2分類ではすべてnormalであるが、6分類では C型が4例で、残りの30例はすべて D型である。
 そこの実測値は、大気流動係数CTA(Coefficient de Transfert Atmosphérique)と呼ばれる量である。例えば図4中のグラフには3つの山が見られるが、その山ごとに、一定時間の平均放出量と対応する平均地表空気中濃度を読みとることができる。後者を前者で割れば、1秒間に1Bq 放出したときの地表空気中濃度が得られる。これがCTAである。つまり、
    CTA=1秒間に1Bq 放出したときの真風下での地表空気中濃度
であり、式(3)で Q=1 とした値に他ならない。図4中のグラフの例では、3つの山に対応した3つの CTA が得られている。
この節の目的は、ラ・アーグでの実測値と気象指針による計算値を比較して、気象指針の妥当性をチェックすることであった。そのため、気象指針の計算方式をそのまま用いて、ラ・アーグの各 D 型測定例の CTA を計算してみよう。ここで計算するのは、ラ・アーグの測定条件(排気筒高さ 100m )の場合である。有効高さ H をどうとるかが問題になるが、日本原燃の図4を含む参考資料[1]に「標準」の場合として、六ヶ所の排気筒高さ 150m の場合には 190m を採用すると書かれている。その比率を採用し、ラ・アーグ排気筒高さ 100m の場合に有効高さを127m とする。また、比較のために H=100m の場合も計算しておこう。
 その計算結果を「出典:※1」[2]の D 型30例の実測値とともに次の図5で示す。これを見ると、気象指針による計算値は予想通り排気筒近くで著しく下がっているが、実測値はほぼ一定の値を保っているのが分かる。また、気象指針による計算では、有効高さが H=127 のときは H=100 の場合と比べて、地表空気中濃度が大きく下がることも分かる。

 日本原燃が六ヶ所再処理工場に関して実効線量の計算を行っている方式は、上のグラフで計算値(H=127)の場合に相当している。これをラ・アーグでの実測値と比べると、著しい過少評価になっていることは一目瞭然である。
次に、フランスでは、この理論と実測とのギャップがどう捉えられているかについての概略を述べておきたい。

3.フランスにおける Alternative Method の採用
 フランスではすでに2000年にこのギャップが公的に認識され議論された結果、それまでの理論は捨て去り、別の方法(Alternative Method)を採用することで、コジェマや政府も含めて合意が得られているということである(ここの記述は下記 GRNCの報告書[3],[4] 及びACRO の David Boilley 氏から直接聞いた内容に基づいている)。
 フランスで気象指針に相当する計算方式は Doury Model であり、図4中の「出典:※1」[2]の中でも紹介されている。計算式のベースは気象指針と同じガウス型関数(式(1)〜(3))であるが、排気筒からの距離によって水平方向と縦向き方向の広がり方を示すパラメータσy、σz だけがある程度違っている(σzの比較を図6で示す)。ただし、大気安定度 A〜F という分類ではなく、前述のようにnormalとweakという2分類になっており、図4中の「出典:※1」で報告されているタイプ C と D に相当する34の測定例はすべてnormalに分類されている。


 それはともかく、フランスではこの問題は GRNC(Groupe Radioecologie Nord-Cotentin)という1997年に設置されたグループによって検討されている。このグループは元々J.F.Viel教授によって提起されたラ・アーグ周辺の小児白血病問題を調査する目的で、環境省と厚生省によって召集されたもので、コジェマや政府系の IRSN(IPSN) や海軍、また核放射能に関する専門家の市民団体である ACRO や GSIEN などで構成されている。そこで前記の理論と実測値とのギャップが問題となり、議論の結果2000年に、それまでのDoury Modelの計算方式は捨てること、それに替えて現象論的に実測値をそのまま認める方式のAlternative Methodを採用することで合意が得られている。
 そのAlternative Methodの真髄は、要するに前記の実測データをそのまま認めることである。図5の CTAの実測値グラフを見れば、実測データはほぼ一定の値で推移している。この事実を認め、Doury Modelでピークとなる距離までは、CTA はそのピークの値(MAX値)をとることにしようというものである(以下、この方式をMAX方式と呼ぶ)。
 Alternative Methodは GRNC の報告書[3]の6.2節とその ANNEXE(付録) XXVI[4]の中でもう少し細かく規定されている。それによれば、すべての場合にMAX方式を当てはめるのではなく、排気筒からの距離と風速によってDoury Modelが適用できるか否かが下表のように分類されている。

