パンフレット
『劣化ウラン弾−被害の実態と人体影響』

はじめに



1.年初早々、欧州のメディアは一斉に、コソボ・ホスニア従軍兵士の間での白血病死の多発を報じた。これを引き金に、劣化ウラン弾と「バルカン・シンドローム」問題が焦点化し、欧州全体を揺るがすような大きな政治問題へと急速に発展した。また、バルカン帰還兵の間での被害の発生は、すでに先行して起こっているイラク現地と湾岸戦争帰還兵の間での健康被害の実態にも光を当て、その原因が劣化ウラン弾にあることを裏付ける強力な証拠となった。
 アメリカはイラクに対して320dとも700dともいわれる膨大な量の劣化ウランを使用した。イラク南部の何十万、何百万もの住民が、エアロゾル化した劣化ウランの微粒子、劣化ウランに汚染された食物や水からの被曝の脅威にさらされ続けている※。癌・白血病、免疫不全、神経系疾患をはじめとした様々な疾病が多発している。特に子供達の間で、先天的異常という深刻な被害が発生している。癌に限っても、すでに1万人以上のイラクの人々が劣化ウラン弾が原因で死亡したと推定される。劣化ウランと「制裁」による乳幼児死亡数は50〜60万人にも上る。イラクと旧ユーゴに対するアメリカ・NATOの侵略戦争は、重大な環境破壊を引き起こし、今でも子供達を殺し続けている。許し難い戦争犯罪である。

※:4月15日のサンデー・ヘラルド紙は、ミドルセックス大学のニック・プリースト教授によって行われたボスニア・コソボでの研究について報じている。調査の結果、住民の尿中から劣化ウランが発見された。プリースト教授は劣化ウランが食物連鎖の中に入り込んでいる可能性を指摘している。

2.アメリカ政府・軍当局とNATOは「劣化ウランの放射能は弱く安全」「こんなに早く白血病が出るはずがない」と因果関係を一切否定、国連もグルになって隠蔽工作に狂奔している。3月13日、国連環境計画(UNEP)は、劣化ウラン弾被害を改めて否定する現地調査報告書をとりまとめた※。マスコミ報道も2月をピークに、一旦は収まったかに見える。しかし、現実の被害そのものが消え去ったわけではない。帰還兵と支援団体、欧米の反核、反原発、環境諸団体は粘り強い闘いを持続している。「騒動」の大きさは、この問題の広がりと深さを示している。事あるごとに再燃し、被害の実態の解明につれ、アメリカとNATOの戦争責任を問う声はさらに大きなものへと成長していくに違いない。

※:「空爆地点で汚染を発見したが低レベルであり、人体影響はない」これがUNEP報告書の結論である。これに対して3月23日のWISEニュースコミュニケの記事は、調査の欺瞞性を鋭く批判している。エアロゾル化した劣化ウラン弾はすでに広範囲に拡散してしまっている。それにもかかわらずUNEPは、攻撃があったとされる地点のみに限定した汚染調査しか実施していない。また調査地点の数も、攻撃があった112地点のうちのわずか12%、11地点のみであった。しかも11地点のうち7地点は敷設された地雷のために完全には調査されなかった。完全に調査することができたのは、すでにNATOによってクリーンアップされた地点だったのである。汚染が見つからないのは当たり前である。

3.劣化ウラン弾とは、原発で使用する核燃料の製造過程で生み出された廃棄物=劣化ウランを金属ウランに加工し、砲弾化したものである※。装甲貫徹能力に優れ、しかも「ゴミ」の再利用であるがゆえの低コストから、アメリカは、対戦車砲弾をはじめとして、装甲、巡航ミサイル=トマホークまで、ありとあらゆる兵器に劣化ウランを大量使用している。冷戦後のアメリカの対途上国侵略戦争は、この劣化ウラン弾の大量使用を前提条件としている。湾岸戦争然り、ユーゴ空爆然りである。劣化ウラン弾による戦争は、放射性物質による大量無差別殺戮であり、「もう一つのヒロシマ」=新しい型の核戦争に他ならない。

※:劣化ウラン弾は、ウラン濃縮の過程で大量に生み出される核のゴミを原料としている。天然ウラン(ウラン235:0.7%)を濃縮して核燃料(ウラン235:3〜5%)を作る過程で、天然ウランよりもウラン235の含有率が、0.2〜0.3%と低いウランが副産物として大量に生み出される。これがいわゆる劣化ウランである。1kgの核燃料を作るのに、5〜10kgの劣化ウランが廃棄物として作り出される。濃縮業務のトップリーダーであるアメリカは、50万dもの劣化ウランを蓄積している。そして、この溢れかえる劣化ウラン=核のゴミ問題の行き着く先が、核廃棄物を砲弾化し、環境中へバラまくという常軌を逸した「処分」方法なのである。末期状態の原子力は、その非人間的な本質を、よりグロテスクで陰惨な形で体現し始めた。

