2007年3月22日 志賀原発で1999年6月に臨界事故が発生していたことが発覚した。その後、東京・東北・中部電力の沸騰水型原子炉(BWR)で臨界には至らなかったとしても同様な制御棒引抜事故が発生していたこと、発生しても報告も情報交換すら行われていなかったことが明らかになった。 さらに22日には、福島第一原発3号機で1978年に5本の制御棒が抜け落ち、7時間30分の長時間にわたって臨界が継続していた事故が発覚した。東電は約30年間も隠ぺいし続けていた。さらに、79年には福島第一原発5号機で、80年には同2号機で、定期検査中に制御棒1本が抜ける事故が起きていた。電力各社は、これら全てを隠ぺいし続けてきた。北陸電力の取締役が隠ぺいを知っていた事実も明らかになった。まだまだ重大な事故などが隠ぺいされているに違いない。 電力会社や原子力安全・保安院は、制御棒を操作する際の手順書が誤っていたとか、手順書通りに操作されなかったことが問題であるとしている。しかし、ここではBWR特有の構造問題から出発し、定期検査ごとに行われる制御棒挿入用配管側の手動弁を閉めた作業条件下では、現在の制御棒駆動装置が極めて不安定な挙動をせざるを得ない特質を持っていること、反応度事故に備えた制御棒緊急挿入が出来ないこと、すなわち、構造的な欠陥のあることを明らかにする。このような構造的欠陥をもつBWRは直ちに停止すべきである。 2. 余儀なくされた原子炉容器下部からの制御棒挿入 原子炉内で直接蒸気を発生させるBWRでは、その水蒸気から水気を取り除くための大きな湿分分離器が炉心上部に置かれている。そのため、制御棒は下側から炉心に挿入されている。したがって重力が制御棒を原子炉から抜こうとする方向に作用し、それを防止するための技術的対策が必要である。自動車のアクセルやブレーキに相当する制御棒は、ただ固定しておくのでは用をなさず、炉心内を正確に上下運動し原子炉出力を粗・微調整できなければならない。 このような制御棒調整をする機構として、原子炉圧力容器外部から何らかのシール部を介して操作用の棒を差し込み、それで制御棒を動かすことがまずは考えられるかもしれない。ところが、運転中のBWR原子炉圧力は65気圧、原子炉温度は300℃に及ぶため、シール部からの冷却水漏れを防ぐことは実際上不可能である。また、制御棒が完全に抜けて、シール部が破損するような事態になれば、反応度事故と冷却水喪失事故とが同時に発生してしまう。それゆえ、そのような構造は安全上避けるべきであるということになる。 そこで、臨界事故を起こした志賀原発も含めて、BWRでは「水圧ロッキングピストン式制御棒駆動機構」とよばれる機構が採用されている(図1参照)。
同機構は原子炉圧力容器と一体となっているので、制御棒に接続する可動部で高圧水をシールする必要はない。駆動部を原子炉の中に入れてしまったからである。原子炉の底に穴が開くことに気を使った構造とも言えるが、逆に制御棒の動きや位置を制御するのに自動車のハンドルのような歯車やネジを使った機構を用いて行うことはできなくなった。実際、制御棒は水圧ピストンにつながっており、そのピストンの上面と下面とに作用させる水圧で動く。たとえれば、たらいに浮かべたおもちゃの船を動かすのに、船を手で押すのを禁じられたために、ふちから手で水流を起こして動かすようなものである。機械を使った機構による操作と比較するとどうしても不安定になる。
4. 圧力容器と格納容器の上蓋を開放した状態で制御棒試験 北陸電力からの発表(3月15日)にしたがって、臨界事故の経緯を確認する。1999年6月18日午前2時18分、北陸電力志賀原子力発電所1号機で臨界事故が発生した。同機は第5回定期検査中であり、原子炉圧力容器と原子炉格納容器の上蓋は開放され、燃料プールにつながる炉心直上部の原子炉ウェルには水が張られている状態であった(図2参照)。そこでは燃料装荷の後に、最少臨界試験や炉停止余裕試験、初臨界確認試験、および、制御棒価値試験等からなる、いわゆる大気圧試験が行われていた。開放された炉心の圧力は炉底でも数気圧しかなかった。以下に見るように、BWRの制御棒駆動機構が本来の設計から離れた異常な使われ方をされてしまう条件である。