    (注:GRNC報告書[3]44頁の表より。○はDoury Modelが妥当、×は失格)

上の表を見れば、六ヵ所で最大被ばく線量が問題になる敷地境界付近の距離1000m付近では、D<=1500mの場合に相当するので、風速によらずすべてDoury Modelは「失格」で、MAX方式を当てはめるべきだとの結論になっている。
 本質的に重要なことは、フランスではそれまでの理論が実測に合わないことを素直に認め、実測値を重視する別の方法を採用することをすでに6年も前に、しかも市民団体も含めた広範囲の人々の知恵を集めて決めていることである。GRNC報告書の「6.2.1.2.1 モデルが妥当である領域」では、「ガウス型分布モデルでは、風の軸からの垂直距離が鉛直面内における拡散の標準偏差(注:σz)の2ないし3倍を超える離れたところでは適用されるべきではない」と書かれている。図6のグラフで見ると、距離1000m地点でのσzは D 型で32mであるから、その2倍はもちろん、3倍の96mとしても150mの排気筒高さからは地表面に届かない。したがって六ヵ所では距離1000m付近で気象指針 D 型は適用できないことになる。
 このようなことを日本の政府や日本原燃は知らなかったのだろうか。いずれにせよ、気象指針の方式が適用できないことは、フランスでの測定事実によって明確である。

4.結論
 六ヶ所再処理工場からの大気放出放射能による実効線量の計算の基礎を与えている気象指針の適用は妥当性を失っている。このことがラ・アーグでのクリプトン85の実測データとの比較から明らかになった。すべての核種の濃度はクリプトン85と同じ法則に従うことが前提にされているので、この結果はすべての核種の地表空気中濃度について言えることである。
 日本原燃の事業(変更)許可申請書に書かれている実効線量の計算方式によれば、全体の計算の基礎になるのは次の3つの量である。
(a) 空気中放射能からのガンマ線被ばく−これは人のいる地点から数百mにも及ぶ範囲内の空気中放射能濃度の全体的分布で決まる。
(b) 雨によって降下し地表沈着する放射能による被ばく−これはある地点の上空全体にあって降下してくるべき全放射能量によって決まる。
(c) その他すべての被ばく(空気中放射能によるベータ線被ばく、雨以外の降下による地表沈着放射能による被ばく、呼吸による被ばく、農産物と畜産物の摂取による被ばく)−これらは、地表空気中濃度によって決まる。
 したがって、地表空気中濃度の評価誤りは、直接的に上記(c)のすべてに影響を与える。また、実効線量だけでなく、皮膚の等価線量の評価にも直接に影響を及ぼす。
 そこで、六ヶ所再処理工場の場合に、地表空気中濃度にAlternative Methodを適用するとどの程度の違いが出るか、量的評価を試みよう。