4.核のゴミの軍事転用という側面からも、また放射能による被害という点からも、劣化ウラン弾問題は私たち反原発運動に携わるものにとって、重大な関心事である。年初以降私たちは、海外報道を中心に情報を収集し、海外の諸団体が明らかにしてきた諸事実、良心的な科学者、研究者が提起している新たな知見を学び取ることに努めてきた。
 作業を開始してみて驚いたのは、欧米の反原発諸団体や、ロザリー・バーテル博士をはじめとする戦闘的な科学者・研究者が、劣化ウラン弾問題に精力的に取り組み、劣化ウラン弾の製造と使用の禁止、環境の回復、被害者への補償・医療と全面的な調査の実施という要求を掲げ、アメリカとNATOに対する厳しい批判を展開していたことである。欧米では、劣化ウラン弾問題を結節点の一つとして、反原発運動と反核平和運動との結合関係がより一層強固なものへと成長している。

5.調査の過程で、BNFLが劣化ウラン弾の製造に深く関与していたという事実が明らかになった。その内容については美浜の会ニュース61号に記載した通りである。グリーン・アクションと共同でおこなった4月2日の第2回交渉の中で関西電力は、「BNFLに問い合わせたところ、過去に劣化ウランを国防省に納入したとのこと」と、すでに明らかになっている事実関係については認めた。兵器以外の使い途はない。劣化ウラン弾製造へのBNFLの関与は明らかである。しかし関電は「劣化ウラン弾として使われたかどうかについてはBNFLに確認していない」と逃げ回り、とにかく「我が社は平和利用の側面でBNFLとつきあっている」の一点張りであった。まったく無責任極まりない居直りである。

6.追及の結果さらに、関電と劣化ウラン弾のより深い結びつきが明らかになった。日本は核燃料製造のための濃縮の大部分を、米国USEC社(民営化されたDOEの濃縮部門)に委託しているが、その結果生じた劣化ウランを、不要物としてアメリカに「ただで譲渡している」ことを関電は認めたのである※。米国の劣化ウラン弾の原料はこのUSEC社が供給している。「ただ」で譲り渡した関電・日本の核のゴミが、劣化ウラン弾の原料として混入し、使用されている可能性は否定できない。それにもかかわらず関電は「すでにアメリカに所有権を移転しているので関知しない」と居直っている。しかし「知らない」ではすまされない。アメリカが劣化ウラン弾の製造・使用国であることは周知の事実である。関電のやっていることは確信犯的な犯罪的行為という他ない。これが関電の言う「平和利用」の実態なのである。劣化ウラン弾問題は、BNFLの犯罪的性格を暴き、関西電力の加担と無責任を追及し、まずは、プルサーマル計画を断念へと追い込んでいくための批判材料の一つという実践的な意義を持っている。

※:ウラン鉱石から取り出されたウランは気体である六フッ化ウランに転換され、濃縮工程にかけられる。そして一部は燃料用の六フッ化ウランとなり、残りは使い途のない六フッ化劣化ウランとなる。燃料用の六フッ化ウランは再転換されて二酸化ウランとなりペレットへと加工される。一方、六フッ化劣化ウランは、ボンベに詰められ濃縮工場の敷地内に野積みされている。関電はオーストラリア、アフリカ等からウラン鉱石を調達し、主としてアメリカに濃縮役務を委託している。関電所有のウラン鉱石から関電の燃料を作る過程で副産物として生み出された劣化ウランは、当然関電の所有物であるが、それを関電はアメリカに「ただ」で「所有権を移転」=譲り渡しているのである。

7.また、劣化ウラン弾問題は、低線量被曝の危険性を新たな見地から検証し直す必要があるという極めて重大な問題を提起している。アメリカ政府・軍当局とNATOは口を揃えて「理論的にありえない」「従来知見では説明できない」として、被害を全否定している。従来の知見の一面化、悪用が彼らの常套手段である。確かに、劣化ウラン弾による環境と人体への影響は、ICRPがオーソライズしているような低線量被曝に関する現在の知見の延長線上からは想像することもできないような大きさと深さを持っている。多くの点が未解明である。しかしだからこそ、現実の被害に即して、低線量被曝の危険性に関する知見をより正確にし、豊富化していくことが必要なのである。それこそが真に科学的で責任ある態度である。劣化ウラン弾による深刻な被害の解明は、ゴフマンをはじめとする良心的で戦闘的な科学者・研究者達が警告し続けてきた低線量被曝の危険性、プルトニウムやウランなどのアルファ放射能の危険性、特に内部被曝の特別の危険性を裏付けることになるだろう。さらに劣化ウランの問題は、プルトニウムやウランの内部被曝による被害という点で、セラフィールド、ラ・アーグ等、再処理工場周辺での白血病等の被害、アメリカやオーストラリア、インドなど、ウラン鉱山周辺での被害、人形峠での被害の解明にもつながっていく問題である。
 それだけではない。この問題は、東海臨界事故の被曝影響評価とも結びついている。なぜなら中性子線は、体内を貫通し、その時はねとばされた陽子は、アルファ線と同様の影響を生体に及ぼす。外部被曝であっても、内部被曝と類似の効果を引き起こす。これが中性子線の特徴であるからだ。