志賀原発では、「制御棒1本の急速挿入試験を行うために、他の制御棒が動作しないように、残り88本の制御棒駆動装置の弁を、順次操作する作業を開始」していた(図3参照)。弁の操作とは制御棒挿入駆動水入口にある手動弁(F101弁)を閉めることであった。この操作は他のBWRでも当たり前のように行われている。しかし、このF101弁を閉めると制御棒を炉心に挿入する方向に動かすことは全くできなくなる。ピストンを持ち上げるための水圧を加えることができなくなるからである。全挿入されていればそれ以上動かす必要はないのではないかと思われるかもしれないが、制御棒は機械的な機構で固定されているのではなく、ピストン上下の水圧差に頼って動くように設計されている。何らかの原因で引抜き方向に動き出した場合を考えることが安全上必要であるが、F101弁を閉めるとそのような非常時に対処することは全く出来なくなる。停まってはいるがブレーキの付いていない自動車に乗っているようなものである。停まっている間はよくても、何かの原因で動き出したときにはもう止れないのである。 6. F101弁を閉めると制御棒が抜け出した そして実際に午前2時17分、3本の制御棒が抜けはじめ、午前2時18分には臨界状態になった。北陸電力の説明によれば、機構内の弁のリークによって制御棒引抜用駆動水入口(F102弁側)に水圧が加わり制御棒は抜けたと推定されている。引抜き側にある手動弁(F102弁)は開かれたままであった。ピストンを下側に押すだけでなく、制御棒を固定している小さなツメ(コレットピストンに接続)もF102弁側に水圧がかかることで外れる構造になっている(図1参照)。北陸電力の推定ではあるが、実際に抜けてしまったのだからこのように考える以外ないのはその通りであろう。ただし制御棒駆動系水圧ユニットにあるほとんどの弁は原子炉圧力が65気圧の状態で、さらに駆動ポンプからの圧力もそれに相当するような場合に働くように設計・設置されている。したがって、一方の原子炉側が数気圧しか無い場合にはあちこちの弁、特に調整弁でリークがあるのは当然であると考えておくのが技術的な常識である(原子炉容器内の圧力が低いときは制御棒駆動機構内の圧力も下がり、図3の制御棒駆動ポンプ側との間の圧力差が開く)。しかし、それが悪影響を及ぼしているとすればそのリークも含めて他ならない構造上の欠陥を示している。 実際、電力各社の公表によれば、あちこちのBWRの水圧ユニットでそのようなリークが発生し、制御棒が抜ける方向に動いている。F101弁を閉める操作をすれば、制御棒が動き出したときに押し戻すことができなくなる。それだけでなく、構造上防ぐことのできない弁のリークによって制御棒が抜けてしまう現実的な危険性を持った操作である。 7. 手順の問題ではない:緊急挿入すらできない構造欠陥 今回の事故は、定検中に1本の制御棒の駆動を確認する試験のため、他の制御棒が動かないよう隔離する作業中に起きた。通常運転中は、F101弁もF102弁も開状態であるが、この検査のために各々の制御棒毎についているこの両方の弁を閉じる作業中に起きている。北陸電力は、「原子炉戻りラインの弁をあげずにF101弁を閉としたことから・・・制御棒が想定外に引き抜かれた」と書いている。また、浜岡原発等の同様の事故についても「原子炉戻りラインの弁を開けていなかった」ことが共通原因となっている。 