■地表空気中濃度に関するAlternative Methodの適用
 フランスのAlternative Methodの考え方を六ヶ所再処理工場に場合に適用しよう。これは、直接には地表空気中濃度(CTA)に適用できる考えであり、その本質はCTAがピークをとる地点より排気筒側ではどこでもピークの値をとる(MAX方式)という点にある。
 大気安定度 A と B では図3のグラフから明らかにように、地表空気中濃度のピークが敷地境界付近またはそれより排気筒側にあるので、Alternative Methodの適用は問題にならない。それで C〜F の場合にMAX方式を適用する。
 原燃の計算方式では、方位を16に分け各方位にある22.5度の扇形領域内の平均値を求めている。その際、ある方位の地表空気中濃度を計算するときに、両隣の領域に風が吹く場合の効果をも考慮にいれて合成している。
 このような計算の基礎になるのは、単位放出(Q=1Bq/s)で単位風速(U=1m/s)の場合の地表空気中濃度である。式(1)より、放出が Q で風速が U の場合は、これに Q/U をかければよい。そこで、各方位ごとに地表空気中濃度のピークを求めてMAX方式を適用し、そのMAX方式で定義した地表空気中濃度を用いて、後は原燃が事業(変更)許可申請書で説明している計算方式及び諸データを用いて計算する。ガンマ線被ばく及び雨で降下する放射能による被ばくについては従来どおりの値を用いることになる。
 その結果、最大実効線量として、36.0μSvが得られた。その内訳は、地表面に蓄積する放射能による被ばくの最大値として W(西)方向の1000m地点で0.27μSv、他はすべて ESE 方向の敷地境界1100m地点で最大値が得られてその合計は35.73μSvとなる。原燃による評価値約19μSvの2倍近い値となる。フランスでは線量目標値が30μSvだということだから、それをも上回っている。

 さらには、気象指針の方式が成り立たない物理的要因をつきつめていけば、当然のことながら空気中全体の濃度分布の再評価につながり、その結果、上記(a)のガンマ線被ばくの再評価にまで行き着くのは必然である。この点は、参考付録で考察する。
 六ヶ所再処理工場の安全評価の基礎が誤っていることが明確になった以上、従来の安全評価は直ちに白紙に戻すべきである。
 フランスではこの誤りがコジェマや政府からも公認されており、それに代わる現象論的な方法Alternative Methodがすでに2000年から採用されている。日本の原子力安全・保安院や原子力安全委員会や日本原燃がこの事実を知らないとは考えられない。事実を隠したまま試験運転を強行しているのは許されることではない。直ちに試験運転を中止すべきである。

附論1.六ヶ所再処理工場で発生したシャフトモニタ(Eモニタ)の異常が示す気象指針適用性の破綻
 六ヶ所再処理工場でのアクティブ試験の第2ステップは8月12日から始まっているが、使用済み核燃料のせん断は8月18日から開始された。その18日の23時ごろに6体目をせん断しているとき、シャフトモニタ(Eモニタ)が下記グラフが示すように突然高い値を示すという異常が発生した(下記グラフは原燃のホームページのモニタグラフより数値を読みとって再現したもの)。この異常は下記で述べるように、気象指針を適用する指針の破綻を示すものである。
 Eモニタはピーク時には、通常レベルのほぼ2倍にも達する値を示している。Eモニタは海外から返還された高レベルガラス固化体用の貯蔵建屋に設置され、冷却空気中のアルゴン41を監視することを通じて、ガラス固化体における中性子の異常発生を監視している。アルゴン41は、空気中のアルゴン40がガラス固化体の発する中性子を吸収して生じるからである。