8.本パンフレットの目的は、まず第一に劣化ウラン弾による被害の実態を、事実資料や証言に即しながら明らかにすることである。さらに、良心的な医師や科学者、研究者の最新の知見を整理し、人体と環境に対する劣化ウランの恐るべき毒性を科学的に論証することを目指した。なぜならBNFLと関電の犯罪性をより一層リアルな形で暴き、批判するためには、被害の実態とその全体像を明らかにする必要があるからだ。そして被害とそのメカニズムの解明は、低線量被曝の危険性を明らかにする作業の一環でもある。
(1)まず[T]〜[W]では、湾岸戦争帰還兵、イラク現地、ボスニア現地での被害の具体的実態についてまとめた。苦痛を訴える数多くの被害者が現に存在するという事実こそが因果関係の最大の証明である。
(2)次に[X]では、アメリカ政府と軍当局が、劣化ウラン弾の危険性を、具体的な形で知悉していたという事実について述べている。被害者と支援団体の調査が明るみに出した軍の報告書がそのことを明らかにした。これこそ、劣化ウランの危険性と被害との因果関係を証明し、彼らの隠蔽工作を暴く動かぬ証拠である。「長期健康リスクが使用継続に対する圧力を生み出すかも知れない」ことを恐れる政府と軍は、劣化ウランの危険性を知りながら、イラクと旧ユーゴ地域にまき散らしたばかりか、自国兵士にすら警告を与えず、防護策を講じず、被曝するにまかせたのである。
(3)[Y]〜[[]では劣化ウランによる被曝と人体影響について述べている。
@[Y]では、戦場で使用された劣化ウラン弾がどのように環境を汚染し、被曝を引き起こしたのか、そのメカニズムについてまとめた。
A[Z]では、水銀やカドミウムと同じ重金属としての強い化学的毒性と、放射能としての毒性という二つの毒性を併せ持ち、この複合した作用を及ぼすという、劣化ウランの毒性の多面的な性格と、二つの毒性の相乗的な作用の可能性について一項取って触れている。
B[[]では、劣化ウランを用いた試験管内での細胞実験とマウスを用いた動物実験が、発ガン、神経系への影響、免疫系への影響、胎児の発生異常といった劣化ウラン被曝に特徴的な症状、人体影響を再現するという最新の知見についてまとめた。基礎研究のレベルではあるが、90年代後半の新たな研究が、劣化ウランの毒性と、被害の因果関係を証明しつつある。
(4)以上を踏まえた上で最後に[\]では、先に少し述べたように、低線量被曝とウランの危険性に関する現在の知見を、被害の実態に即して再構築する必要性があるのではないかという問題を提起し、まとめとした。

9.また、今回の作業の出発点ともなったロザリー・バーテル博士の論文『湾岸戦争帰還兵と劣化ウラン』を翻訳資料として収録した。不溶性のセラミック形態の劣化ウランダストの長期残留性、劣化ウランの化学的毒性と放射能の複合した毒性など、劣化ウランの人体影響の全面的な解明から、ICRPと政府側見解への批判、そして具体的な被曝調査の項目と手法の提起に至るまで、第一線で活躍する専門家であると同時に、反核の闘士としての氏の、私たちが規範とすべき戦闘的姿勢が貫かれた論文である。
 さらに、中国新聞に掲載されたシリーズ『知られざるヒバクシャ-劣化ウラン弾の実態』の嫡要資料を収録した。このシリーズは、被曝者、被害者の貴重な証言をベースに、劣化ウラン弾の非人道性、被害のリアルな実態に迫っている。そして末尾は、劣化ウラン弾製造へのBNFLの関与を証明する資料とその解説である。
 このパンフレットが、原発に反対する運動、被ばくに反対する運動、反核・平和運動の一助になれば幸いです。
               2001年4月−チェルノブイリ事故15周年を前にして



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