保安院が3月19日に発表した「沸騰水型原子炉に係る制御棒駆動水圧系設備の管理方法について」(第3報)でも、「いずれの事業者の発電所においても、原子炉戻りラインの弁を開き、制御棒駆動水圧系の圧力が高くならないよう措置するなどの管理手順が定められていることを確認しましたが、本事故を防止するためには、適切な管理手順を定めることのほか、定めた手順を確実に実行する必要があります。」と述べている。 すなわち、事故の原因は「戻りラインの弁を開にしていなかった」という手順ミス・操作ミスだと結論し、操作さえ間違わなければ問題はないという「戻りライン弁万能論」と「操作ミス防止論」である。しかし、戻りライン弁の操作を誤ったという一つの人為ミスによって、臨界事故が起きるということそのものが問題ではないのか。戻りライン弁を閉めた状態でF101弁を閉めれば制御棒が落下する傾向になる。今回の事故の根底には、弁の操作による水圧の微妙な調整によってしか制御棒の調整が不可能だというBWRに固有の制御棒駆動機構の不安定性がある。その意味で、今回の事故は、BWRの構造的欠陥を具体的に示している。「操作ミスの防止」によってしか臨界事故を防ぐことができないという構造的欠陥である。 F101弁を閉めることの危険性は他にもある。ここを閉めると制御棒の緊急挿入が出来なくなるのである。北陸電力も「出力が上昇し原子炉自動停止信号が発生したが、試験のために挿入ラインの弁が閉となっていたこと及び水圧制御ユニットアキュムレータの圧力が充てんされていなかったことから、直ちに制御棒が挿入されなかった」ことを認めている。F101弁を閉めると制御棒の緊急挿入が出来なくなることが臨界事故で実証されたのである(これは図3からも明らかである)。問題は手順ではなく、現在のBWR制御棒駆動装置の構造的な欠陥である。今の装置では、F101弁を閉めた場合に、制御棒を炉心方向に動かすことが出来ず、実際上引抜き方向に水圧がかかる場合があり、制御棒の緊急挿入も出来なくなるのである。 8. スクラム弁が開いても臨界を止めることが出来なかった 志賀原発臨界事故では原子炉自動停止信号によってスクラム弁が開き、結果的に引抜用駆動水入口(F102弁側)にかかる水圧が低下したが、制御棒は引抜方向の動きを止めたにとどまり、臨界は継続した(水圧低下には図3中右上のスクラム弁が特に効果を及ぼしたと考えられる)。午前2時33分に制御棒が挿入されたが、それはF101弁を開けたからであった(図3右側の説明にあるとおり、F101弁が閉じた状態では、スクラム弁が開いても制御棒は挿入されない)。 9. 構造的欠陥を持つBWR原発の停止を F101弁を閉める操作は起動試験の内の大気圧試験で行われる操作であり、実際の運転中には行われない。ただしこの大気圧試験は定期検査のたびにすべてのBWRで行われるものである。特に強調しておくべきことは、この試験は原子炉圧力容器と原子炉格納容器の上蓋を開放して行われるのである。いわゆる原発の5重の壁のうち2つが無い状態での臨界試験である(図2参照)。さらに、燃料が冷えた冷却水中に置かれているこの状態が制御棒の反応度が最も高い。臨界事故が暴走事故に発展した場合には大量の放射能が周辺に容易にまき散らされる事態になりうる。だからこそ手順書の書き直しやその順守を安全確保の手段としてもそれで十全であるとしてはならない。 最初に述べたように、BWRの制御棒駆動機構には重力に逆らって下から制御棒を押し上げる機能が課せられているが、それを水圧で制御しなければならないという基本的な構造的欠陥がある。さらに、制御棒駆動機構内の水圧は原子炉容器内の水圧と連携しているため、原子炉容器内の圧力が下がると駆動機構内の圧力も下がり、動作が不安定になるという構造的欠陥をもっている。その場合、原子炉容器や格納容器の蓋が開けられ原子炉内が大気に開放されているのできわめて危険な状態にある。電力会社は、記録はないと言いながら、作業員の被ばくはなかったと直ちに表明したが、そのような結論はまるで信用することはできない。 このような構造的な欠陥を持つBWRは直ちに停止すべきである。 |