 しかし日本原燃の説明によれば、今回の異常はガラス固化体での中性子の異常発生によるものではなく、主排気筒から放出されたクリプトン85などの放射能が貯蔵建屋に侵入したことによって起こったものだという。確かにこの頃、上記の主排気筒ガスモニタ(A1モニタ)が示しているように使用済み核燃料の5体目と6体目のせん断によるクリプトン85などが主排気筒から放出されていた(A1モニタの示す山3つ組が1体のせん断に対応している)。Eモニタはアルゴン41の発するベータ線を検知するのであるが、主排気筒から放出され冷却空気に混入したと想定されるクリプトン85もベータ線を発するので、それを検知したものと思われる(アルゴン41はベータ線とともにガンマ線を99.1%の確率でだすので、多くの場合ガンマ線を検知するモニタが使われるようであるが、Eモニタはベータ線を検知するモニタだということは原燃に確認した)。
 原燃の当初の説明によれば、Eモニタの異常現象は次のようにして起こったという。それより前の21:40ごろから20分間ほど無風状態(静穏)が出現し、そのために主排気筒から放出された放射能が風に流されなかったために、ガラス固化体貯蔵建屋に侵入する事態が出現したというのである。これはある種の常識に基づく説明かもしれない。しかし、原燃の立場では、その説明は常識によるのではなく、あくまでも気象指針に基づくものでなければならない。なぜなら、原燃の被ばく線量評価は気象指針に基づいているからである。もしこの現象が気象指針で考慮されていないのであれば、被ばく線量の評価も見直しが必要になる。
 Eモニタのあるガラス固化体貯蔵建屋の中心は主排気筒のほぼ西側約360mの位置にある。したがって、主排気筒から放出された放射能が建屋に入るためには、西向きの風に乗らねばならない。ところが、気象庁の六ヶ所地点データによれば、静穏状態が終了した22:00以降、風はほぼ東に向かって吹いており、またEモニタが立ち上がりかける22:40ごろまでには40分間が経過している。風速1m/sでも40分も経過すると2400m進むのである。それゆえに、静穏状態のころに放出された放射能は、Eモニタが立ち上がりかけるころには、すべて主排気筒より東方の遠方に流されていると見なすべきである。日本原燃の静穏説が失当であることは明らかである。
 とにかくEモニタが立ち上がるころには、風は東に向かって吹いているのだから、ガラス固化体貯蔵建屋に入った放射能は、建屋より西方からきたとしか考えられない。Eモニタのグラフは少なく見ても1時間は通常より高い状態にある。その間の風速を1m/sとしても、風向き方向に3600mの広がりをもつ放射能の帯があって、それが建屋をとおり過ぎて行ったことを意味している。しかも、Eモニタグラフをよく見ると、影響は翌日の2:00過ぎまで3時間以上にわたって続いているのだから、実はこの帯はもっと幅広いものであったに違いない。
 そうすると、西から来た放射能の帯はいったいどこから来たのだろうか。静穏が始まる21時台より前はほぼずっと西に向かって風が吹いていた。使用済み核燃料のせん断は18日の午前11時台から続いていたので、主排気筒から放出された放射能は西方向に流されていた。それらの放射能が、静穏を境にして東向きに転じた風に乗って吹き戻されてきたに違いない。このように考える以外に建屋に放射能が入った理由は考えられない。
 ところが、このような吹き戻しによって、主排気筒から360m離れた点に放射能が降下してくるような効果は、気象指針ではいっさい考慮されていないし、日本原燃の被ばく線量計算でも考慮されていない。
ここまでの論は、気象庁六ヶ所観測地点のデータに基づいて進めてきた。しかし、気象庁六ヶ所観測地点は再処理工場から南南西に約10km離れているので、再処理工場敷地付近の風向・風速と多少違っている可能性がある。この点、市民からの質問に対して日本原燃は9月11日に口頭で、18日の21:00〜22:40の敷地内での風向・風速データを回答した。それによれば、観測機器は敷地内のモニタリングポストMP2の付近におかれ、高さは150mの位置にあるという。そのデータを見ると、風向に関する基本的なパターンは気象庁データと変わらないので、上記の基本的な論理を変える必要は認められない。風速は気象庁データよりかなり大きいが、それは観測機器が高さ150mの位置にあったためだと考えられる。
 他方、日本原燃はあいまいながら静穏と関連づけて、排気筒から建屋に直接放射能が侵入した可能性にこだわっているようである。そのため、風速0.5〜1m/sで主排気筒から約400m離れた地点に放射能が直接降下する可能性について、気象指針に基づいて考察してみる。
 気象指針では静穏の場合の風速は0.5m/sにとるとしている。18日は日照ゼロなので大気安定度をD型、U=0.5〜1m/s、H=150m(吹き上がりなし)、Q=5.5×1010Bq/s(放出率の最大値)として、(3)式に基づいて地表空気中濃度を計算する。そうすると、地表空気中濃度は100兆分の1(Bq/m3)のオーダーにしかならない。静穏時には高く吹き上がるので、吹き上がりの高さを考慮すればさらに大幅に低下する。つまり気象指針に基づけば、Eモニタが放射能をはっきりと検知するなどということは絶対に起こりえないのである。
 これらの事実は、取りも直さず、気象指針が誤っていることを如実に示している。それどころか、放射能の広がりをもつ帯が地表近くを漂い、移動していくことによって、予想もしなかったような被ばくを敷地内の作業者や周辺住民にもたらす可能性が新たに浮上したと見るべきである。
したがって、被ばく評価に気象指針を適用するという方式は根本的に再検討されるべきである。

