要約 ベラルーシ共和国では1973年から国家ガン登録制度が機能しており、新たに発症した全ての悪性腫瘍についての情報が記録されている。そのデータはコンピュータのデータベースとして保存されており、国民の腫瘍学的状態の評価や疫学研究のために利用されている。我々は1986年4月26日のチェルノブイリ原発事故より前の結果と1990年から2000年にかけての結果とを比較した。ベラルーシにおけるガン死の発生数における変化についての全般的な比較を示す。その増加はすべての地域において統計的に有意であり、最も慢性的に放射能汚染された地域であるゴメリ州において著しく大きくなっている。 本論文は、チェルノブイリ原発事故による放射能汚染のレベルに最も大きな差が出るように選ばれた、ベラルーシの2つの地域におけるガン死の発生数についての比較分析を示す。最も高い汚染はゴメリ地域で生じており、それは主として、土壌や食物連鎖における、特に農作地域における、高レベルの放射性セシウム(Cs-137)がもたらしたものである。ビテプスク地域のフォールアウトによる放射能汚染は相対的に低かったことが知られているので、ここを「対照」地域とした。これら2つの地域におけるチェルノブイリ原発事故前後の状況を比較した。結腸ガンや膀胱ガン、甲状腺ガンを含む、全ての組織・臓器についての全ガン死亡率は、ビテプスク地域に比べて、ゴメリにおいて統計的に有意に高くなっていた。 高濃度の放射性セシウム(Cs-137)によって汚染されている2つの地域(ゴメリ州とモギリョフ)に住む集団では、ビテプスク地域よりも15年早く、45歳から49歳の年齢層における肺ガン発症のピークに到達している。 最も汚染がひどかった所の清掃と崩れ落ちた原子力発電所を囲む石棺の建設に動員されたベラルーシの「リクビダートル」は、最も高い放射線線量を受けた。ビテプスク地域の対応する成人の集団と比較すると、彼らリクビダートルの間では、結腸ガンや膀胱ガン、甲状腺ガンがはっきりと過剰に発生している。 リクビダートルの間における1997年から2000年までの肺ガンの相対リスク(RR)は、参照集団においては一定値になっているのと対象的に、統計的に有意に1を超えている。 資料と方法(略)
議論 高いレベルまで放射能汚染されている地域の集団と「クリーンな」地域に住む集団とを比べると、ガン死の発生率に著しい差異があることが明らかである。農村地帯に住む集団の集団線量は都会の集団に比べて約2倍である。リクビダートルのように、より高い線量を浴びると、ガン死亡率もより大きくなっている。 放射性ヨウ素による被曝は明らかに成人の甲状腺ガンの原因である。成人における増加は1991年から記録されている。1993年から2000年までのデータは、リクビダートルにおける甲状腺ガンの増加を示している。 チェルノブイリ後の子供らの甲状腺ガンについては、非常に多くの論文が取り扱っているのであるが、このよく知られた悪性固形腫瘍は、本論で述べている全ガン中での割合にして0.4%以下である。成人の甲状腺ガンの増加には、科学者たちは関心を寄せようとしてきていない。 全ガンとともに、結腸ガンや肺ガン、膀胱ガン、甲状腺ガンの発症率や死亡率の有意な増加が、汚染地域の集団に観察されている。このような増加は最も汚染されたゴメリ地域の住民やリクビダートルにおいて顕著である。リクビダートルの肺ガンついての相対リスクRRは最近になってから有意に増加した(1997-2000年)。すなわち、12年から15年の潜伏期間である。これらの期間においては著しく高い相対リスクRRが結腸ガンや肺ガン、膀胱ガン、そしてあらゆる部位のガンについて見い出された。甲状腺ガンのより高い発症率はリクビダートルにおいても記録されている。チェルノブイリ原発で1ヶ月から数カ月の間、最も高い被曝をうけたリクビダートルの間では、甲状腺以外のガンも有意に発生しており、より長い期間そこで働いた労働者の間でより多く発生している。 ビテプスクの成人集団やベラルーシの広範な集団においては、胃ガンについては減少傾向にあるが、リクビダートルの間では反対の傾向がある:近い将来においてその増加は統計的に有意になるだろう。 ビテプスク地域の婦人と比べて、ゴメリやモギレフの婦人における乳ガンの発生率のピークは15年早く現れた。ベラルーシにおけるたばこの消費を評価することは極めて難しい。したがって、もしも喫煙が放射線とともにリクビダートルの肺ガンの増加に役割を果しているのかどうかを結論付けるのは不可能である。事故処理作業中に最も高い線量をあびたリクビダートルにおけるガン死率を見ると、彼らがゴメリの放射能汚染地域に居住している場合には、より顕著なリスクとなって現れている。ゴメリにおけるたばこの消費が、ベラルーシにおける他の地域よりも高いと考えるべき理由はどこにもない(訳注:したがって放射線被曝こそが肺ガンの原因と考えられる)。 科学者たちは、放射性ヨウ素がもたらした被曝によって小児甲状腺ガンが増加したということに関しては、くり返し何度も言及している。しかしながら、我々がチェルノブイリ事故後に成人の甲状腺ガンが増えているというデータを公表しているにもかかわらず、国際原子力機関IAEAや国連原子放射線の健康影響に関する委員会UNSCEARの報告書には、この成人の甲状腺ガンが5倍に増加しているという事実は反映されていない。 広島と長崎の原子爆弾の影響に関して公表されているデータによると、被曝から10年ないし20年後に結腸ガンや膀胱ガン、肺ガン、胃ガン、およびその他の腫瘍についての相対リスクが有意に増加しており、これらの腫瘍と電離放射線との間の相関が示されている。したがって、チェルノブイリ後のガン発症との相関についても驚くべきことではない。 最も高いリスクを持つのは、1986年から放射能汚染された地域に住み汚染された食物を食べている集団である。 連絡先: A. E. Okeanov Research Clinical Institute for Radiation Medicine and Endocrinology Filimonov Str. 23 Minsk 220114 Republic of Belarus E-Mail: okeanov@nsys.by |