風の中のすばる 砂の中の銀河 みんな何処へ行った 見送られることもなく つばめよ 高い空から 教えてよ 地上の星を つばめよ 地上の星は 今何処に あるのだろう 中島 みゆき その村はかつて放射能の一大集積地だった。巨大な力がそれを創り出していた。○十年後の今、そこは風力発電用の風車が立ち並び、燃料電池、太陽光発電、バイオマス、今日ではごく当たり前の自然エネルギーの一大拠点であり、広大な敷地に牛が牧草を喰み、花とハーブが咲き乱れる公園のような村となっている。 しかし、ここに至るまでの道のりは決して平坦なものではなかった。これは、村や県のみならず、当時の産業界や国という圧倒的な力による暴走を食い止め、ついには長年の夢を実現した人々の物語である。不可能と言われながらも、決してあきらめることなく働きかけを続けた彼ら、そして彼女たちにとってさえ、当時、このような未来を見ることは困難であった。 日本列島、本州の最北端、まさかりの形をした下北半島の付け根に位置する六ヶ所村。 その昔、「鳥も通わぬ」と言われた貧しい東北の寒村は、バブル経済が崩壊して久しい日本列島を覆う不況の嵐の中でさえ、時ならぬ景気にわいていた。核燃景気であった。 核燃料サイクル基地─当時、それは国策と呼ばれていた。住民の不安の声に対して「資源小国の我が国にとって、将来にわたっての安定的な電力の供給のために原子力発電は必要不可欠であり、原子力発電所で使ったウラン燃料からプルトニウムを取り出して再び燃料とする核燃料サイクルこそ原子力政策の根幹である。」事業者の日本原燃、六ヶ所村、県、国、科学技術庁ー後の文部科学省、通産省ー後の経済産業省は、示し合わせたように同じ見解を繰り返すのみだった。 核燃施設では、ウラン濃縮工場、低レベル廃棄物埋設センター、高レベル廃棄物貯蔵施設が稼働し、さらに全国の原発から使用済み核燃料が続々と運び込まれていた。そして核燃料サイクルの本体、再処理工場の工事が着々と進められ、本格稼働の前の通水試験が始まり、ウラン試験があと二年後に迫っていた。 さらには、核融合実験炉という新たな核施設誘致の動きが始まり、県知事は強引に用地選定に名乗りを上げていた。原発解体後の炉内廃棄物の処分場としても狙われ、その上プルサーマル用の燃料加工施設の建設申し入れまで事業者から県に出された。 まさに六ヶ所村は史上例を見ない原子力施設の一極集中によって最悪の核のゴミの集積地になろうとしていた。さらに再処理工場の完成、操業によって、恒常的な放射能汚染発生地帯となることは時間の問題と思われた。 「このままあきらめるしかないのだろうか?」一人の母親がつぶやいた。故郷がいつか放射能で汚染されてしまうのではないかとかねてから危ぶんでいた。 「無理だ」「そんなことはできっこない」何とか核燃をとめられないかと声をかけるたびに、村の誰もが素っ気なく答え、それ以上取り合おうとはしなかった。もはや放射能への不安を深く胸に押し込んだまま表だって口にすることはなかった。すでに村の中では三軒に一軒が何らかの形で日本原燃に依存していた。それまでの和やかな会話はそこでとぎれた。 しかし、多くの村人のように口をつぐんで黙って成り行きを見守っていることは、彼女にはどうしても出来なかった。「無理だからあきらめるというのだろうか」「このまま黙って見ているしかないのだろうか」何度も繰り返してきた問いが心の中で渦巻いていた。 きっかけは一通の通信だった。 「再処理工場を止めたいと思います。みなさんの力を貸してください。」全国の仲間たちに発信した。 ○山△子は新潟でそれを受け取った。その三ヶ月前、新潟県の刈羽村では△子たちはじめ多くの人々の必死の努力で住民投票に持ち込み、住民の意思でプルサーマル実施計画にストップをかけていた。マスコミは「小さな村の大きなNO」と驚きをもって取り上げた。それは確かに日本の原子力政策のみならず、その後の世界の変化を告げる序章であった。 ○田○夫は東京でその文字を見た。 ○野○子は青森の自室で受け取った。 ○島○次は大学の研究室で読んだ。 ○森□子は大阪のオフィスで目にした。 △林☆子は福島で知人からその話を聞いた。原発現地の住民だった。 誰もが六ヶ所村で進行中の核燃サイクル、中でも再処理工場に少なからぬ危険を感じていた。「このままではいけない」「何が出来るかわからないけれど、何とかしなくては」一人一人がそう思った。男たちそして女たちが動き始めた。自らの意志で動き出した。静かに波が広がりはじめた。 明らかに時代の流れは変わっていた。科学・技術の進歩は人々の生活を変え、意識を変えていった。同時に、変化は政治、経済、産業、文化、教育、外交、スポーツ、国際交流…あらゆる分野に及んでいた。 燃料電池、携帯電話、IT革命、規制緩和、電力の自由化、コスト削減、不況、経営の合理化、構造改革、失業者の増大、脱原発、住民投票、地方分権…、海の向こうではアメリカ大リーグで活躍する日本人選手がヒーローとなっていた。 急激な変化が始まっていた。世界は確実に狭くなっていた。それまで遠い片田舎の出来事と思っていたことが、気がつくと誰にとっても身近な出来事となっていた。そしてまた、それまで夢と思っていたことが、いつか実現することに人々は気がつきはじめていた。 事態は意外な展開を見せ始めた。 奇跡の扉が開かれようとしていた。 |