附論2.逆転層に関する気象指針の余りの予断的扱い
 ラ・アーグでの測定結果は、事実上、気象指針の規定について改めるべき点を他にも指摘している。その重要な一つが逆転層に関する気象指針の解説VIIの「2.上層逆転層」の記述である。
 そこでは結論として次のように述べている。「このようなことから、上述のような上層逆転層の発生は、比較的少ない現象であること、たとえ発生してもそれ程大きな濃度を示さないと考えられることから、上層逆転層については、とくに計算に入れないことにした」。
 この記述に対する批判はすでに原告準備書面59で述べられている。ここでは、簡潔に二つの観点から、すなわち「たとえ発生してもそれ程大きな濃度を示さない」という判断と、「・・・と考えられることから、・・・とくに計算に入れないことにした」という姿勢について、その誤りを指摘したい。
 第一の「たとえ発生してもそれ程大きな濃度を示さない」という判断についは、ラ・アーグの事実に照らせば明らかに誤っている。なぜなら、ラ・アーグでは別に逆転層が発生したとは言われていないが、それでも地表空気中濃度が気象指針方式と比べて極めて大きな濃度を示した。ところが気象指針では、「排気筒のすぐ上にふたがあるように考える」ほどの「非常に厳しい前提を用いて得た(地表空気中濃度の)計算値は、指針の拡散式によって得た値と比較して極端に大きくはなかった」と述べている。この記述はむしろ、その計算値が余りにも現実離れしていることを示しているのである。要するに気象指針は、事実に基づく判断ではなく、濃度の高まりはあり得ないと頭から断定しているにすぎない。
 第二は、「・・・と考えられることから、・・・、とくに計算に入れないことにした」という姿勢であるが、これは安全側とは逆の予断の立場に立つことを表明している。ラ・アーグの実測値はそれまでの計算上の公的立場を崩したのであるが、これはまさに「考えられる」という立場に事実が対置されたのである。「計算に入れないことにした」というのは、具体的な現実に対してあり得ないという観念を対置することを表明している。安全側に立つはずの指針が、なぜ青森でヤマセが発生するという個別の状況に応じて具体的に判断しようとする積極的な姿勢を封じ込めようとするのだろうか。このような姿勢は安全審査の根本精神に反していると言わざるをえない。


[参考付録] Alternative Methodの延長線上での空間濃度分布モデルとその六ヶ所再処理工場への適用による実効線量の再評価
 ここでは、本文第4節の(a)に記したガンマ線被ばくを考えるために、MAX方式の延長線上で放射能の空気中濃度分布のモデルを構築し、それを用いてガンマ線被ばくを含む実効線量の量的再評価を行う。
 Alternative Methodの神髄のMAX方式は、直接には地表放射能濃度に関して適用されるものであるが、そのような方式が妥当性をもつ物理的要因が背後にあるはずである。それは放射能雲(プルーム)全体の拡散をどのようなイメージで捉えるかという問題である。
 気象指針やDoury モデルでは、プルームの中心は常に有効高さ H の位置にあって、違うのは図1に示すように水平方向の広がりと垂直方向の広がりを示すパラメータσyとσzである。大気安定度の違いもこの2つのパラメータの違いとして与えられている。それらのモデルでは、大気が比較的に安定して容易に拡散しないはずの C や D タイプでは排気筒近くでは濃度は小さい。ところが実測では早く地表面に到達している。もしこの事実をこれら2つのパラメータのせいにするならば、結局は C や D タイプを不安定な A や B タイプに置き換えることを意味するが、これでは元々大気安定度を分類した意味がなくなってしまう。
 そうではなく、ガウス型分布の範囲内で実測値を再現する最も自然な方法は、有効高さ H が距離に応じて変化するように考えを変えることである。地表空気中濃度が測定データのある排気筒風下距離約600m付近から最大となる距離の間で、その最大値という一定の値をとるように(すなわち、MAX方式が成り立つように) H を定めるようにする。σyとσzは気象指針のままとして、MAX方式が再現される拡散中心の高さ H を、風下距離 x に依存して決まるという意味を込めて H(x) と書く。
 すでに地表空気中濃度には C〜F タイプについてMAX方式を採用した。Q=1、U=1のとき、地表空気中濃度の最大値を M とすると、式(3)より次式が成り立つ。

    M= [1/(πσyσz)]exp(-H(x)2/(2σz2))  (x>600) --------- (4)

ただし、 x の上限は濃度χが最大となる距離とする。式(4)を逆に解けば次式が得られる。

    H(x)=[-2σz2ln(πσyσz M)]1/2  (X>600m) --------- (5)

ここで ln は自然対数を表している。σyとσzが距離 x に依存しているので、 H(x) も距離に依存して決まる。
 この式の挙動を ESE 方向の場合に C と D について、図A1のグラフで示そう(この場合の有効高さは、平成3年7月の事業変更許可申請書第5.1-1表より、H(ESE)=155mである)。X<600mでは X=0 で H(ESE)=155 と一致するように単純に直線で結んでいるが、この領域の挙動はx=1100m地点でのガンマ線被ばくにはほとんど影響しない。
 図A1を見れば、地表空気中濃度の実測値が計算値より大きな値をとるのは、プルーム中心の有効高さが気象指針と違って一定ではなく、排気筒の比較的近い領域でいったん下がるためであるようになっている。このような現象は down-washing として知られているが、ラ・アーグでこのような現象が起きているかどうかは確認されていない。ここではMAX方式からの自然な流れとしての一つの仮説または可能性として採用するのである

 他の2つの E,F タイプに対してもH(x)は上の式で定義される。このようにして決まる H(x) を式(1)の空気中濃度の式に代入すれば、拡散中心の高さ(または有効高さ)が x とともに変化するときの空気中濃度が得られる。ただし、A と B タイプについては、これまでと同じ有効高さ H を採用する。後は原燃が事業(変更)許可申請書で示している計算方式と諸データを用いてガンマ線による実効線量を計算すればよい。
 地表空気中濃度については上記のようにMAX方式を採用し、さらにここで述べたガンマ線被ばくを計算するのである。その結果、最大実効線量として 44.7μSv が得られる。地表面放射能の分が W 方向1000m地点の 0.27μSvであることは変わらない。増えたのは ESE方向1100mにおけるガンマ線による実効線量である。
 海洋放出による実効線量 3μSvを加えると線量目標値の 50μSvにほとんど近づくほどである。ヤマセによる逆転層効果などを考慮すれば、目安線量は超えている可能性がある。なお、フランスでは目安線量は 30μSv だということだが、それははるかに上回っている。

引 用 文 献

[1] 平成17年度 第4回青森県原子力施設環境放射線等監視評価会議監視委員会 提出資料(2006年2月7日 青森県)の中の
 参考資料1「六ヵ所再処理工場から放出される放射性物質の環境への影響について(概要)」(2006年2月7日 日本原燃株式会社)
[2] Comparaison des modèles gaussiens de dispersion atmosphérique de Doury, de Pasquill et CAIRE avec les résultats des mesures du Krypton 85 réalisées autour de l'usine de retraitement des combustibles irradiés de La Hague,IPSN,Rapport DPRE/SERNAT 00-21(2000).
[3] Rapport final détaillé du groupe de travail no3. Groupe Radioecologie Nord-Cotentin.
[4] ANNEXE XXVI:Description des calculs de CTA-usine Cojema de la Hague. GT3-Groupe Radioecologie Nord-Cotentin.